No.111771

Far and away 第二章ー海の上3

まめごさん

ティエンランシリーズ第二巻。
兄に浚われた国王リウヒと海賊の青年の恋物語。

「足がすべっちゃった」

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2009-12-12 09:31:46 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:476   閲覧ユーザー数:458

甲板で剣を片手に対峙する頭領と娘を見物しようと、海賊たちが集まっている。

「なにが始まるんだ?」

顔をのぞかせたキジとクロエに、男の一人が答えた。

「嬢ちゃんが頭領に勝負を挑んだらしい」

「へえ」

感心して娘を見やる。呑気に構えている頭領に対し、リウヒは目をぎらつかせて相手を睨んでいた。長い髪は邪魔にならないように、高い位置で括っている。

「そんな危険なことを…」

クロエは顔を青くして、心配そうにうろたえている。

「どっちにかける?一口銅一枚で」

仲間たちのほとんどは頭領にかけている。そりゃそうだろう、キジたちは何度もあの男と共に商船を襲っている。実力は嫌というほど知っている。

「おれ、嬢ちゃんに一口」

多分、あの娘は負けるだろうけど。銅一枚くらい失ってもいいかなと思った。奇蹟が起これば一攫千金だ。ま、そんなに甘くはないけどな。

「おれもあの子にかける」

クロエの声にキジは小さくため息をついた。あー、またこいつ、恋する男の顔だよ。

 

「勝負は一本」

男の一人が中央に立って、手を上げる。

「始め!」

娘の足が地を蹴った。勢いよく、相手に突っかかってゆく。頭領は余裕で払いのける。高い金属音が鳴り響いた。娘はそのまま素早く突きを繰り返すが、その度に流され、止められ、払われる。

あの子、女にしてはなかなかやる。剣の型もきれいだし、踊っているようだ。それに度胸もある。だが、それだけだ。頭領はまるで子供の相手をしているようにかわしている。その顔は、必死に攻撃してくる妹が可愛くて仕方がないという風に笑っている。

娘の息が上がってきだした。片手で持っていた剣を、今は両手に持ち直して、相手と距離を測りながら隙を窺っている。肩が大きく上下に動いていた。

と、頭領が動き出した。笑ったまま妹に剣を払う。剣のぶつかる大きな音がして、見物者たちは息を呑んだ。下段で剣を交差させ振るわせたまま、兄と妹が睨みあう。

「そろそろ音をあげたらどうだい」

「嫌」

瞬間、娘が小さな悲鳴を上げた。さらに力が加えられたのだろう、手から剣が落ち、すぐさま頭領の足がそれを蹴る。剣は回転しながら海賊たちの集団に突っ込んできた。キジに向かって。

「うおう!」

思わず声を上げて飛びのいた。娘も同時に頭領から、飛びすさって距離を開けた。片膝片手をついて、睨みつけている。

「リウヒ、君の負けだよ」

その時、キジの足が動いた。落ちていた剣を思い切りけり上げる。剣は娘を目がけて真っ直ぐ甲板を滑り、瞬時にリウヒが動いた。走りながら剣を浚い、猛烈に頭領へ駆けてゆく。地を踏みこみ、高く飛ぶと渾身の一撃を振り下ろした。

頭領の顔が一瞬変わった。襲いかかった剣は、とてつもない金属音をたてて止められる。そのままぐるりと押されてリウヒは甲板に叩きつけられた。

「ああっ!」

クロエが叫んだ。すぐさま起き上がろうとした妹に跨るように頭領がのしかかり、そして剣先をぴたりと首元に付けた。

「勝負あったね。わたしの勝ちだ」

海賊たちが歓声と拍手をあげる。

「さすが頭領!」

「よくやったぞ、嬢ちゃん!」

リウヒは荒い息づかいでしばらく兄を睨みつけていたが、諦めたように剣を手放した。その体を頭領が抱き上げる。

「さ、見せ物は終りだよ。みな仕事に戻るように」

男たちは素直に返事をして、口々に今の勝負を噂しながら散っていった。頭領も娘と共に部屋へ向かう。

「なあ、キジ」

荷巻きの続きに戻ろうとしたキジにクロエが、声をかける。

「ん?」

「なんであの時、助けたんだ」

足元に転がってきた剣を、なぜあの娘に蹴り渡したのか自分でも分からない。でも、なんとなく助けてやりたいような気がした。だけどこの男に説明するのは面倒だった。

「足がすべっちゃった」

肩をすくめてそれより仕事に戻ろうぜ、とクロエを促した。

****

 

 

クロエはあれから、ちょくちょくリウヒに声をかけるようになった。作業中でも、舳先にその姿を見つけると、つい足が向いてしまう。キジは、あれは頭領のもんだとか、下端がさぼるんじゃねぇとか散々文句をいったが、すべて右から左へ抜けて行った。

「リウヒさま」

「クロエ」

その声で名前を呼ばれる度に、胸がキュっと締め付けられる。

リウヒは最初、警戒していた。無理はない。手を握ったまま離さなかった自分が悪い。

それでも手すりに凭れてぼんやりしている姿は頼りなげで、このまま浚ってどこかに閉じ込めてしまいたい衝動が湧き上がる。あの勝負を見てから、守ってやりたいという気持ちまでも生まれた。

「今日はいい天気だな」

空を見上げてリウヒが笑う。やっと、打ち解けてくれた。少しの距離を保って、仲間たちの事を面白可笑しく話す事によって。

「でも、春の海は荒れることが多いんですよ。昨夜もだいぶ揺れたでしょう」

「夜の事は、あまり覚えてないんだ、その…」

困ったように目を泳がせた。胸の内にどす黒い感情が噴き出してきた。それはなぜかまっすぐ目の前の娘に向かってゆく。

「どうして覚えてらっしゃらないのですか」

「あ…」

ゆっくり歩を進めると、少女は怯えたように後ずさりした。

「何をされていたのですか」

頭領の部屋で。兄と妹で。

「来るな。来ないで」

睨みつける瞳に嗜虐心が踊る。逃げようとするリウヒより一瞬早く、その手を取った。

「やめろ、クロエ。離せ」

「ここは死角になっているから大丈夫です」

「そういう問題じゃない、からかうのもいい加減に…」

「からかってなどいません」

小さな手を引き寄せて、細い体を抱きしめる。壊れてしまいそうに華奢だった。リウヒは、抗ったが逃れられない。駄目だ。この子の全てがほしい。クロエの右手が背中から肩に這ってゆく。

その時、上から声がした。

「獲物を発見!頭領に指示を仰げ!」

はっとして力を緩めると、少女はクロエを突き飛ばしそのまま駆けて行った。

「どこへいっていたんだい、リウヒ。あぶないから部屋にいなさい」

頭領の声が聞こえる。扉が閉まる音と共に、先ほどの甘い声とはまったく異なる男の声がした。

「面梶一杯、砲の準備を!久しぶりの大物だ、逃すな!」

****

 

 

砲が鳴るたびに、船に震動が走る。リウヒは寝台の隅で、小さくなって震えていた。

この音は大嫌いだ。雷に似ている。

そして、どんどんわたしを闇に引きずり込もうとしているみたいだ。

そうだよ、闇に落ちてしまえばいいじゃないか。あの声が聞こえてきて、リウヒは慌てて耳を塞いだ。しかし、声は内側から聞こえる。

お前はよくがんばったよ、散々抵抗して、勝ち目のない勝負まで挑んで、なんとかここから逃げようとした。声は猫なで声で話しかけてくる。それはとても優しく慰めるように聞こえた。

だけど、結局はすべて裏目に出た。抵抗は、兄を煽っただけだったし、剣勝負は自分の首を絞めただけだった。いいじゃないか、もう諦めてしまえば。

それに。声は嬲るようにクツクツ笑う。

兄の体の下で、お前も悦びの声を上げているのだろう。さすが好色な老人の血を引く兄妹だ。

「やめて!」

耳を押さえる手に力を入れても声は笑う。わたしはお前がなんで抵抗するのか分からない。そのまま流されてしまえばいい。何も考えずに、楽になればいい。

ああ。もう嫌だ、もう無理だ、苦しくて堪らない。

「もう終わったよ。大丈夫かい」

「兄さま」

「可哀そうに、こんなに震えて」

兄の手が自分を抱きよせる。

もう何も考えたくはない。逃げてしまえ。流されてしまえ。

そうすれば楽になる。楽になりたい、楽になりたい。

リウヒの白い手が上がった。

「兄さま、怖かった」

逞しいその体に縋ると、血と汗の匂いがした。雄の匂いだ。

いいや。誰が負けるものか。

兄の肩に額を付けながらリウヒは歯を食いしばり、踏みとどまった。

大人しく従う振りをして機会を待たなければ。そうだろう、カガミ。

リウヒはアナンの口づけを受け、そして甘えたように抱きついた。

 

会議があるとかで部屋に海賊たちが集まっている。甲板をうろうろした揚句、やっぱりここが落ち着くと舳先に腰を下ろした。

海は今日も穏やかに輝いている。

さてと。遠くを眺めながら、リウヒは思案を巡らすのが日課になっていた。海の上ではどうしようもない。きっとその内、陸地へと上がるはずだ。隙を見て逃げ出そう。しかし、兄は自分を離しはしないだろう。だれか味方を…。

ぼんやりと考えている内に、うとうとしてきた。

「…さま、リウヒさま」

目を開けると、真正面にクロエの顔がある。思わず身を引くと、手すりに頭をぶつけた。

「痛っ」

「だ、大丈夫ですか」

男の手が伸びる。リウヒは焦った。どうしよう、何かあったら突き飛ばそうか、それともこの距離なら頭突きか。

いきなり乾いた音がして、クロエの頭がはたかれた。

「痛え!」

驚き顔を上げると、橙色の髪の男が笑顔で立っていた。手を振りおろした格好でにこにこしている。

「クロエくーん。お仕事さぼってなにしてんのかなー?」

「さぼってなんかねえよ!ちゃんと飯はつくっただろ!」

「それでもまだまだ、やる事はあるんだよー。下端の君にはねー」

橙男は、チャッと手をあげ

「じゃ、嬢ちゃん。失礼するぜ」

と言って、クロエを引きずって去っていった。リウヒはしばらくぽかんと口を開けて、それを見送っていたが、遠くから兄の声が聞こえて、慌てて腰を上げた。

****

 

 

アナンは横で深い眠りに落ちている、妹の髪を梳きながら寝顔を見つめていた。

ランタンに照らされた横顔は、無垢で清らかだ。それでも自分とこの子の中には、汚らわしい血が流れている。

いや、それは言い訳だな。と自嘲した。わたしはただこの少女を欲して堪らないだけだ。

そして手に入れたのに、そこからいつ飛び出て行くか分からない不安に怯えている。

何故なのだろう。ここに来た当初とは比べ物にならないほど従順になったのに。

まるでこの娘の藍色の髪の毛のようだ。どれほどしっかり握りしめても、手を開けばサラサラと零れていってしまう。

世界は自分を中心に回っているはずだった。窮屈な宮にしろ、この海の上にしろ、注がれるのは憧れや尊敬、好意の視線だった。

リウヒの目にはそれがない。大人しく腕の中に閉じ込められても、その黒い瞳は自分を通り越して、遠くを見つめている。

だが、時間が経てばこの妹も、自分を見るようになるに違いない。必ずそうなるはずだ。

以外のものは排除しなければ。最近、クロエが舳先にいるリウヒにちょくちょく声をかけていることには気が付いていた。間違いなく妹に目を付けている。

アナンは藍色の髪を一房とり、口をつけると天井をみて考えだした。

しばらく陸地に降りていない。そろそろあいつらにも、女を宛がってやらないとこの娘を狙いだすかもしれない。が、ティエンランは王の行方捜しで必死になっていることだろう。

ここから近いところ。クズハにでも行こうか。美人の産地で有名な国だ。

手を開くと、リウヒの癖のない髪がサラサラとこぼれていった。

 

 


 
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