No.112174

Far and away 第四章ーリウヒとキジとクロエ2

まめごさん

ティエンランシリーズ第二巻。
兄に浚われた国王リウヒと海賊の青年の恋物語。

「で、何しに来たんだ」

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2009-12-14 08:49:31 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:516   閲覧ユーザー数:506

海が遠くまで見えるからとか何とか言っているが、ここしか居場所がないのだろう、今日もリウヒは、いつもの所でぼんやりしている。

「キジ」

振り向いて嬉しそうな声を上げる。こっちまで嬉しくなっちゃうじゃねえか、とキジはほほ笑んだが、すぐに顔をしかめた。後ろからクロエの異様な目線が痛い。

ここ最近、キジとクロエとリウヒはよくつるむようになった。頭領もクロエだけだと警戒するが、キジが一緒だと何も言わない。いい親友をもったよなあ、とクロエの肩を叩いてやりたい気分だ。

「今日も叫んじゃう?」

おどけて言うと、リウヒは「今日はあまり大声だせない」と首をふった。

その白い首には、赤い線が入っていて思わず息を呑む。

何やっているんだよ、頭領。

「お前…、大丈夫か」

「うん、加減はされているから」

そういう問題じゃあねぇだろう。クロエも青い顔をしている。

「あのね」

リウヒは舳先にもたれかかって、遠くを見た。

「イヤッサイは意味不明だけど、ゴジョウはご豊穣って意味なんだって。元々は漁師の大漁祈願の掛け声だったらしい」

「へえ、リウヒは物知りだなあ」

感心したキジに

「昔、歴史の教師が教えてくれた」

とひっそりと笑った。その笑顔はなぜかとても悲しげで、キジの胸がキュンとなる。

ああ、そうか。

この娘は、男の保護欲と独占欲をそそるのだ。本人にその気がなくても。

細い体も、白い肌も、流れる藍色の長い髪も、儚げな風情も、背が低いことすら。

現にクロエは、恋しています全開で!って顔でリウヒを見ている。

頭領にいたっては、すでに狂っているのだろう。

そしてこのおれですら、ときめかせる。こんな女、好みなんかじゃないのに。

あの嵐の夜。

悲鳴が聞こえた瞬間、キジはやるべきことを放りだして、リウヒの元に駆け付けた。泣き叫ぶ少女を抱きしめた時、自分の中にすっぽりと収まった体に驚いた。

まるで、どこかに置き忘れた自分の半身が戻ってきたような錯覚に陥った。

そして離し難くなってしまった。だが、この娘は頭領のものだし、王さまだし、クロエの想い人だ。そう言いきかせて、無理やり離した。しばらく心臓の動悸は止まらなかったけれど。

…こらこら、何を考えている、おれ!

キジは一生懸命、クズハのアイカちゃんの顔を思い浮かべようとしたが、白くぼやけていてはっきり思い出せなかった。

遠くで頭領の声がする。リウヒを呼んでいる。

少女は立ちあがると、まっすぐ兄の元へ駆けていく。そのまま抱きあげられて、部屋の中へ消えた。

手に入らないと分かっているから、余計ほしくなるのだろうか。

横の馬鹿は、泣きそうです本当に!って顔をしている。

キジは振り切るように立ちあがって、伸びをした。

「さあて。お仕事、お仕事」

ふざけていうと、親友の腕を引きずって歩き出した。

****

 

 

腕を組んで報告書を呼んでいたカグラは男の声に顔を上げた。

「左将軍さま」

ジャコウがかしこまった顔で礼をした。

宮廷海軍の司令部は、スザクの港の外れにある。笑ってしまうほどお粗末な建物に、カグラは最初、愕然とした。なんだ、この掘立小屋は、海賊の一軒家の方が数倍マシじゃないか。修繕工事が終わったら、予算を存分にふんだくってやると決意したものだ。

「イデアの付近に、例の船が出没したそうです」

ジャコウの報告に、部屋にいた全員に緊張が走った。

「詳しく」

机上に地図を広げる。

「クズハを発った奴らは、この付近をうろついた挙句、商船を二つほど襲っています」

カグラは頷く。

「普通、その後どこかの陸地に降りるはずなんです。物を金に換えなければいけませんから」

「ところが、警戒して未だ海上をうろついている」

「陛下は間違いなく乗っていますね」

可哀そうな陛下、とカグラはため息をつく。ティエンランの為を思って海賊と民を率いた少女が、今や血を分けた兄に囚われてその海賊たちと一緒にいる。どんなにおびえて怖い思いをしていることやら。と切なげな声でひとりごちる。

部屋の中にいた全員の目の色が変わってきた。

リウヒは、国民に愛されている。なんたって、自分たちのために立ちあがってくれた王なのだ。娘を王位に付けたという自負もある。宮廷の兵士たちはその事に誇りを持っている。

さらにいえば、海軍と宮廷兵軍はお互い対抗意識もある。兵軍ははっきり海軍を見下していたし、海軍は兵軍に劣等感を持っていた。その兵軍を見返す機会でもある。

「白将軍さま、必ずや陛下をとりもどしましょう!」

「この命に代えても!」

うおう!と気概が上がる。それを聞きながらカグラはほくそ笑んだ。

同じ内容の事を、今まで何度もわざとらしく呟いた。その度に無気力な海軍は志気が上がってきている。力が及ばなくても勢いと気概が上回れば、勝てる可能性がある事実をカグラはセイリュウヶ原で学んだ。まあ、あれはほとんどシラギの功績だったけれど。

作戦をもう一度確認し、出港の準備を命じた。

「陛下を救えるのは我々しかいない。それを肝に銘じ命がけで任務にあたれ」

男たちは鼻息荒く部屋を飛び出していった。

****

 

 

部屋の中、夕餉にて。かっきり兄を見据えてリウヒが声を上げた。

「兄さま、わたし、みんなのお手伝いをしたい」

アナンは驚き、茶碗を落とした。

「旅をしている時、仕事をしないものは飯を食うなと教えられた。わたしは今、何もしなくてぼんやりしているだけだ。だから、どんなことでもいいから、仕事がしたい」

「それはいい心がけだが…」

兄は眉を顰めた。

「狼の中に羊を一匹放つようなものだ。駄目だよ。危険すぎる」

「兄さまのケチ」

不満そうに鼻を鳴らす。

「リウヒは働かなくていい。ただわたしの横にいればいいんだ」

「でも、兄さまの仕事の時は、一人でほっておかれるもの。そんなの…」

暇で仕方がない、と続けそうになって、慌てた。

「…淋しくて仕方がない」

上目づかいで兄を見る。案の定、アナンは相好をくずした。

「ねえ、兄さま。お願い」

正直、飽いてきたのだ。舳先でぼーっとする事も、この部屋に閉じ込められるのも。

船の生活に慣れてきた証拠だった。兄の傍にいるのが怖くなってきたのもある。

最近、兄はおかしい。横にいればいいという。大人しく横にいるのに、なぜわたしを見ないと、首を絞めたり髪を引っ張ったり暴力を振るう。リウヒが泣いて悲鳴をあげると、今度は許してくれと抱きしめて謝るのだ。

そして何よりキジの近くにもっといたい。あの海賊たちの中で、キジは自分のお守役みたいになっている事をリウヒは知っていた。

小さな猪口の酒をあおると、椅子をおりて、兄へと歩く。

世界は回転している。まるで自分を勇気づけるかのように。

「兄さま…」

アナンの椅子に膝をつき、正面からじっと見つめた。

「お願い」

その両手を取って握りしめる。アナンはため息をついて、リウヒを抱きしめた。

「やれやれ、可愛い妹のお願いだ。ただし、何かあったら必ずわたしに言うんだよ」

****

 

 

「で、何しに来たんだ」

意気揚々と、大部屋に降りてきたリウヒにキジは呆れた声を出した。

「手伝いに来た」

「なんの」

「なんか」

やることがあるなら言ってくれ、何でもする。と笑う少女に仲間たちは怯えている。この妹に万一のことがあったら、頭領が怒り狂うのは目に見えている。

お相手できるのはキジとクロエしかいなかった。

「あー、うん。じゃあ、食器洗いでもしてもらおうかな」

「分かった」

「おれも手伝う」

「お前、今から見張り番だろ」

鼻を膨らまして立候補するクロエを追い出して、リウヒを台所に連れて行く。

うず高く積れている食器、何が入っているのか分からない鍋、いたるところにこびりついている野菜や干し肉の屑、侵入者に慌てふためくネズミ。

「これは…あまりにもすごいな」

当てられたように少女は口を開けた。

「一緒にやろうか、どうせおれ暇だし」

キジが言うと

「うんっ」

リウヒが嬉しそうに笑う。

思わずその頭をグリグリと撫でてしまった。少女はさらに嬉しそうに笑い声をたてる。

二人は早速作業に取り掛かった。

リウヒは意外に手際よく洗ってゆく。それをキジが拭いて直してゆく。

「おぬし、やるな?さては王というのは仮の姿だろう」

「ふふふ、よくぞ見破った。わたしの正体はそこにいるネズミだ」

「…それ、全然ちっとも全く面白くない」

「えー」

声をあげて笑う。

「しかし、本当にお前、王さまか?王さまってなんでも家来がやってくれるんじゃないの?」

「宮廷にいる時はやってくれたけど、外で旅している時は、働いたから。えっと、働かざる者食うべからずって言われて」

「いい言葉だな」

「わたしもそう思う。だから、いろんな仕事をした」

「どんな?」

港の荷揚げ、巻き割り、刺繍、店番、木の実取り、畑の収穫。

指を数えながらリウヒがあげてゆく。聞きながら、キジは目を白黒させた。

ねえ、この子本当に国王陛下?

そうこうしている内に、食器はきれいに片付いた。

「ついでにここも掃除してしまおうか」

油やカスがついた辺りを見渡して言う。しゃがんだ瞬間、リウヒの髪がサラサラと落ちた。

うっとおしそうに後ろにやってもなんどもこぼれおちてゆく。

「髪、括った方がいいぞ」

キジが、懐から紐をとりだすと、リウヒは背をむけた。括れということなのだろう。

こういうところは王さまだよな、と内心苦笑する。

その髪を梳くと、えもいわれぬ快感が流れた。おいおい、たかが髪の毛だぞ。

しかし、それはしっとりと手に絡みついて流れてゆく。

ずっとこのまま、触っていたいような。恋人の髪に口づけをする愛情表現があるが、なんとなく分かる気がした。

一房とって、自分の唇にゆっくり運ぶ。目を閉じようとした瞬間、

「キジ?」

名前を呼ばれて、現実に戻った。お前の髪は何か括りにくい、と軽口でごまかしながら、小さなため息をついた。

****

 

 

「今日は何をしていたんだい」

「食器をあらって、台所をかたづけた」

得意げに言う妹の額に唇をつける。まるでままごとのように可愛いといえば怒るだろうか。

「明日もしたい。いいでしょう?」

嬉しそうに言うリウヒだが、アナンは心配で堪らない。飢えた男たちの中に大切な妹を入れるのは嫌だった。

「でも、みんなとても親切だし、楽しいもの」

ねえ、お願い。兄さま。手を合わせて、自分を覗き込む。

「キジは、まあいいとしてクロエが…」

「二人ともわたしの友達なのに」

友達。アナンは友達という概念がよく分からない。

常に自分は上に立つ身だった。宮廷時代は父である国王がいたし、海に来てからは先代がいたが、どちらにしても次を受け継ぐ人間として育てられた。以外は、臣下であり部下であり他人だった。自分の母親や弟でさえも。対等といえる人物はいなかったし、必要なかった。

友達、ね。

それは目の前で、黒い目で見つめてくる妹にとって、とても大切なものらしい。

仕方がない。愛する妹のお願いだ。アナンはため息をついて、不承不承許可をだした。

 


 
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