お星さま、ありがとうございます。
キャラはいつものように、一番星に祈りをささげ感謝した。
だって、願いは届けられた。トモキがこの村に帰ってきたのだ。
隣村にお使いにいって、その帰り道だった。馬を引いて歩く青年を見つけた。見間違えるはずがない。
トモキだった。まず心臓が高鳴って、足が勝手に動いた。気が付いたら走り出して、抱きついていた。はしたないことをと思ったが、トモキは優しく頭をなでてくれた。
そのことを思い出すと今でも顔がにんまりしてしまう。
嬉しさの余りトモキにくっつきまわり、どうでもいいことを報告した。
体が喜びで跳ねる。口が言葉を紡ぎだして止まらない。自分でもどうしようもなかった。
だけどもトモキはほほ笑んで、それを受け入れてくれた。もう、叫びだしそうなくらい幸せだった。
ずっとこのまま横にいたかったが、家の近くになって帰りなさいと言われ不承不承、家に帰った。トモキはそのまま、自分の家に連れていた少女と共に入って行ってしまった。
あの少女。
キャラは鼻に皺を寄せる。
あの子は何なのだ。えらそうに馬にのって、トモキに歩かせて。あたしを変なものを見るような目で見ていた。挨拶も声もよこさなかった、暗そうな子。そんなに可愛いわけでもないのに。あたしの方が、ぜったい可愛い。
質のいい高そうな衣を着ていたから、もしかしたらトモキが仕えている人の子供なのかもしれない。
トモキが突然宮廷に上がった時は、悲しかった。親から聞いて悲しさの余り大泣きした。母親は、キャラはトモキちゃんに懐いていたものね、とほほ笑んだ。
そんなんじゃない、と当時七歳の少女は思った。そんなに軽い表現で表わさないでほしい。これはもっと偉大なものなのだ。
が、それをどう言っていいか分からず、言葉はぐずぐずと消えていった。
宮廷に入ってしまったら、めったのものでは外に出られない。トモキに会える方法は、キャラが大学を卒業して、入廷するしか思いつかなかったが、到底不可能だった。そんな金は家になかったし、第一、勉強が嫌いだった。何で、そんなものが必要なんだと思う。読み書きなんて、日々の暮らしには必要ないではないか。畑を耕すだけの毎日。
それでもトモキには、どうしても会いたかった。縋るものがほしかった。
だから、毎日一番星にお願いをした。
どうかトモキに会わせてください。お星さま。どうかどうか。
天は聞き入れてくれた。トモキが帰ってきた。
シシの村に帰ってきたのだ。
****
「そんな、あなた帰って来たばかりだというのに」
「ごめん、かあさん」
母は予想通りうろたえ息子を止めた。その顔に申し訳なさは募ったが、ただ頭を下げるしかなかった。
あれから数日が経った。都に関する噂はあまり流れてこない。情報がまったく入ってこず、ただ不安だけが増していく中トモキは一つに決意を固めていた。
宮廷の様子を探りに行く。
状況が分からなければ、動きようがない。動けるのは自分しかいない。命の危険すらもあるかもしれないが、このまま手をこまねいているのは嫌だった。
「リウヒさまの事、よろしくお願いします」
母に再度頭をさげると、青い顔をしてしぶしぶうなずいてくれた。心配をかけるのは忍びないが、今頼れるのは母とカガミしかいないのだ。
奥の部屋から咳きこむ声が聞こえる。
リウヒは、ここに来てから体調を崩し寝込んでいた。今までトモキが注意するほど、健啖だった少女がお粥しか口を通さないのも心配だった。
寝ているリウヒを覗き込む。身を守るように丸く小さくなって寝ていた。うっすら汗をかいている。顔に張り付いた数本の髪の毛をとってやると、うわ言を二言、三言呟いて、苦しそうに眉を顰めた。
なるべく早く、戻ってこなければ。
畑仕事の手伝いをしていたカガミにも告げ、ここまで乗ってきた馬の手綱をとった。
「危険すぎるよ、何も君が行かなくても」
「このまま何も分からないのは、嫌なんです」
それに、と続ける。
「まずは知ることが大事。そう教えてくれたのはカガミさん、あなたですよ」
手綱をめぐらせトモキが笑った。
「そうかい」
オヤジは頭をかいて馬上の青年を眩しそうに見上げる。
「リウヒさまを頼みます」
「うん。頼まれた」
カガミはおおきくうなずいた。
「行っておいで。無事を祈っているよ」
トモキが笑顔で応え、馬腹を蹴ろうとした瞬間。
「どこにいくんだ」
リウヒが戸口に立って、馬上のトモキを睨みつけていた。擦れていたがその声は低く怒りをにじませている。
「お前はわたしをおいて、どこに行くんだと聞いているんだ」
トモキは一瞬、馬から降りてリウヒに駆け寄りそうになった。
すみません、ウソです。だからお願いですから、寝台に戻って横になってください、どこにも行きませんから、ずっと横についていますから、と言って一緒に家の中に戻りたかった。
しかし、今ここで、馬を降りたら自分の決心はぐらつくのは分かっている。すんでのところで腹に力をいれて堪えた。
「ここで待っていてください」
馬の頭を巡らせて叫ぶ。
「必ず戻ります」
そのまま、振り切るように馬腹をけって駈け出した。馬は驚き大きく嘶いて走り出す。
小さくなっていく後ろ姿をリウヒは呆然と、カガミは厳しい顔をして見送っていた。
Tweet |
|
|
2
|
0
|
追加するフォルダを選択
ティエンランシリーズ第一巻。
過酷な運命を背負った王女リウヒが王座に上るまでの物語。
「リウヒさまを頼みます」
続きを表示