No.1121810

堅城攻略戦 第二章 仙人峠 14

野良さん

「堅城攻略戦」でタグを付けていきますので、今後シリーズの過去作に関してはタグにて辿って下さい。

第二章 仙人峠終了、次から第三章に入ります。

2023-05-27 00:03:56 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:399   閲覧ユーザー数:387

 息を詰めて山の様子を見上げていた仙狸の眼前で、仙人峠が白熱した炎に包まれた。

「これは、何が起きた……?!」

 青白く燃えていたそれを覆い尽くすように、白い輝くような炎が山頂から山すそへと、さながら山津波か、溶岩の如く一息に拡がっていく。

 途方もない光景に、さしもの仙狸が自失したようにそれを見上げる。

「……おつのが……やったのよ」

 傍らから上がった、荒い息をつきながらの声に、仙狸は顔をおゆきの方に向けた。

「これは、おつの殿がしたことか、では?」

「ええ」

 勝利を確信し、力強く頷いたおゆきが、仙狸と並び仙人峠を見上げる。

「一切衆生の煩悩を焼き払う、大天狗が勧請せし明王の炎」

 おゆきが主に向かって流れてくる庭からの力を捉え、その山神の力を以って山上の主に通し、主はその力を山頂のおつのに手渡し……そして彼女はその持てる力で、この凄まじい術を放った。

「確か、軍師殿の指示は、この山を支配する為に敵が使っている力の流れを、この三点で協力して庭の力を仙人峠に引き入れ、ぶつける事で断ち切る……そういう話だった筈じゃが」

 ちと、やる事が派手ではないか?

 そう、低く笑う仙狸に、おゆきは肩を竦めて見せた。

「まぁ、おつのが割と見た目が派手な技を使いたがるのは確かだけど、敵の反撃を許さず一息に粉砕するなら、この位はやった方が良いわね」

「なるほどのう、それにあれじゃな、これだけの高峰が全山炎に包まれたとなれば、かなり遠方の民も、この光景を目にすることになる……後は式姫たちがこの山の妖を炎で清め、我らの手に取り戻した……そう宣伝してやれば、民の士気も随分違うじゃろう」

 先だっての堅城攻めが頓挫した事で、避難民の士気だけではなく、彼女たちが今まで妖怪の手から解放し、安定を見せ始めてきた地域にも動揺が拡がり始めている事は、主も懸念していた。

 これは文字通り、式姫たちの反撃の狼煙、それを内外に見せつけるこの上ない絵となる。

 その辺り、民の絶大な支持を集め、時の権力者から睨まれ、ついには母親を人質に取られ配流の身となった修験道の開祖の魂を継ぐおつのは、人心の機微はよく心得ている……そういう事だろう。

「……そういう物なの?」

 天地自然の大いなる力の顕現たるおゆきは、そのあたりの人の心の機微というか乗せ方のような物には至って疎い。

 不思議そうな顔で可愛らしく小首を傾げているのを見て、仙狸は微苦笑を浮かべて首肯した。

「そういうもんじゃ、勝ったという事実も大事じゃが、この先も勝てそう、という気運を作ってやるのも大事な事ではあるんじゃよ」

 やっぱり人間は良く判らないわねぇ、そう小さくつぶやいてから、おゆきは仙狸に顔を向けた。

「そうそう、話は変わるけどもう一つ良い事があるわ。これだけの力を一息に溢れさせた以上、かなりの力が相手の方にも行ってる筈よ……城の奥に引っ込んでた連中の鼻先を焦がして、ちょっと驚かせてやる位は出来ているかもね」

 クスっとおゆきが悪戯っぽく笑う。

「ふむ……軽いものでも相手の本拠に思わぬ一撃を入れられれば、それはかなり大きいのう」

 鉄壁の防御を誇っている相手は、軽いものでも、身に迫る一撃を受けた時、動揺を示す事が比較的多い。

 そんな物ではびくともしない、胆力のある冷静極まる相手であっても、何らかの対応を取ろうと動く事は十分考えられる。

 状況を動かすという意味では、面白い一手になるだろう。

 本当に届いたか、相手がどう出るか、その辺りは判らぬが……。

 仙狸が少し人が悪い表情で小さく笑ったのを見て、おゆきは、訝しげに彼女の顔を覗き込んだ。

「どうしたの、何か悪い顔してたけど」

「ああ、いや何、そういう一手を、あの軍師殿は、この先の軍略にどう組み込んでいくのかと思うてな」

「鞍馬ね……確かに」

 あの機略縦横の軍師ならば、彼女たちが感じとった敵の動向に意味を見出し、それを自らの軍略に自在に編み込んで行くのだろう。

 そして編み上がった彼女の軍略は、網の如く敵を絡めとり、彼女の掌中の物としていく。

 なるほど、軍師を得るというのは、こういう事か。

 自分たちの戦場が良い意味で拡がっているのを実感できる。世界を見る、人を見る、そしてその中の一つとして自分たちの戦場を見る時、絶望的な壁に見えた堅城を冷静に眺められる自分に気が付く。

(中々、面白いことになってきたではないか……のう、主殿よ)

 闇に閉ざされた室内が、白熱した光に包まれる。

「……何事!?」

 ぜいぜいと荒い息をついていた男は、良く磨かれた床が反射したその光の強さに驚き目を上げた。

 中空に浮かぶ炎が神々しいまでの輝きを放ち、闇になれた男の瞳を灼く。

「これは……仙人峠で何かあったか!」

 まさか式姫か……あの祭壇の役割を見抜き、こちらからの繋がりを断とうと何やらを画策しおったか。

 だが、この輝きは一体なんだ。

 凄まじい力の存在を感じる。わが防衛線を崩壊させる事すら適うだろう力と、それを行使する練達の呪術の力。

 式姫と、その主の持つ、巨大な力。

 ええい、だがさせぬ、まだこちらから干渉する手段は残してある、儂の呪が届きさえすれば、壇を崩壊させる程度は出来る。

 こちらの支配権は絶望的だ、だが奴らの力であの霊山をむざむざと復活、制圧させてたまるか。

 慌てて意識を仙人峠に設えた壇に繋ごうとする。

 部屋の中に低く唸るような呪を唱える声が陰々と響く。

「ぐ……むぅ!」

 男は突然頭を抱え、その場に膝をついた。

「お……のれ、そのような姿になり果てて、なお儂の邪魔を……」

 上げた目が、炎を睨む。

 白熱した輝きが燃え盛る。

 その炎の形が悪戯に作り上げたのか、揺らめき踊り上がる艶めかしいとすら言える美しい曲線が人のような姿を形作る。

 優美で滑らかな体の線、そして流れるような髪……そして、その髪に縁どられた、美しい顔まで。

 いや、それは炎の悪戯が見せる幻などではない……確かに、炎が美しい女性の裸形を形作り、男に顔を向けていた。

 それを見返した男の表情を、どう形容したら良いのか。

 ひたと据えた視線が、炎の中の人のそれと確かに絡む。

 だが、それも刹那の事、再び炎が揺らぎ、その女神の如き姿が溶けるように消え去る。

 様々に色を変えながら、虚空で燃え続ける炎が、再び闇を幽かに照らし始めた。

 炎を見上げながら息を整えていた男は、ややあってから、再び仙人峠に意識を繋ごうと呪を唱えだした。

 低く唱えられていたその言葉が、鋭い舌打ちとともに切れる。

「やってくれる」

 意識を通すべき道、あの山に至る力の流れが完全に断たれ、消失していた。

 もはや、こちらからは干渉する事さえできない。

 あの地に展開した陰火、この地一帯を滅ぼした時に捉えて置いた人の魂、防衛用の貴重な戦力を、完全に喪失した事を、それは意味していた。

 あの光は、恐らく仙人峠で式姫どもが行った、何かの術の力が、道を通り、全ての中枢たるこの炎に影響を与えた結果。

 そして、その力が、あの炎の中にくすぶっていたあれを起こし、儂を妨害した……。

 ドシドシと廊下を踏み鳴らす足音が、幾つか聞こえる。

 大方、あ奴が配下と共に怒鳴りこんで来たのだろう、流石にあれだけの力が動けば、奴らも気が付くか……。

 今回の敗戦に関しては儂の判断の誤りと、奴らが代表として送り込んだ蝦蟇の動き、その双方に瑕疵があった結果。

 とはいえ、これから起きる論争の予感は愉快な物ではない、愚物に状況説明をせねばならぬ煩わしさに小さくため息をつくと、男は乱れていた襟を正しながら、もう一度炎を見上げた。

「式姫ども、今回は儂の負けとしてやる。だが忘れるな、これは緒戦にすぎぬ」

 最後にこの戦場に生きて立っているのは儂だ……。

 仙人峠が、山頂から噴き出した炎に包まれる。

 陰火が犇めく、冥府の瘴気を宿す青白い炎ではない、赤く、鮮やかに燃え、世界を浄化する三昧の炎。

 その炎に包まれ、陰火が呑まれ、苦し気に身を捩り、消えていく。

「相変わらず、おつのんはやる事が派手だねぇ」

「全くな……所で悪かったな、そろそろ降ろしてくれても大丈夫だ」

「そうかい?」

 ひょいと、男の体が紅葉御前の傍らに降ろされる。

 俺もそれなりに鍛えてあるから、重いはずなんだがなぁ……。

 巨岩もお手玉の如く扱い、彼の体重に等しき大戦斧を自在に舞わせる鬼神の力にしてみれば、彼の体など鴻毛も同じというのは、頭では判っているが、実際にこう自分の体を軽々と扱われるとやはり驚きがある。

 それはさておき……だ。

「一度見た事があるから良いが、やはり心臓にはよくねぇな、この光景は」

「まぁねぇ、あたしらにゃ無害とはいえ、炎に巻かれるってのは穏やかじゃないやね」

 二人とも炎に巻かれながら、燃え盛る炎が青白い炎を駆逐していく様を眺めている。

「……これで、あの連中は成仏できるんかな?」

(そうですね、あの魂たちを縛っていた術の力がおつのさんに焼き払われた事で解放され、今は自然の理に従い冥府に至るでしょう、そして次なる生を冥府王の裁きの後に示され、輪廻の輪に帰って行くはずです)

 力が戻り、再び聞こえるようになった蜥蜴丸の声に、男は一言、そうか、と呟き返し、何かに祈るように目を伏せた。

 あの陰火たちに取り巻かれ、力を奪われ、蜥蜴丸の守りも失せたあの時に、その声は確かに彼の心に直接聞こえた。

 殺された時の恐怖を抱いたまま、悲鳴をあげつづける魂があった、正気を失って、虚ろに意味をなさぬつぶやきを続ける魂があった、自分が死んだことを理解も出来ぬままに、寒い寒いと縋ってくる幼い魂が……そんな無数の命の名残が、あそこで青白く燃えていた。

 ……こんな真似をした奴だけは許せねぇ。

 口にはしないが、何かの決意を湛えた目で、まじろぎもせずに青白い炎が消えていく様を見る男を、どこか優しい目で見ながら、紅葉は腕を組んだ。

「死んだ連中は、ちゃんとあの世に送ってやる。あたしらがしてやれるのはここまでさ……あの骨どももそれは同じ。そのためにも、あたしらは勝たなきゃならねぇ……そうだろ、大将」

 そう口にして紅葉もまた、この地に犇めいていた無数の死者の魂を悼むように目を閉ざした。

「……そうだな」

 冬の間、雪の下で枯死した草木を焼いて大地に還し、その地に再び命をもたらすための、春を告げる豊穣祈願の炎は、祭りの場で普遍的に見られる光景。

 それと同じように、おつのはこの大地を汚す瘴気を焼き清める炎をこの地に放った。

 ちゃんとした死の後に、再び生を得て、この世界に帰ってくるために。

 願わくば、この魂たちが次に命を得る時、その生が平穏な物でありますように。

「豊穣の御祈祷やるなら、こういう炎を祈り呼ぶもんだよ、判っとるかねー、外法使い君」

 彼女が招いた三昧の真火の力が、この山の陰火のみならず、堅城からこの地に至る敵の力の道そのものを焼き払った事を感じ取り、おつのはわざとらしく偉そうな口ぶりでそう呟いてから、一人小さく笑った。

 とはいえ、庭の力を引き込み、この地を清める祈祷は流石の彼女にも容易い技ではなかった。ふぅ、と珍しく疲れた様子で息をついて姿勢を崩したおつのの傍らに、数羽の三つ足烏がこちらも疲れ果てた様子で降りてきた。

「きみたちねー、操られていたか知らないけど、なんて迷惑をあたし達にかけてくれましたかね、熊野ちゃんに言いつけとくからねー、後でお説教と苦い変なお薬一杯貰うと良いよ」

 そう言いながらも、艶やかなその羽翼を撫でる手は優しい。

 大天狗の手の心地よさに目を細め、低くかあと鳴いた三つ足烏が、力を多少取り戻したのか、とっとっと大儀そうに大地の上を数回跳ねてから、翼を拡げて空に飛び立った。

 続いて、二羽、三羽……。

 恐らく、あの子たち本来のねぐらに帰るのだろう。

 青空の中、徐々に小さくなっていく黒い影を見送りながら、おつのは小さく伸びをした。

 あの子たちも本来は敵ではない……あの陰火も、恐らくはあの骨たちも。

「……あ、いっけない!」

 慌てておつのが翼をはためかせ空に舞い上がる。

「しまったよー、そういえば羂索であの子たちぐるぐる巻きにしてそのままだったー、そりゃ死んだりはしないけど窮屈な思いさせてごめんねー、すぐに解放してあげるからねー、烏が鳴くからかーえりたいよね、あ、でも何羽かは鞍馬ちゃんに見せないと駄目かなー、変な術で操られた影響とか調べたいかもしれないしねー、うーんどうしよー」

 

「ありがたいことに、何とか軍師稼業復帰第一戦の格好は、何とか付いた……いや、付けて貰えたか」

 遠方で一連の流れを見守っていた鞍馬は、大きく翼を拡げるとその場を飛び立った。

 これで、この周辺の空の行動の自由は、ある程度こちらの手中に移った、おつの、天狗、そして自分が居る式姫の側に、大いに強みが出来たという事になる。

「折角だ、早速少し覗いていくか」

 好奇心が勝った行動と言われかねないが、こうして敵の守りを打ち破った直後、相手がまだ次の手を打てていない間が、一番安全であろう事は疑いない。

 相手は無能ではない、今の水準は望めぬとしても、空の守りをがら空きにしたままで居るとも思えない、今のうちに次の戦場を一度自身の目でざっと眺めてから帰るとしよう。

 力強く打った羽ばたきが鞍馬の体を更なる高空に運ぶ。

 眼下の光景の見え方が徐々に変化する、木々が森となり、人家が町となり、川は大地を貫く水の道となる。

 こうして高度を上げていくと、小さきものが集まり形作る物の大きな形が見える。

 そうしてこそ、本当に抑えねばならない要所というのが見えてくる……思えば人の力しか持たぬ仮の体で軍師の修行をした時は、数多の人を放って地図を作成し、それらを読み解いていった物だが、天狗の体に戻ってみれば、その辺りはいとも容易い。

(空を飛べるというのは、やはり軍略の上での利点が多いな……とはいえ、これで慢心すると、見えている筈の物を見落とすこともあるか……)

 そう、あまりに大きな視点で物を見過ぎていると、身近な所の動きを見落とし、足元を掬われる。

 視点の自在さこそが、最後に重要なのだと、鞍馬は自身と、弟子や戦友や好敵手達の行く末から学んでいた。

 平野を貫く街道が見える、この街道は東西を大きくつなぎ、堅城に至り、本来ならさらにその先、海の交易で巨万の富を抱えている商都へと続いている。

 織姫の話では、この周辺から産出する各種の鉱石や、その精製された産物の交易路を主用途として発展していった街道で、堅城も本来はその道を守り、かつ税収を得るための関所のような物が始まりだったという。

 それが、保護すべき鉱夫や商人の増加に伴い、規模を拡大し、彼女が今眼前にしている、今の姿になったという。

 今や、妖が立てこもり、この街道を通ろうとする者を阻む、巨神の如き威容。

 街道に対して正面の守りであった二の丸、三の丸は妖の襲撃時にかなりの損傷を受けているが、それでもその遺構のみでも、かなりの防御となって、寄せ手を分断する縄張りとなっている。

 ここに骨侍の軍団が待ち構えているとなれば、それはあの式姫たちすら攻めあぐねただろう。

 南はそもそも山脈が険しすぎ、寄せ手が不利。

 そして北は鉱山跡を要塞化した砦が守っている。

 確かにこれは誉れ高き堅城と呼ばれるに相応しい代物。

「これを正面から攻めようというのは、やはり現時点であっても愚策だな」

 さりとて、兵糧攻めも出来ぬ、水攻めは論外、空からと言っても、流石に式姫数人では、中に詰めている妖の規模や能力を把握できていない現状では危険すぎる。

 やはり、最終的に事を決するには、陸戦を得意とする式姫たちを多数、あの堅城の本丸まで侵入させねばなるまい。

「どうしたものかね」

 劣勢の方が面白いなどというのは図上演習までの話だ、現実に指揮するなら、それは楽な方が良いに決まっているが……まぁこの軍の軍師ではそれは望めまい。

 ため息とともに、鞍馬は気になった場所を偵察すべく高度を下げた。

 堅城の北の方に拡がる山脈の中に、幾つか通じている道。

 砦となった後も、物資輸送には使われていたのだろうが、本来この道は、鉱山より産出した物や掘った土を運び出すはずの物だろう。

 その時、周囲を見回していた鞍馬の目が鋭い光を湛えた。

「ほう……これは面白い」

 小さく呟いた鞍馬は、自分がそれを見落としをしていないか、周囲を再度見渡してからその身を再び上昇させた。

「さて、この予想は当たっているかな……」

 その辺りは、堅城の歴史を調べてほしいと、後方に書き送った書簡の返事待ちか。

 まだ検討は必要だが、どうやら次の戦場は決まった。

「天高き山から、次は地の底か……さて、誰に行って貰おうか」

■鞍馬

元々が鞍馬山の大天狗なので、本来なら自分で戦ってもあらかたは片付けられる存在ですが、

そういうのを封じて軍師に専念しているというのも格好いいと思うのです。


 
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