No.1119401 その掌を包むものかいらのんこさん
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9月はクリフト月間で参りましょう
2023-04-28 15:13:56 投稿 / 全1ページ 総閲覧数:313 閲覧ユーザー数:313 |
サントハイム城。
一時は魔物に乗っ取られた爪痕も随分修復が進み、ありし日のたたずまいを取り戻しつつあった。
重厚にして荘厳。
歴史を感じさせるこの城内でふたたび日々を過ごせることは、ある神官にとって、
嬉しくもあり、複雑なことでもあった。
ノックを2回。「どうぞ」という声に促され、部屋の扉をくぐる。
扉も調度も、城と部屋の主の身分にふさわしい良いものであるのに、
壁だけが、急作りもいいところの板張りだ。ある意味、部屋の主らしい壁ではあるのだが。
「クリフトの方から来てくれるなんて、珍しいじゃない。」
部屋の主、王女アリーナは、笑顔で彼を室内へと招いた。
「それはそうです。姫様のお部屋を気軽にお訪ねしてよい身分ではありませんし。」
クリフトがそう返せば、またそういう事言う!と、お決まりの台詞。
あなた勇者とともに世界を救った英雄なのよ? 言い募るアリーナの言葉をかわし、
クリフトは部屋を訪ねた理由を、姫の目の前に差し出した。
「あっ。手袋! ありがとう! クリフトが拾ってくれててよかった!」
「姫様のものかとお見受けして。破けていたのでつくろっておきました。
……ところで、夜会用のものではありませんね、この皮の手袋は。
落ちていたのも城の外壁近くですが?」
そう言うと、アリーナはあからさまに目を逸らし、ささっと手袋を受け取って後ろ手に隠してしまった。
「……せめてもクリフトが拾ってくれててよかった。
ブライだったらとっくに雷が落ちてるでしょ?」
「……いくらお強いといっても、もう簡単に抜け出すのはお控えください……。
何度も言いますが、姫君が城の外で大冒険!など、聞いたことがありませんよ……。」
アリーナはしばしきょとんとした後、何か思い出したように、
大して本の入っていない本棚(少なくともクリフトの本棚よりは)から、一冊の本を取り出した。
「でもわたし、見つけたのよ。」
「? 何をです?」
「『姫君が城の外で大冒険』。
クリフトがいつも、他に例がない~とか言うから。」
「物語でしょう?」
「史実だ、って書いてあるんだけど?」
図書室の奥で見つけたの、と言うアリーナ。
姫様が図書室なんて珍しいですねとクリフトが返せば
また目を逸らして唐突にあらすじを語り出す。
おおかた、抜け出した後自室に戻る際にでも、見つからないよう忍び込んで、
手近にあったその本を、冒険ものと見て持ち出しただけなのだろう。
語られたあらすじはこうだった。
魔物が入り込んでしまった歴史ある国、
たまたま別の国を訪れていた姫は難を逃れており、
武勇の才のあった姫は、同じく国を追われた老爺や、従者とともに
勇者の仲間となり闇を祓い、やがては国を立て直した……
「……姫様、騙されませんよ。それは私たちの、」
「違うってば。ほら。」
本の挿絵には、確かにアリーナとはまったく似ていない、旅装束の女性。
後ろに控える従者も、黒い鎧を着た武人で、
クリフトやブライとは対極にありそうな人物だった。
「この鎧の人がね、不器用なんだけどいい人なんだ。」
アリーナに言われ、クリフトはどきりとする。
姫様のタイプは強い男性だった、とかそういう話だろうか。……聞きたく、ない。
「この姫様はね、小さい頃にもうお城に帰れなくなってしまったの。
従者は、姫様がお城にいたときは仕えていたんだけど、姫様がお城に帰れなくなって、
知らない間に魔物が入り込んだお城で、姫は行方不明と聞かされて、不安に思って過ごすのよ。」
どうやらタイプなどより真面目な話のようだ。少々反省しつつクリフトは続きを待つ。
「王様も昔馴染も、魔物にとってかわられたお城で、
行方不明の姫の捜索もうまく……いくはずないじゃない?
でも彼は諦めなかったの。いつか姫がお城に帰ったときのために、あるものをずっと用意してたの。
姫が生きていればこのくらいの年だから、って、大きさを合わせて。戻って来られるよう、願いを込めてね。」
「ある……もの。」
「そう。そしてそれは、やがて城が魔物のたくらみでぼろぼろにされても、箪笥に残っていてね、
勇者の手から姫の手に無事渡ったのよ。
従者の思いを受け取った姫はね、」
「……姫様。」
聞いてはいけない気がして、主君の話を遮ってしまった。
でもやむを得ない。「冒険する姫君の」前例、のはずが、
完全に話が妙な方向に行っている、と思った。従者の思い。従者の……
ありし日のさまを取り戻したサントハイム城。
いくらここを、世界を救ったと言われても、
この重苦しい壁に囲まれれば、あっという間に思い出すのだ。
お前のそれは分不相応な想いだ、忘れろ、姫のために。そう言われているような感覚。
城の重厚さ、「正しい歴史の積み重ね」を感じる雰囲気はそのまま、
クリフトに自分の立場を思い出させるものとして重くのしかかった。
その重苦しい壁を見事に蹴破る姫様は(臣下としてはむしろ、見事に蹴破るなどと言ってはならないけれど)、
お側で旅を続けるうち、その魅力を増すばかりだった。
あの旅は奇跡だった。もちろん旅のさなかでも、従者としての分を忘れたことなどないが。
しかしクリフトは、もう、戻ってきてしまったのだ。
言葉を遮ったまま黙るクリフトを、いつの間にかアリーナが覗き込んでいた。
「クリフト。なに?」
「あ、いえ、すみません、ええと、」誤魔化さなくては。「……あるものとは?」
そう言ったクリフトを、アリーナはおもむろに廊下に押し出し、
本をクリフトの胸に押し付けながら言う。
「この本、自分で読んでみて。」
「ひ、姫様?」
「他の例が欲しいのはクリフトなんだから。
わたしはそんなのなくったって、だいじょうぶよ。」
そうしてドアを閉める前にアリーナは言うのだ。
「あるものはね、手袋。」
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