No.1101809

華模様が、つないで

融志舫清さん

【鬼滅22巻までくらいの内容含みます。】蛇柱と恋柱が出逢った頃から始まる「夢ノ果テ 想イノ色」は…。1 蛇柱、2 恋柱になっています。

文中の「抜刀の刹那、潜在意識に斬られたという意識を持たせる」というのは北辰一刀流の「絶妙剣」という奥義です。

中庸という属性を変化させるものは実際は、北辰一刀流の技法そのものでなくそこに潜在する妙見法術の基本となるものです。

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2022-09-06 09:51:12 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:367   閲覧ユーザー数:367

1 蛇柱

蛇柱邸において。

「甘露寺、怖いか?」伊黒が甘露寺の顔近く、目を狙って木刀の切っ先を向けている。伊黒の右肩にいる鏑丸も彼女を見ている。

「…怖くないと言えば、嘘になります。」伊黒の木刀の刀身を自身の木刀で感じながらどうすることもできず甘露寺は大きな目をさらに開いた。

「恐怖を感じるのはその兆しを感知した間合いということだ。感知したら囚われるのでなくそれを用いろ。」伊黒は木刀を降ろした。

「はい。」甘露寺は木刀を降ろして深く息を吸った。

「恋の呼吸は、大切なものを守りたいと思うとき最大限に効果を発揮するのではないか。」と蛇柱・伊黒は恋柱・甘露寺に伝えた。お互い最初の手合わせの時であった。

 

「私、そんなこと、思ってもいませんでした。とにかく必死で。」息が上がった状態で、また手合わせをお願いしたいと甘露寺蜜璃は乞う。

「伊黒さんのご都合がよろしければ、です。お忙しいし、お邪魔したくはないので。」屈託なく彼女は微笑む。

「…良いだろう。」彼女の眩さから目を逸らし、伊黒はようやく言葉にした。また会える喜びが心から湧き出ていた。

その時、どこからか腹の音がした。

 

「わ、私ったら。」こんな時に、恥ずかしいわ。

「しょ、食事処でも…。」オッドアイを泳がせて伊黒は言った。女性を食事に誘う、こんなことは初めてだった。

「は、はい。」返事したものの、穴があったら入りたいと甘露寺は顔を赤くした。

歩きながら、伊黒は聞いた。

「どの店が良いだろう…?」

「そう…ですね。あの辻の先にある天ぷら屋さんはどうですか?美味しいって評判です。私、一度行ってみたくって。」

それからの甘露寺はずっとしゃべり続けた。

伊黒は脂ものの匂いが苦手なことを忘れていた。

 

ほどなくして、甘露寺から手紙がきた。

彼女からの便箋は下方が華模様だった。九輪草。色は紅紫色。文末にはこう書かれていた。

ー あの後、ご馳走になってしまって、私ばかり食べて申し訳ないです。この便箋の柄、九輪草の花言葉の一つは「人の痛みのわかる人」。ほんのわずかな風でも優しく揺れる様子からつけられました。

伊黒様どうか、ご無事で。ご武運を祈ります。ー

 

脂ものの匂いが充満している店に入った時、彼の脳裏にはある歌があった。

「谷川の瀬々を流るる栃がらも実(身)を棄ててこそ浮ぶ瀬もあれ」

谷川の栃の実の殻は自分の身を捨てて、川に落ちたために浅瀬に流れ浮くことが出来た。捨て身の覚悟があれば、困難にも勝つことが出来る、という意味である。

 

捨て身の覚悟ではあったが、彼女との会話がはずみ、彼は脂ものの匂いのこともすっかり気に留めないでいれた。

そればかりでなく、多すぎる食事膳に辟易していた彼の幼少期の記憶を、根こそぎ払拭するような彼女の食事量。

 

そういう経緯があって、次の手合わせの時、伊黒はこう甘露寺に伝えた。

「北辰一刀流の秘伝ではそのものの属性を変化させるものを中庸という。黒と白の中庸は灰色ではない。属性を変化させるものは光。光が近づけば、黒は白に近くなる。中庸は陰陽に対して距離とか向きとかを決めるものだ。

斬る角度、斬る深さ、斬る速さ、斬る長さ、そして斬られない位置、斬られない時を決める。」

「よく…、ご存知なんですね。」甘露寺は感嘆した。

「師範があらゆる古流武術を研究していたから、教えてもらった。特にこの流派に熱心だった。」

 

熱いと冷たいの中庸は距離。距離が近ければ熱くなり、離れれば冷たくなる…はず。

ところが、だ。

甘露寺と離れている時が長ければ、長いほど、想いが募る。

君は原理を超えているのか…。

いや、確か、北辰一刀流では「抜刀の刹那、潜在意識に斬られたという意識を持たせる」という奥義があったという。

甘露寺をはじめて見た瞬間、俺は確かに斬られたような衝撃だった。ついでに鏑丸にも噛まれた。

君は達人なのか…、甘露寺。なぜにこの心を鷲づかみにする。

 

「伊黒さん、靴下本当にありがとうございます。この靴下がいつも守ってくれてます。」ニコっと微笑んだ。

「靴下が君に合ってて実に光栄だ。」視線は宙を泳いだ。

「どうだろう、これから…。」

その後、また食事でもと思ったが、夕庵が伝令を告げた。

「カァー!西ノ方角ニテ、任務アリ。急ゲ!」

「すまない、甘露寺。」物凄く後ろ髪ひかれる。

「任務ですもの。伊黒さん、どうぞご無事で。」

 

「お前か、塵は。」鬼を見つけた伊黒は強烈な一撃で倒した。

よくも甘露寺との食事を邪魔してくれたな!

 

その場にいた隊士は隠にこう告げたという。

「怖かったー。鬼気迫る勢い。いやいや鬼じゃなくて、その、蛇柱様が。」

 

その後の甘露寺からの手紙の便箋。華模様は鉄線。色は濃い紫。

花言葉は手紙に書いていなかった。

 

ずいぶん後になって花言葉を調べると「甘い束縛」「縛りつける」「高潔」。

甘い束縛、縛りつけるー。

いや、決してあの靴下はそんな意味では…。

もう、そんな弁解をする余裕は無くなっていた。甘露寺に痣が出現した。

 

季節は冬。決戦が近い。彼女からの手紙は雪華模様の便箋だった。色は白。

ー 光が近づけば、黒は白に近くなると伊黒さん、いつかおっしゃってたでしょう。私、だから白も好き。光にあふれているみたい。ー

 

甘露寺、光にあふれているのは君だ。

君こそが漆黒の俺の闇を照らしてくれたんだよ。

 

ー 雪華模様の結晶図の美しさと完成度の高さは、まるで伊黒さんの稽古のようです。ー

 

甘露寺、君の美しさには何ものも勝てまい。

なのに、

君の痣は残酷なことにまるで華模様のようだ…。

白無垢をまとうことは叶わぬことになったかもしれぬ、というのに、

君が俺を白に近づけてくれた。

2 恋柱 

煉獄さんが声をかけて下さって、蛇柱様が稽古をつけてくれた。凄いわ。恋の呼吸が一番効果を発揮しやすい状況まで見抜くなんて…。

 

それなのに、私ったらお腹が鳴ってしまって…。

でも、お優しかった。一緒に食事にって。私がいつものように食べても、変な顔せずにニコニコして見ててくれた。

このかたは、人の痛みがわかるのかしら?

お礼の手紙をあの便箋で書いてみようっと。

 

蛇柱様からお返事が来たわ。書き出しはこうだった。

ー 素敵な文章と便箋です。九輪草という花をはじめて知りました。お寺の塔の装飾である九輪のように見えるから九輪草というのですね。真っ直ぐに柱がのびている九輪草のように、貴女も真っ直ぐだと思います。…ー

柱として、目をかけてくれてる。頑張らなくっちゃ。

 

物知りね…。伊黒さん。伝統武術のことは習う余裕がなかったわ。

属性を変える、つまり剣の斬る角度、斬る深さ、斬る速さ、斬る長さ、そして斬られない位置、斬られない時といったことを決めるものね。

黒を白に変えるものが光。

 

私が隊服にもじもじしていると、伊黒さんが縞々の長い靴下を下さった。

優しい。

そして、気高くて人柄が立派で潔い。

買ったお店で聞いた「高潔」という花言葉。その鉄線の華模様の便箋を使ったわ。

 

煉獄さんが逝った時も、伊黒さんが私の近くにいてくれた。

子どもの頃から煉獄さんを知ってて、私よりも悲しいはずなのに…。

自分の気持ちは見せない。

包帯に隠している。

 

「恋の呼吸は、大切なものを守りたいと思うとき最大限に効果を発揮する。」

いつか伊黒さんが言ってた。そうね、私、添い遂げたいのではなくて、守りたいの。

 

光が近づけば、近づくほど黒は白に近くなると教えてくれた。私、だから白も好き。光にあふれていれば黒も白に…。

雪華模様の結晶図の美しさと完成度の高さは、伊黒さんの稽古のよう。だからその柄の便箋を使ったわ。

 

私の痣の模様がどうなのか、二人きりの時、伊黒さんに近寄ってもらって見てもらった。

結局、柱全員に見せたけど、本当は伊黒さんだけに見せたかった。

「いいのか?」

「ええ。」

伊黒さんが首に近づいた。どきどきした。

その時の伊黒さんのはっとした眼を憶えているの。

「華模様…。」

「え。」

「すまない。何でもない…。」

 

それから八本の白い薔薇をくれた。八本の花言葉は「あなたを支えたい。」

嬉しいよお、伊黒さん。

鏑丸くんがくわえてたもう一本。帰り際にそっと添えられてたこと、その時には気づかなかった。

 

九本の白薔薇。花言葉は「永遠に一緒にいたい。」


 
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