甘露寺邸。
痣の秘密が明かされてから、少しだけ聞かなければ良かったと思った。
鬼殺隊に入ってから命をかける覚悟はできていたけど。
25歳になるまでに死ぬ。
お父さんお母さん、弟、妹。ごめんなさい。お嫁にはいけないです。
そうだ、遺書を書き直さないと。
無一郎くんは、どうなのかしら。あと11年くらい。
炭治郎くんは…。
師範ならどう言ってくれる?煉獄さん。
その時、夕庵くんが伊黒さんからの手紙をくれた。
手紙をもらうといつも嬉しくてドキドキする。
手紙の最後にはこう書かれてた。
ー失礼を承知で書かせてもらいたい。
これは憶測なのだが、恋の呼吸は察するに、迷っていると力を発揮しにくいのではないだろうか。
もしも迷っているのなら、どうか君の心のままに生きて欲しい。息災を祈る。ー
伊黒さん。
伊黒さん。
どうして私が迷っているってわかったの?
鬼殺隊士は明日をも知れないから、一緒の食事がとても貴重で楽しかった。
文通もこれで最後かもしれないって何度も思った。
そうだわ。
伊黒さんなら、きっと迷わない。
私はそのような生半可な覚悟で柱になったの?
鬼殺隊は私の大事な居場所だから、痣が出て貢献出来ることはとっても良いこと。
伊黒さん。
伊黒さん。
…もう迷わない。
ー伊黒さん、私のことを案じてくださって有難う御座います。
鬼殺隊をやめてしまったら、私はありのままではいられないのです。
伊黒さんからお手紙をもらうと、胸が弾むような気持ちでいられるのです。私は一番好きな私でいられるのです。
ですからもう、迷っていません。
またお食事処に行きませんか。伊黒さん、どうかご無事でいらしてください。ー
ふと思い返して、破棄し、もう一枚に書き直した。
ー伊黒さんからお手紙をもらうとー を、ー仲間のみんなと居るとー に。
麗ちゃん、お願いね…。
伊黒邸。
痣の秘密が明かされてから、心の中で狼狽えた。
寿命の前借り。25歳までの寿命。
なぜ、鬼を滅して肉体ごと浄化したい俺でなく、よりによって甘露寺なのか。
いや、俺も条件が揃えば、痣を出現することが出来るだろう。
しかし、甘露寺の幸せはどうなる?
鬼殺隊士は明日をも知れぬ身だが、命を賭けるのと寿命が決まっているのとは、明らかに意味が違う。
甘露寺が望むなら柱を引退し、残りわずかの人生を穏やかに過ごしたところで、何の罰が与えられよう。
気がつくと筆を持っていた。書くためにかけた時の長さだけ君をいとおしむ。そして文末にさしかかる。
ー失礼を承知で書かせてもらいたい。
これは憶測なのだが、恋の呼吸は察するに、迷っていると力を発揮しにくいのではないだろうか。
もしも迷っているのなら、ー
と書いて、筆を置いた。
ー我々他の柱のことは気兼ねしないでほしい。君が普通の幸せを選ぶことも尊重しよう。ー
と続けた。違う、逆だ。俺にはそんなことを言う資格はない。甘露寺の幸せは、彼女自身が選ばなくては。
ーどうか君の心のままに生きて欲しい。息災を祈る。ー
手紙を書き直した。
しばらくすると返事が来た。
いつもはその瞬間、嬉しくなる。君が俺のために時を使ってくれたから。
今回は違う…。
やはり、そうか。
だが、書き直す前の手紙でも結果は同じだったかもしれぬ。しれぬが…。
返事を書く。
ーどんな時も胸が弾んでいる君でいて欲しい。ー
はっ。
見た目にも甘露寺は胸が弾んでいる…。この手紙は出せない。鏑丸、書き直そう。え、もう墨と紙がない?
伊黒は文具店の看板が掲げられている店に行く。
いつもの墨と半紙を買い求めてすぐ、伊黒は鈴を転がすような声を聴いた。
「あ、伊黒さん!」甘露寺が手を振っていた。
「甘露寺。どうしてここに?」声は落ち着いて出せたが、鏑丸は驚いた顔をしている。
「墨と紙を切らしたの、思い出して。伊黒さんは?」相変わらずの笑顔。
「同じだ。奇遇だな。良ければこれから食事処にでもどうだろうか。」努めて平静を装い、伺う。
「キャー。私もお誘いしようと思っていたんです。」嬉しそうに笑う。
見たところ、いつも通りの甘露寺だ。しかし、その胸のうちは違うのだろう。
ーどうか君の心のままにー と書いたのは少しだけ嘘だ。
伊黒さんに久しぶりに会えたんだもの。明るく楽しく悔いがないようにしなくちゃ。
返事に書いたのは少しだけ嘘。キュンだけじゃなくて、胸が弾むような気持ちでいられるのは…。
並んで歩く二人。鏑丸はそっと甘露寺の頬に寄り添った。
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大正軸です。鬼滅原作の刀鍛冶編ぐらいからのネタバレあり。なんでも許せるかた向けです。痣が出てからの甘露寺さん、そしてそれを知った伊黒さんのそれぞれの葛藤、手紙に託した思いと気づきなど。
閲覧ありがとうございます。