第二章 苦手なこと
ゴールデンウィークが終わった次の日。
課外学習を前にした生徒たちは、楽しみを胸に秘め、今日も学園で勉学に勤しんでいる。
そして今、リョウの兵士科は、グランドで実習訓練をしていた。
訓練の課題は〝シールド〟。
シールドとは、魔法の中でも基本にあたる防御魔法である。
今回はそれを、いつどんなときでも使えるように早く、そして硬く作るのが目的されている。
「では、みなペアになったな?」
教官であるサクヤは、グランドの上に置いた台の上で、みんなに聞こえるよう声を上げていた。
サクヤは辺りを見渡し、生徒たちを確認すると説明を続けた。
「シールドの魔法は、簡単だと思うが。簡単だと気を抜くと痛い目に遭うから気を引き締めてやるんだぞ。それから、〝セーフティーモード〟にするのを忘れるな」
ここに出てきた〝セーフティーモード〟とは、通常、肉体的ダメージである武器を精神的ダメージに変えるシステムである。これによって、殺傷能力がほとんどなくなり、精神にダメージすることで、怪我させずに相手を無力化することができる。
そして、このモードに切り替える為に必要なのが〝AI〟である。
AIはすべての武器についており、性能は武器によってまちまちである。
もちろん、生徒が持つ武器にも付いているが、ほとんどの武器の機能は、さほどよくはなく、このセーフティーモードぐらいしか搭載されていない。
さらにサクヤの説明は続く。
「―――戦闘の中でより早く、硬いシールドで相手の攻撃を防ぐことが、今回の訓練の目的だ……説明は以上だ。
では、全員準備はいいな?」
その問いに、生徒達は相手と対面すると返事を返した。
サクヤは周りを見渡し、確認すると「では、始め!」号令をかけた。
すると、生徒は次々始めていく。
そんな中、リョウは自分の目の前の相手に視線を向けた。
すると、相手の視線とぶつかった。
今回、組を組まされたのは、何かの陰謀としか思えない。
それは、昨日の女の子だ。
そんな相手は、こちらを睨みつけたまま、話しかけてきた。
「まさか、テメエもこの学園の生徒だったんだな」
「……お前もな」
リョウも気ダルそうに答えると、深い溜息をついてしまった。
そんなことも相手に届いておらず、女の子は不適な笑みをうかべると、
「いつかは会うと思ったけどな。こんなに早くテメエとヤレるとは思わなかった、ぜ」
「……俺はできれば会いたくなかった」
と、女の子とは対極的に、リョウはウンザリした顔で答えた。
その言葉に「ツレねぇこと言うんじゃねぇよ」と女の子は、こっちのことも気にもせず言った。
すると、右足を半歩下げ、腰を少し落とし、両腕を胸の前まで上げ、構えた。
「おい! さっさとかかって来いよ。テメエからだぞ」
その言葉にリョウは「ああ」とやる気のない返事を返すと、刀を上段に振り上げると、そのまま女の子の頭に向けて、振り下ろした。
女の子は振り下ろされた刀に向かって、瞬時に魔力を集めた左手を突き出した。
すると、突き出した手の平から小さな魔方陣が表われ、壁が形成された。
これが防御魔法〝シールド〟である。
これによって、向かってくる刀を受け止める。
すると、女の子はいきなり不機嫌な顔になり、魔法を解くと、睨みつけてきた。
「なんだ? その攻撃は? それがテメエの本気(マジ)か?」
と女の子が怒りを露にして言うと、リョウの刀を鬱陶しそうに弾いた。
どうやら手を抜いたのがバレたようだった。
そんな、姿にリョウは刀を肩に乗せると、気ダルそうな顔を浮かべて言った。
「訓練だろ? お前なら、これくらいで十分だろうが」
すると、その返答が感に障ったのか、女の子はリョウをますます険しい顔をして睨みつけると、腰を落とし、右手を硬く握り締め、拳を作った。
「オレは手加減しねぇぞ」
「……どうぞ」
その言葉をリョウは嘆息ついて答えた。
その瞬間、女の子はリョウに向かって飛び込んでくると、顔面に向かって、右拳を放った。
リョウは、すぐに目の色が赤く変え、相手を睨みつけた。
そして、その目で攻撃を瞬時に見切ると、相手の出した拳が顔に届く前に、体ごと横に動いてかわした。
女の子はいきなりのことに驚き固まってしまった。
その姿に、リョウは意地の悪そうな笑みを浮かべて、
「なんだ? 今のが本気か?」
と少し嫌味っぽく言い返した。
だが、女の子が何か言ってくると思ったが、言い返してこなかった。
女の子は自分の右手を見たまんま、固まってしまっていた。
その姿を見て「少し調子に乗りすぎたか?」と胸の中で呟くと、気まずそうに左手で後ろ頭を掻いた。
その瞬間、いきなり脳天に衝撃が走った。
すると、リョウは「うっ」と声をあげ、痛みで頭を抱えて塞ぎこんだ。
すると、頭上から、
「リョウ! お前は私の話しを聞いていたか? 誰が〝かわせ〟と言った? 私は魔法で〝防げ〟と言ったんだ!」
と、サクヤが怒鳴りつけてきた。
右手には、拳を作って。
リョウは頭を抑えたまま、サクヤの方へ顔だけで振り向くと、
「別にかわせたんだから良いじゃねぇ……ないですか」
と、抗議するような顔をして反論した。
その言葉に、固まっていた女の子は肩を小さく動かし、反応した。
そんなことを知らないリョウは、そのまま言葉を続ける。
「大体、今の攻撃ぐらい、魔力の無駄だ……じゃないですか」
とサクヤに抗議した。
ちなみに、なぜリョウが敬語を使っているかというと、サクヤの道場に入ったばかりのときに、サクヤに注意されたことから始まった
だが、リョウはうんざりした顔で「いやだ」と即答した。
その瞬間のサクヤの鬼の形相は、当分忘れることはない。
それ以来、サクヤの前では、敬語を使うことを心掛けることにしたのだった……
そんなことはさて置き、リョウの言葉が引き金なったのか、女の子は怒りで肩を震わし始めた。
そんな事に気付かない二人は、話を続ける。
「ほー、ならお前は、どんな攻撃も、すべてかわせるから、この訓練は無駄だと言いたいんだな?」
「別にそういう訳じ――」
「……」
サクヤはリョウを睨みつけた。
「―――判ったよ。やり直すよ」
と、リョウはしぶしぶ返事をすると、女の子がいる方へ振り返った。
だが、女の子はこちらに飛び掛ってきていた。
その勢いのまま、女の子の左拳が、リョウの顔面に目掛けてとんでくる。
リョウはいきなりのことに驚き、かわそうとしたが瞬時に切り替えて、左手を女の子の方へ突き出し、魔力を込めた。
しかし、壁は現れることはなかった。
なので、もちろん、女の子の拳が、鈍い音をたてて頬にめり込む。
次の瞬間、リョウは一メートル以上吹き飛ばされ、地面に叩きつけたれた。
あまりにも衝撃的なできごとに周りの生徒は手を止め、二人に視線を向けた。
サクヤも驚いた表情を浮かべて、倒れているリョウを見入り動くことができなかった。
殴った女の子も、予想以上の手応えに驚き、そのままの体制で止まってしまった。
その場に沈黙が流れる。
だが、沈黙を破ったのは一人の少年の叫び声だった。
「リ、リョウ! 大丈夫?」
ジークは地面に倒れてリョウに急いで駆け寄った。
そして、近くに寄るなり、一生懸命呼びかけた。
だが、リョウはその声に反応することはできなかった。
1
今日の授業がすべて終わり。
今は放課後。
兵士科第一教室では、今も数人の生徒が残っている。
そして、リョウたちも今は、その中のグループの一つだ。
その中、リョウは不機嫌な顔を浮かべて、頬杖をついていた。
右頬には大きなシップが目立っている。
「アハハハハ・・・しかし・・・また、アハハハハ・・・よく飛んだな」
そんなリョウの顔を見て、サブは大笑いしていた。
あの後、リョウはサブとジークに担がれ、保健室まで運ばれた。
そして、目を覚ましたときにはもう放課後であり、保健室を出る前にそこにいた先生にシップを張られた。
その後、荷物を取りに教室に帰ると、そこにはサブとジーク、そして連絡を受けたリリが待っていた。
その光景に少し胸に来るものがあったが、たぶんそれは気の迷いだとすぐに訂正した。
サブはリョウを見るなり、遠慮なしに声を出して笑い出し、ジークの野郎は悪いと思ったのか、顔を反らしたが、笑い声を殺しきれてない。
そして、リリも手で顔を隠しているが肩が揺れていた。
リョウはあまりにも笑いすぎのサブを不機嫌そうに睨みつけた。
「・・・テメエ、そろそろやめろよ」
「アハ・・・アハ・・・ハァー」
サブは笑いを止め、呼吸を整えると、
「でもよぉ、リニアやつ。まさか、おまえを一発でKOするなんてなぁ。結構やるじゃねぇか」
「まあな。拳も想像以上に重い―――って、おい。何であいつの名前知ってんだ?」
リョウは言いかけて、サブがサラッと出した名前に引っかかり問いかけた。
その問いにサブは、当たり前だろ、と胸を張ると、
「そりゃあ、兵士科の女子といったら少ないから知らないわけねぇよ。もち、学園の女子全員はチェック済みだ」
と親指を立てて言い放った。
その発言にジークは苦笑しつつ、
「そういえば、サブ。昔から女の子のこと詳しかったね」
と付け足した。
そのジークの発言にサブはさらに付けたし、
「まあな、身長から体重、スリーサイズまでバッチリ調べてるぜ」
と言い放った。
その瞬間、リリが自分の体を両腕で隠して少し後ろに下がったのは、見なかったことにしよう。
2
それからしばらく雑談をした後、みんな解散した。
リョウは帰ろうとすると、サブに呼び止められ、
「そうだ、リョウ。さっきサク姉が放課後、『道場に来い』だってよ。お大事に」
と面白そうに言うとそのままリョウを置いて、教室から出て行ってしまった。
リョウはその姿を目で追うと、気分を落とし、深い溜息をついた。
そして、逃げるか、と少し考えたが、どうせすぐに捕まるか、と思い直し、あきらめると、また、溜息をつき、重い足取りで道場へ向った。
リョウはサクヤの家に着き、その足で道場に向かうと、中にはもう、サクヤが目を閉じ、
床に座って待っていた。
どうやら瞑想しているようだ。
すると、サクヤはリョウに気付いたのか、
「来たな・・・・・こちらに座れ」
と言うと、目を開け、リョウの方へ顔を向けて促した。
リョウは返事を返さず、靴を脱ぎ、道場に入ると、サクヤの前に座った。
すると、すぐにリョウは、
「何?」
と、また長い説教か、とうんざりした顔を隠すことなく言った。
サクヤは、そのリョウの気持ちなど気にもせず、真剣な表情を崩すことなく、口を開いた。
だが、それはリョウが予想していた説教ではなかった。
「お前シール―――いや、防御魔法ができないんだってな?」
リョウはいきなりのことに驚くが、すぐに真剣な顔になり、
「・・・・・ああ」
と短く返答した。
その言葉にサクヤは、そうか、と口にすると次に想像以上のことを言った。
「それはお前の中のものが原因なんだろ?」
リョウは予想していない言葉に驚き固まった。
だが、脊髄反射なのか、かろうじて口から言葉が漏すことができた。
「どこでそれを?」
「ある局員に、な」
その、サクヤの答えにリョウは思い当たる人物である「ルナ姉か?」と訊くと、サクヤは無言だったので当たんだろう。
「まあ、情報提供者は一旦置いとくとして、防御魔法が使えないのは致命的だ」
その通り、接近戦なら刀で防げば何とかなる。
だが、遠距離攻撃の相手にとってはただの的になるだけだ。それはこの前の戦闘で身にしみて判っている。
リョウは痛いところを突かれ、黙るしかなかった。
その瞬間、道場に沈黙が流れた。
だが、すぐにサクヤが沈黙を破る。
「・・・・・それでだ。今日はお前に一つ奥義を教える」
「奥義?」
サクヤの言葉に、すぐに、リョウは怪訝な表情を浮かべて「嫌な予感が」と胸の中で呟くと訊き返した。
「『奥義』って、鳳凰流にそんな都合のいいものがあんのかよ?」
「お前は私の話を聞いていたのか? 基本の型があり、それを使って各々が色々なものを使って、自分の技を見つける。それが鳳凰流だ」
と、サクヤは呆れながら言うと、疲れたような溜息をついて、話を続ける。
「だがら、防御の型もあるということだ」
その瞬間、リョウは驚愕し、すぐに、
「その技は?」
と、サクヤを急かせた。
「それは―――」
そのときのサクヤの口元は、不適な笑みが浮かんでいた。
3
「―――問題は解決できましたか?」
時間が経ち、その夜。
あるマンションの自室では、ベッドの上で寝巻き姿の女性がテレビ電話をしていた。
モニターに移っている相手はサクヤである。
「ああ。ルナのお陰で、早い段階で対策ができたよ・・・・・すまないな。規則違反までさしてしまって・・・・・」
「気にしないでください。リョウさんのことなんですから。私が協力するのは当たり前ですよ。むしろ、私の方が感謝したいくらいです」
ルナはモニターに映るサクヤに向かって、微笑みかけた。
その姿に、サクヤは苦笑を浮かべて、
「・・・・・まったく。お前は少し過保護すぎだな」
と少し呆れながら言った。
また、馬鹿にされたと思ったルナは、普段大人びた雰囲気があるが、今は子供みたいにそっぽを向いて「別にいいじゃないですか」と返した。
その姿をサクヤは笑った。
「・・・・・そういえば。対策って、どんな訓練をしたのですか? またボロボロになって帰ってきたのでびっくりしましたよ」
ルナはサクヤを抗議の目で見た。
その姿にサクヤは呆れた溜息をついた。
「・・・・・はぁ。度が過ぎるのも考えものだぞ。私は一つ技を教えてやっただけだ。今後のためにな」
「?」
「今日中に―――とは、思わなかったんだが、あまりにも熱心だったのでな、つい熱を入ってしまった。だが、そのおかげでほぼものにしたよ。あいつ」
サクヤは顔には余り出さなかったが、声色はうれしそうだった。
「鳳凰流の奥義をたった一日で?」
「まったく、才能とは恐ろしいものだな。あの人の子なんだと実感させられたよ」
そうですか、ルナは相槌を返すと、少し寂しそうな微笑を浮かべた。
その様子を見て、サクヤは気持ちを察したのか、
「・・・・・そろそろ、明日の一泊研修の支度をすることにするよ」
「そうですね・・・・・連絡、有難う御座いました。二人のことお願いしますね」
「判っている」
と、サクヤは答えると通信を切った。
モニターが切れ、暗闇になった部屋の中で、ルナは自分の後ろにある窓に視線を向けた。
外には星の夜空の中に半月が浮かんでいた。
その月を眺めながら、ルナの口からある名前を漏らした。
「ファンズさん・・・・・」
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