No.109530

Princess of Thiengran 第二章ー入廷・再会1

まめごさん

ティエンランシリーズ第一巻。
過酷な運命を背負った王女リウヒが王座に上るまでの物語。

「王女さまでしたのね、とんだご無礼をお許しください」

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2009-11-29 11:34:55 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:434   閲覧ユーザー数:424

日はとうに西へ消え、道は石畳から砂利へ、砂利から赤土へと変わっていった。

シラギは黙々と歩く。

同行者は、虫の音と三日月と手元のランタン。

七年前も同じ道を辿った。赤子を抱いて。

泣いたらどうしよう、粗相をしたらどうしよう、受け入れてもらえなかったらどうしよう、と不安を抱えて歩いたものだ。幸いな事に赤子は泣きも粗相もしないでくれたし、連絡がいっていたのだろう、女は快く引き取ってくれた。

遠い昔のことのように思える。

そして、自分は今からまたその家へ迷惑をかけに行くのだ。己らの都合で。

気は重く、段々と沈んで行ったが、もう何も考えないようにした。

考え始めたら、思い出したくない事まで思い出してしまう。国王の皺がれた顔と、王女の暗く陰湿な顔が浮かんでは消えた。記憶の底の暗い闇が、漏れ出してきて慌てて蓋を閉める。罪悪感はある。後悔もしている。でもどうしたら良いのか分からない。何も考えたくない。

深いため息をついて、思考を停止させた。歩くことに集中する。

どうせ、やらねばなるまい。では、何も考えずに事を進めればよいではないか。

 

トモキというその少年は驚きを隠さずに、口を大きく開けて停止していた。

当たり前だろう。

七年前に、ここに預けられた赤子が王女だった事、実母が亡くなった事、そして一緒に育ったというトモキとその弟を、王女の話し相手として宮廷に召したいという事、ただし、一度宮廷に入ったら親の死に目以外は外に出られない事。

淡々と告げるとシラギは反応を待った。

母親は黙って下を向いている。その母の手を弟が握った。トモキは混乱しているようで、口に手を当てて机の角を睨みつけていた。

どれほど時がたったのだろう、目の前の茶もすっかり冷めた。

「ぼくはいかない。ここに残ります」

弟の方だった。目を伏せたまま、僅かな敵愾心を含んだ声で言った。

トモキが、顔をあげてシラギを見た。

「ぼくが行きます」

大きな茶色い目で、見つめてくる。

「ぼく一人で、宮に行きます」

ただし、母と弟の生活は保障してください。お願いします。

そういうと、深々と頭を下げた。

「ありがとう。それは保障する」

これで任務は果たした。

「支度が出来しだい、宮廷を訪ねてきてくれ」

そして夜分に訪ねた事を再度詫び、家を出た。

玄関から見送るトモキの目線を背中に感じながら、坂を下る。

無事引き受けてもらったというのに、シラギの心は晴れずさらに曇っていた。

まっすぐこちらを見た利発そうな目。温かそうな家。母と弟。平和な村。

すべてを引き剥がして、あの宮廷に入れるのだ。魔物たちが住む所へと。

後ろめたさを感じながら、シラギは再び心を閉ざした。

大切なのは考えないこと。感じないこと。

 

****

 

 

もう何も感じなくなってしまった。

本殿から後宮の北寮へと帰るとき、東宮の前の橋を渡る。小さな橋だが、そこから見える景色が好きだった。輝く星の下の灯る城下の灯り。闇夜に広がる小さな灯りはまるで地上に広がる星空のようだと思っていた。かつては。

最近はもう見向きもしなくなった。たとえ見ても何も思わない。感じない。

マイムは宮廷の踊り子である。

生まれは南の貧しい村だが親に売られ、気が付いたらここで芸を仕込まれていた。

売られたのが色町ではなくてよかったと心から思う。いや、今もそんなに変わらないことをしているじゃないか。自嘲的に嗤った。

この仕事は性に合っていた。

宴や接待、王族の娯楽として楽師の奏でる音に合わせて踊り舞い歌う。または歌う。

衣装は比較的体に密着して、線が出るものが多かった。袖が長く、優雅さや美しさを現す。一振り擦れば、滑らかな曲線をかいてたなびくのだ。

より抜きの美女たちの中でもマイムはひと際目を引き、それを自分でも自覚していた。

美しい人は、自分の見せ方をよく知っている。またその事に努力を惜しまない。

事実マイムの踊りには花があった。匂い立つような華やかさがあった。見る者は魅了され喝采をあびた。

気が付けば、否その努力故に王宮で一番の踊り子になっていた。

 

今日もマイムは後輩たちを引き連れて、後宮へと戻っていた。

朝日が目に眩しい。手をかざして光をさえぎる。

思い出したように開催される大宴会。王とその息子たちや側近らが繰り広げる饗宴は、夜を徹して行われ明け方に終わるのだ。当初はひっそりと地味なものだったが、近頃は華美を通り越して醜悪になってきたように思う。

あの女が来てから。

後輩たちがひな鳥のような声を上げている。可愛らしく、耳障りな声。大方、王の横にべったりと侍っていたあの愛人の事を噂しているのだろう。

「慎みなさい。そんな話は部屋に戻ってからにして頂戴」

振り返ってたしなめると、ひな鳥たちは首をすくめて大人しくなった。

ショウギ。

蔭では随分と言われているが、マイムは彼女が嫌いではない。

高貴な血など全く入っていない庶民、しかも色町の女が国の頂点に近いところまで上り詰めているのだ。貴族の者がそんな女に頭をさげ、膝を折る。ただ王の愛人というだけで。

同じ女として胸のすく話ではないか。天晴れの一言ぐらい、送りたくなる。

「あたしも王子の一人くらい、狙ってみようかな」

王子は三人いる。側室の息子たちだ。

ショウギの連れ子がいるが、数のうちに入らない。継承権がないからだ。

そういえば王女もいた。公には出てきた事がないので、噂でしか知らない。なんでも東宮に住む大層な変わり種で、側近が手を焼いているそうだ。

が、王女なんてどうでもいい。世の中は、金と男が回しているのだ。

思考を元に戻す。

アナンさま辺りがいいかも。

快達な王位継承者の王子を思い浮かべ、未来の皮算表を計算しかけた時。

「マイムさま、あれ…」

部下の一人が指差した。

東宮の少し下った所に庭園がある。小さいながらも築山があったり、川が流れていたりと、なかなか凝った造りだ。その庭石の影に人影が見えた。

動かない。不審に思って近づいてみると、幼女が丸くなって石に抱きつくように寝ていた。

見間違いかと、一度目を閉じて開ける。

やはり幼女が寝ていた。

藍色のたっぷりとした髪の毛が、朝日を受けて輝いている。寝着の質からして、女官や侍女の子供でないことが分かった。

とりあえず、様子をうかがっている部下たちに先に帰るよう促す。彼女らは素直に黙って動いたが、どうせ見えなくなったところで騒ぎ出すに違いない。再びひな鳥のように。

そして口は真綿のように軽い。いろんな尾ひれをつけて、夕には門番にまで知れ渡っているだろう。

いかんせん、この状況をどうしよう。声をかけてみようか。

「ちょっとー。ねえ、聞こえているー?」

動かない。

「起きなさいよ」

起きない。

少し腹が立って、その小さな体を揺さぶろうとした。

マイムの手が幼女に触れたその瞬間。

勢いよく手が跳ね除けられた。びっくりして目の前の幼女を見る。

その子は今まで寝ていたのかと疑うくらい、ぱっちりと目を見開いてこちらを睨みつけていた。

よほど眠れなかったのだろうか、隈がひどい。

「大丈夫?ねぇ…」

触ろうと、手を伸ばすとその分だけ後退して威嚇する。

まるで手負いの獣のようだ、とマイムは思った。安心させるため、しゃがんで子供と同じ目線になってほほ笑む。

「きっと心配している人がいるよ、おうちはどこ?」

とたんに幼女は困ったように目を伏せた。この子、しゃべれないのかしら。

「じゃあ、どこから来たの?」

質問を変えると小さな手が東宮を指した。

東宮。という事は。

この子は、あの変り種王女!

その時、足音がして男が姿を現した。こちらも眼の下にうっすら隈ができていた。

「殿下、探しましたよ」

ああ、やっぱり王女!

幼女は悔しそうに眉を寄せると、男とマイムを無視して東宮へと走って行った。

この男、知っている。マイムは王女を見送りつつ、男を観察した。

国王の側近で、位は右将軍。と言う事はもちろん名門の出。体つきは武将らしく、肩幅が広くて鍛えられていることは一目で分かった。黒曜石のような瞳、風になびく黒髪は高い位置で一括りにしており、なかなかの美丈夫だ。

でも、陰気くさいのよねー。

太陽が照りつけるこの時期に、黒い衣を隙なく着こなしている男に向かってマイムは思う。瞳も髪も黒いのだから、着るものくらい違う色にしたら良いのに。しかもこんな美人を目の前にして笑顔の一つも作れないなんて、無愛想にも程がある。

咳払いして、にっこり笑ってやった。

「王女さまでしたのね、とんだご無礼をお許しください」

一礼。簡潔に、しかし美しく。

「いえ、こちらこそ助かりました。礼を申し上げます」

男は無表情に腰を折った。

「では、わたくしはこれで失礼いたします」

花のような笑顔のまま、踵を返して歩き出した。腰をくねらし誘うように。

男はみな、必ずその姿に見とれた後マイムを呼びとめる。しかし今、一向に声はかからない。不審に思ってこっそり振り返ると、東宮に歩いてゆく男の後ろ姿がみえた。マイムは本気で腹を立ててしまった。

いけすかない男。

 

****

 

いけすかない女だ。

王女の後を追いながら、シラギは先ほどの踊り子を思った。

身に纏っていた薄桃色の衣装は体の線を強調して、胸元が大きく開いていたため、素肌がこぼれ見えた。太陽を受けて光り輝く金色の髪は美しく、しぐさや笑顔に華やかさがあった。

でも、ああいう女は笑顔の下で何を考えているか分からない。たいがい、男の品定めか、悪口か、どう媚を売るかや引き出せる金を計算しているかだ。関わり合いたくない。

シラギは女性不信だった。というより人間不信だった。興味すら無い。

友人といえる人物はいなかったし、必要なかった。人との中に生まれるしがらみが面倒くさい。それならば、いっそ一人でいた方が気楽だ。

元々そういう性格なのだろう、小さい頃から友達と遊んだ記憶がない。常に壁を作った。人間、壁をつくられると外のものは入ってこなくなる。シラギの壁は非常に堅牢だったし、入ろうとしたものもいなかった。たまに果敢な女官や貴族の娘が挑んだが、あっさりと跳ね除けられた。

目の前を歩く少女も、自分とは比べられないほど高い壁をつくっている。その一因は自分にもあるのだ。

朝餉の為に部屋へ戻るのだろう王女の後ろ姿をみて、シラギはため息をついた。黙々と歩を進める小さな体は全身でシラギを拒否している。

その時、女官が呼んだ。

「トモキさまという方が大門においでです」

 


 
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