店に現れたのは、銀糸のゴージャスな刺繍をした黒の燕尾服の一団だった。
朱墨ちゃんに説教されていた人たちだ。
「しどろもどろ騎士団? 」
安菜! 言い方!
私は「シロドロンド騎士団……」と、ささやき声で伝えた。
それにしてもあの騎士団、さっきよりも表情が曇って見えるよ。
何をしにきたかは知らないけど、ああいう表情を見ると、いつもこっちまで暗くなる。
ハンターキラーになると、ああいう思いつめた表情をよく向けられるんだもの。
「やあ。ファントム・ショットゲーマー」
朱墨ちゃんをヒーロー名で呼んだ。
ん?
着ている服が、さっきより黒く見える。
あれは、ぬれてる?
汗だろうけど、きっとテントからここまで歩いただけじゃない。
朱墨ちゃんにとっても気の毒だね。きっと恐怖からでる汗だよ。
「このお代を払ってもいいかな? 」
なんとか表情は、笑顔だとわかる。
引きつってる顔で、私たちのテーブルを指差した。
一方の朱墨ちゃんは、私を見てる。
ダイジョウブ。
さっき私が言ったことを覚えてるはずだね。
――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――
「世界が代われば、ルールも違う。
それがほんのわずかな雰囲気の違いでも、相手の世界では「話を聞く価値なし」とされちゃうかもしれないよ」
――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――
表情は今にも、あのドスの効いたキンキン声で怒鳴りそうだけど。
「では、お願いします。できれば、この2人の分も」
覚えていてくれた!
「ハイ。じゃあ、何かおごるよ。
一番高いやつでもいいよ」
アレ?
シロドロンド騎士団は、下手なナンパをしている?
あちらの世界のやり方じゃムリだと思って、方法を変えてきた?
りりしい目、細身で引き締まった体。
普段なら綺麗でかっこいい、と好かれていそうな、おじさまが!?
その手がテーブルの上にあるメニューに伸びた。
バッ!
ひえ〜。先に朱墨ちゃんがそのメニューをひったくった!
勝手に決められたくないって怨みが、オーラとなって全身からにじみ出てるよ。
その直後、朱墨ちゃんの顔が青ざめた。
凍りついたように、私を見る。
わ、私にもわかんないよ!
大丈夫。私は信じてる!
「そ、そこまでは、いりません」
朱墨ちゃんは、ようやくやっと、という雰囲気でメニューを戻したの。
おじさまは、手をテーブルに伸ばした姿のまま、固まっていた。
(……どうしよう)
ムダかもしれないけど、すがる思いでおじさまの部下たちを見た。
一緒に朱墨ちゃんに怒鳴られた2人だよ。
20から30代の男女で……それだけ。
おじさまと同じ服、同じ表情で、なす術もなく直立不動。
……アレ?
2人の後ろに、もう1人いる。
背はだいぶ小さくて、朱墨ちゃんと同じくらい。
10歳かな。
男の子らしい。
そしてこの子も、本当に暗い表情。
その時、スマホによばれたの。
LINEのメッセージ。
ハンターキラー仲間から送られてきた。
でもその内容は……え、こんなこと起こるの?
ドン!
後ろから、いきなり叩かれる音!
「うさぎ。なんだアレ」
安菜は、こんな時でもゴウタンだね。
私の後ろを指さしてる。
アレ、景色そのものが暗い?
私が向いているのは入り口側で、壁とステージがあるの。
後ろには海が見える全面の窓がある。
ベランダがあって、道があって、その向こうには漁港が見える。
でも、海は見えなかった。
「あら、何かしら」
「ドッキリ? 」
「フラッシュモブっていうやつだ」
お客さんも口々に騒ぎだす。
窓の外は、一面の人だかりになっていた!
みんな、ハンターキラーだ!
しかもその視線は、私たちを。
いえ多分、シロドロンド騎士団を見てる。
「きっと、このLINEの件だよ」
朱墨ちゃんにもメッセージ来たんだ。
「私のロボルケーナが仕様書どうりに作られなかったことに対する、抗議デモをする。だって」
とまどいながらも、誇らしげでもある声だ。
窓の向こうから突き刺さる、怒りに燃える無数の視線。
その中で、好奇心から笑っているお姉さんがいる。
手にしたタブレットのカメラを向けてる。
「ああ、宇潮 心晴さん」
朱墨ちゃんが歓迎する様子でいった。
「ウチのアナライズ担当です」
その活発そうな女性が、後ろに向かって手まねきをはじめた。
呼ばれたのは、お兄さんで、ホクシン・フォクシスで。
「コラー! 」
いきなりドナってきた!
その手には、書きたての{装備は仕様書どうりに! 作れ! }
ねえ、彼もたしか……。
「茂 しゅうじさん、ウチの新入りです」
その時、騎士団の息を飲むのが聞こえた。
心配になるよ。
でもアレ?
なんだか、とまどいより、怒りが先にでてるみたい。
相手とどうやってなだめようか、より、追っ払いたいのにそれができない。
そのことに怒っているような……。
「ええっと……」
どうして良いのかわからない。
自分が反対デモにあうことはたくさんあった。
味方がしているデモにあったことなんかない。
そもそもハンターキラーが、これだけ集まるなんて、めったにないもん。
「さがしたよ」
入り口から声がした。
それは、見事な太さのドラ声だった。
安心をくれる声。
赤いモフモフ神を信じる獣、ボルケーナ先輩だ。
眠け覚ましかな。
先輩のワニそっくりの顔には、おでこから鼻の先まで冷却シートが貼られている。
ああ、それで顔だけ毛がないんだ。
「シロドロンド騎士団のみなさん。お話があります」
話すたびに、フランスパンぐらいの硬さでプワンプワンとゆれるはずの口が、今はエクレア並みになって垂れ下がってるよ。
「イチゴ味エクレア……」
ああっ。自然と口から出てしまう。
自分の食い意地が嫌になる……。
「それとも、もう君たちが話したかな? 」
MCOパートナーにはあった装備が必要だ、と言うことなら、朱墨ちゃんが……。
1話で言い忘れたけど、先輩には大きなネコ耳があるの。
その耳が垂れさがっている。フキゲンのしるしだよ。
「そうかー。じゃあ、これからについて話したいから」
ごぼごぼ
……アレ?
まるで溺れるような泡だつ音が、先輩の声に交じってる?
「私たちのブースへきてください」
ゴボゴボ
これって、さっきも見た。
会議での舞台の上で。
もしかして、先輩の体が維持できなくなってるってこと!?
――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――
私は恐ろしい想像をした。
先輩は全身が赤い毛でおおわれて、白い羽が生えてる。
それらが、溶けてる。
まるで、あげる前の天ぷらみたい。
そうだ、もともと先輩は液体なんだ。
自分でこうなるところを何度も見てきた。
でも、これから大事な話をするのに、こんなオフザケをしたっけ……?
ベチャ
顔が床に落ちた。
「アレ?」
先輩のその言葉と、見上げる緑色の目には、強いとまどいがあって……。
――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――
「ボルケーナ先輩。あなたが行くのはブースじゃありません。ベットです! 」
私は一声叫ぶと、おじさまの手を引いた。
怒りとともに!
「あなたたちも来なさい!
今すぐ! 」
3人の連れにも声をかけた。
レストランを飛びだす。
この人たちには、見てもらわなければならないことがあるんだ。
絶対に!!
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彼女たちの受難は、まだまだ続きますよ
権力があっても、そこは変わりません