フライシュハッカーの正面にヴァリスが立ちはだかる。これまで不干渉を貫いていたヴァリスが自分の前に現れることは意外だったようで、フライシュハッカーは意外そうな表情を浮かべていた。
それはデーキスも同じだった。人工知能であるヴァリスが自らの意志で、人間……超能力者に敵対行動をとるとは思わなかった。
「へぇ、人間の作った機械人形が僕に歯向かうなんてね。どこか故障でもしたのかい?」
「勘違いしているようだが、私はあくまでこの太陽都市の環境を保ち、維持することを目的としたシステムだ。その太陽都市の存続にを脅かす存在に対して、私は人間であろうと排除することができる」
「それがどうしてこのタイミングなんだ?」
「今回君たちアンチが起こした暴動は最初、太陽都市での生存を目的としたものだと判断していた。それならば、過度な干渉はするべきでないと静観していた。だが、デーキスの言葉や君の言動を省みた結果、君の目的はそうではなく、太陽都市そのものの破壊を目的にしていると判断し、私が動くことになった」
ヴァリスにとっても彼は見過ごすことができない程の脅威だと判断されたのだ。
「それじゃあ僕を排除するというわけか? 本当に、できるとでも?」
「可能だと判断したからこうして直接来たのだ」
ゆっくりとヴァリスがフライシュハッカーに近づき始める。
「これまでの情報で、第一に君の超能力はあらゆる物理的エネルギーに対して、相殺する力場を脳を通して発生させるものだと分かっている。だから、自信に向かう銃弾の様な高速物体を相殺し無効化できるが、こうしてゆっくり向かってくるものには有効では……」
空間そのものが振動したような衝撃音が響いた。その瞬間、ヴァリスの身体がはじけ飛んだ。
「それで、何だ? ご教授は終わりか?」
転げ落ちたヴァリスの頭部に挑発的な態度でフライシュハッカーが質問する。
「……第二に自分の周囲に展開したその力場を自らの意志で操作し、指向性の破壊エネルギーとして放出ができる。だが、その場合、展開された力場はなくなり、完全に無防備になる瞬間が生まれる」
はっとフライシュハッカーが振り向くと、背後からもう一体のヴァリスのロボットが近づいていた。慌ててそのロボットも超能力で破壊する。
「今は外のアンチたちの無力化も行っているため、使えるロボットの数は少ないが、それもじきに終わる」
「太陽都市で私が遠隔操作できるロボットは現在3141592機。その全てを使って君を排除する」
「一切の容赦はしない。君はこの太陽都市にとって危険な存在だからだ」
ぞろぞろとヴァリスの操る作業用ロボットが市長室に集まってきた。これら全てをヴァリスが操作しているのだろう。それに対してフライシュハッカーは一人。だが、彼の表情に焦りは見えない。
「物量作戦で圧倒してるつもりか? 一日中だってやってやろう!」
四方八方から向かってくるヴァリスの分身たちを、超能力で一蹴するフライシュハッカー。背後の窓や頭上の天井からもヴァリスは奇襲をかけるが、彼はそれも予想済みで、さっと身を翻して避ける。
「なんて奴らだ……俺たちの入る余地もないぜ」
ウォルターが呟いた。下手に介入したら却ってヴァリスの足を引っ張ってしまう。本来は自分たちが止めるはずなのに……デーキスたちは自分の無力さを痛感する。
「まだ無駄なことをするつもりか? 廃棄するスクラップが増えるだけだぞ!」
フライシュハッカーは未だ息切れもしていない。一日中戦い続けると言っていたのは嘘ではないようだ。彼を捕まえようとするヴァリスの腕は見えない壁に弾かれ、数体まとめて衝撃波で壁にたたきつけられる。
「無駄だ! こんな事で僕の事は止められない!」
デーキスたちも、そしてフライシュハッカー自身も気づかないほんの一瞬、彼の使う超能力が完全になくなる空白が生まれた。
この管理センターで彼が超能力を使った情報を基に、ヴァリスはその瞬間がいつ来るのかを計算に入れていた。目の前の分身たちを破壊してフライシュハッカーが気を抜いたその時だった。
破壊されたヴァリスの分身たちの間を縫って、一発の銃弾がフライシュハッカーの胸に撃ち込まれた。
「うっ!?」
それはこれまでの物とは違うヴァリスの操る作業用ロボットとは形状が異なるロボットだった。恐らくテロリストや暴徒の鎮圧用ロボットなのだろう。
流石に攻撃が自分の届くとは思わなかったフライシュハッカーは驚きの表情をしたまま胸を押さえていたが……。
「これで終わりか?」
フライシュハッカーは倒れなかった。胸に銃弾を撃ち込まれたにもかかわらず。
「僕の超能力は体内にもその力が渦巻いているんだ。心臓を狙って一発で仕留めるつもりだったんだろうが、身体の表面を少し傷つけられただけだ」
直接的な外傷すら受け付けない。それほどまでにフライシュハッカーの超能力は強力だったのか。想像を超えた強さにデーキスたちは声も出せなかった。
「これでいい。私の目的は果たされる」
なおもヴァリスは冷静だった。彼の言葉をフライシュハッカーは一笑する。
「成功だと? 既に壊れているんじゃないかこのロボットは? いい加減に……」
そこでフライシュハッカーの表情が変わりだす。それを見てヴァリスは彼に向って堂々と近づき始める。
「今、私が撃った銃弾はただの鉛玉ではない。銃弾の表面にある物質を高濃度で付与していた」
ヴァリスが悠然と歩みを続けるが、フライシュハッカーはさっきまでのように超能力で排除しようとしない。一体何が起きているのだろうか。
「その物質の名は『ユービック』。太陽都市では防腐剤として利用されているこの物質は『神の遍在』を意味し、あらゆる物を固着させる。多量に使えば体内の生体機能すら止める。理論上、クオリアの反応も止められると思っていたが、それを実証した」
紛い者と呼ばれる超能力者は脳波で空間中のクオリアに働きかけて超能力を起こすと言われている。ヴァリスはそのクオリアをユービックで止めることができることを知っていたのだ。
そして、フライシュハッカーの目の前で足を止めた。腕を伸ばすだけで届く距離だ。
「つまり、今私の目の前にいるのは、精神の歪んだ只の人間が1人だけだ」
「……」
まさか、紛い者の超能力を封じる手段が存在していたとはフライシュハッカーも思いもしていなかったであろう。一瞬ヴァリスを憎悪の籠った眼でにらみつけた後、全てをあきらめたように笑いデーキスたちへ顔を向けた。
「デーキス! どちらにしろ人間どもは紛い者の脅威を知った! 僕がいなくなったところで、それは変わらない!」
紛い者は都市国家の脅威になりえる存在だとフライシュハッカーは証明した。その結果だけで、今以上に人間と紛い者の溝が深まると彼は確信していた。
「僕はあの世で、人間どもが憎しみ合うのを楽しみにしているよ……!」
ヴァリスがフライシュハッカーの言葉を遮るように、胸に強烈な一撃を食らわせた。ユービックで止まりかけていた心臓が、この一撃で完全に停止する。
人間を憎んだ超能力者の王が完全に沈黙した。
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超能力者の王の前に、機械の神が立ちはだかる。