「というわけで、初顔合わせも兼ねた飲み会です。 どなた様もガッツリ仲良くなって、練習から本番まで全力で楽しみましょう!」
カンパーイ! という音頭と共に、飲み会が始まった。ちなみに言ったのは俺。
今日はウインドアンサンブルKと、ロックバンドSLEEKのメンバーで構成される、創立祭スペシャルバンド「WINDCORE」の初顔合わせの日だ。ただ顔を合わせるだけの会なのでお互い楽器を持っていないことが災いしたのか、当初ファミレスでやることになっていたはずだったのが気付いたら駅のそばにある社会的弱者御用達の格安居酒屋(居酒屋という時点で弱者ではないが)に場所が変更になっていた。一応、念のため、断っておくが、俺はまだ未成年なのでファ○タの麦味だ。フ○ンタと言えば大抵の物は許されるのである。
「いやー、SLEEKを呼ぶとはねー。 いつの間に知り合ったんだよ?」
と、ウインドの先輩で今回トランペットをやってくれる人がジョッキ片手に聞いてきた。
「うちの店でSLEEKのCD置いてるんですよ。 そのときに店に置く判断したのが俺だったんで」
「なるほどなー。 俺SLEEKのCDは全部ハコで買ってるんだよ。 こないだのライヴも見に行ったんだぜ?」
「え、あそこに居たんですか? でも確かその日は練習」
「おっと皆まで言わせん」
と、俺が手に持っていたファン○のジョッキを俺の口に無理やり持って行き、飲ませる。正直苦しいが、ビールの味は嫌いではないのでそのまま飲み干す。
「…まったく、無茶させてくれますねー。 あ、センパイ、一杯どうですか」
「おっと、悪い」
と言って飲み干す。 なんだかんだで後輩の無茶にも付き合ってくれる、良い先輩なのだ。
今この場にはウインドの人間が四人、SLEEKのメンバーが四人。 それぞれは交流もほとんどないし、初めてあった人もたくさんいる。 それでも、どこかで線がつながっていたりもする。 このセンパイもそうだし、SLEEKのベーシストの女の子がうちの大学の学部生であるということもそう。 この小さな街ではそういうつながりが必ずどこかにあるのだ。
「楽しいライヴになるといいですね」
「そのためにうちらがいるんじゃん!」
そういって腕まくりするSLEEKの面々が、非常に頼もしく見える。
「まぁまぁ、まだまだ夜は長いんだ。 じゃんじゃん飲もうじゃない!」
そうセンパイが言うと、周りも店員に注文し始める。 というか、ものすごい量の酒を頼んでいるけど、大丈夫なんだろうか?
実は俺はザルだ。 いくら飲んでもほろ酔い程度にしかならない。 そういう体質なのだ。 だが他の人たちはそうは行かない。 強い人もいるにはいるが、それでも俺にかなうほどの人は今のところはまだ見ていない。
結局この日は、酔いつぶれた人間がいつもよりも多く、そのほとんどの介抱を俺と他の潰れていない(潰れるほど飲んでいないというだけで実際酔っ払いである)人間で行ったのだった。
と、言うわけで。
久々に日曜日に何もないから”空”で朝から晩まで働くことに。 と言っても昼間は暇。一応この街は学生が多いけど、オフィス街という一面も持ち合わせている。実際、ウィークデイの昼間の売り上げの九割は社会人のランチタイムが主収入っていうくらいだ。
だけど、オフィス街であってベッドタウンではない。 だから、土日は社会人の売り上げがなく、店は基本的に閑散としているのだ。
お客さんとゆっくりと話が出来るって言う点が救いで、暇つぶしに持ってこいなのだ。 こんなこと言うと店長が泣いてしまうが。
さて、学生が多いということは一人暮らしをしながら大学に通っている学生も多いと言う意味で。
うちの大学のカップルも日曜となれば当然のようにデートに出てくるわけで。
「お、今日は馨いるんだ」
「こんにちは、また来たよ」
「いらっしゃいませセンパイ」
こんな風にだ。
確か初めてこの店に来たのが十月くらいで、その頃はまだこの二人は付き合ってなかったと思う。 その後一月に入ってから、付き合いだしたとの報告を、二人の口から直接聞いたのだ。
まさか俺と二人が同じ大学で、さらに俺が二人と同じサークルに入ってくるなど、そのときは想像もしなかっただろう。
「馨くんいるなら、あれ食べたいな」
「分かりました、ブレンド先にします?」
と、ブレンドの準備をしながら言う。
「そうだね、フレンチトースト先にきたら僕は置いてけぼりになる」
と、彼氏――名前を小野寺覚(おのでら さとし)という――は言った。
「しないよ?」
「してるよ」
「どっちでもいいんで、とりあえず座ってくれます?」
一月になってから毎回のようにこんなやり取り。もうお腹一杯です。
「ん~、美味しい! やっぱり馨くんの作るフレンチトーストは絶品だー」
そういって満面の笑みを浮かべる彼女、加藤遥(かとう はるか)。
「毎回毎回褒めてくれてますけど、何にも出ませんよ?」
「言いたいから言ってるの。 そういうの分かってくれないとモテないよ?」
大きなお世話です、と思いながら、曖昧に笑っておく。絶対今顔引きつってるぞ、俺。
「あれ、今日流してるのって」
「あ、分かります? SLEEKです」
また今日もスタッフが俺一人しかいないため、フリーダムに好きなことをやらせてもらっている。 基本的に店に流す音楽はスタッフの一存で決まるため、スタッフが一人のときは自由に決めることが出来るのだ。 というわけで仕事中だけど大好きな音楽と大好きなコーヒーに囲まれると言うある意味自由の利かない幸福を楽しんでいる。
「まさかインディーズの有名なバンドさんとうちがコラボとはねぇ…君らの企画力には恐れ入るよ」
俺たち、というよりは企画原案が灯で、実行が俺、と言う方が正しいのだが、周りは企画が俺と灯、と言うことで納得しているし、そうであると疑わない様子だ。
「ねぇねぇ、前から聴きたかったんだけど」
と、加藤さんが身を乗り出して言う。
「フレンチトーストのソース、服につきますよ」
「おっと…それでそれで」
と、服を上手いこと皿から回避させながら、なんでもないことのように、こんなことを聴いてきた。
「君と灯ちゃんって、付き合ってるの?」
「そんな事実はありません」
ここでそれを聞くか、という意味では予想外だったけど、サークルに入ってからというもの恋愛の話になると毎回のように聞かれている質問なので、なんとか即答できた。
「まぁまぁ、落ち着きなよ遥」
「うーん、私の考えでは二人はお似合いどころかうちのサークルでもベストカップル級なんだけどなー」
と、何とか落ち着いて席に戻りつつもぼやく。
実際、そういうことを全く考えなかったわけではない。 もともと灯は新入生の中でも相当美人な方だし、人当たりも良い。 何より、入学する前からの仲だ。 と言っても、ほんの数ヶ月の差だけど。
「馨はこういう店で働いてるから出会いも多いし、実は結構バンドやってる女の子とかからもアプローチあるんじゃないか?」
「いやー、実はないんですよねー。 バンドやってる女の子って、彼氏が楽器やっててカッコよかったからやってみたっていうパターンか、最初からガチで音楽にしか目が向いてない音楽バカのどっちかなんですよ」
これは俺の経験談だから結構的を射ていると思う。実際、出会いはあるけどそこから色のある話にまでなったことは一度もない。まぁ、自分とは無関係の恋愛話はあったけど。
「それに、俺もだけど灯もそういう話は全然しないし、今はあいつもバンドやってる子みたいな『音楽バカ』だから、誰が相手でも色恋沙汰にはならないと思いますよ」
「そーなのかー」
「自分から振っといてそんな『めんどくさい私無関係―』みたいな態度はどうかと思いますが」
「やっぱり私としては灯ちゃんをプッシュするね!」
と、親指をグッと立ててくる。
「そんな親指グッと立てて力説されても…」
大体、まず俺自身にそんな気は起こらない。
灯は俺の中でもはや『親友』としての地位を確保してしまっているのだ。
『親友』は『恋人』と同じくらいランクが高い。だからこそ両者は別物なのだ。
「…でも、親友が恋人、って言うのもありだと思うよ、僕は」
ふと、そんなことを小野寺さんが言ってきた。 今まで沈黙を保ってきただけに、少し意外なパターンだ。
「そんなもんですかね」
「そんなもんだよ、恋愛なんて」
年長者の意見には重みがある。 改めて実感させられる。
本人は軽い気持ちで言っているのかもしれないが、聞く側としてはそれはひどく重要なことのように思えて仕方ないのだ。
だからこそ、俺は、
「まぁ、その話はまた今度にしましょうよ。 せっかく淹れたコーヒーは不味くなっちまう」
…そういって、逃げるのだった。
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徐々に物語の中に『恋愛』というテーマが見え隠れしてきます。
音楽だけでも十分青春ですが、大学生といえば恋愛もしなければ!
・・・ワタクシは彼女一人でした。十分です。