その日、ウォルターは働いている工場の同僚が1人病院へ送られたことを知った。その原因は最近話題になっている少年ギャングたちの仕業だ。彼の住む都市は治安が悪く、不良化した少年たちが徒党を組んで盗みや喧嘩などを行っていた。
これまでは小規模な派閥がいくつかあって、互いに争い合っていたものだったが、最近は一つにまとまったのか、これまでしなかったような過激な事をするようになった。その一つが、無辜の市民を襲う強盗行為だった。
同僚が帰り道を歩いていたら突然数人の子供に囲まれ、財布を奪われた上でリンチを受けて大怪我を負ったらしい。
これが普通の事件ならウォルターには無関係な話だ。昔に比べて治安が悪くなった。そういうのは町の治安を守るロボットや警察たちの仕事だ。ただ、その同僚が証言するには、襲ってきた少年の一人に財布を盗られた時、取り返そうと腕を伸ばしたら、一瞬で目の前から消えてしまったという。その不思議な出来事にあっけにとられている間に、他の少年たちに襲われたという。
恐らくその少年は超能力者だとウォルターは思った。超能力者が関係する事件ならば、ウォルターにとっても他人ごとではない。その少年ギャングを探すことにした。
かつて、ウォルターの住む場所が太陽都市と呼ばれていたころから、子供たちの中に超能力に目覚める者が現れていた。当時は超能力者の偏見も強く、魂の穢れた生まれついての悪人として迫害を受けていた。
今ではそうした偏見は払しょくされたが、超能力を悪用する者が現れればまたそのような迫害がおこりかけない。その前に本人を見つけ、少しくぎを刺しておこうとウォルターは思っていた。
そこまで気にするのは、彼自身もまた超能力者であったからだ。かつてのように超能力を使えるだけで、犯罪者のように扱われるのはごめんだった。町の治安の悪い所、労働者の住んでいる居住地を中心にその超能力者の少年ギャングを探し始めた。
人気のない路地裏、今も昔もこういう所は少年ギャングたちのたまり場になっている。早速、我が物顔でふんぞり返っている連中を見つけた。
「そこのガキども、ちょっと聞きたいことがある」
「失せなチビ」
見つけた不良に声をかけたが、てんで相手にされなかった。
「お前の方がガキだろ。生意気な口をきくとぶち殺すぞ」
「汚い作業着なんか着やがって、パパのお古でも貰ったのか?」
不良たちは下品に嘲笑う。彼らの言う通り、ウォルターは知らない人間からしたら小学生ほどの子供にしか見えなかった。
超能力に目覚めた子供はその瞬間から肉体の成長が止まってしまう。ウォルターもちょうど小学生くらいの時分に超能力に目覚め、それから外見はほとんど変わっていない。相手の不良もまだ子供だが、おそらく中学生ほどの年代だろう。みんなウォルターよりも身体が大きい。
「おい、お前ら」
「失せろって言っただろこのチビ……」
不良の一人に容赦なく飛び蹴りを食らわせる。交渉するにもまずはできるだけ有利な状況を作っておきたい。友人のように穏便な手段を取るのは苦手だが、少なくとも効果的な方法くらいは知っている。
「ふざけやがって!」
残っていた二人がナイフを取り出した。こういうのは殆ど威嚇でしかないが、既にこちらが手を出してる以上、威嚇だけでは済まない。二つの刃がウォルターを前後から取り囲む。
じりじりと包囲を狭めていくが、ウォルターは全く動じない。
「くそっ! 一体何だってんだ……」
不利な状況にも関わらず余裕そうな態度を崩さないウォルターに、不良どもは思わず悪態をつく。ウォルターにとってはこの程度の事は脅威でも何でもない。
不良たちが同時にとびかかる。ナイフを振り下ろそうとした瞬間、ウォルターを中心に強烈な突風が下から吹き上がった。
「うおっ!?」
「ひっ!」
不良どもは体勢を崩し、思わずその場に尻もちをついた。何が起きたのか分からずその場で唖然とする不良に、ウォルターはゆっくりと近づく。
「落ち着いたか? 俺はちょっと聞きたいことがあるだけなんだ……いいか?」
「今のは……お前、まさかリーダーと同じ超能力者か?」
いきなり当たりを引いたとウォルターは確信した。
不良たちは元々数ある少年ギャング派閥の一つだったが、最近他の派閥に吸収されてしまったばかりらしい。その吸収先のリーダーが超能力者だと分かった。
年下にも関わらず自分たちのリーダーを喧嘩で倒したために、仕方なく傘下に入っているが、年下にデカい顔されるのはとても屈辱に感じているようで、不良はぺらぺらと情報を話してくれた。
その超能力者のリーダーが普段たまり場にしている場所も聞けたため、ウォルターはそこへ向かった。
場所は工場地帯の一角。元々は都市から出る廃棄物が積まれていた土地で、新たに開発する必要が出てきたため、一帯を処理場として建てられた。
その処理場となっているエリアの、工場と工場の間に出来た空き地、そこが少年ギャングの拠点となっている。
空き地は様々な不良少年たちがたむろしていた。入った瞬間から、四方八方から敵意の様な物をびしびしと感じるが、ウォルターは動じなかった。
進んだ先で目当ての人物はすぐに見つけることができた。一人王様のようにふんぞり返っている少年。背格好はウォルターと変わらないが、彼がこの集団の頭だ。彼を中心に不良たちが集まっており、ウォルターに気づくと不敵な顔を見せた。
得た情報から目標の名前はアレン・ギャレック。年齢は11歳だが、少年ギャング『ストレート』のリーダー。自分の超能力を利用して自分のチームを大きくしてきた。
「ようやく来たな、待っていたぜ。俺を探している奴がいるってあんただろ」
相手もウォルターが来ることを知っていたようだ。特別隠していたわけではないが、不良同士のネットワークはかなり早い。
「話が早くて助かるぜ。なら、俺が来た理由も分かるんじゃないか?」
「俺の強さに気づいてスカウトしに来たんだろ。超能力者のヒーローチームにさ」
周りの取り巻きたちから冷やかすように笑い声が上がる。ウォルターは深いため息をついた。
「てめーが遊ぶ分にはいいけどな、超能力使って周りに迷惑かけるなって言いに来たんだよ」
アレンはウォルターに近づくと、挑発するように顔を下げる。
「何でさ。俺の力をどう使おうが勝手だろ」
「じゃねーと、痛い目を見るぜ」
「あんたが?」
二人の間にピリピリとした空気が漂い始める。
「俺はこの力を考えなしに使うもんじゃねーって忠告しに来たんだ。お前が大人しく言う事聞けば何もしない」
「知るかバーカって言ったら?」
「この場でぶちのめす」
ウォルターが凄むと、アレンは顔を差し出してきた。
「何のつもりだ?」
「やってみなよって事。俺に言う事聞かせたいなら。超能力でも何でもいいから先に一発やらせてやるよ。ハンデってやつ」
ウォルターは頭に血が昇っていくのを感じた。
「それなら、後悔させてやるぜ!」
腕を振りかぶって、相手の歯を折るつもりでその顔にこぶしを振り下ろす。
だが、殴られたのはウォルターの方だった。何が起こったのか理解ができず、気づいたら膝をついていた。頬に広がるじわりとした痛みで、反撃を受けたことを理解する。
一方でアレンはニヤニヤと見下すように笑っていた。
「てめえ……」
「ああ、ごめんなさい。あまりにすっとろいからつい殴り返してしまいました。お怪我はありませんか?」
取り巻きたちから歓声が上がる。ウォルターはがばっと立ち上がって、今度は砂をアレンに投げつける。起き上がる直前に握りこんでいた。
ところが、投げつけた瞬間に目の前からアレンが消えた。そして今度は背中に鈍い衝撃が走り、ウォルターは地べたに這いつくばった。
「危ねーな。そのやり方、あんたも結構喧嘩慣れしてんだな」
「今、超能力を使ったな? あれを避けて一瞬で後ろに回り込むなんて普通出来ねえ」
「そうかもな。それかお前がのろまな間抜けなだけかもしれないぜ?」
相手がその気ならと、ウォルターは静かに怒りを燃やした。すると、空き地に風が吹き込み、徐々に勢いを増してゆく。
獣のうなり声のような風音が響き渡り、取り巻きたちが不安そうにざわめく。
「へえ、これがあんたの超能力? それで、どうするつもりだ?」
「こうするんだよ!」
ウォルターが風を巻き起こす。まるで台風の様な強い突風がアレンを襲い、身体を浮かせて後方へ飛ばしてゆく。
壁に激突する! 取り巻きたちだけじゃなく、ウォルターもそれを確信した。
だが、その直前にアレンの身体が突然ぶれはじめ、閃光の様な速度でウォルターの背後に回った。
「何!?」
「遅いんだよバーカ!」
慌てて振り返ったところで思いっきり顔面をアレンに殴られ、ウォルターは地べたに這いつくばった。それをみた取り巻きたちから再び歓声の声が上がる。
「今のがあんたの超能力か。俺の超能力に比べたら、ずいぶんしょぼい力だな」
再び立ち上がろうとした所で、一瞬で目の前にアレンが移動して膝蹴りを食らわせる。それからは、アレンの一方的な蹂躙が始まった。
殴り、蹴りとばし、立ち上がる暇さえなくウォルターは転がされ続けた。
「どうだ、俺の力は? 超能力者としてもお前より上なんだよ!」
既にぼろぼろになりながらも、ウォルターはよろよろと立ち上がった。
「お前の超能力は高速移動か……いや、ただ早く動いてるだけじゃないな。まるで時間を止めているような、そんな感じだな」
ただ早く動いているだけなら、その勢いで風が巻き起こるはず。だが、最初に目潰しの砂を撒いた時も、避けるために大きく動いていたにも関わらず、全く無風の状態だった。
「へえ、ぼこぼこにされてよくそんな冷静でいられるな。でも、その勘の良さは褒めてやるよ。確かに俺の超能力は自分以外の時間を遅くできるんだよ」
時間を操る超能力。いろんな超能力者を見てきたウォルターだが、そんな事が出来る超能力者は今まで見たことも聞いたこともなかった。もしそんな超能力者がいれば、どんなことも思いのままに出来るだろう。本人だけでなく、その周囲に集まってくる人間、そして、悪用しようとする連中も……。
自分が動いて正解だったとウォルターは思った。
「俺の前じゃあお前も他の連中も、ただのうすのろに過ぎないんだよ」
「……そうかい」
既にふらふらにもかかわらずウォルターはわざと大げさにファイティングポーズを取って挑発する。
「来いよ、お前程度の超能力者なんて、たくさん見てきたんだ。もっと強い奴にだってな。超能力者のスマートな戦い方を見せてやるよ」
アレンが顔をゆがめる。超能力者として、少年ギャングのリーダーとしてのプライドから、ウォルターを完膚なきまでに打ちのめし己の強さを誇示しなければ気が済まないという顔だ。
「できるもんなら……やってみろ!」
高速でウォルターの周囲を回る。目で追いかける事すら困難なスピード。なのに、ウォルターは正面を見たままだ。
「どうした! 俺の速さについてさえ来れないじゃないか! これで終わりに……」
突然アレンの視界が揺らいだ。地面が波打つように感覚に何が起きたのかわからず、バランスを崩して地面に倒れた。
ウォルターが何かしたのか、風を操るだけの超能力で? アレンは自分の身に何が起きたのか全く理解できなかった。
一方的に攻撃していたアレンが倒れたことで、他のチンピラたちがざわめく。
「さっきまでの威勢はどうした?」
「お前、一体何をした……!?」
「お前の言うしょぼい超能力を使っただけだよ。風を起こすのがオレの超能力、でも風がどうやって起こるか知っているか?」
ウォルターは倒れたまま立ち上がれないアレンに向かって少しずつ近づく。
「空気中の圧力が変化した時に発生するんだ。オレは学がなくて知らなかったけど、頭のいい知り合いがいるんでな、そいつに調べてもらったんだよ」
その知り合いは今は超能力者の研究をやっている。正直なところ今でもあまり好きになれないが、かつて一緒に死線を乗り越えた仲間だ。
「オレは自分の周囲の気圧を自由に変えて風を起こしているんだと。だから、さっきほんの数秒だけ自分の周りの気圧を下げてみた」
ほんの数秒でも、アレンにとっては身体へ減圧による障害を生じさせるには十分な時間だった。一瞬にして減圧症になり、眩暈と吐き気で動くことができない。
「自分でも予想以上の反応だな。その気になれば周囲一帯を真空状態に出来るかもしれないと言われたが、あまり想像してくないね」
倒れたアレンを見下ろす。状況が逆転し、今はウォルターの独壇場だ。
「ま、待て! あんたは分かってない。オレにこんな事してどうなると思ってる?」
ウォルターは妙な強気なアレンの口ぶりが気になった。
「お前、都市の警備ロボット修理工場で働いているだろ……オレの父親はそこのエリアの管理者だ。これ以上オレに手を出してみろ。お前なんて父親の一声で……!」
ウォルターは黙らせるようにアレンの顔面に拳を叩き込んだ。
「ぐっ……お前、俺の話を……!」
これ以上喋ることを許さないように殴る、蹴る。その顔は怒りに燃えている。アレンの胸倉をつかむと、無理やり引き立たせる。
「それで、お前の父親は今すぐに俺を止められるのか? 仮にも不良どものリーダーの癖に、だせえ真似してんじゃねえぞ!」
アレンの脅しはかえってウォルターの怒りに火をつける結果となった。ウォルターが都市の不良だったころは、みんな両親からも見放されたはぐれ者ばかりだった。だから、親の威光を盾にしたアレンの事が許せなかった。
「待て……分かった、ごめん、なさい……だから、許して……!」
アレンは完全に戦意喪失状態となった。気づくと、部下たちもみんな逃げだしてしまった。
我に返ったウォルターは掴んでいた手を離す。父親に殴られて怯える過去の自分の姿が脳裏によぎったからだ。
「ちっ、しょうもねえ奴だな……」
本当ならもっとスマートに決めるつもりだった。こんな風に解決するのは自分でも不本意だ。まだまだ未熟だとウォルターは思った。
「ある日、朝から熱があって風邪でも引いたかと思いながら鏡を見ると、自分が超能力者になっていたことに気づいた……」
アレンは超能力者になった経緯を語り始めた。取り巻きもいなくなった空き地で、二人は並んで腰を下ろしていた。
「初めに思ったのは、喜びなんかじゃない、絶望だ。あんたも分かるだろう? 俺は今後一生チビなガキのままで過ごさなきゃならないんだ」
超能力者は不老の存在で、何年経とうが子供の姿のままだ。それがまた周囲から気味悪がられ、偏見を助長させる。この都市に住んでいたウォルターの友人の一人も、それに耐えられず出て行ってしまった。
「自暴自棄になって、チビだのなんだの言ってきた奴らをぶちのめしていたら、気づいたら少年ギャングのリーダーになっていた……」
「気持ちはわかるさ。俺も似たようなものだったさ」
周囲から鼻つまみ者扱いされ、行き場のなくなった者同士で傷を舐め合う。ウォルターは過去の自分を見ているような気持になった。
「それなら、何で俺の邪魔をする? 俺の気持ちがわかるならそっとしてくれてもいいじゃねえか!」
「だからだよ。自分のために必死になる奴には、利用しよううとする奴らが集まってくる。そしていずれ、知らない間に取り返しのつかないことをさせられる……」
過去の自分がそうであったように……アレンにもウォルターの言葉の重さを理解できた。
「でも、だったらどうすればいい? 聖人面して我慢してろって言うのか!?」
「少年ギャングを辞めさせるつもりはねえよ。ただ、それなら超能力なんかに頼るなってのと、下心持ってくる奴に気をつけろって言いに来ただけさ」
素直に言って聞くとは思ってなかった。だから、少し痛い目に合わせたつもりだった。
「超能力に支配されるなよ。それは足が速いとかちょっと頭がいいとか、その程度の物さ。それ以上に自分にとって大切な物を見つけておきな。その時は先輩としてちゃんと手を貸してやるよ」
「あんたには大切なもんがあるのか 超能力以上に……」
「あるよ」
ウォルターは言うか悩んだ。自分にとって何よりも大切な物……口にするのは存外気恥ずかしいことが分かった。
「今の嫁さん……」
ウォルターは顔に熱が集まってくるのを感じた。
「あんた結婚してるのか!? 超能力者なのに!?」
アレンは既婚者であることに驚きの声を上げる。
「なんだよ悪いかよ! この話はまた今度だ! とにかく超能力を悪用すんなよ!」
逃げるようにウォルターはその場を離れた。アレンをちゃんと説得できたのか不安だった。友人みたいに上手く説得するのは難しい物だ。既に暗くなり、月が出ている夜空を見上げながら他者に寄り添うその難しさを痛感した。
「あいつもこんな事思ったりしてたのかな……」
友人は今は一体何をしているのだろう。彼もまた緑青の月を見上げているだろうか。いづれまた友人に会いたい、その時はアレンも一緒だ。
ウォルターは再会する友人の顔を思い浮かべながら帰路についた。
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