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意外な事実であるが
ルルが【必要以上】に相手をいたぶるのは稀な事である。
(生きたまま皮や肉を剥ぐ行為が【いたぶる】にあたらなければの話だが)
それはもちろん 慈悲や情けの感情などではなく、
ルル自身が あるトラウマを思い出さぬように努めているためである。
犠牲者を引き裂く音は何物にも変えがたい快感をもたらしてくれる。
ハリの良い血色豊かな皮を
元気に暴れる肉から剥がし取り、
美しい鮮血が宙を踊り舞い
したたり 流れ
流麗なる血の川 血の海を作り上げる。
肉裂き 腱千切り 骨砕く
音 音 音。
実に美味そうに 新鮮な痙攣をのたうつ肉
それを貪る部下たちの舌鼓。
(厳密には彼らに舌はない)
血の滴る真新しい皮に身をくるみ、
我こそモードの最先端とはしゃぐフレイヤーたちの楽しげな声。
それらは なにより暗黒の神々を喜ばせる極上の音楽だ。
だがその中に1つだけ
ルルにとってはあまり愉快でないモノが含まれる
これらの所業によって発される犠牲者の阿鼻叫喚である。
本来 魑魅魍魎にとってこれほど喜ばしい音色はないはずなのだが
ルルには苦手とする理由があった。
あわれな犠牲者が苦痛に満ち満ちたうめきと叫びを上げるたび
かつてのトラウマが
喉の奥深くに突き刺さった小骨のように
楽しい音楽を味わうのを邪魔立てする。
食事の度に彼女は この上ない快楽を享受するために
不愉快極まりない不快感にも耐えねばならなくなったのだ。
結果 彼女が心から美味を味わえるのは
乾き腐敗した 肉のスカートやコートを
一人でコッソリと食べるときだけ。
ルルの望む 自由は
その一つが永遠に不完全なものになったのである。
その忌まわしき出来事は
彼女が生まれ落ちて間も無き頃に遡る。
今でこそフレイドワンの王として君臨するルルであるが
最初から己を呼び求める声に呼応した訳ではない。
意識が確立してからの彼女は
しばし 自らに備わった様々な術や異能を堪能し
かつての自身のものだったのかもしれない
優しき記憶をなぞるように 自由を謳歌していた。
やがて 己に宿る力 己の存在が
ただならぬ者のソレであると自負できると
彼女の行動はさらに過激さを増してゆく。
物質世界のみでは飽き足らず
定命ならざる者たちの住まい
ワープへと その行動範囲を押し広めたのだ。
悪魔たちの間を騒々しく駆け巡り、
ちょっかいを出しては身をくらませる。
そして遂には インマテリアル世界の覇者たち
すなわち 偉大なるケイオス四大神の膝下にすら
ちょこまかと下世話に馳せ参じては飛び回るのだった。
当然 各神々は
この歓迎ならざるうるさき小バエをはたき落とすべく
本来なら上げる必要のない腰を上げ
然るべき制裁に打って出た。
(ナーグル神は他の三神とは違い
しばしの児戯と
甘い腐臭を放つ膿玉で彼女を歓迎した。)
しかしルルは 既に世界の新たな遊び方を覚えていた。ウェブウェイである。
ワープとウェブウェイを併用し
ひっきりなしに各次元を飛び渡る幼きディーモンを
ついにケイオスの王たちは捕らえる事が叶わなかった。
ティーンチ神のみが原因を把握していたが
この不確定要素がどのように今後の未来をかき回すのか興味が湧いたために
あえて泳がせる選択に出たのだ。
この時はルル自身も意識していなかったが
実は逃げ回る際に頻繁に出入りしていたのが
あのティーンチ神の大迷宮だったのだ。
ワープの波を乗りこなし
ウェブウェイの糸を自在に手繰り寄せ
ティーンチ神の館すらも奔放に駆け回る
ルルは ディメンションマスターとなった。
もはや彼女が存在できぬ場所などない。
そう信じて疑わなかったが、
唯一
彼女が
使うどころか
理解すら叶わなかった宙(そら)渡りの術が存在した。
ティラニッドの 亜光速航行 生体艦
ナーヴァルである。
愚かにも この時期のルルは有頂天の頂を舞い踊っていた。
自身より遥か格上の存在を出し抜けたという経験が
うぬぼれの卑しみに拍車をかけたのだ。
次元跨ぎの達人たる自身の理解が及ばぬを不快の極みとしたルルは
遠く遠宇宙の果てを漂う一隻のバイオシップに忍び込む。
シナプスクリーチャーの脳裏に直接リンクし
彼らの秘密を暴こうという目論見だ。
深い眠りにつく一体のハイヴタイラントに接近するルル。
巨大な体躯と
たくましく勇ましい肉体造形にしばしハシャぎ
相手が目を覚まさぬようゆっくりと額を寄せる
ルルにとっては商店で玩具を探す程度の心持ちだったが
レイコンマ数秒とかからず
彼女は己の行動がいかに愚かだったかを思い知る。
額を近づけ ティラニッドの長を読み取こうとしたその時
漆黒の深き深き深淵の果てにルルの精神は落とされた。
この世の全ての命の時間を継ぎ足してもまだ足りぬほどの時間を経て
ルルは
冷たく
鋭く
慈悲の概念そのものが存在せぬ、
万力で締め上げられるほどに窮屈で
なおかつ
無限に思えるほどに広がる、
闇すら暖かく優しく感じられるほどに
凍てついた
闇ですらない
恐ろしい この深い深い黒色の穴こそが
ティラニッドという存在そのもの
ハイヴマインドであると知った。
そこに広がり集約するは苦痛。
つま先の 指と爪の頭の
一つ一つから
頭頂部に至るまで、
その皮膚 その筋繊維
一本一本を
丁寧に
引いては裂く
引いては裂く
皮から
骨から剥がす、
苦痛。
剥がした先の 一つ一つの肉体が痛覚を保ち
そこへ粗塩をゆっくりと こそぐように刷り込む。
苦痛。
引き裂いた血の滴る傷口を
もとの形になるように
無理やり押し付け
擦り合わせる。
苦痛。
いやそうではない。
これらの記述も、
言い表すに適切な言葉がなかったからこそ
そう表現しただけに過ぎず、
そもそもこの場に存在するは 苦痛などという柔らかなものではない
少なくとも
この時ルルが体感した感覚は
天の川銀河には
形容する言葉も
概念自体もが 存在しなかった。
痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛
悲鳴。
痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛
悲鳴がこだまする。
痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛
助けを求める 声なき声。
痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛
どこにも届かぬ 声なき声。
痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛 痛
誰にも聞こえぬ 声なきコエ。
痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛
痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛
痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛
痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛
痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛
痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛
痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛
痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛
痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛
幼き悪魔は苦悶に満ち満ちた声なき声を吐き続けた。
後悔 痛 後悔 痛 後悔 痛 痛痛痛痛痛痛痛 痛痛痛
謝罪 痛 謝罪 痛 謝罪 痛 謝罪 痛 謝罪 痛 謝
謝罪 痛 謝罪 痛 謝罪 痛 謝罪 痛 謝罪 痛痛い
謝罪 痛 謝罪 痛 懺悔 痛 懇願 懇願 懇願懇願痛
謝罪痛懇願 謝罪懇願 痛 懺悔 痛 懇願・・・・・痛 懇願
・・・・・・・・・・・・・謝罪・・・・・・・・・・懇願・・・謝罪・・
実世界では僅かに数秒、
しかし彼女の心は 幾星霜の時の刻みを経て ようやく牢獄から解放された。
うごめく床の上で目を覚ました幼き悪魔は 混乱冷めやらぬうちに再び凍り付く。
ぐるりと見渡す一面には こちらを睨む数百数千の目玉が並ぶ。
裂かれ 潰され 壊されたルルの心は
もはや覚悟を通り越し
ただ終わりを享受する忘我の今際に伏した。
が・・・、
・・・何も起こらない・・・。
刺されもしない。
かじられもしない。
霊魂を引き裂くサイキックの波動に飲まれるわけでもない。
ルルは今一度周囲を見渡す。
笑みだ。
ティラニッドという生物に 表情筋などという柔和な機能は備わっていない。
だが その目は 明らかにあざけりの笑みを浮かべている。
それは同時に
{どうだ小娘!これこそが我!ティラニッドである!!}
そう誇らしげに 胸を張るかのよう。
へこへこと 弱々しくゆっくり 四つん這いで逃げ出す一人の悪魔を
彼らの一体も手出しをせず たださげすむように見送る。
バイオシップの口内から 無傷で しかし心はズタボロの幼き悪魔が這い出て行った。
彼らにとって いや【彼】にとって
あらゆる有機物は食 殖 蝕。
動くものだろうと 動かないものだろうと関係ない
口を動かしていたら 向こうが勝手に入ってきた。
我々など それだけの存在。
単なる 餌
単なる 栄養
単に 自分を形作るためだけの構成分子
ティラニッドにとって
世界とは
ただ口に運ぶだけのモノ。
ルルがなぜ逃されたのかは定かではない。
慈悲などではない。
それだけは確かだ。
そんなモノは【彼】に存在しない。
どういう訳か【彼】には都合が悪かった。
それ以上は分からない
ただ、
逃げ去る少女を一目にすら気に留めない 怪物たちの船の有様たるや
{お前ごとき殺すに その気になる価値一つ見出せぬ}
唾を吐きかけられるがごとく恥辱に
砕かれた少女の心は 復讐心はおろか 悔しみの一片すら抱けず宙を漂う。
邂逅以前の彼女には自信があった。
まだ見ぬ存在を理解する自信が。
未知の航法を暴き
我が物にできる自信が。
失敗し 捕らわれ その身を糧に変えられようとも、
その苦痛は せいぜい数秒 数時間 数か月、
いずれにせよ時が経てば 魂は解放され
また肉体を構築し直せば すべてが元通りになる 自信が。
だが 知ってしまった。
覗き込み 触れてしまったのだ。
暗黒神すら凌駕する 死の外側。
そして恐るべき予感が 生まれて間もない赤子の背骨に絡みついた。
次に会うときは、
食われて終わりでは・・・
済まないのかもしれない・・・。
今日 ルルは フレイヤーの玉座に鎮座する。
だがそれは 来たる日に備えての対抗策などではない。
彼女にとっては、
幼子が怖い話を耳にしたあと 寝付くまで母親にお話をせがむ
その程度のモノなのだ。
楽しき時間に身を置き 忌むべき体験を覆い隠したいのだ。
現在拠点としているこの星を選んだのも
ティラニッドたちの活動宙域から遠く離れているからという理由に過ぎない。
身を隠しているうちに
ネクロンや ケイオスの神々がどうにかしてくれる
かもしれない。
他のク・タンたちならば どうにか出来る
かもしれない。
新たに天敵が生まれ または生み出され
ティラニッドという種そのものを根絶してくれる
かもしれない。
いつものように ベロを垂らして剛腕をふるえば
一個の群れを追い払うくらいのことは出来よう、
しかし、
もはやルルには
自身がティラニッドと戦って勝利するという考えなど一切にない。
【彼】が近づくならば ただ 【彼】の目の届かぬ場所へ居を移すのみなのだ。
あの暗く
あの黒く
あの深き
真の捕食者 その口を 覗き込んでしまったのだから。
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なんかメチャ長文になった。
お暇であれば是非。
注(筆者はウォーハンマーをこよなく愛しておりますが、
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