「そう、あなたは朱一郎というのね」
どうぞよろしく、とゼルダ姫は微笑む。
朱一郎と呼ばれた者、彼はボコブリンと言うこの世界にすむ小鬼は掠れる声で答えた。
彼の前には慈悲深い姫が腰を折っている。
その傍らには護衛の騎士と弓の手練れが控えていた。
そのうえ小鬼の後ろには槍を手にした歴戦の姫がいる。
本当におつきのものの気分次第で、彼の首が吹き飛ぶかどうかが決まる状況である。
朱一郎は、語り終えるまで頼むから殺さねぇでくだせえといいつつ、話を始めた。
▶
これはですね、スタルボコブリンの。えっと、なんていったっけ。とにかくスタルボコブリンになっちまった奴の話でして。
わっしらはご存じの通り、小さなつまらぬ小鬼でさあ。ちょいと人間たちをからかう程度のことをしておりやした。
お話しするのはね、怨念となりはてるまえの、人間の姿をしていたときのガノン様のこと。
わっしのはるか昔のご先祖がねえ、直接ガノン様に声をかけて頂いたと、子孫代々語り継ぐおはなしでごぜえやす。
長いときをへておりやすし、きっとおかしいとこや聞きにくいとこもござらっしゃろ。
それでも、どうぞ容赦してくんな。
むかあしむかし、わっしらのようなマモノの群れに、珍妙な男がまいったんですわ。
赤い髪の、浅黒い肌。そうそう、かつてはガノンドロフって名乗っておった。
そいつは、ゲルドの民を殺したハイラル王国をたたきつぶすんだっちゅうてねぇ、目をギラギラさせとった。
で、大昔の先祖は聞いたんだと。
「旦那、国を叩くといいますが、あてはあるんで?」
「おう、お前たちに借りるのよ」
「うちらはタダの小鬼」
「アタシなんかちいちゃなモリブリンで」
「よいよい、力を持てばその背は天をも貫き、力は足の触れる大地から無尽蔵にわいてくるのよ」
ガノンはそういって、わっしらのようなマモノと仲ようなったんで。
ガノン様はわっしらを連れてハイラルをあっという間に収めてしまいやした。
「この地に眠る、万能の聖なる三角を」
といわれてねえ、手にしたんだそうですがぁ皮肉な事皮肉な事。
その聖三角は「触れたものの器に応じて力を分ける」たちのもんでございやした。
ガノンはねえ、まあ切れモンでしたがどうしても力にこだわっとりました。
勝てればええ、それが口癖で。
まあ、最後には知恵と勇気の勇者たちに討たれて。
わっしらはガノン様の復活を待つようになった。そんなとこでさあ。
え?わっしらの先祖はほんとんとこ、ガノンをどう思ってたか?
そうですねえ、いつも威張り散らしてて、デカイ口ばかりきいてるくせにいわゆるトモダチはいなかったと。かなしいやつだと祖先はもうしておりましたねえ。
こんなわっしだって、スタボコになった一郎とはよくこん棒もって玉打って、よぉく遊んだもんで。ガノンにはそんな遊びをした友もいねえとききやした。
ハア、それにしてもだ。力の三角を取れば姫も勇者も現れるとわかっとるはずなのに、力を求めてしまうそのバカさ加減。人間臭くて好きだったんですがねぇ。
そういって朱一郎は窓を眺めた。
▶
ゼルダとウルボザで帳面をとりながら、だいたいのことを聞き終えた。
「じゃあ、こいつは用ナシだよね、姫」
リーバルが弓をつがえる。
「ひい、旦那話がちがうじゃありやせんか」
「だって、話は終わったんだからいいだろう」
リトの戦士は笑う。
「リーバル、彼は…。おそらく無害です」
「はあ、甘いね。こうやって撃ち漏らしたとこから安全というのはほころびるのに」
「厄災ガノンの本体を見たら、徹底的に殺そうという考えは消えてしまいました」
リーバルはあのつぎはぎを施されたマモノの姿を思い出した。
「ああ、こっちが手加減なしに痛めつけたせいで、怨念になったといいたいかい?」
「どうしてそうなったかはわかりません。でも朱一郎は無事に返してあげて。後ろから撃ったり、見えなくなったところから暗殺したら私が許しませんからね」
ゼルダの瞳はさえわたる。
知識欲が旺盛だからこその発言ではない。
もうこれ以上、厄災による大規模な破壊を防ぎたいという思いによるもの。
今やハイラルと言う国はない。
亡国の姫巫女とはなんとも心もとない地位である。
それでも彼女は凛と立ち、優しい目を向けるのであった。
「朱一郎、どうもありがとう」
ゼルダの手がそっと小鬼の頭に載せられる。
私が見ていますから、どうぞ行ってくださいといわれて、小鬼は駆けだすも。
ゼルダはハッとして呼び止めた。
「また話を聞かせてもらえませんか」
その呼びかけに朱一郎は戦慄し、とんでもねえことでごぜえます、とだけいって森へ飛び込んだ。
その後の彼の行方を知るものは、だれもいない。
「まったく、あんな脅し方をするから話が聞けなくなりましたよ」
「あのねえ、姫。ハイラルがなくなったって君は君。傷つけられたら後悔してもしきれないんだよ」
リーバルはぶつくさいう。近衛もちゃんと仕事しろよ、と言葉をぶっつける。
「俺は姫の命に従うだけさ。姫の代わりに剣をふるい、手を汚すのは俺がやる」
「君、ずいぶん野性的な言葉づかいをするのだね」
昔は服を着せられたお人形のようだったのに、と笑う。
さて、とゼルダは仕切り直す。
文献を元に調べ上げたガノンドロフのことについてさらいましょう、といい講釈を始めた。
「厄災ガノンはかつてガノンドロフという名前の男でした」
ゼルダ姫は帳面を手にして朗々と話し始めた。
▶
ハイラルの大地、南方にある砂漠をゲルド砂漠と呼ぶ。そこにはゲルド族と呼ばれる女だけの住む集落があった。
そんななか、百年に一度だけ男が生まれる。その子は大事に育てられ、やがて部族を束ねる王となった。
そんな中、ある男が生まれた。その名はガノンドロフ。
かつてハイラルに反逆し、処刑されたゲルド男の仇を取ろうとしていた。
ゲルド復興を胸に抱いて、ハイラル王国にあの手この手で介入し始めた。
国王を殺害し、姫の肉体をよりしろにして魔界への門をひらくなどして、この世をマモノの世界に変えようとした。
ガノンドロフは土地を収奪するにとどまらなかった。
盗賊王の野望は燃え上がり、聖なる三角形にも魔の手を延ばした。
それは知恵と勇気と力のトライフォースに分かれた。
知恵と勇気を持つか弱い人間が打ち倒すのは、力のトライフォース持つ魔王。
決まったように繰り返される戦いに終止符を打とうと、古代の戦士は神獣とガーディアンによる布陣をしいた。ガノンを城の地下深くにうずめ、その上に聖なる一族が住まうことで無限の力を抑えようとした。
これがコンニチのハイラルの成り立ちである。
▶
「うん、ガノンのあの姿に関してはなんら書かれてないね」
ウルボザが嘆息する。
まあ、大体どんなことをしたのか、想像がつくからいやだといって肩をすくめる。
「あらかた、もう復活しないように手足を落とした。もちろん面白半分ではないだろうね。屈葬ってあるだろ」
「ええ、生きるものと区別するために、縮こまった姿にして葬るといいますよね」
ゼルダの解答はいつも打てば響くキレの良さだ。
「おそらくガノンのはそれじゃないかい?まあ、手足については。これはわからないね。ガーディアンの部品や武器。当時の人間が悪趣味だったのかなんなのか」
問題はね、とゲルドの族長が告げる。
「生きながらにして封印されたから怨念となったかどうか、ということだよ」
「というと?」
「幽霊、亡霊っているだろう。あいつらは一万年もいついて祟るか?」
よくて百年からその程度じゃないか、と女の年長者は言う。
「まあ、ゴロンはそういう概念ねえけどな」
「土から生まれて、土にかえる。一番無害な一族だよ」
ガノンドロフもそれだけさっぱりしてればよかったのにねえ、とウルボザは笑う。
リーバルはどう考える、と問うた。
「そうだね、祈祷をうけてこの世とあの世のつながりがなくなれば消えると思うよ。たいていこの世にわだかまっているものと言うのは、訴えたいことがあるからさ」
そう、それだ!とウルボザは叫ぶ。
「私ね、もし伝えきれないことがあって死んじゃったら、きっと気付いてもらおうとおもって懸命にアピールするとおもうの」
「うんうん、ガノンにもそのかわいげがあればねえ」
「本当に、苦労しません」
ゼルダがうなだれた。
ウルボザが手を叩いた。
「とにかく、何度も国の覇権を取れなくてくさったとしても、一万年たたるのはやっぱりおかしい。そのあたりを今後詰めよう」
そういって、男連中の姿を見る。
「ということで、今日の昼ごはんの支度よろしく!夕食は私たちが作るからさ」
「そうこなくちゃ!僕包丁の扱い苦手なんだよね」
「大丈夫、俺の手にかかれば何でも」
「ちょっとリンク、それ牛刀だよ」
僕をさばくのはやめてくれよ、などと喚きながら、にぎやかに厨房へと消えた。
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