仕草の話
一
ガラクタロボットは工場にいます。
大きなお家の中にある、小さな工場にいます。
人工皮膚を張り替えてもらい、今ガラクタロボットはベッドの上に寝ています。
新しい人工皮膚には穴が開いていないだけでなく、より人間の皮膚に近いものになって居ます。
「定着するまで動いたらダメだから、不便だと思うけれど今日は寝たままでいなさいね」
女性は作業用の手袋を外しながら、ガラクタロボットに言いました。
「はい」
ガラクタロボットは頷こうとしましたが、動いてはいけないと思い、動かずに答えました。
女性はそれを見て、くすっと笑います。
「少しなら大丈夫よ。定着するのに時間がかかるだけで、くっついていないのではないわ」
言って、女性は椅子に座ります。
「それから、明日までうちに居て貰うわ。人工皮膚の様子を見ないといけないから」
女性は言って、そしてガラクタロボットの頬をつつきます。
まだ少し熱を持っている人工皮膚は、柔らかく、まるで赤ん坊の肌ようです。
「表情は問題よね。だけど、機械的な問題ではないようだし、あの子のいうとおり、お勉強ね」
女性は笑って立ち上がります。
「じゃ、また明日ね」
きびすを返し、女性は工場から出ようとしました。
「待ってください」
それをガラクタロボットが呼び止めます。
「人工皮膚をありがとうございます。ですけど、私はお金を払えません。どうすればいいでしょう?」
ガラクタロボットは、おじさんのところで言ったことと同じことを言いました。
女性は笑顔を見せました。
「あの人はなんて言ったの?」
ドアにもたれかかり、ガラクタロボットに言います。
「気にしないでいいと言ってくれましたが、私はそうは思えません」
ガラクタロボットは正直に言いました。
女性はさらに目を細めました。
「正直ね。ロボットだからかしら?」
そして続けます。
「私もおんなじね、気にしないでいいわ」
言って、女性はドアに手をかけます。
「随分たってから、それでも恩返しがしたかったら、その時にまたいらっしゃい」
そして女性はドアを開け、
「おやすみなさい、また明日ね」
そう言うと、工場から出て行きました。
「おやすみなさい」
ガラクタロボットの表情は、知らぬうちに笑顔になっていました。
それはぎこちなさのない、紛れもない本当の笑顔でした。
二
夜が明けました。
ガラクタロボットが目を覚ますと、そこにはもう女性の姿がありました。
女性はガラクタロボットが起きたことに気がつくと、
「おはよう」
と、笑みを浮かべて言いました。
そして、ガラクタロボットの肘を曲げたり、膝を曲げたりしました。
ガラクタロボットは女性にされるがまま、その作業が終わるまで待ちました。
「ふむ…」
女性は呟いて、ガラクタロボットの肩の人工皮膚をつつきます。
「いいようね」
女性はそう言って、頷きました。
「もう起きてもいいわ」
「もう大丈夫なのですか?」
女性が言って、ガラクタロボットが返します
「大丈夫。きちんと固まっているし、激しい動きをしなければ剥がれる心配もないわ」
女性はうなずきました。
ガラクタロボットは立ち上がり、動作を確認します。
右手を肘から曲げて見ます。
左手を高く上げて見ます。
右足を持ち上げ、揺らしてみました。
右足を下ろすと、左足でも同じことをします。
違和感はありません。
「ありがとうございます」
ガラクタロボットは頭を下げました。
「いいのよ、そんなこと」
女性は笑い、後ろを振り返ります。
ガラクタロボットが女性の視線を辿ると、女の子がドアの隙間から部屋を覗き込んでいました。
女の子はガラクタロボットに気が付くと、ぱたんとドアを閉めてしまいました。
パタパタと、小さな足音が遠くなっていきます。
「あの子がね、早くあなたを起こして来いって言うの」
女性は椅子に腰掛けました。
「あなたが今日まで家にいるって話したら、お勉強をさせてやるからつれて来いって言うの」
女性は優しい笑顔になっていました。
「あなたが来たことが嬉しいのね。この街には子供が少ないから、お友達になりたいのよ。あなたさえよければだけど、しばらくいてくれないかしら?」
女性はガラクタロボットに言いました。
「お世話になった人のお願いです。私は断ることが出来ません」
ガラクタロボットは頷きました。
「ありがとう」
女性は笑顔で言うと立ち上がり、視線を合わせると、ガラクタロボットの頭を撫でました。
それはとっても優しい仕草です。
きっと女の子にも、同じようにしているのでしょう。
「ありがとうございます」
ガラクタロボットはお礼を言われたことにお礼を言いました。
「行きましょう。あの子、待ってるわ」
女性が言い、工場を出ました。
ガラクタロボットも後に続きます。
三
「おはようございます」
女の子が言って、ガラクタロボットに頭を下げます。
「おはようございます」
ガラクタロボットも言って、女の子に頭を下げます。
これは練習です。
ガラクタロボットがリビングにやってきてから、二人はずっとこのやりとりを続けています。
もっとも、ガラクタロボットは最初と比べて動作が自然になってはいますが。
「おはようございます」
ガラクタロボットが、また言って頭を下げます。
言うのと頭を下げるのが、同時に出来ています。
始めは一度にすることが出来ませんでした。
なので、「おはようございます」と言ってから頭を下げていました。
それが、段々と出来るようになってきたのです。
「うん、挨拶はそうするのよ」
女の子は言いました。
ガラクタロボットは頷きます。
そして女の子は次のことを教えに取り掛かります。
「うーん」
考えて。
「そうね、私の動作を真似てみてはどうかしら?いちいち教えるより、そのほうが早いわ。あなたはロボットなのだから、ね」
女の子は言いました。
「はい」
ガラクタロボットは頷きました。
「じゃ、はじめましょう」
女の子が言って、立ち上がります。
向かいに座ったガラクタロボットも、まったく同じ動作で立ち上がりました。
これは練習です。
ガラクタロボットが、立派な女の子になるための練習です。
四
「おはようございます」
ガラクタロボットが笑顔で頭を下げます。
女の子はベッドの上で体を起こし、ぼーっとガラクタロボットを見つめています。
ここは女の子の寝ているベッドルームです。
「目は覚めていますか?」
ガラクタロボットが右手を頬に当て、聞きます。
「えっと…うん」
女の子はぼんやりと言って、それからパジャマを脱ぎます。
そして、ガラクタロボットから着替えを受け取り、それに着替えました。
それはガラクタロボットが来た時に着ていた、淡いピンク色のワンピースです。
「おはよう」
女の子は寝ぼけ眼で挨拶をしました。
そして、ガラクタロボットに手を引かれてベッドルームを出ます。
女の子はふらふらと、おぼつかない足取りです。
まだまだ、目が覚めきっていないのでしょう。
ガラクタロボットは女の子を転ばせてはいけないと、ゆっくりと歩きます。
表情は柔らかい笑顔です。
この家で過ごしてから、笑顔だけでも何種類も出来るようになりました。
もうどこを取っても立派なロボットです。
「うーん…」
リビングに移動して、ガラクタロボットは女性と女の子の二人に見つめられています。
テーブルを挟んで反対側とその反対側。
ソファに座った二人と一人。
一人がガラクタロボット、二人が女性と女の子です。
「人工皮膚はもう、問題はないわ」
女性が言います。
「仕草も表情も素敵ね」
女の子も言いました。
ここには人工皮膚を貰うためにきました。
そして、もうそれには問題がないといいます。
女の子が仕草と表情を教えてくれると言ったので、ガラクタロボットはそれを習いました。
そして、もうそれには問題がないといいます。
と言うことは、ガラクタロボットがこの家にいる理由がなくなってしまったということです。
それはつまり、お別れだということです。
それに気がつくと、女の子は寂しそうな顔になりました。
ガラクタロボットも、やはり悲しい顔になります。
女性はそんな二人の顔を、交互に見ました。
「ねぇ、あなたこのまま家にいない?」
そして言いました。
とたんに、女の子の表情がぱっと明るくなります。
「そうよ、そうしなさいよ」
女の子が熱を持って言います。
しかし、ガラクタロボットは首を振りました。
「私は大切なものを探しています。きっとまだまだ大切なものがあると思うのです。私はそれを探しに行きたいと思います」
ガラクタロボットは言いました。
そう言ったのはいいけれど、そこに笑顔はありません。
寂しい色が、見え隠れしています。
女性は困ってしまいました。
ガラクタロボットはロボットですが、女の子と友達なのです。
きっと、この街で一番の仲良しの友達でしょう。
それなのに、お別れさせなければならないのです。
女性は困ってしまいました。
けれど。
「そうね、なら仕方ないわ」
女の子は言いました。
女性が驚いて女の子の表情を見ます。
いつも通りの、澄まし顔です。
だけど、そこにはやっぱり寂しい色が見え隠れしています。
だけど、それでも女の子はガラクタロボットを送り出そうとしてくれているのです。
「そうね、いってらっしゃいな」
女性も言いました。
「ありがとうございます」
ガラクタロボットはお礼を言って、深く頭を下げました。
五
ガラクタロボットは街を歩きます。
大切なものを探して、街を歩きます。
人工皮膚を貰いました。
仕草と表情を学びました。
そして、お友達が出来ました。
たくさんの素敵な、大切なものがここでは見つかりました。
だけど、ガラクタロボットは街を歩きます。
きっと残り少なくなった大切なものを探して、ガラクタロボットは町を歩きます。
ガラクタロボットは別れ際の、女の子の言葉を思い出しました。
「あなたの大切な物がすべて見つかったら、また遊びに来てもいいわ」
女の子は、確かそう言いました。
澄まし顔で、ちょっとむくれても見える表情で、女の子はそう言いました。
ガラクタロボットは街を歩きます。
大切なものを探して、街を歩きます。
人工皮膚を貰いました。
仕草と表情を学びました。
そして、お友達が出来ました。
ガラクタロボットは街を歩きます。
大切なものを早く探そうと、ガラクタロボットは思いました。
そして、この街に遊びに来るのです。
この街でガラクタロボットは、素敵な、大切なものをたくさん見つけました。
人工皮膚を貰いました。
仕草と表情を学びました。
そして、お友達が出来ました。
だけどそれだけではありません。
ガラクタロボットはこの街でもう一つ、大切なものを見つけました。
私たちはそれを、約束といいます。
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絵本みたいな感じ
なのに絵はないの……
誰か描く?描かないよねー
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