No.112606

Far and away 第八章ー再会

まめごさん

ティエンランシリーズ第二巻。
兄に浚われた国王リウヒと海賊の青年の恋物語。

「腹の上で、男を泣かす事ができたら一人前よねー」

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2009-12-16 19:47:22 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:480   閲覧ユーザー数:465

ティエンラン国のスザクの港に降り立ったクロエとキジは、リウヒの懇願もあって共に宮廷へと行くことになった。カグラが用意した高級な絹の衣をまとい、馬に乗って。

絹なんて着たことがないというキジのその恰好を見たとたん、リウヒとクロエは爆笑した。

「似合わないとは思っていたけど」

「ここまでだなんて」

ゲラゲラ笑う二人に、キジは地団駄を踏んで怒った。

「だから宮廷なんて、おれいきたくねんだよ!なんだよ、この衣、まとわりついて気持ち悪い!」

「うそうそ。よく見るとカッコいいぞ」

「茶色の衣が橙の髪によく合っている」

「いいよ、もう」

ふてくされたように鼻を鳴らしたキジは、今度は馬に怯えた。

「おれ、馬のったことねえよ」

「じゃあ、一緒に乗る?ここ」

ポンポンと叩かれたのは、鞍の前だった。

「えー…。リウヒの前かよー…」

「だって、わたしは手綱をとらなきゃいけないもの」

「なんか、女々しくて嫌だ」

「おれと一緒に乗るか?」

「えー…。クロエの前かよー。まあ、そっちの方がまだマシかも…」

なにそれ、ちょっと、どういう意味。と今度はリウヒが鼻を鳴らした。

「そろそろ行きますよ」

じゃれ合う三人を呆れたように見ていたカグラが声をかけた。

えっこらしょ、とキジがおっかなびっくりクロエの前に跨る。

「行こうか」

リウヒは手綱を巡らし、胴を思い切り蹴った。馬は驚き、一声鳴いて走り出す。

「ああっ!陛下、走ったら目立つではないですか!」

カグラが慌ててその後を追う。

「行くぞ」

「ぎゃあ!」

クロエも胴を蹴ると、前のキジが悲鳴を上げた。速度を上げてリウヒたちを目指す。キジは最初、揺れる怖い気持ち悪い、とか、向かい風がきつ過ぎて鼻水がでる、とか喚いていたが、しばらくすると落ち着いたのだろう、奇妙な体勢で大人しく前をみるようになった。

前方では、リウヒが馬を駆っている。藍色の髪が踊るように揺れていた。クロエは思わず見とれてしまう。

あの少女が、自分を見ていない事は、大分前から気が付いていた。その目が誰を追っているのかも。その声が誰を呼ぶのかも。

それでも諦めることはできない。仕方ないじゃないか、好きなんだから。

自分はもうあの船へ戻ることはないだろう。あんなに憧れていたアナンに対する憧憬は、消えて消滅してしまった。

これからは、目前の国王陛下の為に尽くそう。たとえ、振り向いてもらえなくても。仕様がないじゃないか、好きなんだから。

「暴走娘」

馬に張り付いたキジが笑う。その目はまっすぐリウヒを見ている。

 

ああ、そうか。お前もそうだったんだよな。

気が付いていたけど、気が付かない振りをしていたよ。

 

流れる風を全身に受けながら、クロエはひっそりと痛々しく笑った。

****

 

風に髪をなびかせながら、リウヒはただひたすら馬を駆け宮廷を目指す。かつて海賊たちと民を率いて通った道を。大好きな仲間と共に通った道を。

風景は次から次へと後ろへ流れてゆく。

そんなに飛ばしたら馬がばてる、もう少し速度を落とせとカグラの声がしたが、無視した。

だって早く帰りたい。みんながいるあの場所へ。わたしの居場所へ。

 

カグラは、あの船での出来事を一切聞いてこなかった。

「なにも言わないんだな」

宮廷海軍の甲板で、二人で間近にせまる陸地を見ていた時に言うと白将軍は片眉を上げた。

「なにか言ってほしいのですか?」

慰めの言葉をご所望ですか。それとも諌める言葉がほしいのですか。

思わずその顔をみると、見たことのないような厳しい表情をしていた。

「わたくしは、リウヒがあの船でどんな日々を過ごしたのかは聞きません。さぞかし壮絶な事があったのでしょう。きっとそれは、あなたを苦しめることにもなると思います。一生付きまとうでしょうね。悪夢に悩まされることだってある」

「うん」

目線を海に戻す。

軍に守られた今でさえ、兄が追ってくる恐怖がある。捕まって、あの部屋に閉じ込められて足を切断される夢にうなされた。楽になりたいあまり、王としての責任を忘れた事も、兄に身を任せた後悔も、怒涛のように押し寄せる。呼吸が苦しくなるほど、つらかった。

「しかしそれは、大なり小なりみなが持っているものです。闇の部分をね。それでも生きていかなければならない」

リウヒは再び顔をあげて、カグラを見た。この男も、闇を背負っているのだろうか。

「けれども、わたくしたちがおりますから」

カグラが表情を緩めて、リウヒの頭をくしゃくしゃと撫でた。

「黒将軍をはじめ、みなは大層心配しておりましたよ。早くその元気な姿をみせてあげなさい」

「ぜ…絶対、何か言われるだろうな…」

不安そうなリウヒの頭はさらにくしゃくしゃと掻きまわされる。

「安堵の裏返しです。喜んで受けるべきじゃないですか」

えー。と声をあげるリウヒにカグラが笑った。

馬は汗をかき始めたが、足を緩めない。後ろを振り返ると、むっつり黙った白将軍とクロエの馬が見えた。キジが奇妙な恰好で馬に張り付いている。笑ってしまった。

「なんだよ、笑うなよ!」

どなり声が聞こえた。

宮廷が見えてきた。陽光を受けて燦然と輝がやいている。

ティエンランの民が誇る天の宮。

わたしの愛する天の宮。

 

大階段前で馬を乗り捨てると、リウヒは駆けるように階段をのぼりはじめた。裾が絡まって足がもつれる。気は急く。勢いよく両手で裾をからげると、段飛ばしで飛ぶように駆け上がった。

もう、正門があんなに遠い。だれだ、こんな階段を作ったやつは。

目指す門の下では、みんなが待っているのが見えた。

トモキ、シラギ、マイム、キャラ。ごめんね、遅くなって。ただいま。

ああ、わたしの居場所。光に包まれて、温かい空気の流れるわたしの大切な居場所。

「リウヒさま!」

駆けよろうとするトモキを突き飛ばして、シラギがリウヒをしっかりと抱きしめた。

「御無事で…」

「ごめんね、心配かけて」

「御無事で…!」

さらに力を込められ、息が詰まった。

「シラギ、苦しい…うげぼっ」

「ずるーい、シラギさん。あたしも、あたしも」

黒い衣をポコポコたたきながら、キャラが口を尖らせる。

「やりすぎよー。ねえ、リウヒが白目剥いているじゃないの」

マイムがシラギの髪を引っ張る。

「ひどいじゃないですか、手をすりむいて…。シラギさま、リウヒさまを離してください!死にかけています!」

やっと緩まった腕に息を吹き返したリウヒは、咳きこんだ。みながシラギを責めている。声をあげて笑った。本当に帰って来たんだ。

「心配かけてごめんね、みんな。ただいま」

一斉に上がるみなの言葉は、絡まって何をいっているのだか分からない。

シラギはリウヒを離さず、そのまま崩れたように膝を折ると静かに涙を流し始めた。

「シ、シラギ?」

仰天してうろたえるリウヒよりも、世にも珍しいものをみた三人は、マジマジと黒衣の男を凝視している。

「腹の上で、男を泣かす事ができたら一人前よねー」

「マイムさん、それ、深いですね」

感心したようなマイムに、キャラが頷いている。トモキはただオロオロしているだけだ。

「ど…どうしよう…」

本気で困ってしまったリウヒに、口付けでもしてあげれば?抱きしめてあげれば?いっそ投げ飛ばしてしまえば?と無責任な声が飛んでくる。

そこにカグラたちがやっと追き

「陛下、あの階段の駆け上がりはさすがに…。何をしているのです」

異様な光景をみて目を点にした。後ろにいるクロエとキジもぽかんとしている。

「シラギが感極まっちゃって大変なのよ」

「リウヒの盛り上がりがいまいち足りないのが、ちょっとね」

明らかに面白がっている女二人。

カグラはため息をつくと、リウヒからシラギを引っぺがした。

「すまない、取り乱してしまった」

「ところで、なにこの可愛い男の子たち」

マイムに可愛い男の子扱いされたクロエとキジは、再びぽかんとしていた。

「ああ、わたしの命の恩人だ。キジとクロエ。クロエはシラギの又従弟だそうだ」

来て、とリウヒは二人の手を取りひっぱってゆく。

慌てたように二人が礼をすると、キャラが歓声を上げた。

「すごい、クロエさん、シラギさんにそっくり!」

「本当だ。小さなシラギさまですね」

トモキの声にみなが笑う。苦りきったシラギと戸惑ったようなクロエ。

「ここでもなんですし、陛下もお疲れです。シラギの部屋へいきましょうか」

「わたしの部屋はいつの間にたまり場になったのだ」

「とっくの昔から」

「その前に宰相さまと大老さまたちにご報告をしませんと」

「おれは遠慮しとくよ」

キジがリウヒを捕まえてこっそり言った。

そんな、キジにこそきてほしいのに。

「仲間と水入らずで、ゆっくり過ごせよ」

クロエも遠慮すると言う。リウヒは口を尖らせながら、女官に二人の部屋を用意させた。

遠くなってゆくキジを見送る。

「行こうか」

シラギに背を押されながらも、ちらちらと振り返っていた。会いたくて仕方のなかった仲間との小さな宴会は、夢のように楽しかった。相変わらずのとてつもなく薄い果実酒を飲みながら、いつの間にかリウヒはトモキに凭れて寝入ってしまった。

 


 
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