No.109671

festa musicale [ act 1 - 10 ]

そうしさん

今回は灯視点で進みます。
たった一つのボタンの掛け違いから生まれた誤解と別離。
灯の想いはどうなってしまうのでしょうか・・・?

2009-11-29 23:00:31 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:496   閲覧ユーザー数:492

 私は、いつも通りでいたつもりだった。

 確かに、いきなり『来年度からコンミスだよ』と言われて、少し緊張していた。 それと少し浮ついていた。

 今までの努力が報われたことと、過度の期待をかけられていること。

 このたった二つの事実のせいで、私は自分を見失いかけていた部分があった。

 それでも、なんとか体裁を保っていられたのは馨のおかげだった。

 馨が淹れてくれるコーヒーは、ガチガチに固まっていた私の心を解してくれた。

 馨と話していると、浮ついた気持ちがいくらか落ち着いてくるのを感じた。

 何より、馨と一緒にいるだけで、今までにないくらい物事が楽しく感じられるのを、私は実感している。

 だから、大丈夫。

 私は今でも、初めて会ったあの夜みたいに、ちょと不思議だけど思ったことは素直に言える、ごく普通の女の子。

 そう思っていた。

 

 

 

 ある日、馨が学校を休んだ。

 大学生なのだから学校を休むくらい良くあること。 最初はそう思っていた。

 だけど、サークルまで休んだ。

 後から考えたらいないと気付いた時点で先輩にでも聞けばよかったと思う。 後になって聞いたのは、馨はあの時新しいマウスピースを買うために楽器屋に行ったから、サークルを休んだという事実。

 

 

 ――なんで、こうなっちゃったんだろう。

 

 

 それで、いつもならサークルの後はバイトに来るはずだから、楽器屋に行った後バイトするために”空”にくるだろうと思って、私も”空”に行った。

 そうして入ってみたら、SLEEKの人たちがいて。

 馨が普段から仲良くしている人たちだから、どういう人たちなんだろうと思って、話しかけてみた。

 バンドをやっている人たちって、怖いイメージの方が強かったけど、実際にはそんなことは全然なくて、同学年よりも ちょっと考え方がシビアな、同じ子供だった。

 それでなんとなく雰囲気が変わってきて、恋愛の話になって。

 馨が来たけど私もちょっとその話に夢中になってて、適当な挨拶しか出来なくて、本当に聞きたかったことはぜんぜん聞けなくて。

 そして、馨が出てきたときに、冗談みたいな告白をされた。

 

 

 ――こんなの、望んでなかったよ。

 

 

 馨はそれを聞いてから、態度が変わって。

 頼んだコーヒーは、いつもの、ほんのり苦くて深みのある味じゃなくて。

 苦くて。

 苦しくて。

 馨が苦しんでるんじゃないかって思って、私も苦しくて。

 いつもだったら恋愛話に夢中になることなんてなかったのに、どうしてあの時は夢中になっていたんだろうって思う。

 他人の恋愛の話を聞いて、自分の恋愛を話して、違うところを見つけては盛り上がって。

 

 

 ――『ごめん、らしくなかった』

 

 

 それからも、馨の淹れるコーヒーはずっと苦いまま。

 だから、馨が苦しんでるって分かる。

 だから、私も苦しい。

 多分、悪いのは私なんだ。

 もっと強い心を持っていたら。

 どんなプレッシャーも跳ね返して踏み潰して、その経験を丸ごと自分の中に取り込めるくらいの、強い強い心を持っていたら。

 きっと結果は違った。

 きっと、全ては今までどおり。

 入学したときのあの瞬間から何一つ変わらない日々が待っていたはず。

 そう思うと、私はいてもたってもいられなくて。

 馨の心を、少しでも楽にしてあげたくて。

 

 

 

 

 ――好きだったのに。

 

 

 

 

 

 

 

『何で灯ちゃんは、いつも馨と一緒にいるのさ?』

 と、新見君が聞いてきた。

『それを聞いちゃう? しかも面と向かって』

 少ししかめっ面をしてしまう。 そんなの、決まってるじゃないか。

『好きだから』

 そう、決まっている。

 初めて会ったあの日、なぜか苛立っていた私に対して、他の客と変わらない対応を取って、ちゃんと美味しいコーヒーを飲ませてくれた彼だから。

 大学は決まったものの、新しい生活の全部が不安だった私と一緒に、あれこれ悩んで、笑って、喜怒哀楽を共にしてくれた彼だから。

 そんな人を、誰が放っておく?

 

『…ハッキリ言うねぇ』

 少し驚いた顔をして、新見君が言った。 驚いてはいるけれど、その表情を見れば分かる。

『何で嬉しそうなの?』

『だって、馨のことを好きになる女の子がいるんだなって』

『え?』

『あいつの性格、考えてもみなよ。 自分の興味のないことには大して振り向こうともしないくせに、自分が好きなことに対しては全てを投げ捨ててでも本気で立ち向かっちゃうでしょ? いつか自分を捨てるかもしれない男なんて、付き合えないと思うよ』

 新見君は言う。 完璧な分析だった。 確かに馨にはそういう面があって、それが他人との壁を生んでいるような気がする。 すごく仲の良い友人に見えて、馨は相手のことを何一つ知らなかった、ということなんてザラだと、馨は自分で言っていた。

『だから、灯ちゃんみたいに相手をよく見てる人が馨を好きになってくれるって事自体が奇跡みたいなものなんだよ』

『…そうなのかな』

『そうだよ』

 いつになく真剣な様子で、新見君が言ってくる。 いつもは結構ちゃらんぽらんな性格をしていると思ったけど、こういう顔も出来るんだなと、感心してしまう。 それと同時に、自分が馨のことを好きになったことが本当に奇跡なんじゃないかと考え始めている。 

 

 

 

 

 ――それも、今日で全部、壊れちゃったのかな。

 

 

 

 

 結局、上手くいかないのか。

 私の恋愛はいつもそう。

 

 

「……」

 

 

 だけど、きっと悪いのは私だったはずだから。

 

 

「…ぅ…」

 

 

 馨は私のせいで、辛い思いをしているはずなのだから。

 

 

「…ぅぁ…」

 

 

 でも、今日くらいは泣いて良いよね?

 

 

 

 

 

 

 

 そう、一人呟いてから私は、周りの迷惑を考えずに、声をあげて泣いた。


 
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