「シギもリウヒもどうしたのさ。さっきからおかしいよ、君たち」
「別に」
「なんでもねえよ」
本殿跡地の芝生に、レジャーシートを広げて三人は弁当を食べていた。しかし、シギとリウヒはお互いそっぽを向いて、顔を合わせないように座っている。
カスガは怪訝そうにしていたものの、ティエンラン講釈を語りだし、リウヒが相手をしていた。
あれは何だったんだろう。シギは握り飯を口に運びながら、半ば呆然と考える。
先程リウヒを見た瞬間、懐かしいような、悲しいような、嬉しいような感情が広がった。並んで立った時、それをより強く感じた。
ねえ、何か変な感じがしない?
ああ、おれもだ。
わたしたち、ここで会ったことない?
ある。いつかは分からないくらい、遠い昔に。
そしてリウヒと見つめあっている内に、不思議な感情はどんどん膨れ上がってきた。
この娘と離れたくない。でもこいつはここから動けない。おれはここでは生きていけない。
自分の中で声がした。それは悲しく、痛いほどの葛藤を抱えていた。
なあ、おれと一緒に来てくれ。おれだけのものになってくれ。お前を愛しているんだ。
けれども、言えない。言えばお前は困るだろう。
体験したことのない愛おしさが溢れ出て、身を引き裂かれそうだった。
気が付けば、リウヒを抱きよせてキスをしていた。
あの時の自分と、リウヒはきっと普通の状態じゃなかった。まるで誰かが二人の体の中に入り込んで、感情を支配しているような感じだった。
思わず寒気がする。シギは腕をさすった。かすかに鳥肌が立っている。
二人の前世に関係あるのか。
それにしても、腹ただしいのはその後のリウヒの態度だ。まるでゴキブリに対するような態度で自分に怯え、しかもスケベ男と叫んだ。最終的には「ご飯にしよう」。
飯に負けたのかよ、おれは!
シギのプライドは痛く傷ついた。今まで声をかけてきた女は結構いたし、不自由はしなかった。そのおれがゴキブリ扱い。本当に可愛くない、色気のない女だ。
シギは腹立たしい気持ちのまま、握り飯をたいらげ、手についた米を舐めた。
****
「お握りも、唐揚げも、卵焼きも、お浸しも、お漬物も、全部おいしかった。ごちそうさま」
リウヒが手を合わせると、カスガも手を合わせた。
「はい、どーも」
「ごちそうさまでした」
シギが頭を下げる。
「これ、捨ててくるね」
リウヒがゴミを回収して、立ち上がる。
「ねえ、さっき、なにかあったの?」
遠ざかる後ろ姿を見て、カスガがシギを見た。
「なんで?」
「君もリウヒも様子がおかしかったから」
二人とも、心あらずという感じで、顔が赤くて、そのくせ険悪な雰囲気だった。
シギがためらいつつも、つっかえながら説明した。全部。
「何か、自分が自分じゃない感じだった。誰かが入り込んだような、変な感じがした。多分、向こうもそうじゃないかな」
「不思議なこともあるもんだね。君たち、遠い昔は恋人同士だったんじゃないの」
「何かしらの理由があって、離れ離れになったとか。まあ、前世は前世で、おれはおれだけどな。だったら初めてリウヒを見たとき、どこかで会ったような気がしたのも納得できる…」
「え?なにそれ?」
なんでもねえよ、とシギが首を振った。
「どちらにしても、リウヒにとっては初キスだったんだよ」
「えええ!」
あの子は我儘で色気も可愛げもないが、夢見る乙女な部分も一応は持ち合わせていたらしく、その昔カスガに言ったことがある。
「初めてのキスは、夕日の見える公園で、大好きでたまらない人としたいな」
それが可哀そうに、こんな所で、こんな男と。
「あいつは天然記念物か」
「そんな人、いっぱいいるよ。むしろ君の女性関係を知りたいね」
「特定の女はいねえよ」
「不特定多数の女はいるわけだ」
あのね、シギ。
「君の女性関係に文句を言うつもりはさらさらないけど、リウヒには遊びで手を出さないでね。傷つけたら承知しないよ」
「頼まれなくても出さねえよ。あんなガリガリで、色気も可愛げもない女」
へっ、とシギが吐き捨てるように言った。
そうかな。結構気に入っているように見えるんだけどな。そう思ったが、口には出さずペットボトルのお茶を飲んだ。
蝉や小鳥の鳴き声がする。古代の宮廷でも、夏になると蝉は大声で鳴いていたのだろうか。
「カスガ、シギ」
リウヒが戻ってきた。
「あっちに下に降りる小道があったの。もしかしたら、駐車場にいく近道かもしれない」
「あの長い階段はおりたくねえなあ」
まだ足が痛い、とシギが長い足を上げる。
「じゃあ、時間はあるし、散策がてらその道を行ってみようか」
****
そして、三人は見事に道に迷ってしまった。
「誰だよ、駐車場にいく近道なんていったのは」
「わたしだけど、二人とも同意したでしょう」
シギとリウヒが睨みあう。
本殿後から、歩きだしたリウヒたちは山の中の小道へと入った。が、いくら歩いても麓にはたどり着かなかった。来た道を引き返したはいいが、今度は本殿後にも出ない。延々と山道は続いている。
「ケータイは圏外だし…」
「もしかして、これは遭難したんじゃ」
「そうなんですよ」
「ダジャレかましてる場合か!」
シギがイライラと舌打ちする。
ああもう限界。リウヒは足をさすった。大階段で疲れ果てた足は、長時間歩いてジンジン痺れてきている。
「ごめん、ちょっとだけでいいから休憩していい?足が痛い」
情けない声をだして、適当な場所に座り込んだ。ふくらはぎを見るとパンパンにむくんでいる。
「五分だけだぞ」
シギも疲れていたのか、隣に身を投げ出すようにへたり込む。ポケットをまさぐって煙草を取り出した。カスガは一点を見つめている。
「どうしたの」
「なんだろう、ここ…」
二人が座っているすぐ横に、洞窟があった。高さは二メートルぐらいで、横幅は大人四人が並んで通れるくらいの大きなものだった。
「やめてよ、カスガ。まさか中に入る気じゃ…」
洞窟を覗き込む幼馴染の目が好奇心に光っていて、リウヒはうろたえた。先ほどの誰かに体を乗っ取られた恐怖がせり上がってくる。シギが立ちあがって、同じく覗きこんだ。
「あんまり深くなさそうだな」
煙草をふかしながら言う。
「いってみようか」
「おう」
「ちょっと待って、今、そんな状況じゃないでしょ。どうして、そんな所に入ろうとするの」
「楽しそうだから」
「面白そうだから」
リウヒは泣きそうになった。どうして男子はいくつになっても、こんなしょうもない所に行きたがるのだ。
「お前、怖いならそこで待ってろよ。すぐ戻るからさ」
馬鹿にしたようなシギの言い草にムッとする。だからこいつは嫌いだ。
「嫌だ、わたしも行く」
腰を上げると、カスガのパーカーに掴まっておそるおそる中を覗いた。
「いくぞ」
三人で歩き出すと、ひんやりとした空気が体を包む。湿気とカビ臭い匂いがした。
「暗いね」
「以外と深いな」
「カスガぁ、なんか踏んだ…」
「ぼくの足だよ」
先は真っ暗闇で見えない。洞窟の外の明かりも奥へ進むごとに、どんどん小さくなっていった。それでも三人は取りつかれたように、暗闇へと向かって行った。
入口の明かりがテニスボールほどの大きさになった時。
突然、リウヒは奇妙な感覚に捕らわれた。足が空をかいたと思ったら落下したのである。何かに引っ張られるように。
「えっ…。ああっ!」
「どうし…うわあ!」
「うおっ!」
それぞれ悲鳴を上げて、闇間へと落ちて行った。
「痛ぁ…」
倒れた状態のまま、リウヒは頭を押さえた。したたか打ちつけたが、怪我をしている様子はなくて、ホッとした。
わたしは、どうしたんだろう。洞窟に三人で入って、穴かどこかに落ちたような気がする。ゆっくり目をあげると、意外と近くに丸い光が見えた。
あれ、落ちてないのかな。じゃあ、どうして倒れているんだ。そうだ、カスガとシギは。
「どけよ」
シギの低い声が下から聞こえる。ああ、無事だったんだ。
「お前の乳がおれの顔に当たってんだよ。早くどけ、この貧乳!」
「ひっ、人が気にしている事を!変態!」
慌てて上半身を反らす。
「おれの上におっかぶさっといて、変態よばわりかよ。お前が押しつけてきたんだろう!」
「いいからさ、二人とも早くどいてくれないかな」
苦しそうにくぐもった声が、さらに下から聞こえた。
「ぼく、死にそう…」
Tweet |
|
|
2
|
0
|
追加するフォルダを選択
ティエンランシリーズ第三巻。
現代っ子三人が古代にタイムスリップ!
輪廻転生、二人のリウヒの物語。
突然、リウヒは奇妙な感覚に捕らわれた。足が空をかいたと思ったら落下したのである。
続きを表示