No.1149570

「くだんのはは」余段(11/11)~鬼子神社事件始末~

九州外伝さん

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【ご注意】
この物語はフィクションです。実在または歴史上・の人物、実在の団体や地名、事件等とは一切関係ありませんのでご了承下さい。
●作中に 小松左京・著「くだんのはは」のネタバレおよび独自の考察が含まれます。ご都合が合わない方の閲覧はご遠慮下さい。
●日本の歴史、主に太平洋戦争について、やや偏見に伴う批判的・侮辱的な描写がございます。苦手な方は閲覧を控えて下さい。

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2024-08-07 06:15:55 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:90   閲覧ユーザー数:90

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「やっぱ、今日も載ってないな~」

「スポーツ新聞の三面記事なんかに載るもんか」

 朝食の席で新聞を広げながら茶(チャイ)をすするレイコに、鬼子がツッコミを入れた。

「教団のホームページにも何も出てないし、その他でも相変わらず根拠のない死亡説しか流れてませんからね」

 ボウルのフルーツサラダを取り分けながら菊一が言う。

 

 あれから3日後、場所は《日本鬼子神社》のキッチンである。

 

 《日本鬼子神社》の朝食は、量こそ多くはないが 朝食としては手が込んだ中華風のものばかりだ。特に 彩りがいい。

 これは、鬼子の出自である華僑の家の家訓をそのまま持ってきたものらしく、故に れっきとした日本の神社でありながら食卓が純和風のものだけで占められる日は、神社建立以来 今日まで1日もない。

 毎日の食事は完全に菊一の仕事なので、その苦労を思えば流石のレイコも頭が下がる思いだ。ただ、それを態度に出したりしないのが、コイツのコイツたる所以である。

 

「仮にも教祖で『生き神様』が おっ死んだってのに、『無かった事』にする気満々か。全く、これだから人間ってのは おっかねえや」

「殺した張本人がよく言えたな」

 今回の場合は相手が相手だけに同情もしないが、レイコは時折『神ならではの理不尽さ』を発揮しては、コレといった理由も無しに あっけなく人を殺したりしている。どう考えても人間よりも はるかに『おっかない』彼女に、人の事を どうこう言われたくない。ただ、それについてレイコを正そうとか、説得しようとかいう考えを、鬼子は とうの昔にに諦めていた。

「でも、大丈夫なんですかね」

 一人だけ深刻そうに菊一が言った。この中で一人だけ『人間』である彼には、今回の事件の結末について納得もいっていなければ、未だに割り切れてもいない。『神様』たちが、自分だけ勝手に納得していくつかの謎や疑問を残したまま『物語』を打ち切ってしまったのだから、当然と言えば当然である。

「教祖の父親も、悪魔憑きなんでしょう?その彼はまだ生きていて、しかも宗教界の闇の部分と太いパイプで繋がってる…放っておけば、また悪さをするんじゃないですか?教団自体も、まだ残ってるわけですし…」

「その辺は大宰府殿(大宰府天満宮・菅原道真公)に報告してありますんで。まあ、いよいよ放っとけないとなれば、ソッチから連絡が来るでしょ」

「お主の尻拭いとか、こっちは御免じゃからな?」

 本気で迷惑そうに釘を刺して、鬼子は話題を変えた。

「それより、お主はいつまで こうやってタダ飯をたかるつもりじゃ」

「鬼子様 言い方!!」

「今日の昼には発つよ」

 新聞を畳みながらレイコは答えた。

「あんまり終戦記念日 近くになると、やれ慰霊祭に顔を出せ、やれ追悼の歌を奉納しろと、あちこちから言われて面倒だしな」

「そのくらい引き受けんか、薄情者」

 そうボヤいて鬼子は揚げパンを一つまみ口に放り込んだ。

 

~~~◆~~~

 

 『面倒だ』と言った割に、レイコの足は靖国神社に向いていた。特に理由とかは無い。なんとなくの気まぐれである。

 神社の境内では、日本兵のコスプレ(クオリティは悪い、というか酷いのレベルだ)の若い男が、拡声器で憲法改正や軍備の必要性を叫んでいる。

「(ある意味これも、平和の象徴なのかもな)」とレイコは思った。

 そういう事を『わざわざ大声で訴える』必要があるという事は、転じて日本の多数派が『そのような考えを持っていない』という事でもある。少数派が世の中を動かそうと必死になって、言っては難だが『的外れ』な活動をしているうちは、まだこの国も大丈夫だろう。

 本当に恐ろしいのは、わざわざ拡声器で叫ぶまでもなく『皆が皆そういう考えになってしまった』時だ。そうなってしまえば、この国はまた『手遅れ』に向かって突き進んでしまうだろう。

 実際、レイコの世界の日本はそうなってしまった。

 まあ、それにしたって別にレイコの責任でも何でもないのだから、どこまでも他人事ではある。

 

 戦死者一覧の前で、レイコは幾つかの名前を探した。全員の名前がある。どれも、レイコが《火島霊護命(ひのしまの みたまもりのみこと)》として『必勝』の加護を授け、出征を見送り、結果『乗ってた兵員輸送船を撃沈させられ、その目で敵を見る前に海の藻屑と消えた』兵士達である。その報を知らされた遺族の心情は言わずもがな、レイコですら泣くに泣けない 惨めな気分になったのを昨日の事のように思い出せる。

 その彼らは、レイコ/火島霊護の存在しない この世界でも、やはり生き延びる事は出来なかったようだ。戦争という あまりにも大きすぎる時代の うねり の中にあっては、『神の加護』など あっても無くても同じという事か。変える事の出来ない『宇宙の真理』だったとでも言うのか。

 その『宇宙の真理』の端くれであるレイコは、こんな時 無性に自分自身が腹立たしく思えるのである。

 

 ふと気付くと、兵隊姿の青年が こちらを見ていた。

 生きている人間ではない。靖国に還ってきた『英霊』の一人であろう。普通の人間には見えないだろうが、『霊視』で見る限り 妙に像が鮮明である。一等兵の階級章まで判別出来る。

 となると、よほどの悔いを残して死んだのかと思いきや、その身なりは戦場で死んだとは思えないほどキチンとしている。遺族に手厚く供養されている証拠だ。並の霊能者なら彼の死因となった銃創痕も判別できないだろう。

 『青年』はレイコの視線に気付くとハッとなった表情を浮かべて

「しっ…失礼しましたッ!!」

と敬礼すると、決まり悪そうに銃を構えなおしてキビキビとした歩みで立ち去ろうとした。

 レイコはそれを呼び止め、とある海域と日時を指定すると、その時の犠牲者で靖国に還ってきている者がいるか聞いた。

 『青年』は一瞬 暗い顔をして

「…その戦闘で逝った同胞で…ここに還ってきた者は、現在17名であります」

と答えた。レイコの知るところの1割にも満たない。『青年』の表情を見るに、この世界でも似たようなものなのだろう。

「戻ってこれた者は、一度は友軍の艦に救助されるも傷深く、船上で息絶えた者と聞いております。

 戦況が戦況でしたから遺体を船に乗せておくわけにもいかず、やむなく水葬にされたらしいのですが、それでは あんまりだという事で小指を切り落とし、遺骨として持ち帰った…との事であります」

 それでも恵まれてる方だろう。他の犠牲者は骨一片・髪の毛一本もろとも 未だ海の底に沈んだままである。

 

「…自分も、戦場で逝けば 皆、魂が靖国に…日本に帰れるものだと思っておりました」

 残念そうなレイコの様子に同調したのか、『青年』も自身の事を語り始めた。

「しかし、いざ死んでみて『死んだところで、しょせん人間は人間』という事を思い知らされました。

 魂となり、肉体の枷(かせ)から解き放たれてなお、大海の波に阻まれ、天の風に吹かれれば、人はそれに抗う事叶わず。せめて遺骨の一本、叶わねば遺品の一つも持ち帰ってもらわねば、自力では故郷に帰れぬと知った時は、己の無知さを呪いました」

 それは彼のせいではあるまい。根拠の無い妄想を喧伝して はばからなかった帝国主義者たちのせいである。

「自分は、幸運にもそれが叶いましたが…まだ多くの戦友たちが、南方の地に取り残されたままであります。

 これといった手柄もない自分が日本に帰る事が出来て、日本男子として最後の最後まで戦いぬいた彼らが遠方に置き去りにされたままであるのが、悔しくて仕方ありません。

 それを今日は帰るか、明日は帰るかと待ちわびながら、数十年も こうして歩哨の真似事を続けております。女々しい話です」

「何をおっしゃいます。ご立派です」社交辞令でなくレイコは言葉を返した。「待つ者がいなければ、誰が彼らを日本に帰すでしょう。遺骨収集に ちっとも本腰を入れない政治屋連中に、爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいです」

 『青年』は照れて頭をかいたが、それはすぐに苦笑いに変わる。

「確かに、今でも時折、遠方から還ってくる者も いないではありませんが、それが一概に良い事とは…。

 日本に戻っても、既に自分が何者なのか分からなくなっている者、血縁者もまた空襲で全滅していて供養もされない者、日本が敗戦したという事実に絶望するあまり延々と『自害』を繰り返す者など…皆が皆、安らかに眠れるわけではありませんので…」

 戦争が終わったからといって即座に悲劇が止まるわけではない。それどころか、その爪痕は何年、何十年と尾を引くものだと、改めてレイコは思う。そんなクソにもならん事を、下天以来 彼女はどれだけ見てきただろう。

 そんな『戦争の現実』が詳細に記され、誰でも知る事のできる現代でさえ、何の疑問も持たずに『新しい戦争』をやろうとする馬鹿が後を絶たないのだ。

 

「自分も、それには憤慨しております」

 『青年』は初めて険しい顔を見せて言った。

「確かに、自分達は お国のために命を捧げました。それは、我々ひとり一人の覚悟の上ですから、それは良いのです。

 ですが戦争が終わって以降も、我々を引き合いに出しては自らの主義主張の道具にする輩が、なんと多い事か。それも、自身が国のために身を捧げるのではなく、他者に それを強いようという連中がです!

 そういう者どもが絶え間なくやって来ては、死した者を悼むでもなく、我々や日本が辿った哀れな運命を再び繰り返さんと、筋違いな願をかけていくのです。

 そんな不届者を見るたびに、『我等の死は、命は何だったのか』と やりきれなくなります」

 レイコは何も言えなかった。なにせ、レイコは元の世界で『そんな不届者』に完全に無視を決め込み、その結果としてレイコの世界・時間軸の『真日本帝国』は誰一人気付かない形で終焉の一歩手前まで来てしまっている。

「彼奴らどもは、あれでも人間なのでしょうか。自分には『人の顔をした化け物』のように思えます」

「そんな事は おっしゃらないで下さいまし」

 レイコの脳裏に『あの母子』の姿が一瞬浮かんだ。

「『人の顔をした化け物』には、人の情くらい ありましたゆえ」

 

 

 社を出ると、先程のコスプレ男が警備員と揉めている最中だった。

「なぜ分からないんだ!!」

 コスプレ男が叫ぶ。

「この国に蔓延する危機を、なぜ是正しようとしない!!そんな事で英霊達に顔向けが出来るのか!!」

「(テメエこそ どのツラ下げて九段坂 上ってきやがった)」

 心の中でレイコは思った。自分の頭ン中の危機に気付きもせず、それを是正も出来ない人間が世直しなど片腹痛い。まかり間違ってコイツらの望むような時代がやってくるとして、そんなバカな世の中は《くだん》でも予言したくあるまい。

 

 喧騒を通り過ぎ、鳥居をくぐるとレイコの姿は誰にも気付かれずに夏の日差しの中に消えていった。

 後には蝉時雨が残るのみである。

 

■■(「くだんのはは」~鬼子神社事件始末~ 了)■■

 


 
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