No.115350

アリセミ 第十二話

真田清美(さなだ せいみ)との激闘が終わり、正軒(せいけん)と有栖(ありす)が移動したのは、何故か一人暮らしの正軒のアパート。
誰にも邪魔されないプライベートな空間に、想い会う男女が二人きり。
はじまってしまうのか!?

2009-12-30 17:19:49 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:1558   閲覧ユーザー数:1440

 

 

 

   第十二話 正軒の巣

 

 

 

有栖「ただの打撲じゃないかッ!」

 

 腕に湿布をベチコン!と貼る。

 

正軒「痛いッ!先輩、患部ですので、もう少し優しく扱っていただきたいのですが!たとえば腫れ物を触るように!」

 

有栖「腫れ物もナニも実際 腫れておるではないか!このバカ、何が骨折だ、大袈裟なこと言いおってッ!」

 

 心配した分だけ、無事だとわかったときの苛立ちも百倍の有栖であった。

 放課後の校舎で 突如発生した許婚・真田清美との激闘、それによって右腕にダメージを負った正軒は、すぐさま学校から徒歩二分のところにある彼の自宅へ直行。

 本来なら病院に担ぎ込むべきなのだろうが、正軒自身の『保険証 持ってないのでノン』という発言によって中止。

 彼の家に治療道具一式が揃っているというので、そこで傷を見ることになる。

 当初は利き腕骨折、というので大いに慌てた有栖であったが、よりよく診ると ただの打撲で骨になんて亀裂一つも入っていなかった。超軽傷。

 

正軒「仕方ないだろー、そうでも言わねーと あの お嬢様 引き下がってくれねーんだもん」

 

有栖「…な、じゃあワザと嘘を…ッ?」

 

正軒「自分の攻撃が どの程度 人体を破壊するのか。それを計れないとは まだまだ修行不足だな、あのお嬢様」

 

 したり顔で言う正軒だった。

 たしかに彼の許婚・真田清美は、正軒が実家に戻ると言うまでテコでも動かないほどの勢いだった。

 骨折騒ぎのドサクサで学校に置いてきてしまったが、アレでよかったのだろうか?

 

正軒「いーの いーの、これ以上俺の平穏な生活を乱されてたまるもんか」

 

 せーせーした、と言わんばかりの正軒。

 

有栖「しかし…」

 

 ときに有栖は周囲を見渡す。

 ここは正軒の部屋なのであった。

 ケガ騒ぎで駆け込むように お邪魔してしまったが、正軒の部屋なのである。男性の部屋へ入室。無論有栖は初体験。

 

有栖「うむむ………」

 

 正軒が実家を勘当されて、今は学校近くの安アパートに一人暮らししている、という話は以前 聞いたことがあったが、今日 訪ねたその部屋は、右の話をまるごと証明するかのようなボロ部屋であった。

 アパートそのものは木造の二階建て、確実に築30年は越えている昭和時代の生き残りだ。イメージとしては、ときわ荘とか めぞん一刻とか そんな感じ。

 そのアパートの階段をギシギシ言わせて登り、つきあたりにある201号が正軒の部屋。

 畳敷きの六畳一間で、その室内には何冊も詰まれた本の山が、賽の河原の石塔みたく いくつも並んで踏み場もない。

 ベッドもなければ衣装タンスもなく、テレビすらもない。必要以上の生活品を極限まで切り詰めた中で、ポツンと一つ、低い文机が部屋の隅を占めている。

 なんとなく、明治大正の書生を思わせる部屋だった。

 

有栖「うむむむむむむむむむむむむむむ……………!」

 

 しかし今の問題は そこではない。

 内装はどうであれ、一人暮らしの男性の部屋に、年頃の女子が上がりこんでしまったという大ピンチ。主に貞操の大ピンチ。それこそが当事者たる山県有栖の大問題であった。

 

有栖「うむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむ………!」

 

 高校三年まで剣道に打ち込み、色気などまったく縁のない青春を送ってきた有栖とて、このシチュエーションが導く結末を、知らぬ存ぜぬでは通せない。

 このプライベートな密室に、想い合う男女が二人きり。とすればやることは一つ。昼休みに熱烈なディープキスを交わした二人なだけに、ステップは順調に消化していると言わざるをえない。だからこそヤヴァイ。

 

有栖「(いいのか?いいのか?ここで正軒にすべてを捧げてしまって…!そういう流れになるよな?ケガもたいしたことなかったわけだし、充分に がんばれるよな正軒も!)」

 

 顔を真っ赤にして混乱する有栖。

 彼女の目前には、大人の世界への扉。そこをくぐれば有栖はオンナノコからオンナになってしまうのだ!

 

正軒「じゃあ先輩……」

 

 正軒が言った。

 

正軒「上着 脱いで」

有栖「このバカァーーーーーーーーーーーーーーッッ!!」

 

 バキォッ!

 有栖の左鉄拳が正軒の顎を吹っ飛ばす。

 

正軒「ぐふぉッ!?」

 

 あまりに正確に下あごにHITして、意識まで飛びかける正軒だった。

 

正軒「なにッ?今のナニッ?なんで俺殴られたッ?」

 

有栖「バカモノッ!なんだ今の身も蓋もない言い方はッ!」

 

正軒「?」

 

有栖「女はな、女は………、ムードを大事にする生き物なんだぞっ。まして初めてなんだから……、いくら私が剣道ばっかしてて色気がないからといってだな………!」

 

正軒「………、あ、あーあーッ!!」

 

 正軒は今まさに気付いたというように色めきたって、

 

正軒「違う、違う違う!俺はただ、先輩の方のケガを……ッ!」

 

有栖「ケガ?」

 

正軒「先輩だって、あのお嬢様に打たれたろ、脇腹を!あれで体が無事なわけないだろ!むしろ俺より酷いことになってるかもしれないぞ!」

 

有栖「あ」

 

正軒「だからケガの具合を見ておこうと……、でも上着着てたらケガの様子なんてわかんねだろ?だから、けっしてやましい理由じゃなく………!」

 

 次の瞬間、有栖の頭からボワッと湯気が上がる。

 

正軒「先輩って、けっこーイヤラシイこと考えて……」

 

有栖「ちちちち違う、私は、違うんだ!とにかく、違うんだ!もうッ!」

 

正軒「わかったから、とにかくケガのところを見せてくれよ。さすがにコレは冗談で流すわけにもいかねーし」

 

有栖「そ、そうだな…。だがケガを診るだけなら ぜんぶ脱がなくてもいいだろう。打たれたのは脇腹なんだから裾を捲くるだけでも……」

 

正軒「あーもー、それでいいから早くしてくれ…」

 

 若干うんざり気味の正軒に、有栖は釈然としないながらも上着の裾を捲くる。

 これは純粋な治療行為である、やましいところなど一つもない、しかしながら下手に裾を上げすぎるとブラジャーが見えてしまうので細心の注意を払わねばならない。

正軒「あ、先輩 今日のブラはピンク色だね」

 

有栖「うにゃーーーーッ!」

 

 細心の注意まるで役に立っていなかった。

 で、

 

 

           *

 

 

有栖「どうだ、正軒?」

 

正軒「うわー、やっぱ打たれたところ青黒くなってるよ。バリバリ内出血だね」

 

 と患部をマジマジ診る正軒。純粋な治療行為とわかっていても、普段 見せない部分をヒトに見せるというのは恥ずかしい。

 外気に触れてお腹がスースーする。まだ終わらないのか、はやく終わってくれ。

 

正軒「見た感じ 骨には異常はないな…。でも打たれた位置が 位置だけに内臓のダメージも心配しないとな……。先輩、ちっと触るよ?」

 

有栖「えっ?」

 

正軒「痛いところがあったら言ってくれい」

 

 と言って、正軒の指が 有栖の脇腹にタッチ。

 

 

有栖「はひゃほえッッッ!?」

 

 

 

 なんか『ひやっ』ときた、『ひやっ』と。正軒の手 冷たいっ。

 

正軒「ここはどう?痛くない?」

 

 正軒は、医者が触診を行うように、じっくりと有栖の腹に指を這わせる。

 

有栖「だ、…大丈夫だ。痛くはない………」

 

 ……………けれど。

 なんだか痛みとは違う別の感覚が、電気のように走りまくり。

 

正軒「んー、ここはどう?」

 

有栖「にゃあッ!」

 

正軒「ここは?」

 

有栖「ひうッ!」

 

正軒「……………」

 

有栖「あんッ!」

 

正軒「……………」

 

有栖「あっ、やだっ!あうぅ~~~ッッ!!」

 

 有栖は自分の腹部に性感帯があることを初めて知った。

 

有栖「ちょッ……、ホント待て正軒、正軒ッ!正軒ってばッッ!!!おヘソのふちをなぞるように指をクルクル回すなッッ!!………やめて もうホントに!…………やだぁッッ!!声が出ちゃうからぁ!!!」

 

正軒「………あー」

 

 正軒の何かがプチッと切れた。

 

正軒「先輩ッ!」

 

有栖「きゃあああーーーーーーーッッ!」

 

 勢いのままに押し倒される有栖。

 その上に、獣と化した正軒が覆い被さってくる。

 

有栖「ちょっと!ホントに ちょっと!なんだ正軒いきなり……ッ?」

 

正軒「アホかぁ!あんな色っぽい声出されて正気でいられる男がいるかぁッ!最初に意識させたのは先輩なんだからな!先輩に誘われたようなモンなんだからなッ!」

 

有栖「そんなッ、私はそんな みだらな………!」

 

正軒「先輩好きだ!」

 

有栖「!」

 

 それは一撃必殺の決め文句。有栖は暴れる体を止めざるをえない。

 

有栖「……あー、うー」

 

正軒「一生大切にするから…」

 

 更なる追い討ち。

 

有栖「…………」

 

正軒「先輩?」

 

有栖「………一生大切にしてください」

 

 よしキターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!!!

 

 この部屋に入った時点で、こーなることは予測できていたが、結局予測通りになってしまう有栖であった。

 ごめんなさい お父さんお母さん。有栖は今日正軒に食べられてしまいます。

 きちんと入籍するまで操を守れなかった有栖を お許しください。

 でもでもっ、正軒はきっと有栖のことを幸せにしてくれるので、もう大丈夫、有栖は全幅の信頼をよせて、正軒に身をゆだねます!星になります!海になります!正軒に抱かれて羽化登仙の極みに駆け上ります!

 お父さんお母さんに元気な孫の顔を見せられるように、有栖 一生懸命がんばりますので……………!

 

有栖「はっ!」

 

 有栖は ふとしたことに気付いて、既にシャツのボタンを外そうとしている正軒を制止した。

 

有栖「ちょっと待ったコール」

 

正軒「なんですかッ!?」

 

 さすがに正軒の受け答えには余裕がない。

 

有栖「正軒、残念だが、今のままでは私は お前に抱かれてやることができない」

 

正軒「なんですとッ?」

 

 正軒 本当に余裕がない。

 

有栖「思い出したんだ、その、男女の営みを行うときに必ず必要となるアイテムがあることを」

 

 なんですか その『ゾー○と戦うときには光の玉がいりますよ』みたいな物言いは。

 

有栖「そのアイテムとは…、コンドーム!」

 

正軒「金堂夢ッッ!!」

 

 たしかにいるかも。

 

有栖「それがないと、後々 不都合なことになると、聞いたことがあるのだ。……かっ、勘違いするなよ!たまたまクラスメイトが話しているのを小耳に挟んだだけで、率先して聞いたわけでは……!」

 

正軒「いいよ、そんなに必死に取り繕わなくても………」

 

 しかし有栖の言うことにも一理あるかもしれなかった。

 あのアイテム一つあるだけで、色々な危険を回避することができるし、かけてしまうかもしれない有栖への負担をなくすこともできる、という伝説があるそうな。

 

有栖「………一生大事にしてくれるんだよな?」

 

 そんな潤んだ目で見詰められると、今スグにでもヤりたい盛りの正軒だって、気遣いを呼び起こされるというものだった。

 しかしながら武田正軒。

 一応いまだ魔法使いになる資格を残した男。当然ながらゴムの用意なんてしているわけがない。

 だとすると最善最速の対応は、今から買いに走ることだが、コンドームって何処で売ってるんだ?自販機か?なんかそんな情報を聞いたような気がするが、そんな夢が出てくる機械なんて街で見かけた覚えはないぞ。

 

正軒「まさか、でっかい都会に行かないと置いてないとか?特快が停まるような!」

 

 なんてこったッッ!!

 しかし今、この胸のうちに沸き起こるリビドーを自制心だけで押さえ込むのは親鸞さんだってできはしまい。こうなれば地の果てまでも走りぬき!見つけてくれようコンドームの自販機!お金もいくらかかったって かまわねえ!

 

正軒「先輩、ちょっと俺 出掛けてきます!」

 

有栖「はっ、はいっ?」

 

正軒「すぐ戻ってきますから!全速全開で行ってきますから、そのままで待っててください!途中で帰ったりしないでね!」

 

 一気に捲くし立てると正軒は、有栖がシャツの胸元を開けたまま呆気に取られているのを残し、部屋から飛び出す。

 

 

 バンッッッ!!(玄関ドアを蹴り開ける音)

 

 

 …………………。

 

 

 パタン(閉める音)

 

 

 スタスタスタスタ…………。

 

 

有栖「アレッ、戻ってきた?」

 

 正軒は、若さ剥き出しでドアを開けたにも関わらず、部屋を出ぬままドアを閉め、有栖の下へ戻ってきた。

 あまりにも不可解な行動に有栖は首を傾げる。

 

有栖「どうしたんだ正軒?」

 

正軒「…………あのね、俺ね、外に出ようとしてたのよね」

 

有栖「ウン、知ってるが……」

 

正軒「でね、ドアを開けるとね、…………………………………その真ん前に」

 

 

 

 

 

 真田清美が正座してた。

 

 

 

 

 

有栖「うわ…」

 

 これには有栖も「うわ」って言わざるを得ない。

 出掛けようとしたら元カノが玄関前に座り込んでいた、ドン引きどころの騒ぎではない。

 

正軒「なんで?なんで?学校で しっかり撒いたと思ってたのに………ッ!」

 

有栖「お前が腕を骨折したと思い込んで、卒倒したのを放置して行ったのだよな?しかし、元々お前を訪ねてきたのだから、自宅の位置ぐらい知っててもおかしくないのじゃないか?」

 

正軒「…………引っ越そう」

 

有栖「そこまでッ?」

 

 正軒の 清美恐怖症というか、清美アレルギーというかは相当深刻なようだ。まあ、会ってからの記憶の大半が木刀で殴られるしかないのだから仕方ないかもしれないが……。

 

有栖「しかしまあ、別にとって食われるというわけではないだろう。それより、いつまでも外に座らせておくのは可哀想ではないか?」

 

正軒「えっ、どういうことですかッ?」

 

有栖「中に入れてやろう、世間体もあることだし……」

 

正軒「イヤですよ!むしろ塩 撒きたいんですけどもッ!」

 

有栖「そんなこと言わずに、まあいい、私が行ってくる」

 

正軒「やだーッ!やなのーッ!ボク帰る!びええぇぇぇぇぇッッ!!」

 

 なんだか大型犬をむやみに怖がる子供みたいになった正軒を無視し、玄関のドアを開ける有栖。すると、

 

有栖「うっわ…」

 

 ホントにいた。

 アパートの床に直接 膝を付き、体を小さく折りたたんで姿勢正しく正座している。

 その表情の思い詰めたること、これはさすがに正軒じゃなくてもドン引きしそうだ。

 

有栖「あ、あの~………」

 

 有栖は恐る恐る声をかける。

 

有栖「よかったら、中に入らないか?春先とはいえ そこは寒いだろう、床も硬いし」

 

清美「…いいえ、清美は ここにいます」

 

 清美は、伏せた視線を上げないまま言った。

 

清美「…正軒さまを剣の道に連れ戻すはずが……、逆に御怪我をさせてしまうなんて………!清美は役立たずです、いいえそれ以下です!清美なんか、正軒さまのお部屋に上がる資格などありません!」

 

 そうか、この子は正軒のケガが骨折ではなく ただの打撲だと知らないのだ。

 

有栖「ええと、あのな……」

 

清美「それでも、正軒さまの容態が心配で ここまで押しかけてしまった ご無礼をお許しください!願わくば、正軒さまの御怪我の具合を……、もし正軒さまの腕が元通りになるのなら、清美はこの命も差し出す所存です……!」

 

有栖「いやいやいや……」

 

 そこまで思い詰めんでも。

 このままだと玄関先で切腹でもされかねんテンションだったので、彼女の手を取って無理やりにでも室内に引っ張り込む。

 

有栖「ホラ、来なさい」

清美「イヤです~!清美は ここにいるんです~!正軒さまの お部屋になんて恐れ多くて上がれません~ッ!!」

 

有栖「いいから さっさと こっちに来い!へいやーッ!」

 

 有栖の気分は底引き網漁だった。

 

 

                 *

 

 

清美「…打撲ッ?」

 

 正軒の真実を知らされて、パッと表情の晴れ渡る清美。

 

清美「じゃあ、再び剣を取ることも…?」

 

有栖「直後はダメだが、回復すれば いくらでも振れるだろーよ。この程度のケガ、私の部ではしょっちゅうだ」

 

 あーあ、言っちゃったー、と横で正軒はふてくされ。

 元々清美を追い払うために ついた大ケガのウソなので、それが清美本人にばれては元も子もない。

 しかしそれでも当の清美は…、

 

清美「よかった……、よかった……!」

 

 涙ぐんで正軒の無事を喜ぶのだった。無明の世界から救いだされたかのような風情だった。

 まあ、正軒を剣術家として再起させるのが目的でやってきて、再起不能にしてしまったら さすがにどうしていいかわからんだろうが…。

 

正軒「ま、折れていようがいまいが、剣は もうやらないのは同じだけどよ」

 

有栖「正軒っ」

 

 有栖がたしなめるように言う。

 

有栖「お前な…、もうちょっと言い方というものがあるだろう?なんで そんな常に突き放す姿勢で……?」

 

正軒「なんだよー、先輩は俺が他の女に優しくしていいのかよー?」

 

有栖「フェミニストではあってほしいと思うのだが…」

 

 その間も清美は、正座のまま押し黙るのみだった。正座といっても、背筋は曲がり、顔は下を向き、意気消沈の様子が一目でわかる。

 

清美「………正軒さま」

 

 清美がおもむろに、頭を床にこすりつけた。

 

清美「このたびのこと、すべて清美の不徳のいたすところです。どうか…、どうか お許しください」

 

 正軒の剣士生命を危うく断絶させるところだった、そのことを清美はひどく思い詰めていた。

 そんな清美を見下ろして、正軒は別段 心に響いた様子はなく、むしろ冷めた口調で言う。

 

正軒「ヒトを殺したりケガさせたりすんのが剣士の仕事だろう。その剣士がヒトにケガさせて謝んのか?」

 

清美「―――ッ」

 

 正軒の皮肉満点の物言いに、清美の身が縮こまる。

 

正軒「そもそも、俺にケガさせて謝んのなら、もっと先に謝んなきゃいけねえ相手がいるんじゃねえか?」

 

清美「……………」

 

 清美は、しばらくの間、その言葉にポカンと呆けていたが、やがて その意図するところを理解し、自身の下げた頭を有栖へ向けた。

 

清美「すんみません!本当に申し訳ありません!」

 

有栖「いやいやいやいや……」

 

 たしかに有栖だって、清美から思い切り胴薙ぎを喰らってメチャクチャ痛かったけれど……。

 いかんな、清美と再遭遇した正軒は思いのほかサドッぷりを発揮している。

 正軒て、身内以外に対して容赦のないところがあるから。

 

正軒「まったく これだから お嬢様ってのは、自分の興味のあるものにしか目に映らないってか、下々のことなぞ気にかける必要もないってか?」

 

清美「…………ッ」

 

 おかげで ただでさえ萎縮している清美が ますます萎縮して、見ていて可哀想なほどだ。

有栖「(ううむ…!なんとか場を和ませる方法はないだろうかッ?)」

 

 日頃空気を読む正軒が、今日は空気を読んでくれないので必然的にその役に回らざるを得ない有栖。

 

有栖「(なにか、なにかよい方法は……!)」

 

 有栖の記憶の中から、一番上の兄・山県修一の言葉が浮かび上がる。

 

 

             *回想*

 

 

兄1『いいか有栖、仲違いした二人の関係を修復するに、一番効果的なものはな』

 

 

兄1『金だッ!!』

 

 

兄1『祝儀袋に(万札を)二枚も入れておけば いいだろう』

 

 

           *回想終わり*

 

 

有栖「―――この役立たずッッ!!!」

 

 そんな大人の倫理に汚れてしまった仲裁法があるかッ!

 兄の助言はまったく役に立たなかった。とすると、他に何かよい案は……。

 

 

             *再び回想*

 

 

母『そうねぇ、やっぱり人間イライラしている時はね、お腹がすいてる時なのよ』

 

 

母『美味しいお料理を食べて、お腹がいっぱいに膨れたら、ケンカしてたことなんて いつの間にか忘れてるわよ』

 

 

            *回想終わり*

 

 

有栖「―――それだッ!」

 

 さすがだ母さん!頼りがいのありさが兄とは比べ物にならない。

 有栖は声を弾ませて、言った。

 

 

有栖「料理をしようッッ!!」

 

 

正軒「は?」

清美「へッ?」

 

 当然付いて行けてない他メンバーだった。

 

              to be continued


 
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