No.1103195

堅城攻略戦 第二章 仙人峠 5

野良さん

「堅城攻略戦」でタグを付けていきますので、今後シリーズの過去作に関してはタグにて辿って下さい。

コロちゃんは天使

2022-09-25 15:33:59 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:524   閲覧ユーザー数:508

「ここまでの状況を分析した結果として、先ずは仙人峠を落とす事を決定。 この作戦の第一の目的としては、敵の偵察能力を低下させる事、また逆に味方側の偵察拠点として、この地を確保する事で優位を得る、この二点」

 広間に集まった庭の留守部隊……というのもおこがましい程度の少人数を集めた広間にかやのひめの声が響く。

「そして、こちらは不確定だけど、その戦闘の過程で敵が打つ手から防衛手段や方針、敵部隊の編成を見極め、それに応じて、次に攻める場所や手段を策定する情報を獲得できる事も期待している」

 かやのひめが、この庭の主と、恐らくは鞍馬の認めた、結構な厚みのある書状を手にしながら、一同を見渡す。

「以上が、あの男が書き送って寄越した、現在の遠征隊の方針の大意になるわ、何か質問ある?」

 暖かい日差しの中で縁側に置いた座布団の上で丸くなりながら、こちらに向けていた猫又の耳がぴこぴこと僅かに動いたのは、特に問題が無い時の返事。

 そして、静かにこちらに頷き返した、いすずひめ、小烏丸、狗賓。

 にこにこ笑いながらこちらを見上げて「問題ないヨー」と返してきたコロボックル。

 ぱっと見た感じでは、可愛らしい少女が、良く判っていないままに返事をしたように見えるが、彼女の頭脳は相当に鋭く明晰である、様々な知識や人の悪意などにはまだまだ疎いが、人の発言の要諦や理屈の一番核になる部分、そして物事の段取りをする時の勘所などを瞬時に把握する力はかなり優れている、かやのひめの説明の大よそ必要な部分は掴んでくれている事だろう。

 そして、頑なに目を合せようとしないので判らないが、こちらも多分理解しているだろう黒兎。

 これは別に、かやのひめが彼女に嫌われているとか、そういう事では無い、黒兎は他者と関わる事が全般に苦手なのだ。

 人と何か話そうとすると、見てわかる程にその顔面は強張り、何かを口にしようとはするのだが、言葉も満足に発する事も出来ずに硬直している様を時折見かける。

 主に言わせれば、「ありゃ言いたい事が頭ん中でこんがらがって外に出せねぇだけだよ、自分で解せるようになるまで待つしかねぇんだろうけどな」という状態であろうか、かやのひめもその見解には同意する所ではある。

 何度か狗賓共々話しかけてみた事もあるが、人が干渉して来る事に対しては、何か応答しようとはするのだが、上手く行かず、結果として自己嫌悪の果てに余計に自分の殻に籠もってしまう傾向が見えた事もあり、今は静かに様子を見ながら最小限の付き合いをしている所。

 とはいえ、その頭脳は明晰と言っていい、これまでこの庭で戦や生活、共同作業を共にしてきて、彼女がこちらの意図を正確に理解して動く姿を見ているかやのひめとしては、その辺りの意思伝達に不安は無い。

 この庭に残っている式姫からは、大よそ期待通りの反応が返って来た事を確認して、かやのひめは一つ肩を竦めた。

「もう少し長くて面倒な細かい話はここに書いてあるわ、興味があるなら後で読んで置いて」

 それじゃ解散、皆も準備は進めておいてね。

 そう散開を告げたかやのひめが、視線を落とす。

「さて……貴女はどう、何か質問ある?」

 それまで、なにやら頭を押さえて唸っていたこうめが、顔を上げる。

「皆はその堅城に一度は攻め込んだが敗北した為、今度は少し南に位置する、そのなんたらいう山を攻める事にした、という事なんじゃな」

「仙人峠ですね、私もその名は聞き及んだことがございますが、軍事上の要害の地というよりは、確か修験道の有名な行場としてだったと思いますが」

 ですよね、と小烏丸が狗賓に顔を向ける。

 狗賓は天狗の眷属、元より彼女にとって仙人峠は、修行に使った事もある馴染みの地。

 小烏丸に頷き返しながら、狗賓は気づかわしげに頬に手を添えた。

「ええ、名前の示すように、本来は修験道の行場で山の清浄の気が満ちており、妖怪が巣食えるような場所では無いのです。 ただ、人としても険阻の地過ぎて、軍が駐留して要塞化したり、往来の為に確保するような場所でもありません」

 憂わし気にそこで口をつぐみ、何かを考えていた狗賓が、ややあってからこうめに顔を向けて言葉を続けた。

「いずれにせよ、仙人峠はかなり峻険な、登るだけでも大変な山です、それだけに、敵もそれ程は兵を置けないでしょうから、その点では攻める側としては助かる部分ではありましょうけど」

「堅城より楽という話では無いよね」

 そう続けたいすずひめに狗賓とかやのひめが頷く。

「ええ、だからこそ、仙人峠攻めは、『取り敢えず落とせそうな地を選んだ』という単純な話では無いわ。 僧正坊……鞍馬はあの地を最初に攻める事に明確な目的と利を見ているようね」

 そう口にしたかやのひめを、こうめはじっと見てから、彼女の手にした書状に目を向けた。

「その辺りの細かい事も、そこには書いてあるのか?」

「そうね、私が大まかに必要と思われる事を抜き出した以外の、攻めると判断した根拠や現状の分析、今後起こり得る事の予測と、私達、庭の残留部隊が留意する事などが、かなり詳細に記されているわ」

 読む? と差し出された分厚い書状を、こうめは僅かに逡巡した後に手にした。

 それを見た、こうめの後ろに控えていた小烏丸が、珍しく驚きの表情を浮かべる。

 勉強嫌いで有名なこうめが、こんな難しそうな報告の書簡を読んでみようとするとは……。

 だが、彼女は特に何も言う事無く、その表情を常の謹直な物に戻した。

「読んでみようと思う……いや、わしはこれをちゃんと、自分の力で読まねばならん気がするのじゃ」

 無論、お主の伝達してくれた情報を信じて居らぬという話では無いぞ。

 そう口にしたこうめの顔を、常の不機嫌そうな表情でしばらく見ていたかやのひめが、珍しく穏やかな気配を眉宇の辺りに宿しつつ、軽く頷いた。

「そうね、それが良いと思うわ、難しい字や熟語、理解できない文脈や概念、そういった所は、きちんと書き溜めて置くか、都度私たちに聞くようになさい」

 それで良いわね? とこうめ、そして狗賓、小烏丸、いすずひめと、かやのひめが視線を巡らせていく、その終点にいたコロボックルがひとつ頷いてから、こうめの方に、にぱっとお日様のような笑みを向けた。

「がんばってネ、こうめ」

 彼女に続くように、他の三人もそれぞれ穏やかな笑みを浮かべて頷く、その一人一人に顔を向けてから、こうめは丁寧に頭を下げた。

「厄介を掛けるかもしれぬが、よろしく頼む」

 今の自分では、これを正しく読める力はないかもしれない、だが、今の自分なりに、式姫達の力を借りて読んでみよう。

 あの人の戦いの記録を、そして、新たに加入したという軍師の考えを。

 荒ぶる風の中に、むしろ心地よさそうに長い髪と翼を遊ばせながら、鞍馬はまじろぎもせずに、視線を遠い山へと向けていた。

「ふむ、個々の力、戦場での経験から来る判断力と状況把握、いずれも戦士としては申し分ない、ただ、連携して戦う兵としての力に関しては、個々の現場での判断力頼みの動きに傾きがちか……」

 なまじ個々の理解力や戦闘力が優れているだけに、多勢の中の一人という意識は持ちにくいか。 別に彼女達に兵として振舞って欲しい訳ではないが、他者との連携をもう少し密にできれば、彼女たちの戦力は層倍の物となろうに。

「この辺りは、陰陽師の命令の下で戦う、式姫本来の在り様から外れたこの特殊な集団ならではの事情もあるか……」

 彼を主と仰ぐに、人の器としての不足は無いが、陰陽師として彼女たちを統御する能力が無いのは如何ともしがたい。

 自分達はあくまで個の意思として彼に協力しているだけ。

 ここまでの戦いでは、式姫個々の力が優れているが故に糊塗されていたが、この集団は、悪く言えば烏合の衆に過ぎない。

 そして、その弱点が、堅城と、それに依る組織だった防御部隊の壁の前で露呈した、先だっての戦いを総括すればそういう結論となる。

 ただ、その中でも、従来のように妖との個別の戦いに持ち込めた追撃部隊の迎撃では、互角以上の戦いを繰り広げたのを見ても、彼女たちの力が相手を下回るという事はない。

 相手の組織力と、あの骸骨兵団を無力化できさえすれば、十分以上に勝機はある。

 仙人峠近くの高峰の上に立った鞍馬が、千里眼の術で彼の地での式姫と妖の繰り広げる戦を見やりながら小さく呟く。

「とは言え、個として動ける今の彼女たちの在り様は、常のような妖怪退治の折には寧ろ利に働く、仮に軍隊として動けるようになって貰っても、角を矯めてなんとやらになっては元も子もないしな……」

 その辺りのさじ加減を判って動きを変えてくれそうなのは、人との関わりの長かったらしい仙狸や織姫など数人に留まるだろう……今は彼女たちの助力を借りつつ、軍隊のような感じに動いて貰えるよう、こちらで調整するしかあるまい。

 さて、その辺りを考慮したとはいえ、未だ彼女たちの事を深く知らぬままに立案した、今回の作戦はどうなるか。

 軍師の仕事というのは辛い、基本的には準備して皆を送り出した後は、信じて待つしかない。

「お互い、試される時だな……」

「私は今回の仙人峠攻めには加わらない」

 各自の配置と役割を説明し終えた鞍馬が最後にそうさらっと締めたのを聞いて、今回は怪我が完治していないという事で留守居を命じられ不満そうだった悪鬼が、その憤懣も乗せてか、鞍馬の顔を睨みつけた。

「んだよ、ししょーには最前線行けつっといて、自分は高みの見物か?」

「そうだよ」

 今にも噛みつきそうな悪鬼と、その顔を見返した鞍馬が更に何か口にする前に、仙狸が一つ頷いた。

「帷幄の内にありて、千里の果ての戦を決するが軍師の本領、という事じゃな」

「イアクノウチニアリテ……? そりゃなんのマジナイだ、仙狸のねーちゃん」

「古の唐国におった有名な軍師殿を評した言葉じゃよ、要するにちゃんとした計画を立てて、後は現場に出ずに後ろで見ていても安心大丈夫、そんな軍師殿が一番良いという事じゃ」

 仙狸の言葉に、鞍馬は苦笑した。

「留候(張良)に比されるのはちと面映ゆいが、そういう事だ。 私が主君に乞われたのは、妖に制圧されかかっているこの世界をひっくり返そうという遠大な計画を立てる事、今は目の前の堅城を落とす事しか仕事が無いから怠慢に見えようが、今の内から、私は政軍の計画を立案し、皆に動いて貰う、そういう流れを当然にしていかねばならない」

「ゆくゆくは、多方面に対する計画を立て、同時にそれを動かすような事も必要になるわ、その時、軍師が現場に居なければならない、なんて状態じゃ破綻しちゃうものね」

 織姫も、鉱夫を相手に、どちらかというとその立場に立つ事が多かっただけに、その言葉には実感が籠もる。

「第一、貴女なら、本来その辺の現場の事なら自分で片付けちゃいたい位なんじゃないの?」

「否定はしないよ」

 鬼一法眼、鞍馬山の大天狗、どの異名の下で語られる武名の片鱗一つを取っても、彼女が戦場を怖れる類の怯懦な輩からはほど遠い存在であるのは間違いない、自身が戦場に立ち部隊を指揮すれば、勝利できる事の方が多かろうが、それでは所詮一つの戦場を制圧する武将に留まってしまう。

 それでは、世界を動かすには足りない。

 過去の私は……その我慢が出来なかった。

 人を見抜き、政軍の権を委ね、信じて任せきる……その軍師として本当に必要な事が出来なかった。

 私が千里眼や法術、そして体術といった、天狗としての超常の力を封じ、別の名を名乗って、唐の国で軍略の修行していた時代の名声は高く、今に至るまで、様々な虚飾を纏わされながら、万能の人のように喧伝されてはいる。

 だが、そんな多才さを世にひけらかしていたというのは、私が軍師としては未熟であった事の証明でもある。

 今度は、同じ轍を踏むわけにはいかない。

「私が言おうと思った事の殆どは二人の言葉で言い尽くされてしまったかな。 一つ認識して欲しいのは、今までの君たちの戦いは敵対する妖と直接対峙して討伐する事が、すなわち勝利だった。 だが、ここまで君たちの活動が拡がった今、そればかりでは無い、妖との戦のみならず、妖から解放した地域の人の生活を安定させ、安心して日々を過ごせるようにし、妖が好む、戦乱と荒廃と絶望の支配する世界を無くして行く事で、妖の勢力を根源から潰していく、そういう成果の見えにくい戦いも並行して進めて行かねばならない」

 誤解を恐れずに言えば、君たちの戦いは、それを達成するための、巨大ではあるが一つの柱でしかない、世界を広く見て、他の柱を立てていき、君たちの戦いの負担を減らしつつ、長期的な視点で妖の勢力を削いでいく事が私の役割となる。

「一目追うのはへぼ碁の証という奴じゃな」

 くっくと笑いながら、仙狸はまだ不満そうな悪鬼の頭に、ポンと手を置いた。

「戦場に立つばかりが戦では無いという事じゃよ、今はまだ判らんじゃろうが、そういう戦をする人でないと見えてこない敵の弱点というのもあり、主殿はそれを求めて彼女を招聘したんじゃ」

 その仙狸の言葉と視線を向けられた男が鞍馬の隣で頷く。

「仙狸の言う通りだ、悪鬼、納得できんかもしれんが、俺に免じて今は彼女の決めたとおりにしてくれ」

 そう……広く世界の中における自分たちの戦いという物を認識し、その上で、あの堅城を俯瞰した時、絶望と共に巨大な城塞を仰ぎ見ている自分達には見えない弱点が見えて来る筈。

「けどよ……うー」

 まだ納得出来ない様子の悪鬼の前に、ずい、と大きな影が差した。

「悪鬼、今は黙りな」

「紅葉ねぇちゃん」

「少なくともあの軍師殿は、アタシらじゃ思いつかなかった目の付け所で相手の弱点見つけて策を立てた、文句付けんのは、そいつが上手く行くかどうか見てからでも遅くはねぇよ」

 ゆっくりと振り向き、鋭い視線を鞍馬に向ける。

「自信は?」

「無論ある」

 暫しじっと無言で対峙していた二人だが、紅葉の側からにやりと笑って視線を外した。

 彼女の圧に対し、虚勢を張って睨み返すでもなく、怯みもしない、小動もしない様は本物の証。

 少なくとも、主の眼力を信じて、賭けてみるだけの価値はありそうだ。

「ま、あたしゃ面白そうな戦に行ってこいって指示貰えりゃ満足さ、一暴れして来るかね」

「仙人峠に直接踏み入る部隊は主君の護衛も兼ねる、今回の戦の肝となる役割だ、心して頼む」

「任しときな」

 そう軽く言い捨てて、ひらひらと手を振ってから、紅葉は鞍馬の方に顔だけ向けた。

「あんたの事だ、これであたしらや大将が、駒として、どの程度の使い物になるかも見極めるんだろ?」

「まぁね、不満かな?」

「いや、当然の事さ、こっちの力を把握しなけりゃ戦場の任せようも無い、ただまぁ、そいつはこちらも同じさ」

 あんたの軍略に、あたしらの命と力を預けられるか。

「この仙人峠攻めでもって、あんたの力量、見定めさせて貰うぜ」

■コロボックル

コロちゃんは天使、以上

 

■黒兎

コミュ障代表黒兎ちゃん、幸せになって欲しい子です。

人前で喋れませんが、交換日記にはびっしりと文字を埋め尽くすタイプ。

 

いすずひめと猫又ちゃんに関してはまた活躍の機会がある時にでも。


 
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