No.112173

ナンバーズ No.04 クアットロ 電脳網遊泳

リリカルなのはのナンバーズが主役の小説の4編目です。クアットロ姉が、お得意のサイバー戦を展開します。ようやく後発組のセイン、ディエチなども稼働していたりします。

2009-12-14 08:44:18 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:847   閲覧ユーザー数:799

 4番クアットロは、現実世界よりも電脳網の世界の方が好きだった。

 

 現実世界はあまりに不確定の要素が多く積みこまれた世界であり、彼女はそこに自由は存在しないと思っていた。支配するものとされる者、そしてそれに反逆するもの、全ては不確定の要素によって織りなされる、巨大な混沌の海だ。

 

 それだったら、彼女は電脳網の世界の方が好きだった。人々はそれを、インターネットなどと呼んでいる。ここには、不確定の要素は何も無く、全てが電子の規則正しい運動によって織りなされるものだった。

 

 クアットロは何故、電子の流れという元々は自然の現象でしか無かった出来事が、電気回路というものへと進化を遂げ、今では情報機器にまで進化をし、世界中を網目のように張る、巨大な回路へと進化をしたのか、その理論から実際の機械の操作まで全てを心得ていた。

 

 彼女は誕生する前、生体ポッドの中で脳に直結したファイバーから情報機器に関しての情報を全てインプットされており、人間の学習能力だったら、一生かかっても成し遂げられない程の学習をすでに済ませていた。実践に関しては彼女が実際に誕生し、生まれた後からしか行えない教育であったが、彼女は実践さえも1年足らずでマスターし、現在では、1番ウーノに勝るとも劣らない、情報機器の使い手となっていた。

 

 

 

「右後方から接近…。うふふ…、随分と味な真似をしてくれるわね」

 

 電脳空間の織りなす、仮想世界でクアットロはそのように呟いていた。彼女は今、カラフルに彩られ、無数の電子情報が流れる海の中で、エレクトーンのように何重にも積み重ねられたキーボードに囲まれていた。

 

 電子情報は絶えず流れ、その情報は普通の人間には対処できないもの。だが、クアットロにはできる。彼女は博士によって改良を重ねられ、強化された頭脳を持っているからだ。

 

 クアットロの腕と指が、キーボードの上で動き、彼女はプログラムを実行した。

 

「それ、どっかーん」

 

 彼女の口元は緩み、表情には子供が悪戯をする時のような優越な笑みさえ浮かんでいる。

 

 クアットロの前方では、接近していたウィルスプログラムが、爆発と共に消滅していた。電脳空間で起きた爆発は、あくまで光と音の演出でしか過ぎない。そこで起こっているのは架空の出来事。しかし、実際にクアットロが放った、一般世界で言われるプログラムが、ウィルスを破壊したのだ。

 

 多分、食らえば、自分のシステムを癌に侵された人間の体であるかのように、一気にプログラムを侵食していってしまうウィルスであっただろう。だが、クアットロが組んだプログラムも強烈で、そんなウィルスをプログラムコードの断片さえも残らないくらいに粉々にしてしまった。

 

 だが、それで終わりでは無かった。クアットロの周囲には、更に幾つものウィルスが配置されていた。クアットロ自身、自分の周囲には氷(アイス)と形容される、一種のプログラムで形成されたバリアを張っていたが、周囲に配置されているのは、氷破り(アイスブレイカー)のプログラムだ。

 

 ご丁寧に、神話上に登場する犬の怪物の姿をグラフィックスで表現している。とても分かりやすいアイスブレイカーだった。

 

 接近してくるその“犬”達に、クアットロは次々とプログラムを放出していった。すると、“犬”は粉々に砕け、プログラムは、電子の海の中へと沈んでいった。

 

 だが、数が多い。クアットロは目にも留まらぬようなスピードで、自身の組んだプログラムを放出していったが、すでに、自分の氷に、3体の“犬”が噛みついていた。

 

 氷のバランスが崩れていくのが分かる。“犬”達は、氷のプログラムにヒビを入れている。

 

 だが、クアットロは余裕だった。眼前に迫る“犬”の姿を見ても、不敵な笑みを絶やさない。

 

 そんな彼女の背後から、更にもう一つの大きな影が接近してきていた。それは人の影で、背後から“犬”達と共に奇襲をかけようとしていた。

 

 その姿に、クアットロはまるで気づいてもいないかのようだったが、

 

「甘いわよ、セインちゃん。ざぁ~んねぇ~ん」

 

 と言うなり、サイドのキーボードの実行キーを叩いた。

 

 直後、猛烈にして辛辣な音がクアットロの周囲から放出され、それは一気に“犬”達を打ち砕いた。

 

 

 

 叫び声が上がったかと思うと、セインは思わず、頭に被っていたスコープとヘッドフォンを投げ捨て、頭を抱えて後ろに仰け反った。

 

 その姿を見て、テーブルの向かいに座っていたクアットロは瞑っていた目を開いた。彼女の手はテーブルの上に置かれ、たった今まで仮想空間のキーボードを叩いていた事が分かる。

 

「ひ、卑怯だよ、お姉ちゃん。全方位攻撃の、しかも物理的ダメージ有りなんて、ルール違反だよ!」

 

 水色の髪と瞳が特徴的な少女にして、クアットロの2つ妹である、セインはテーブルから立ち上がってそのように言い放った。彼女は両手で耳を塞いでおり、クアットロの放った、強烈な音が頭に響いたのだと言う事が分かる。

 

 そんなセインの姿を見て、クアットロは不敵な笑みを隠せなかった。

 

「あらぁ…、そんなルールなんてあったかしら?」

 

 眼鏡をかけた彼女の目が光る。その瞳からセインは何を読み取ったのか。クアットロの眼には、嘘も本当も無い。ただ、悪意だけはセインにも感じられた事だろう。

 

「ねえ!聞いていたよね!ディエチも聞いていたでしょ。始める前に!」

 

 すかさずセインは、彼女とクアットロの横で、事の成り行きを見守っていた茶色い髪の少女へと話しかけた。

 

 彼女は、どことなくぼうっとした表情を見せたまま、セインの方を向いて答えた。

 

「さあ、そのような話は、していなかったように思えますが…」

 

 と、セインよりも遥かに落ち着いた口調で答えてきた。

 

「さすがはディエチちゃん。お姉ちゃん達の話をしっかりと聞いてくれているわね…」

 

 クアットロは、上手くディエチを丸めこめた事に、優越感を感じていた。自分よりも遥かに下の妹である10番ディエチは、クアットロの言う事に対しては盲目的に従う。性格も感情豊かに設定されてはいないので扱いやすい。

 

 いつもぼうっとした顔をして、自己主張をしないディエチは、クアットロにとっては腹心の部下も同然だった。

 

「さあ、続ける?」

 

 クアットロは、セインが投げ出したヘッドセットを手にとってそう言った。それは一般社会でも普及している、電脳空間に接続できるためのバーチャルスコープで、セインは電脳空間に無線接続するための機能を有していなかったから、それを必要としていた。

 

「いや、いいよもう。だって、お姉ちゃん、いつもズルするんだもん!」

 

 セインはまるで子供が言うかのように言い放ち、そのまま部屋から出ていってしまった。

 

「嫌…、ねぇ…、わたしがやっている事は、作戦だって言うのに…」

 

 クアットロは、セインが出ていってしまった部屋の扉に向かって、眼鏡越しに怪しげな目を向けていた。

 

「じゃあ、代わりに、ディエチちゃんが相手をしてくれる?」

 

 セインというからかい相手がいなくなってしまったクアットロは、今度はディエチの方に目を向けた。まるで何も知らないかのように無垢で、大人しそうに見えるディエチは、クアットロの方に変わらぬ表情を向けている。

 

「いえ…、私はトーレお姉様との訓練がありますので…」

 

 そのように言うと、ディエチは席を立ち、その部屋から退室してしまった。

 

 残されたクアットロは眼鏡を外し、それをテーブルの上に載せると、セインもディエチも出ていってしまって一人きりになった部屋の中で一言言った。

 

「お馬鹿な子達ねえ…」

「ドゥーエお姉様は、元気にしていらっしゃるでしょうか?」

 

 しばらくして、クアットロはある事をしている、姉妹達の中でも長女であるウーノの元へとやって来ていた。

 

 ウーノはある人物をカプセルの中に入れ、その様子をデータと共に見守っていた。

 

 そのある人物とは、クアットロ達の生みの親である博士だった。

 

「定期的に来る連絡によれば、作戦はまったくもって問題なく続行しているわ…」

 

 ウーノは落ち着いた声でそう答えた。

 

 博士も、実際の所、クアットロ達姉妹と同じ存在だった。時々、身体全てのアップロードとメンテナンスをする必要がある、機械と人間の肉体が融合した存在だ。ただ、博士の方が旧型ではある。

 

 博士は自分の体に秘められたノウハウを利用し、クアットロ達を生み出していた。

 

 博士も自分で行うアップロードとメンテナンスには限界があり、ウーノが誕生してからは、自分の体の事はウーノに任せていた。

 

 自分の身体を任せられるとは、博士はよほどウーノの事を信頼しているのだろう。

 

「ああ…、わたしも早く、ドゥーエお姉様にまた会いたいです!」

 

 クアットロは博士の身体が入ったカプセルを見上げ、そのように言った。

 

「ええ…、それほど遠くない未来に会う事ができるでしょう…」

 

 反してウーノの方はかなり落ち着いた声を見せていた。

 

 クアットロは、姉妹達の間でも策士として定評があった。彼女は、姉としている存在に対して頭が上がらないのは他の者達と同じではあったものの、姉妹たちであろうと、その存在を利用し、陥れる事をためらわず、しかもそれを生きがいとさえしていた。

 

 さっきのセインとのバーチャル戦闘訓練は良い例だ。クアットロが最も生きがいを感じられるものだった。

 

 クアットロは、肉体的な戦闘は出来ず、その力はほぼ普通の人間と変わらない。だから特に戦闘を得意とするトーレやチンクにはまず勝てない。妹であるセインやディエチにさえ負けるだろう。

 

 だが彼女には最大の武器があり、それが電脳戦だった。

 

 どうやら他の妹達からは、そうしたクアットロの性質が卑怯とさえ取られる事もあり、彼女もそれを知っている。だから余計にひねくれた性格になってしまったのだな、と憐れむウーノの記憶も、クアットロはアップロードした時に知った。

 

 しかし、そんな彼女を唯一理解してくれる、クアットロにとってはかけがえのない存在がいた。それが、2番のドゥーエだった。

 

 博士も確かにクアットロのとっては、かけがえの無い存在ではあったけれども、ドゥーエの方が身近な存在なのだ。ドゥーエはクアットロが誕生した直後から、彼女を可愛い妹として迎え入れてくれ、様々な事を教えてくれた。

 

 ドゥーエは戦闘、暗殺術にも長け、それはクアットロにとっては、一種の憧れでもあった。直接的な戦闘には不向きではあるが、策士ではあるクアットロは、その双方をかねそろえたドゥーエの全てに憧れていたのだ。

 

 ウーノお姉様。あなたよりも、ドゥーエお姉様の方が完璧ですわ。

 

 と、クアットロは思いながら、ウーノの横顔を見やった。ウーノは、博士の世話係をするために生み出されたようなものだ。本来、彼女達が稼働している目的には、適合しない。

 

 クアットロがそのような事を思っていると、突然、彼女の体に内蔵された、警報システムが作動した。

 

 彼女の視界の中には、常に何かしらの電子表示が現れている。それは時計であったり、目の前の物事を分析するためのツールであるが、その表示達の最も目立つ部分に、“警戒”と赤いウィンドウと共に表示が現れ、同時に彼女の聴覚にも耳障りな警報が鳴り響いた。

 

 目覚まし時計よりもうるさい。クアットロが眠っている時であっても、叩き起こすのに十分な音量の警報だった。

 

「クアットロ!」

 

 ウーノの視覚にも同じ表示が現れたらしい。彼女は現在行っている操作を中断し、クアットロの方を向いてきた。

 

「ええ、分かっています。これは…、研究所のコンピュータに侵入の形跡あり、ですか…」

 

 クアットロがそのように答えた。

 

 ウーノはクアットロの方へと近寄ってくる。

 

「研究所のコンピュータ。それは即ち、私達がいつも接続している、中央サーバーも危険にさらされているという事。そして今そのサーバーには、博士が接続している…」

 

 ウーノは、目の前の博士の身体が入っているカプセルを見やった。

 

 博士は今、意識をサーバーへと接続し、身体は非常に無防備だ。彼は今、起こっている出来事を知らないだろう。

 

「それは、一大事ですわ!もしウィルスなど撒かれるような事がありましたら、博士は!」

 

 わざとらしいくらいのクアットロの驚き方だったが、彼女は実際、驚きを隠せないでいた。

 

「来なさい。私達も接続して、迎え撃つわよ」

 

 クアットロはウーノに連れられ、研究所のいつも博士がいる部屋へと向かった。

 

 

 

 

 身体をリラックスする事ができるシートが、博士の研究室には幾つか備えられており、そこには端末の操作パネルが並んでいた。そこはただのソファーなどではなく、あくまで、コンピュータ端末に身体を接続し、電脳網の世界へと入りこむための設備の一つだった。

 

 先ほど、セインと模擬戦をやる程度の事であったら、クアットロは自分の頭を無線接続で電脳世界に繋げるだけで良いが、今度の敵はどのようなものか分からない。少なくとも、研究所のコンピュータを保護している、最外殻の氷をすでに破っている。

 

 今まで誰にも破られた事の無い壁だ。この研究所自体、姉妹達と博士以外には誰にも知られていないはずだったし、それはコンピュータの位置も同様だ。

 

 それが今、初めて破られた。

 

 そのサイバー攻撃を想定した模擬訓練は、ウーノもクアットロも数多く行って来たが、今度は模擬訓練などでは無い。本当にサイバー攻撃により、博士の研究所の壁が破られたのだ。

 

 だが、クアットロは初めこそ慌てて見せたものの、今では落ち着き、その上、彼女の表情には好奇に溢れた笑みさえ浮かんでいた。

 

「あなた…、そんなに楽しい…?」

 

 ウーノがクアットロの隣のシートに座りながら、そう尋ねてきた。ウーノの表情はいつもながらの表情薄のものであったが、それを見ても、クアットロは笑みを絶やさない。

 

「ええ、楽しくて楽しくて、仕方ありませんの。だって、この研究所を攻撃できるだけの存在が、やっと現れたんですもの。

 

 それをこのわたしが、目障りな蠅を潰すかのように、プチっと押し潰す。こんなに快感な事はありませんわ…」

 

 クアットロはそう言いながら、研究所のコンピュータに直接接続できる端末からファイバーを伸ばし、それを自分の頭の部分にある接続口に繋いだ。

 

 これは普段、彼女達がカプセルの中でアップロードをする際に使用する、研究所のサーバー接続と同じ方法だ。ただ、今回はウーノもクアットロもアップロードをするわけではない。

 

 しかし、膨大な情報量を瞬時に送り込むためには、大容量のファイバーを使う必要がある。ここにはその設備が揃っていた。

 

「あなたは、ドゥーエと似ているわね…」

 

 ウーノがちらりとクアットロの方を向いた。

 

「それは、お褒めの言葉として、受け止めさせて頂きますわ…」

 

 クアットロは変わらず微笑を浮かばせていた。彼女の表情は、いつも好奇に満ちており、何に対しても恐れも抱かない、そして、罪の意識さえも感じないであろう。そうした感情を持っていた。

 

 クアットロとウーノは、接続した。

 電脳網の世界に接続してしまうと、二人の体は、電子が生み出す、仮想空間の中へと飛び込んでいく。

 

 そこにある世界は、現実には存在していない、プログラムだけで出来上がった世界ではあった。しかしながら、大昔から、全ての情報のやり取りは、この電子の世界で行われていた。

 

 電子の世界に人間が、擬似的なビジュアルを利用して中に入り込む事ができたのは、ほんの数十年前の出来事だった。それまでは、電子画面を利用して、視覚だけで全ての情報を処理していた人間達だったが、今は、電脳網の空間に入りこむ事ができる。

 

 人間はスコープなどを使用して、その電脳網の世界に入り込むが、ウーノやクアットロは、脳を直接その世界に突入させる事ができる。

 

 先ほど、クアットロがセインと電脳戦をした時、セインはスコープを利用したが、クアットロはそれを必要としなかった。それは、クアットロが自分の脳を直接電脳世界に送りこむ事ができるからだ。

 

「クアットロ…。敵は最外隔壁を通り過ぎ、中枢の隔壁に迫っているわ…」

 

 クアットロの横を過っていくウーノの、電脳空間での姿がそのように言ってきた。

 

 ウーノはいつもながらの秘書服のヴィジュアルで、クアットロも同じような姿をして、電脳網を泳いでいく。電脳網の世界には、重力と言う概念が存在しないから、まるで水中を漂うかのように進んでいく事ができる。

 

 人間がこの感覚を味わうと、仮想空間酔いというものに襲われてしまう事があるそうだが、ウーノやクアットロ、そして彼女の姉妹達はこの感覚に生まれた時から慣れていた。

 

 そもそも、彼女達はこの電脳網の空間で、生まれるにあたって必要な情報の全てをインプットされるのだ。つまり、ここにある電脳網の世界が、彼女達の母体でもあった。

 

 彼女達はそこに再び舞い戻って来ていた。

 

 クアットロはその体を方向転換させ、博士の研究所の電脳網の世界の中枢部へと向かった。

 

 彼女とウーノの周りを過ぎていくのは、全て研究所にある全ての情報だ。ここにあるのは、日々の博士の日誌であったり、電話の通話記録、中にはどうやらウーノが作る食事のレシピのデータもあるようだった。

 

 早い話が、最外殻の氷を破った程度では、博士の研究所にあるどうでも良いようなデータしか見る事が出来ないと言う事だ。

 

 敵は氷の中に奥深く入りこもうとしている。その存在は、人の姿として中に突入してきていた。

 

 その姿は、銀色のシルエットで、体つきは女だった。

 

 電脳網の世界に入り込む時は、アバターとして、自由に体や顔や、性別さえも変えられるものなのだが、この侵入者は完全に匿名として正体を隠している。

 

 ウーノとクアットロは、挟み撃ちをする格好で、侵入者の方へと迫っていった。

 

「気づかれない内に片付けたいわ…。さっさと、ウィルスを打ちこみなさい」

 

 ウーノが、共に接続しているクアットロにだけ聴こえてくる声で、そう言って来た。

 

「ええ、分かっておりますわ…。私達の世界に入り込んできた。最初の侵入者…。最大限のおもてなしをして差し上げますわ…」

 

 クアットロは、電脳網の世界の中で巧みに自分の両手を動かし、ウィルスのプログラムを呼び出し、構成した。

 

 そのプログラムは、クアットロの好きな独特の多角形3Dヴィジュアルをしており、さっき、セインとの模擬戦で行ったものよりも、数十倍は強烈なプログラムだった。

 

 これをまともな人間が食らおうならば、光と音の激しい刺激によって意識さえ失う。目と脳に後遺症さえ残るほどの強烈な刺激を味わうだろう。何しろ強化された、クアットロ達でさえ、その10分の1のダメージを食らうだけで、刺激に耐えられない。

 

 だが、プログラム自体の作成は簡単だ。人間の体が、コンピュータ機器の情報処理能力に追い付いていないだけの話。

 

 そのプログラムは塊となって、侵入者のグラフィックに迫った。しかしながら、侵入者の銀色のボディは、片腕でプログラムを弾き、しかも砕いてしまった。

 

 砕かれたプログラムは、電脳空間中に強烈な音声と光を、あたかも爆風と爆炎であるかのように撒き散らす。その影響はクアットロ達にも及んだ。

 

 クアットロはそのような光と刺激には耐性があったので平気だったが、ウーノはどうだろうか?

 

「ウーノお姉様…、大丈夫ですか?」

 

 クアットロが尋ねる。だが、どうやらウーノは大丈夫だったようだ。しかも彼女は今の、光と音の刺激を目くらましに使い、侵入者の反対側に回りこんでいる。

 

 ウーノお姉様は、わたしよりも前のモデルのくせになかなかやるな。そう思いながら、クアットロは侵入者に迫った。

 

 侵入者の目の前に、もう一つ、今度は金色のグラフィックが現れ、立ち塞がった。こちらも女の姿をしているが顔は無い。シルエットだけだ。

 

「二人?」

 

 思わずクアットロは叫んだ。

 

 侵入者は二人。二人して、博士の研究室の電脳網の中に潜り込んできている。

 

 しかも金色の方はクアットロに向かっていきなり、プログラムを放ってきた。即座にスキャンすれば、それがウィルスであるという事が分かる。

 

 クアットロが撃ったウィルスと同等の威力のあるものだ。しかも光と音だけの刺激ではなく、今、電脳空間でクアットロを構築しているシステムを二度と修復できないほど、粉々にしてしまう威力がある。

 

 しかしそんなものは、クアットロにかかればおもちゃだった。

 

 彼女はグラフィックの腕を使って、そのプログラムを破壊した。それも、周囲に影響が及ばないように、まるで、爆発物を凍らせて処理するかのように。

 

 クアットロの身体の腕の部分のグラフィックは、虹色に輝き、メタリックな質感を放つ。それは、ウィルスも何もかも、プログラムを破壊してしまう効果を持っている。クアットロが望めば、プログラムを瞬時のうちに書きかえる事さえ可能だ。

 

「わたし達のお庭に入り込んでくる、お馬鹿なあなた達は何者?電脳世界の音楽家であるクアットロが、直々に破壊してあげるわ…」

 

 クアットロは遠距離の位置で、虹色に輝く指を躍らせて、とてつもないスピードでプログラムを打ちこんだ。

 

 それは即座に意味と効果を成す、武器として構築され、彼女の腕から放たれた。

 

 プログラムが構築される際、音が鳴り響く。その音は、確かな音階と旋律を持つものであり、クアットロにとっては、それは演奏会で流れる心地の良いミュージックだった。

 

 左手と右手で、全く異なるプログラムを構築し、クアットロは一気にそれを解き放つ。そのプログラムが織りなす音は、不調和音だろうか。だが、クアットロにしてみれば、それは安らぎの旋律だ。

 

 プログラムが挟み込むようにして、二人の侵入者たちに襲いかかった。

 

 侵入者達に襲いかかるプログラムは、確かに彼女達に命中し、そのプログラムを内部から破壊した。それは超高速で身体を侵食していく癌のようなもので、彼女達のプログラムは粉微塵に破壊されたはずだ。

 

 プログラムを破壊する。それも、意識を持った人間が、光ファイバーの先にいるという、無機質なものではなく、有機的な存在にダメージを与えると言う行為。

 

 敵はわたしの姿を知らない。わたしが何者かと言う事さえも知らない。けれども、気が付いた時には攻撃されている。

 

 この快感。電脳網の電子の織りなす世界だからこそ可能な力。どのような者達でも、姉妹達でも、ウーノお姉様でさえも達しえない境地。

 

 クアットロはそれに酔いしれる。

 

「さあ、お馬鹿な子達の、残留物から、その正体を暴いて差し上げましょう…」

 

 そのように、まるでダンスでも踊り出しそうなリズムで呟きながら、クアットロは、侵入者たちの残留プログラムに近づく。

 

 しかし、そこには研究所のサーバーの中心を覆うバリアに穴が開いているだけで、何者も残されていなかった。

 

「あら~、やだ~」

 

 クアットロはまるで子供が発する言葉であるかのようにそう言った。

 

 侵入者達の姿は、どうやら影だったようだ。クアットロは、その影に対して攻撃をしたに過ぎない。彼女達の本体は二人とも、すでにサーバーの内部へと突入している。

 

 それは博士の研究所にとっては、危機的な状況だった。最後の氷が破られれば、研究所にある全ての情報が持ち去られる事になってしまう。今まで社会からも、どのような組織からも、存在さえ知られていないクアットロ達にとって、それは全てのバランスの崩壊を意味していた。

 

 だがクアットロはその顔に笑みと余裕さえ浮かべていた。

 

 面白い。ここまでやるなんて。一度とは言え、このわたしを陥れるなんて。

 

 彼女はそう思いながら、研究所のサーバーへと繋がる空間へと入りこむ。そこにはすでに金色と銀色の姿をした女達が、この研究所の脳とも言える部分に到達していた。脳は、いびつな形をした球体で、まるでミラーボールのような姿をしている。そのミラーボールには幾つものスロットがあり、そこに挿入されているカードのようなものの一つ一つがサーバーだ。

 

 女達はそこから、幾つかのカードを抜き取っていた。

 

 それを持ちかえらせるわけにはいかないクアットロは、即座に自分の虹色に輝く腕から、次々と光の弾を発射した。

 

「クアットロ! サーバーを破壊するつもりなの!」

 

 背後からやって来たウーノがそう呼びかける。今、クアットロがやった行為は、女達に対しての攻撃でもあり、同時に博士の大切な研究所を破壊する行為でもあった。

 

「いいえ、そんなつもりはありませんよ」

 

 ウーノの叱責に、クアットロは悠々とそう答えるだけだった。クアットロの放った光弾のようなプログラムは、まさかクアットロ達が守るべきサーバーに攻撃してくるとは思わなかったのか、女達に直撃し、しかも彼女達が奪い去ろうとしたサーバーを表すグラフィックを破壊した。

 

 博士が貯め込んだデータの一部が、まるで箱に詰めた液体金属が漏れだすかのようなグラフィックとなり、表現される。

 

 それを掴んでいた女たちのグラフィックも、金色や銀色の光沢からだんだんと変色を始め、それは黒色へと変わっていく。まるで金属が錆びていくかのようだ。

 

 だが、こんなものでは足りない。これでは、女達はまだのうのうと逃げ出す事ができてしまう。クアットロは更に光弾を発射する事に決めた。

 

「クアットロ!」

 

 ウーノが背後からクアットロを制止した。彼女のグラフィックがクアットロの腕を掴み、光弾の発射を止めさせる。

 

「止めなさい。博士の大切なデータまで破壊するつもり!」

 

 ウーノが滅多に見せないほどの感情を篭めて言ってくる。久しぶりに、博士に対しての感情を見せたなと、クアットロは思った。

 

 そこが、あなたの弱点だ、ウーノお姉様。と言いたかったが、クアットロはそれを言わなかった。

 

 女たちのプログラムのグラフィックが霞みながら、クアットロ達と反対方向のサーバーの出口へと泳いでいく。どうやらこの場は脱出する事に決めたらしい。

 

 ウーノお姉様が止めなければ、あと少しで彼女達のグラフィックとプログラムだけでなく、繋がっている肉体まで破壊できたのに。

 

 クアットロは少し残念ながらも、自分が彼女達にダメージを与えられただけでも満足げな表情を電脳空間内で浮かべていた。

「危険な真似をしたわね。クアットロ」

 

 クアットロが現実世界に戻った時、真っ先に飛び込んできたのは、ウーノのまるで軽蔑するかのような目と、叱責の言葉だった。

 

「あら、わたしはすべき事をしただけですわ」

 

 クアットロは即座にそう答えるなり、シートから床へと降りた。

 

「博士を危険にさらす事が、すべき事なの? あのサーバーには、博士が繋がっているのよ」

 

 ウーノの言ってくる言葉の意味くらい、クアットロは知っていた。博士は今、脳を直接サーバーと繋ぎ、一体化していると言っても良い。それは人間で言えば脳を剥き出しにして無意識の状態でいるようなものだ。

 

 だが、このままウーノに言われっぱなしにされるのは、クアットロにとっては不快だったから、彼女は話の矛先を変えてやる事にした。

 

「ウーノお姉様、聞いていらっしゃらないんですか? わたし達がどういう存在であるか? 博士の右腕となって活動する以上に、もっと大切な役割があると言う事を」

 

 ウーノは面喰ったかの表情を、その表情薄な顔に浮かべた。

 

 今クアットロが言った言葉は、彼女達姉妹にとって、そもそも存在している理由そのものを問われる事だった。

 

 その話を出されれば、姉妹の中の誰であろうと、自分の存在についてを思い出させられる。ウーノも同様だ。

 

「知っているわ。でも、あなたは博士を犠牲にしようとしたのよ」

 

 クアットロはやれやれと思った。このウーノお姉様は、自分の存在理由よりもむしろ、博士の存在を大切に思ってしまっているようだ。

 

 だが、博士を尊重しているだけでは駄目だ。自分達の存在している理由は、更にもっと大きな次元にある。

 

 

 

 

「どうやら、博士は無事のようだわ。どのデータにも欠損が無いようだから」

 

 ウーノは博士のポッドの前にまで戻ってくると、彼のデータを確認し、そのように言った。

 

「ああ、それは良かったですわ!」

 

 わざとらしいくらいの口調で、クアットロはそのように言葉を発した。

 

 ウーノは、まるで嫌なものでも見るかのような顔でこっちを向いてきたが構わない。そんな顔をされるくらいの事は、すでに承知の上だ。

 

 クアットロは博士の入っている生体ポッドを見上げ、何度も繰り返してきた自分の本心を心の中で呟いた。

 

 博士。いつか、あなたを超えて見せますわ。

 

 それは、クアットロだけではなく博士も望んでいる事のはずだった。


 
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