「・・・ここは?」
華琳は一人、その場に立っていた。目の前には、一軒の家。普段見慣れている家々とは少し風貌が異なって
いる事に気になりはしたものの、華琳はそれ以上に気になったものがあった。
「ほん、ごう・・・」
家の玄関の横に掛けられている、文字が彫られた木札。そこには『北郷』とくっきりと彫られていた。
華琳はこの名前に覚えがあった。そして頭に一人の青年の姿を思い描く。この時、華琳は彼が元いた世界
に迷い込んでしまったのではないかと思ってしまった。
「おじいちゃ~~ん!!」
すると、家の庭の方から少年の元気な声が聞こえてくる。庭の方を覗いてみると、そこには軒下で腰を下ろす
老人とその老人にじゃれつく、恐らく孫なのだろう・・・幼い少年がいた。
「ボク、もっとつよくなりたい!」
「なんだ?藪から棒に・・・いきなり。何で強くなりたいのじゃ?」
「つよくなりたいから!」
「だから・・・、何で強くなりたいのかを聞いておるんだが」
「ジイちゃんにかちたいから!」
何だか少年の方が老人を困らせている様にも見える。華琳はそんな少年が誰なのか気になったが、
華琳の今の位置からではちょうど老人の体で隠れてしまい、見る事が出来ない・・・。
「ジイちゃん、しんじゃやだ・・・」
先程まで元気な声がいつの間にしょんぼりとした声になっている。老人はひどく困っているようだ。
「馬鹿モン、もしもの話だ。もしもの。すぐ泣くな!強くなりたいのだろ?
ならば、まずは泣かない事だ」
「・・・うん」
すると、老人は少年の頭を撫で触ると、諭すようにこう言った。
「・・・良いか、一刀。『強さ』とは『心』と深く繋がっておる。どんなに強くとも、心が弱ければ、
人はその強さで自分を殺してしまう。本当に強くなりたいのならば、まずは心を磨け。どんな事があっても、
決して挫けぬ心に鍛えるのだ。そうすれば、強さは必ず付いてくる」
あぁ、やっぱり・・・、華琳は一人納得する。あの少年は一刀なのだ。つまりはあの老人は一刀の祖父と言う
事になる。もっとも、まだまだ疑問は絶えず残ってはいるのだが・・・。
「ぶ~~~~~~んっ!!!」
「?」
少年の声が近づいて来る。少年は両手を大きく広げ、鳥の真似(恐らくは飛行機の真似なのだろうが・・・)
をしながら庭から飛び出してくる。隠れていた華琳に横目もくれず、一刀少年そのまま外の通りへと飛び出して
しまった・・・。
「・・・・・・」
華琳はただ一刀少年の背中を見送るだけであった。
「・・・おや?どちら様かな・・・?」
「あ・・・」
後ろから声が掛かり、華琳は反射的に後ろを振り返る。そこには先程の一刀の祖父が立っていた。
「・・・ごめんなさい。歩いていたら、あの子の声が聞こえてきたもので」
「うぅ~む、聞こえていたのですか?いやいや・・・、我が孫ながら恥ずかしい・・・」
祖父は恥ずかしそうに、苦笑いする。
「その様子では、随分とお手を焼いているのでしょうね」
「はぁ~、全く。家は代々から剣術の道場をやっておりまして、孫にも剣術のいろはを教えているの
ですが、これがまた中々・・・、稽古はさぼる癖して、強くなりたいと言うもので・・・」
「ふふっ・・・。それ、分かる気がします。私の周りにも、似たような人間がいるので・・・」
華琳自身、一刀には振り回されてばかりであったため、祖父の苦労が分かる様な気がした。
「あっははははは・・・、それはそれは、お互い大変ですねぇ~」
と、二人は愛想笑いする。
「それにしても、『心を磨け』・・・ですか」
「はい・・・?あ、あぁ・・・もしかすると、聞こえていましたか?これはまた恥ずかしい!」
「けれども、それが真理なのでしょう?」
「それは勿論。心が弱くては、何事にもすぐに負けてしまいますからなぁ・・・。これから生きて行けば、
いやでも辛い目に会う。何事にも挫けず、諦めない精神を鍛えておかないといけない・・・しかし、今の孫を
見ていると、どうも心許ない・・・」
祖父ははぁ~と深いため息をつく。そんな姿を見て、華琳は思った事を口にした。
「先程・・・、私が言っていた人物・・・、彼は、目の前の苦難を自分の心を信じて、幾度と乗り越えて
来ました」
「・・・・・・」
「それはきっと磨かれた心で無ければ、きっと成し得る事の出来なかった事でしょう・・・。そして今も、
自分の心を信じて・・・戦っています。お孫さんはあなたの言葉をちゃんと受け止め、その真理を理解できて
いるのでしょう」
最初は華琳の言う事が一刀の祖父には分からなかった。だが、少しして、なんとなくではあれどその意味を
理解する。
「・・・・・・どうでしょうかなぁ。あの馬鹿孫が本当に分かっているのか・・・。今まで一緒に旅を
してきたが、やはりどうも心許ない」
「え・・・?」
最初は一刀の祖父の言う事が華琳には分からなかった。だが、少しして、なんとなくではあれどその意味を
理解する。
「あなたは・・・、ひょっとして・・・」
「もうあいつはわしの手の届かない場所にいる。だからもう、わしには何も出来ない・・・。」
そう言うと祖父は、華琳に深く頭を下げる。
「自分の代わりに、孫の事を頼みます・・・、曹孟徳殿」
その瞬間、華琳の意識が断たれる。
「・・・・・・っ」
意識を取り戻す華琳。先程の出来事が夢であると理解するには、少し時間がかかった。
「夢・・・、違うわね。あれは・・・」
―――自分の代わりに、孫の事を頼みます・・・、曹孟徳殿
「・・・本当に世話の焼ける男だ事・・・」
華琳は脇を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる。そして、一刀がいる場所へと拙い足取りで向かうのであった。
「はぁっ!」
「せぃやっ!」
ブゥオンッ!!!ブワァアッ!!!
ザシュッ!!!ドガァアッ!!!
「がはぁ・・・!」
一刀と左慈の攻撃を受ける外史喰らいの中枢を担う男。攻撃に怯んだ隙を狙って、二人は男に追撃を仕掛ける。
ブゥオンッ!!!ブワァアッ!!!
ガギィイッ!!!ガゴォオッ!!!
だが、男は二人の攻撃を二本の剣で同時に受け止める。
「ふんッ!!!」
ガッゴォオオオッ!!!
両腕に力を込め、二本の剣を振り払って二人を弾き返す。
「ぐわぁ!」
「がッ!」
体勢を崩す一刀と左慈。そして今度は男が攻勢に回る。
ガッゴッ!!!
二本の剣が再び一本の両刃の大剣になる。そして男は大剣を手に取り一払いすると、刀身に力を注ぐ。
すると、刀身は黒く汚れた光に包みこまれる。
「はぁぁぁああああああっ!!!」
男は大剣を大きく振り上げる。
ブゥオオオンッ!!!
大剣を振り下ろし、境界の無い地面を叩き割る。
すると、刀身から地割れした箇所を伝って、大量の黒い光が波の様に二人の元に押し寄せて来る。
「うわぁあああっ!」
「ぐ、ぐわぁあああっ!」
光に飲み込まれる二人。この時、一刀は刃を手から離してしまい、刃は一刀とは別方向に流れてしまった。
光は二人から力を徐々に奪っていきながら、次第に拡散し消滅する。大剣は再び二本の片刃の剣になり、
男の手に戻る。
「ぐ・・・、くそぅ・・・!」
「はぁ・・・、はぁ・・・、はぁ・・・!」
悪態をつきながら横倒れる左慈と肩で息をしながらうつ伏せに倒れる一刀。どちらもすでに体は
満身創痍、同化の進行で痛みが全身を襲い、感覚を狂わせる。もはや痛みが痛みと認識できなくなっていた。
「はぁ・・・!くそ、北郷!しっかりしろ!」
傀儡兵達の相手をしながら、春蘭は一刀に声を掛ける。数の減らない傀儡兵に春蘭達にも体力の限界が
押し迫っていた。それと同時に彼女達の体にも異変が起こる。
「しゅ、春蘭さまぁ!」
「どうした、季衣!?」
「ぼ、ぼ、ぼ・・・ぼくの手が・・・!手がぁ・・・!」
「・・・っ!?」
季衣の指先から少しずつであるが、黒い文字へと変わっている。春蘭も自分の手を見ると、案の定、季衣と
同じ現象が起きていた。
「な、なんだこれはぁああああああっ!?」
「落ち着け、姉者!・・・私にも同じ事が起きている」
「しゅ、秋蘭?!」
秋蘭の姿を目を丸くして見る春蘭。秋蘭の左肩が自分の手と同様に、文字へと変わりつつあった。
それは他の者達にも同様の現象が起き、皆々困惑を隠せない。
「外史の削除が最終段階にまで移行しましたか・・・!これは、早くなんとかせねばなりませんね・・・」
干吉は眼鏡を掛け直しながら、春蘭達に起きている現象の原因を理解する。
「まずいわねぇ~、もうこれは本当にやばいかも知れないわねぇ!」
貂蝉は腰をくねらせながら、現状の危険を察知する。なお、貂蝉と干吉は厳密にいえばこの外史の住人では
ないため、春蘭達の様な現象は起きていない。
「成程・・・、これが削除される・・・と言う事なのだな」
額に一筋の汗を流しながら、秋蘭は一人納得する・・・。
「・・・!」
ブゥオンッ!!!
ザシュッ!!!
「ッ!!!」
春蘭は襲いかかって来た傀儡兵を太刀で叩き切る。その両腕はがくがくと震えている・・・。
そしてもう一度、一刀を見る。一刀は今だ立ち上がる事も叶わず、倒れたままだった。
「・・・ま、まずい!もう、時間が・・・!」
春蘭達の異変に気付いた一刀。立ち上がろうと必死になるが、体が言う事を聞いてくれない。それは左慈も
同様に、立ち上がろうとするが、思うように上がらない。
「く、くそぉ・・・!動け!動いてくれぇ・・・!」
自分の体に言い聞かせる一刀。だが、そんな事を言ったところで体が言う事を聞くはずも無い。
ドガァアッ!!!
「ぐわぁあ・・・っ!!」
一刀の背中を上から思い切り踏みつける男。
「一刀、見るといい。もうすぐ全てが無に還るよ。あれだけの大言を吐きながら、君は何も守る事が出来ないようだ」
ドガァアッ!!!
「ぐぅうう・・・ッ!!」
「所詮、君も作られた存在。そして、作られた、偽りの感情を武器にした時点で、この僕に勝てるはずも
なかったのさ」
「な、何だとぉ!?」
「一刀、教えてあげるよ。最後に僕なりに考えた『心』という概念の結論を・・・」
「ぐ・・・、がは・・・!」
そう言いながら、一刀を踏みつける足に一層力が入る。
「心・・・、それは人の欲の塊。ああしたい、こうしたい・・・そんな欲望が寄せ集まったものだ。
負の感情は、言うなればその欲望から生まれるもの。なら、その相反する感情は・・・正の感情とは
何だろう?答えは簡単だ。負の感情を隠すための仮面なんだ。愛、友情、信頼、思いやり・・・そんな
言葉を感情と偽って、本来の自分の姿・・・ひどく醜い人の性を隠し、自分は綺麗な人間なのだと周り
に思われる事で、欲望を隠し続ける事が出来る・・・」
「・・・ち、違う・・・!」
「違う?何が違うというのかな?君は愛、友情・・・なんてものが存在するとでも?本当にそう思っている
のか?この人が好きだ、この人は友達だ、この人を信じている・・・、それは本当の事象?違う、そんな
ものは建前だ、口実だ・・・。本当はその人間が自分にとって、有益か無益かを判断しているに過ぎない。
自分の欲望を効率良く満たしてくれる存在かどうかを、それを言葉を上手く使って綺麗事にしているにしか
過ぎない・・・」
「違う・・・!」
「違わない!!」
ドガァアアアッ!!!
「ぐわぁあああああああああっ!!!!」
「・・・っ!?隊長・・・、隊長っ!!!」
先程までうずくまっていた凪が突然、顔を上げると、飛び上がる様に立ち上がり、柱の裏から飛び出して
行ってしまった。
「お、おいぃ!凪、どこに行くねん!?」
「凪ちゃん!待ってなのぉ!!」
飛び出して行ってしまった凪を追いかける真桜と沙和。すでに三人も春蘭達と同様の現象が起きていた。
「・・・一刀!」
華琳の耳に、一刀の叫び声が聞こえて来る。急ぎ、彼の声がした方向へと急ごうした時、彼女の目に何かが
映る。それは一刀の剣、刃であった・・・。
「・・・これは、一刀の剣」
華琳は地面に落ちている刃を拾い上げる。刃の刀身がほのかに青白く輝いているのが分かる。華琳は刃を
持って、先を急いだ。
「がは・・・、ぁ・・・、ぁあが・・・!」
咳込みながらその口から血を吐き出す一刀。
「人の性は悪。だから人は自分を愛、友情、信頼なんて綺麗な言葉を使って自分を彩り、その性を偽る。
・・・もう一人の僕がその証拠だ」
「・・・はぁ、・・・はぁ、・・・?」
「僕達は二人で一人の存在、表裏の関係・・・、つまり、僕と対称の存在が彼女だ。僕はさしずめ負の感情
の塊。ならば・・・、彼女は正の感情の塊と言う事になる。でも、実際の彼女はどうだ・・・。何も無い、
空っぽなんだよっ!何の感情も持たずに、彼女は生まれたんだ!!悲しい事だとは思わないか?心がある
に、中身が空っぽなんだよ・・・」
「だから、正の感情なんて存在、しない・・・?」
「そうだ。それが事実なのさ・・・一刀」
「いいえ・・・、それは違うわ」
男の言葉を真っ向から否定する声。
「華琳・・・」
一刀は華琳の姿を見つける。そしてその手に、刃が握られている事に気がつく。
「あの娘の心が空っぽ・・・、それは言うなれば、生まれたばかりの赤子と同じ事。最初は何も無い
ところから始まるものなのよ。その状態から周りから刺激を受け、それを自分自身で考え、悩み・・・
そうやって物事を一つずつ覚えていく・・・。そして、それはあなたとて同じ事・・・」
「何だと・・・?」
「あなたも最初はあの娘と同じく、心は空っぽだったのでしょう。けれど、あなたは彼女よりも早く
怒りや悲しみ、憎しみといった感情を知り過ぎてしまった・・・。無垢で純粋なあなたの心はその感情に
囚われ、疑問を抱く間も無く、あるがままに受け入れてしまった・・・」
華琳は男に諭すように話しかける。男はそれを口を挟む事無く黙って聞いている。
「あなたの言う通り、人の性は悪で、それを隠すために綺麗事で飾り付けているのかもしれない。
私でもそう言われてしまえば、否定しかねるわ・・・。けれども・・・心というのは、怒りと悲しみだけ
では無い・・・、他にも喜び、好意、愛しさ・・・、それらが複雑に絡み合い、折り重なる事でそれが心
になって・・・」
ブゥオンッ!!!
ザシュッ!
華琳の横を何かが物凄い速さで横切る。
ガッゴォオオオッ!!!
そしてそれは華琳の背後に立っていた柱に突き刺さる。それは男が右手に持っていた片刃の剣であった。
剣の刃が掠ったのか、華琳の頬から一筋の血が滲みだす。
「・・・成程、僕は勘違いをしていたようだ。この外史のイレギュラーは一刀以外にもう一人いた」
そう言って、左手に持っていた剣の切っ先を華琳に向ける。
「華琳、君だ・・・。一刀同様、早いうちに始末して置くべきだった」
「そう・・・。なら、あなたは最大の失敗を犯した事になるわね」
「あぁ・・・。だが、それも今終わる!」
男は一刀の胸から足をどかすと、華琳の方に向き直り、剣を振り上げる。
「・・・ま、まずい!華琳・・・、逃げ・・・!」
一刀が話し切る前に、男は華琳に襲いかかる。華琳はその場で刃を盾にして待ち構える。
「はぁあああああああああっ!!!」
ブワァアッ!!!
「ッ!?」
バゴォオオオオオッ!!!
そこに思わぬ割り込みが入る。
「凪!」
華琳に襲いかかろうとしていた男に横から氣を溜めた蹴撃を放った凪。蹴撃は男の左横顔を捉え、瞬間
氣が爆発、男の首は右へと捻じれ、たまらずその場で立ち止まる。
「くぅ!?・・・のぉッ!!」
ブゥオンッ!!!
男は首を戻すと、剣の峰の部分で凪の脇腹を叩きつける。
ドガァアアアッ!!!
「がぁ・・・!」
口から血を吐き出しながら、凪は吹き飛ばされる。
「凪!」
凪の身を案じ、彼女の元に駆け寄ろうとする華琳。
―――今だ・・・!!
「えっ?!」
頭の中に直接声が聞こえてくる。すると刃の刀身が先程よりも強く輝いているのに気付く。
「っ!!」
華琳は迷いと躊躇を捨てる。そして、刃を逆手に持ち直し、力の限りに男に刃を投げ飛ばした。
「凪!」「凪ちゃん!」
地面を何度も転がる凪を真桜と沙和が受け止める。
そして、華琳が投げ放った刃は真っ直ぐと男に飛んでいく。
「・・・ふっ!」
男は自分に飛んで来る刃を避けるべく、体を横にずらす。だが、刃はまるで意思を持っているかの様にその軌道
を変え、男に向かって飛んでいく。
「なっ!?・・・ちぃ!!」
男は止む得ず、刃を叩き落とすべく剣を振り上げ、刃の刀身が自分の間合いに入った瞬間、振り下ろした。
ガッゴォオオオッ!!!
ザシュゥゥゥウウウウッ!!!
「がぁああああああっ!?!?」
確かに男は刃の刀身に剣を振り下ろした。普通ならば、刃の刀身は無残に砕け、地面に散らばるはずであった。
だが、そうはならなかった。男が振り下ろした剣は、逆に刃に弾き返され、男の手から離れる。そして、刃の
切っ先は、男の腹部を刺し貫いた。男は両手で刃の刀身を押さえつけるが、その勢いが削がれない。地面と両足
が擦れながら、男の体は平行移動し続ける。
「南華老仙・・・!!お前は・・・!どこまでも僕の邪魔を、する気かぁあああ・・・ッ!?!?!?」
刃から男の体に流れるもの・・・、それは南華老仙の心。南華老仙が刃に込めた最後の存在が男の中へと
浸透していく。男は渾身の力を振り絞り、ようやく平行移動が止まる。だが、男は腹部に刺さった刃を引き
抜こうとするも、逆に深く突き刺さっていく。刀身を握る手から青白い炎が上がり、刀身を中心に炎は燃え
広がっていく。左慈はこれを見て、最後のチャンスだと確信する。それは一刀も同様に確信していた。
「北郷・・・ッ!」
「・・・あぁ!」
互いに頷く二人。そして決死の覚悟でボロボロの体を奮い立たせ、立ち上がる。
「「うぉぉおおおおおおおおおおっ!!!」」
気合いを込めた声を上げ、一刀は左拳に、左慈は右足に全ての力を込め、そして走り出す。
一歩一歩、強く、確実に、踏みしめ、二人は男に近付いていく。力を込めた個所から青白い光が溢れ出す。
「はぁッ!」
ブワァッ!!!
左慈は一人、高く飛び上がる。
「・・・っ!」
一刀は、そのまま走りながら、左拳を握りしめ、振り上げる。
「とああああああああああああっ!!!」
「うぉおおおああああああああっ!!!」
そして二人は男に最後の攻撃を放った・・・。
ブォォォオオオオオオオオオオオオオオ――――――ッッッ!!!
三人を中心に白い光が空間内を包み込む。姿も、音も、時間も、何もかもが白く掻き消された世界・・・。
一刀と左慈が放った最後の攻撃がどうなったのか、外史喰らいの男がどうなったのか、それさえをも分からず、
ただその世界に一人、華琳だけがそこに存在していた・・・。
「・・・どう、なったのかしら?」
唐突で意外な展開に、さすがの華琳も困惑する。
「春蘭・・・!」
・・・・・・・、返事は無い。
「秋蘭・・・!」
・・・・・・・、返事は無い。
「季衣・・・!流琉・・・!」
・・・・・・・、返事はやはり無い。
「一刀・・・!」
・・・・・・・、返事はやはり無かった。
「・・・・・・・・・」
そして沈黙する。再び静寂に戻るこの白しかない空間。
そんな白の中から、華琳は動くものを見つけ、目を凝らして見る。それはだんだんと華琳に近づいて来る。
「あ・・・、あなた・・・」
華琳はその動くものの正体に覚えがあった。だから華琳もその動くものに近付いて行った。
そしてある程度近づき、二人は立ち止まる。
「・・・あそこから出られた様ね」
華琳の言葉に首を縦に振って答える。
「・・・、一体何が起きたのかしら?急に白くなってしまったようだけれど・・・」
華琳の言葉に、一瞬困ったような顔をするも、すぐに顔を変え、口を開く。
「ごめん、なさい・・・。本当なら、他の人達と一緒に、あの外史に戻すつもりだったのだけれど、
どうしても・・・伝えないといけない事があって・・・」
「・・・そう。皆は無事、なのね・・・」
華琳の言葉に首を縦に振る。それを見て、華琳は安著する。
「・・・でも、二人はそうはいかなかった。もう一人の私を消してしまう程の力を使ってしまったから、
玉との同化が一気に進行してしまって・・・」
「まさか・・・!」
「・・・今、私の胎内で無双玉と肉体とを分離している所です。本当はその前に合わせてあげたかったのだけれど、
そんな事をしている時間が無かった・・・」
「どれくらいかかるのかしら?」
「・・・計算上、約三月ほどの時間が必要になると、思う・・・」
今にもごめんなさいと言いそうになりそうな顔をする。それを見た華琳は首を横に振る。
「気に病む事は無いわ。あなたはそうするべきだと判断したのでしょう?なら、それでいい・・・。
それともう一つ、もう一人のあなたは・・・どうなったのかしら?」
華琳の疑問に、口では無く指で指し示す。華琳はその指先にあるものを見る。
「それは・・・」
右片方にしか無かったはずの認識用のマーカーが、今は左片方にも存在していた。
「彼は・・・、私の中にいます。あなた達は彼の存在を『否定』した。けれど、私にとっては間違い無く
もう一人の自分・・・。『否定』したくはなかった。だから・・・」
「あなたはその存在を『肯定』した・・・?」
華琳の言葉に首を縦に振る。
「・・・私は、これから外史を修復に回ろう思います。今まで集めてきた情報を元にして・・・、本来の在る
べき形に戻していこうと思う・・・」
「あなたに出来る・・・?」
華琳の言葉に今度は首を振らなかった。少し俯き、考えている。
「頑張って、みる。・・・今度は、私自身で見つけたいから・・・」
「頑張る・・・ね。ならやってみなさいな・・・。それで分からなくなった時は、私のところに来ればいい」
そう言って、華琳は微笑む。
「・・・あなたに伝えなくてはいけない事・・・。彼の言葉を、あなたに届ける事・・・」
「え・・・?」
「『今度はもう何処にも行かない』・・・彼からあなたに送られた言葉・・・、確かに伝えました」
一刀の言葉・・・、それはかつて自分が犯した過ちを繰り返さないと約束する誓い。
「・・・今度は・・・か。その言葉、確かに伝え聞いたわ。・・・それじゃあ、一刀の事、頼んだわよ」
「あ、あと・・・」
言ってしまいそうになる華琳を慌てて止める。
「あと・・・最後に、伝えなくてはいけない事・・・。私の言葉を、あなたに伝える事・・・」
「・・・?」
そう言って、華琳に自分の言葉を伝える。
「・・・ありがとう、華琳・・・」
その時の少女の笑顔は、間違い無く本物だったと、確信する華琳であった・・・。
第二十六章~繰り返される突端と終端・後編~
―――???・・・
「待ってくれ、左慈!」
先を行く左慈を追って、ようやく追いつく一刀。呼びとめられた左慈はその歩みを止める。
「・・・貴様もしつこい男だ。そんなに俺に殺されたいのか?」
「そうじゃない・・・。これからお前はどうするんだ」
「・・・さぁな。お前を殺す・・・、それが、それだけが俺の存在意義だった。
だが、俺達が眠っている間に外史喰らいが外史を修復してくれたおかげで、それも意味の無い事に
なってしまった・・・」
「本家の外史も、そこの俺も・・・復活したわけだからな」
「何を知った風な口で!!俺はまたしても外史を『否定』する事が出来なかった!・・・貴様は、
またも俺から存在意義を奪ったんだ!」
そう言って、一刀の胸倉を乱暴につかみ取る。
「・・・済まない」
「済まないだと・・・?そんな言葉で、貴様が俺にした事を精算できると思っているのか!?」
左慈は掴んでいた胸倉を離し、一刀を突き放した。
「俺は貴様が嫌いだ!・・・俺の邪魔ばかりして、一方で貴様は一人女共に囲まれて、都合の良い
外史の中で悠々とのぼせやがって・・・。何だこの扱いの差は!?何故俺がお前のために、正史の人
間共の下らん欲望のためにこんなみじめな思いをしなくてはいけない!!それともそれが俺の存在意義
なのか・・・、運命だと言うのか!?どうだ、北郷!!」
自分の怒りを目の前の一刀に突き付ける左慈。一刀はそんな左慈のすごみに戸惑ってしまう。
「それは・・・、俺にも分からない」
申し訳なさそうに、俯き加減でそう答える。
「ふん、だろうな。貴様に俺の事など分かるはずもないのだからな」
左慈は吐いて捨てる様に言い放つ。だが、一刀は話は終わっていなかった。
「確かに俺はお前の事を全て知っているわけじゃない。でも、これだけは分かる・・・」
「何だと・・・?」
「存在意義とか、運命とか・・・、最初は誰かから押し付けられたものなのかもしれない。お前は・・・
それに従うしかなかったのかもしれない。・・・でも、今は違う。今のお前はそんなものに縛られていない、
本当の意味で自由だ。なら、お前は・・・お前の望む生き方を選ぶ事が出来るはずだ!」
「出来るはずだと・・・!?ふざけた事を抜かすな!この俺が今更、どのような生き方をすれば
いいというのだッ!!」
「それを決めるのがお前自身だろうッ!!」
「・・・ッ!」
叱りつける様に大声で怒鳴る一刀に左慈は思わず息をのみ込む。
「自分がどうするかを決める事が出来るのは他の誰でも無い・・・、自分だけじゃないのかッ!?」
「・・・・・・」
返す言葉を無くす左慈。だから一刀は話を続ける。
「だからお前も自分で決めろ・・・、自分の存在を。今のお前なら、出来るはずだろ?・・・それで、
俺を殺す事がそうだって言い張るのなら、俺は何も言わない・・・」
「貴様・・・」
左慈の表情に怒りや憎しみは無く、少しとげのない丸い表情になっていた。
「・・・左慈、お前に頼みたい事がある」
一刀は左慈に改まって話を始める。
「あの娘は今、自分達が壊した外史を修復しながら、外史が過飽和化しないように調整も行っている・・・。
でも、まだまだ身も心も幼いあの娘では、やはり限界がある。干吉にも話したが、お前にもあの娘の力に
なって欲しいんだ・・・。あの娘がちゃんと自分の使命を果たせるように、間違った方向へと向かわない様に」
「それはおれにそうしろと命令しているのか?」
「最初に言っただろ、頼みたいって・・・。だからどうするかはお前が決めてくれ」
そう言って、一刀は左慈の返答を待つ。そんな一刀の顔を見て、黙って考える左慈。
「・・・・・・・・・ちッ」
そして嫌そうな顔で舌打ちをする。
「やはり・・・、俺は貴様が嫌いだ。・・・そんな顔で俺を見やがって。俺がどうするか、端から
分かっていると言わんばかりの顔をしやがって・・・!」
悪態をつく左慈。そして一刀の方へと歩み出し、一刀の真横で再び足を止める。
「・・・まぁ、いいだろう。俺もこれからどうするか・・・、それが定まるまでの間くらいは、貴様の
思惑どおりに動くのも一興だろう・・・」
「そうか・・・。ありがとう、左慈」
「ふん、勘違いするな。飽くまでも暇潰しの一環としてやるだけの事。別に貴様のためではない・・・」
そして、結局最後まで顔を合わせる事も無く、左慈は来た道を戻って行く。一刀はそれをただ黙って
見送るのであった・・・。
―――二人は言うなれば、光と闇・・・
―――北郷一刀という光の裏に左慈元放という闇が存在する・・・
―――この関係は決して変わる事は無く、決して終わる事は無い・・・
―――だからこそ、この二人の間に生じた溝が埋まる事は決してない・・・
―――一刀が外史を肯定し、左慈が外史を否定し続ける限り・・・
―――全てはあの時から始まった・・・
―――たった一つのあの外史から・・・
―――しかし、それでも一刀は信じている・・・
―――その関係が、いつか違うものへと変わって行く事を・・・
―――そして、一刀は歩き出す・・・自分の帰るべき場所へ・・・
―――あれから三ヵ月後・・・
「久しぶりだな・・・、ここを通るのも」
森の獣道といっても差し支えない程の道を、川の水を注いだ桶とあらかじめ摘んできた花束を両手に
抱えながら、姜維は一人歩いていた。その道を歩いていけば、その先にかつての自分の生まれ故郷が
見えてくる。人里からかなり離れた山間にかつて存在していた小さな村。そこがこの少年の故郷だった・・・。
だが、今はもうその姿は無く、あるのは、燃えた家の残骸と、その中央に村人達の墓標が立てられていた。
「・・・・・・」
姜維は何も言わず、木で出来た墓標一つ一つ丁寧に水をかけ、花を添え、線香を上げる。特に自分の妹の墓
には妹が好きだった花で作った花冠を添えた。
「さて・・・と」
一通り墓の手入れも済み、姜維は墓場全体を見渡せる場所へと移動する。
「あ・・・」
その際、姜維は意外な人物に出くわす。そこには桃香、愛紗、鈴々がいたのだ。愛紗の手には溢れんばかり
の花束が、鈴々の手には水の入った桶が握られていた。桃香は何も言わず、無言のまま姜維に頭を下げると、
姜維もそれに合わせて頭を下げるのであった。
墓標に添えられた線香の煙が天高く昇っていく中、四人は墓場の前で一緒に眼前で両手を合わせ、黙祷した。
「正直、あんたがここに来るとは思いもしなかった」
黙祷を終え、墓地から少し離れた場所にて姜維が先に口を開いた。
「そうだね・・・、私もあなたの事を、この村の事を知らなかったら・・・来る事は無かったと思う」
「・・・だろうな」
桃香の言葉を、冷たくあしらう姜維。正和党の反乱が収まった後のあの日、和解出来たとはいえ、やはり
この話題になると、どうしてもとげのついた態度を取ってしまう。
「あの戦いの原因は、確かに私にもあった。私がちゃんとしていれば、戦いが起こる事は無かったはずだから。
皆を笑顔にするためにと言っておいて・・・、そんな私のした事が、皆の笑顔を奪ってしまった。
・・・そしてここは、私の犯した過ちの場所・・・。私の罪をその身に刻んで、忘れないために私は来たの」
「蜀の王として・・・か?」
「・・・・・・・・・」
急に黙り込む桃香。気まずい・・・と言うよりも、少し困った表情を浮かべている。それを見て、姜維は
肝心な事を思い出し、困った表情で後ろ頭を掻き始める。
「・・・そうだった、もうあんたは王様じゃないんだよな?」
「うん、だから・・・蜀の王じゃなくて、一人の人間として・・・になるのかな、きっと」
桃香がそう言うと、姜維は頭を掻くのを止め、その辺りの事について語り始める。
「国民国家・・・。一人の人間がじゃなくて、その国に住んでいる人達全員で国を営む。
大した理想話だけど、要は責任逃れだろう?あんたが王様を止めると言って、本当に辞めるものだから、
おかげで蜀の中は一月ぐらい、ずっとごたごたしっぱなしだったぜ」
そう言われ、桃香は思わず苦笑いになってしまう。
「あっははは・・・、相変わらず厳しいなぁ~・・・。けど、確かにそういう風にもとれちゃうよね」
「桃香様・・・」
横にいた愛紗が桃香に心配そうに声を掛ける。
「でもね、姜維君。少し言い訳っぽいかもしれないけど、これ・・・私が入蜀した頃からずっと考えていた
事なんだよね」
姜維と愛紗はそれを聞いて、意外と驚きを隠せなかった。
「そう、なのか・・・?」
「うん」
「桃香様、それは私も初耳です」
「今まで皆に言っていないだもん、当たり前だよ」
「割と早い時期から自分の無能さに気付いていたって事か」
「姜維」
愛紗はそれ言葉が過ぎるぞと、言わんばかりに姜維を睨みつける。だが、桃香になだめられ、愛紗は
睨むのを止め、身を引いた。
「まぁ、ね・・・。あの国を統べる事が出来たのも、愛紗ちゃんや鈴々ちゃん、朱里ちゃん達がいたから
だから。正直言って、私だけじゃとても無理だったよ。私は何も出来ないから」
「桃香様・・・!そんな事はありません!桃香様が国の事を想い、民を想う、その姿は間違いなく
本物でした。そんなあなたがいたからこそ、我々はあなたと共に、ここまで来れたのです」
「そうなのだ、愛紗の言うとおりなのだ、お姉ちゃん!」
そう言って、桃香を後押しする二人。桃香はそんな二人に微笑みかける。
「うん・・・、ありがとう愛紗ちゃん、鈴々ちゃん。だからせめてこの国の基盤が安定する時までは・・・。
その後はこの国の皆の手で、この国がもっと幸せになれる様にって、何とか頑張って来たんだよ」
「でも、そうなるとあんたはこれから何をするんだ?もうやる事は何も無くなったわけだし・・・」
しかし、桃香は首を大きく横に振る。
「ううん、そんな事は無いよ。王様じゃ無くなったからといって、私のやる事が全て無くなったわけ
じゃない。蜀の王としてではなく、今度は一人の人間として・・・私、劉備玄徳はこの大陸の平和のために
戦い続ける・・・。この想いだけは、あの時から何一つ変わってはいない」
―――私はきっとこれからも理想のためと言って、誰かを傷つけていくと思う。あなたの様な人をまた現れる
かもしれない・・・。だからせめて、私はその人から逃げず、あなたの様に怒り憎しみ悲しみ全部を受け
入れる。その人とちゃんと向き合って行きたいから
あの時、桃香が自分の前で言っていた事を思い出す。そして今初めて、姜維の顔に笑みが零れた。
「・・・・・・そっか。なら、俺は何も言う事は無い」
そんな彼を見て、桃香も嬉しそうに笑う。と、その時、何かを思い出した様に桃香が口を開いた。
「・・・そう言えば姜維君・・・、噂で聞いたんだけど、正和党を脱退したって本当なの?」
急な話が切り替わった事に、姜維はすぐに対応できなかったが、桃香の質問に頷いて答えた。
「・・・あそこは俺にとってもう一つの居場所だ。だけど俺は・・・、そこを逃げ場所にしていたんだ。
正和党が正しいって・・・、間違い無いって・・・そうやって自分の事ばかりしか見ていなかった」
そう話す姜維に笑顔は無く、少し寂しそうな顔をする。しかし、そんな顔はすぐに消え、どこか遠くを
見据える様な顔を変わる。
「廖化さんや他の皆には、本当に数え切れないくらいお世話になったし、その恩も感じている。・・・
だからこそ、俺は正和党を自分の逃げ場所には出来ない。俺自身もちゃんと変わりたい、だから
俺はあそこから出て行く事を決めたんだ。自分のために、正和党の皆のために」
「そのために『学校』に通い始めたのか?」
と、今度は愛紗が質問する。愛紗は姜維が学校に通い始め、勉強している事を朱里や雛里から聞いていた。
「あぁ、変わるためには俺も色々な事を知らないといけないと思ってさ。と言っても、まだ始めたばかり
だから、知らない事だらけだけど・・・でも頑張ってみるさ」
少し頼りない声。だが、そんな彼の瞳は淀みの無い、澄んだものであった。
「ふむ・・・、何かを始めるための下積みと言う事か。大した志だ・・・、どこぞの誰かにも見習って
もらいたいものだなぁ~・・・」
そう言いながら、愛紗は横目に鈴々を見る。それに気付いた鈴々は頭の上に?を浮かべる。
「んにゃぁ?・・・誰かって・・・、璃々のことかぁ?」
「お・ま・え・の事を言っておるのだっ!お前の事をっ!!」
ボケたわけでなく、普通に答える鈴々。そんな自覚の無い義妹に指をさして自覚を促す義姉。
そんな二人の姿を見て、桃香と姜維は笑う。そんな二人にはもはや迷いも恐れも無く、例え進む道は違えど、
それでも向かう先は一緒であると、心の中で確信するのであった・・・。
―――場所は変わり、呉の建業・・・
先の戦いで負った傷がようやく癒えた建業の街・・・。街には再びかつての活気が戻り、笑顔に満ち足りていた。
あの戦いが本当にあったのかと疑ってしまうほどに・・・。そんな街の中央には広場の様な場所がある。
主に旅商人や旅芸人の商い場所、待ち合わせ場所として利用され、人の行き交いが激しいそんな場所の
真ん中に、目立つように立つ銅像・・・。この国を命を賭して守り抜いた、その身を血に濡らした英雄の
仁王立ちの姿を模した銅像が立っていた。
そして王宮内・・・。
「穏、先の開墾事業の進行の具合はどうなっている?」
「作業面では、一応は進んでいますが、人手不足のせいで予定より遅れ気味になっています」
「どれ程遅れているのかしら?」
「え~とですね、現時点までの予定の、半分の過程までしか進んでいませんねぇ」
「・・・それは良くは無いわね。どうしたものかしら」
「不足分を城の兵士達で補うべきでは無いでしょうか?」
「すでにこちらからも兵を出している。これ以上の出兵は、国の防衛に支障をきたしてしまうでしょう」
「では、現地からもう一度、働き手を調達するという事で?」
「・・・この開墾の有意義性を民達の間に浸透させる必要があるでしょう。穏、済まないのだけれど、
もう一度、現地にて改めて働き手の募集の手配を」
「了解ですぅ~」
ここでは、国内での進められている事業に関する報告会が取り行われていた。それ自体は決して珍しい光景では
ないのだが、だからこそ目立つのである。王座に座っているはずの雪蓮、その横で補佐する冥琳の姿が無い事に・・・。
今、王座にはどうしてか妹の蓮華が座り、会議の進行を担っていた。
数刻後、会議が終わり、蓮華は思春、穏を引き連れ、王宮から少し離れた廊下を歩いていた。
「全く、こんな置手紙だけを残して姿をくらませるなんて・・・。それで姉様だけならまだしも、冥琳まで
連れて行ってしまうのだから、なおのこと性質が悪い。そのせいで、こちらは二人分の仕事をこなさなくては
いけないのだから・・・」
――― 旅に出ます 探さないで下さい
雪蓮
追伸 冥琳も持って行きますので、冥琳も探さないで頂戴ね ―――
蓮華は手の中にある手紙を読みながら、そんな身勝手な姉に対して、もはや怒りを通り越し呆れるばかりであった。
「しかし蓮華様。雪蓮様は何故に城を飛び出してしまったのでしょうか?」
「単に面倒の押し付け・・・、とういう風にも取れるのだけれど・・・」
思春の当然の疑問に対して、蓮華は呆れ顔でそう答え、溜息をつく。
「は、はぁ・・・」
思春もその答えに一応の納得を得る。
「まぁそれもそうなのだけれどそれ以上に気にかかるのは、もし道中で何かあった場合・・・」
「大丈夫ですよ~、蓮華様。冥琳様も一緒であれば・・・、万が一の事態になっても大抵の事は何とか
してくれると思いますから♪」
「そうね・・・、その度に冥琳が苦労している姿が目に浮かぶわ・・・」
「ですよね~」
穏はにっこりと笑って答えた。そんな仕様の無い会話をしながら、蓮華はふとある事を思い出す。
「ぁ・・・、そうだ二人とも。『あれ』は見つかったかしら?」
蓮華の言った『あれ』・・・、それは彼が身に着けていた、ボロボロの白い学生服と、もう一つの
南海覇王。城の宝物庫に大切に保管されていたその二つがあの日を境に無くなっていたのであった。
「いえ、部下達にも探されておりますが、今だに発見出来たという報告はありません」
「私の方も同じくぅ・・・」
「・・・・・・そう」
二人の反応を見て、蓮華はがっかりするわけでは無く、ただ『あぁ、やはり』と一人納得する。
「なら・・・、あれは持ち主の元へ戻っていったのでしょうね」
そう呟いて、蓮華は彼の最後の姿を思い出す。最後に見た、彼の後姿・・・。果たして、彼は一体どんな
思いで戦い、そしどんな最後を迎えたのか・・・。ひょっとすれば、彼はこことは違う、別の世界でまた新たな
生を得て、自分では無い自分と生きているのかもしれない。だが、それも所詮は憶測でしか過ぎず、明確な
答えは出るはずもない。ただ分かっている事は、自分が・・・彼の事を想っていたという事だけだ・・・。
「と言っても、片想いで見事に散っちゃったけどねぇ~♪」
「「ですよね~♪」」
「えぇ・・・そうね」
何処からともなく現れた小蓮と、明命、亜莎。そんな三人の言葉に思わず乗せられる蓮華。
だが、そんな蓮華もすぐに我に返り、三人の姿を捉える。
「・・・って、何を言わせるの、あなた達は!!」
先程まで憂いに帯びていた顔は一瞬にして怒り狂った鬼の形相へと変わり、三人に拳を振り上げる。
小蓮達はきゃー、きゃーと叫びながら蓮華から逃げだしていく。
「まったく、あの娘達は・・・!」
振り上げた拳を下ろし、呆れ顔になる蓮華。そんな彼女の元に、今度は慌てた様子の一人の兵士が
駆け付けて来る。
「恐れながら申し上げます!」
一礼すると兵士は蓮華に火急の報せを伝え始めた。
「開墾の拠点しておりました邑が賊の群れに襲われ、占拠されたとの報告が」
それを聞くや否や、先程まで表情から一変する蓮華達。
「邑の状況は不明、くしくも難を逃れた住民が、先程城へ」
「あらぁ~、それはそれは・・・」
「それは間違いなく、賊の類なのか?」
「は。その事なのですが、住民の話で一つ気にかかる事が」
「何だ?」
蓮華は兵士に尋ねる。
「邑を襲った賊なのですが、その首領格が自らを袁術と名乗っていたそうです」
袁術と言う名を聞いて、三人揃って嫌そうな顔になる・・・。
「また袁術ちゃんですか~」
穏はまたかと呆れた声を・・・。
「全く、ようやく平和になったと思った途端これだ・・・」
思春はその執拗さに苛立った声を・・・。
「そんな事は問題ではないわ、二人とも。民達の暮らしを脅かすのであれば、やるべき事は決まっている
のだから。済まないが、その住民に十分な食事を与えてくれるか?」
蓮華に言われ、兵士はその場で一礼するとその場を離れて行った。
「以前はまんまと逃げられてしまったけれど、今度こそ捕えてみせるわよ。穏、思春、出撃の準備を!」
「了解しました~」
「お供致します、蓮華様」
「あぁ、頼りにするぞ」
そして蓮華は再び歩き出す。この国を、この国の民達の笑顔を守るために・・・。それがこの国の未来を
命を賭して守ってくれたあの青年の、もう一人の北郷一刀の想いに応える事なのだと・・・、確信していた。
―――???・・・
「・・・さま、・・・うえさまぁ・・・、・・・ちちうえさまぁ・・・」
「・・・・・・ん、・・・んぅう・・・」
誰かの声がゆっくりと聞こえて来え・・・、朦朧とする意識の中、ゆっくりと閉じていた瞼を開く。
「・・・・・・孫登・・・?」
瞼を開けた途端、そこには自分の娘が心配そうな顔で自分の顔を下方から覗き込んでいた。
辺りを見渡すと、自分は日陰となっている大きな木の下で腰を降ろして休んでいるのに気がつく。
「気がついたようね、一刀」
別の方向から別の声が聞こえ、その声のした方を見る。そこには川の水で濡らしてしっかりと絞った
手拭を手にこちらに近付いて来る、自分の娘の母親がいた。
「蓮華・・・、俺、どうしていたんだ?」
一刀は蓮華に尋ねる。
「覚えていないの?今日は姉様の命日だから、三人で姉様のお墓参りに行くその道中であなたは突然
意識を失って倒れたのよ?」
蓮華は濡れした手拭で一刀の額の汗を拭いながら、説明する。
「そうか・・・」
一刀はそれだけを言って、娘の頭を優しく撫で始める。孫登はくすぐったそうに、だが嬉しそうにされるが
ままになる。
「ここ最近、徹夜が続いたからなぁ・・・。疲れが出てしまったんだな」
「父上さま?お体は、大丈夫ですか?」
孫登に尋ねられ、一刀はそんな娘に微笑みかける。
「心配するな・・・、ただ少しばかり長い夢を見ていただけだ」
「ゆめ?」
「あぁ・・・、俺が皆のために悪い奴をやっつける、そんな夢・・・」
「それはまた随分と自分に都合の良い夢だこと・・・」
蓮華はやや呆れた顔でそう言われ、一刀は苦笑いになる。
「夢の中くらい何したって構わないだろう・・・さて、と」
一刀は腰を上げ、ゆっくりと立ち上がる。
「もう少し休んでいた方がいいのではないかしら?」
「いや、もう大丈夫だ。それに早くいかないと日が暮れてしまうしな」
「そうね・・・早く行かないと、姉様も待ちくたびれてしまうものね」
「♪」
孫登は一刀と蓮華の間に入り込み、二人の手を嬉しそうにそれぞれ握る。そして二人は自分達の娘の手を
握り返し、親子は歩き出していく。そして一刀は蓮華と孫登をもう一度見る。かつて失ったものを今一度取り
戻した・・・、その喜びを一人噛み締める。すると、一刀の視線に気づいた蓮華が一刀に目を向ける。そして気づく。
「あら・・・?一刀、あなた・・・そんな所に傷跡なんてあったかしら・・・」
「ん・・・?」
そう言われ、一刀は咄嗟に顔左半分を手で触って確かめる。蓮華の指摘通り、一刀の左顔にはうっすらとでは
あったが、眉から頬下に向かって、刀傷に似た、大きな傷跡が残っていた。それは罪の証、かつて蓮華達を守る
事が出来なかった自分の無力さを悔いるもの・・・。一刀は手を下ろし、少し考える。そして笑みを零す。
「・・・そうか。だが、いつかは消えるさ」
根拠のない言葉。だが、確信に満ちていた。その言葉に、蓮華は納得するのであった。
―――涼州のかつて馬騰の城があった場所・・・
先の騒動で、城は廃墟と化していた。そんな場所に翠、蒲公英。それと凪、真桜、沙和の三人がいた。
「悪いな、お前等。何から何まで手伝わせちまって」
街の大工達の協力を得て、廃墟と化した城を修繕をしていた翠は、わざわざ手伝いに来てくれた魏の三羽烏
に軽く礼を言う。
「気にすんなや。うちは好きでやっとる所もあるしな」
真桜は作業する手を進めながら翠にそう言う。
「だが、翠。お前はこの城を修繕してどうする気だ?」
「またここに住むつもりなの?」
凪と沙和が立て続けに翠に尋ねる。
「さぁな。それはまだ決めかねているけど、ただここはあたしにとって大切な場所だからさ。廃墟のままに
したくなかっただけだよ」
それを横で聞いていた真桜。作業していたその手を止め、翠の方を見る。
「・・・それで、これからどないするんや?」
「・・・・・・」
すると翠は黙ってしまい、三人に背中を向けると、数歩先へと歩み出し、三人から距離を取る。
「あれから、あたしも色々と考えたんだ・・・」
そう言って、翠は意を決し、真桜達の方に振り返る。
「あたし・・・、ここからもう一度始めるよ。ここから、母様の意思を継いで生きていこうと思う」
しゃきっと格好良く言い放つ翠。だが、真桜はそれ聞いて、引っかかりを感じた。
「・・・あれ?でも翠、確か、遺書には・・・女としての幸せを手に入れて欲しいみたいな事が書いて
あったんやないか?」
「まぁ、な・・・。けど今更、そんな事を言われてもなって・・・。それにあたし、まだまだ半端者だ。
それは一人前になってからの話ってことで・・・今あたしがする事は馬家の再興。そこから自分をもう
一度磨き直そうと思う」
「一人で大丈夫なの~?」
沙和は心配そうに尋ねる。
「あたしは一人じゃない。蒲公英もいるし、母様も空の上から見守ってくれている」
そう言う翠の目には迷いは無く、自信に満ち溢れていた。と、そんな翠に凪は気になった事を聞いてみた。
「・・・それはいいが翠、馬家の再興と言っていたが、具体的に何をする気なんだ?」
「まず手始めにばらばらになった皆を呼び戻さないとな。・・・で、その後は・・・」
「その後は・・・?」
聞き返す真桜。
「・・・・・・・・・」
「「「・・・・・・・・・」」」
翠が喋るのを待つ三人。
「・・・・・・・・・」
だが、いつまで経っても喋ろうとはしない・・・。
「何も考えておらんのかい!?」
真桜は思わず翠に突っ込みを入れる。
「う、うるさいな!そん時はそん時で考えればいいんだよ!」
真桜に突っ込まれ、翠はやや逆切れ気味に怒鳴る。
「それって少し、行き当たりばったりな気がするの~・・・」
全くの正論を言う沙和。
「・・・この様子だと、女の幸せを手に入れるのは当分先の事になりそうだな」
「せやねぇ・・・」
と言って、うんうんと頷く凪と真桜。
「おい!何そっちで勝手に納得していやがるんだ、お前達はっ!?!?」
三人に向かってわめき続ける翠。と、そこに別行動をしていた蒲公英がやって来る。
「姉様!ここにいたの!?」
「お、おう・・・何だ、蒲公英?どうかしたのか?」
「うん!今、馬休と馬鉄の二人がここに来ているって、街の人達が教えてくれたの!」
「何だって?あいつ等が戻って来たのか!?分かった、あたしも行くぞ!」
そう言って、翠は走り出そうとした瞬間、翠の左足のつま先が地面の突起に引っかかる。
「おわ・・・!?だ、だだだだ、だぁぁああっ!?!?」
左足を持っていかれ、翠は体勢を崩し、前のめりに派手に転んでしまう。翠は尻を突き出す形で、しかも
スカートがめくれてしまい、下着が丸見えとなっていた・・・。
「わぁあああっ!!姉様、大丈夫ーーーっ!?!?」
蒲公英は翠の元へと駆け寄っていく。一方で、凪達はそんな翠の姿を見て、呆れ返っていた。
「はぁ~・・・、後先不安やなぁ。・・・まぁ、それでも前を向いてちゃんと歩き出そうとしているだけ
でも、良しってことにしとくかなぁ~」
「・・・そうだな」
「そうなのぉ」
だが、その一方で翠が前へと踏み出そうとする姿を見て、頼もしくも思えるのであった・・・。
―――魏の洛陽・・・
「華琳様ぁ・・・!華琳様ぁ!」
洛陽の城のとある一角、石畳の廊下で慌てた様子で華琳の姿を求める桂花がそこにあった。
「あ・・・、春蘭!秋蘭!」
角の向こうから春蘭と秋蘭が現れ、桂花は二人を呼び止める。
「ん・・・?何だ、桂花か」
「何をそんなに慌てているのだ?」
二人は桂花に気付き、桂花は自分達の元へ来るのを待つ。
「あなた達、華琳様を見なかったかしら?前の案件がまとまったから、報告しようとさっきから
探しているのだけれど・・・」
桂花が二人に華琳の事を聞いたのは正解であった。二人は華琳のいる場所に心当たりがあるのだ。
「華琳様なら、恐らく私用で出かけておるぞ」
「恐らく・・・って何よそれ?」
「まぁ・・・この時期を考えれば、何処へ行ったのかは予想はつくものだが・・・。誰にも言わず一人で
行くところを考えれば、間違い無いだろうな」
「・・・何の話をしているの?」
先程から二人の話が見えて来ない桂花。この時期、誰にも言わず華琳が一人で行く場所・・・。
「・・・・・・あ。もしかして・・・」
桂花にもようやく二人の話の内容が理解できる。そして華琳の居場所も・・・。
「・・・・・・・・・」
街の郊外にある森の中、木々の隙間から日の光が差し込む場所に華琳は一人しゃがみ込み、目の前に
ぽつんと寂しく飾られた小さな石に向かって黙祷を捧げていた・・・。この石、実はある人物の墓なので
ある。その人物の名は喬玄・・・、かつて華琳、撫子達がとても世話になった恩師。派手な事を嫌い、その
ためこのような寂しい墓となっている。そして今日は喬玄の命日であった・・・。
「・・・喬玄様」
黙祷を終え、墓に話しかける華琳。
「・・・私は、今まで悔いのない生き方をしてきたと、そう信じていました・・・。
けれど、こ度の動乱の中で・・・私は・・・、私を疑うようになりました。本当に悔いは無いのか・・・と」
石に話しかけたところで返答など返って来るはずも無い。それを分かっていながらも、華琳は話を止めない。
「・・・その事で撫子にも散々と言われました・・・。もっと自分らしく生きろと叱られて・・・、まるで
喬玄様に言われているみたいでした・・・」
そう言って、華琳は自分で自分を笑った。
「・・・そう言われて、自分らしく生きてみて、気付いた事がありました。・・・たった一つだけ悔いが
あった事を。でも、それは初めから分かり切っていた事だった・・・。以前、ここに連れてきた事があります
よね?『彼』の事です。二年前、私は・・・覇道のためと言って、彼を利用した・・・。そして罰が下った。
あれは・・・当然の報いだったのです。もし・・・、あの時、私が少しでも彼の存在する意味を理解出来ていた
のであれば、あんな過ちを犯す事は・・・無かったのかもしれない」
と、そこで目を瞑り、また目を開く。
「けれど、そんな過ちがあったからこそ、私は・・・、私達はまた彼に出会う事が出来ました。
そして、彼がこの世界を守ってくれた・・・、その身を、その心をぼろぼろにして・・・。あんな
辛そうな彼の姿を見る度、私は・・・胸が締め付けられました・・・。また、彼を利用しているという
罪悪感によって・・・」
そこに覇王の姿は無かった。そこには何処にでもいる一人の少女・・・。もしかしたら、彼は自分を心の
どこかで恨んでいるかもしれない・・・。そんな思いが彼女の中に生まれる・・・。
「・・・もうじき、その傷を癒した彼がこの世界に戻って来ます。その時・・・、私はどんな顔をして
彼に会えばいいのでしょうか?」
―――・・・もう、2年も経つんだ。何も言わないで、勝手に居なくなってから2年が経つんだ。
今さら・・・、どんな顔して会えばいいのか、分からないんだ
以前、誰かが同じような事を言っていた事を、今度は華琳が言う。それは彼女にしては珍しく弱音である。
恐らく、喬玄の前だからこそそんな事が言えるのであろう。
「・・・・・・?」
その時、森の中に差し込む光が一瞬強くなったような気がした。華琳は空を見上げるが生い茂った木々の葉に
よって空が隠れてしまい、よく見えない。しかし、木々の葉の隙間から華琳は何かを見つける。
「・・・あれは」
華琳は喬玄の墓に一礼すると、急ぎ、森の出口へと向かった。
「・・・やっぱり」
急ぎ森から出てきた華琳は道端で待機させていた絶影にまたがると、改めて空を見上げる。快晴の青空を
横切る一筋の光・・・、流星であった。古来より、日の上りし時、星が流れる事は即ち、縁起の悪い事として
伝えられている。最初の頃ならば、華琳もそう言っていた事だろう・・・。だが、今の彼女にとってそれは
もう一つ、別の意味も含まれていた。
「はぁっ!」
華琳は絶影を走らせる、流星の落ちる先へと。先程の迷いは無く、ただ流星の後を追いかけて
行くのであった・・・。
数刻後、何も無い広大な大地の真ん中に一筋の流星が落ちる・・・。しかし、妙な事にそこには流星の落ちた
痕跡は一切無く、ましてや流星すら存在しなかった。一方、流星が落ちた場所から少し離れた場所・・・、
そこには一人の人間、青年がいた。彼は今自分が何処にいるのかも分かっていない。だが、その足取りに迷いは無く、
この広大な大地を真っ直ぐに歩いていた。その上に太陽の光の反射で眩く輝く、白い服を羽織っていた。
「・・・!」
当ても無く歩いていた青年は地平線の向こうから何かがこちらに近付いて来る事に気がついた・・・。
流星を追いかけ、何も無い広大な大地まで来てしまった華琳。それでも流星が落ちた場所へと絶影を走らせる。
「・・・!」
そして絶影の上から地平線の向こうに人影を見つけた・・・。
だんだんと近づいて行く二人・・・。そして、お互いにその姿がはっきり分かる距離まで近づいた所で、
華琳は絶影から飛び降りると、今度はその足で彼の元へと駆け出していく。青年もそんな彼女に歩いて近づいて
いく。そして、二人の距離があと数歩という所まで近づいた瞬間、華琳が青年の胸の中へと飛び込んでいった。
青年は、両手を広げ、飛び込んで来た華琳を胸で受け止め、力一杯に彼女の体を抱き締めた。もう二度と離れまい
言わんばかりに・・・。華琳もそれに応える様に、彼の首に両腕を回し、強く抱き締めるのであった・・・。
「・・・だだいま、華琳」
「・・・おかえりなさい、一刀」
―――一人の人間の想念から生まれた一つの物語は、これにて終幕を迎える
―――この外史の終端から、また新たな突端が生まれるかどうか・・・
―――それは、あなた次第・・・
真・恋姫無双 魏・外史伝 ~完~
「う~ん♪何はともあれ、万事めでたし・・・良かったわぁ♪」
「だが、貂蝉よ。良いのか?折角、お主の主に会えたと言うに・・・」
「まぁ、いいんじゃない?この外史は元々私という存在を必要としていなかったしねぇ」
「ふぅむ、それを言えば、ほぼ全ての外史も同様なのでは無いのか?」
「・・・あらぁ?確かにそうねぇ・・・。卑弥呼、あんたも言ってくれるじゃぁない」
「ならば、お主はこれから如何するつもりだ?」
「そうねぇ~・・・。まぁ、何も外史はここだけじゃないわ。今こうしている間にもまた新しい外史が
生まれ続けているのだから、そこに行ってみるのも一興じゃないかしらぁ?」
「ふむ、確かに言えておるな。では儂も参ろう!いざ、まだ見ぬ外史と愛しのだぁりんを求めて!!」
「うふふ♪旅は道連れ!これからもっと面白い事が、私達を待っているわぁ!ふんぬぅぅぅうううっ!!!」
あとがき
皆さん、こんにちわ。アンドレカンドレです。
真・恋姫無双 魏・外史伝・・・、如何だったでしょうか?何分小説を書くなんて初めての事だったので、
色々と至らぬ所が多々あったかと思いますが、それでもここまでお付き合いして下さった皆さん、本当に
ありがとうございました。
さて、原作、真・恋姫無双・・・実際にプレイしていてこの魏ルートは本当に感動しました。
「これは本当にエロゲーなのか?」とパソコンの前で我ながらに驚きました。最近のエロゲーは油断も隙も
無い(笑)。とはいえ、その一方で「一刀、戻って来い!」とか「Baseson!早くアフターストーリーを出せ!」
とか思いながら、ネットの魏アフターの二次創作を見て回っていた自分が、ある日このTINAMIというサイトを
見つけた時、今思えば運命だったのかもしれません。最初は試し程度で書いた第零章と第一章・前編を投稿した
時は、まさかここまでになるとは思ってもいませんでした。そして、第二章辺りから絵を挿入する事を決め、
恐らくこのサイト初の挿絵つき真・恋姫の長編二次創作。最初は色々と言われてきましたが、最近は温かく
見守って頂ける様になって、僕は嬉しくて仕方がありませんでした。とはいえ、学校の講義や試験と忙しい中
での創作ということもあり、途中で何度も挫折しそうになりました。しかし、最後まで書き続ける事が出来ました。
それもこれも、この作品を見て下さり、コメントをして下さった皆さんがいたからこそ、成し遂げる事が出来たの
だと僕は思います。作品投稿降した後、サイトを開くたびにコメントが来ている事を知る度に、僕は嬉しくて仕方
がありませんでした。改めて、この作品に読んで下さった皆様方、本当にありがとうございました。また機会が
ありましたら、その時はよろしくお願いします。それでは良いお年を・・・。
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こんばんわ、アンドレカンドレです。
5月中旬から始まり、約7ヶ月半・・・。全投稿数なんと105!
そしてついに今回で魏・外史伝は最後となります。言いたいことはあとがきの方で書かせて頂きました。さぁ、もう書くことはありません!最後までお付き合いの程、お願いします!
それでは、真・恋姫無双 魏・外史伝 第二十六章~繰り返される突端と終端・後編~をどうぞ!!!