No.1093872

堅城攻略戦 第一章 出師 4

野良さん

式姫の庭の二次創作小説になります。

「堅城攻略戦」でタグを付けていきますので、今後シリーズの過去作に関してはタグにて辿って下さい。

あっきちコッマみたいな食事したいなー。

2022-06-04 14:48:49 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:532   閲覧ユーザー数:521

「思ったより時間が掛かっとるようじゃな」

 昼食後に、そろそろ暑さを感じるようになってきた日差しを避けるように簾を下ろした仙狸が腰を下ろす。

「駆け引きやってる時なら兎も角、こういう時なら駄目な物は駄目、ってはっきりきっぱり言う人だから、時間が掛かっているのは良い兆候かなーと思うけど、うーんどうなんだろ、来客有っても、二回は居留守使って追い返した事もあったとか聞いた事あるけどねー、そう考えると、今日だけじゃ終わらないかもねー」

 おつのの言葉に、仙狸が何やら妙な表情を一瞬浮かべた。

 来客を二回追い返した、日の本でも唐でも知られた著名な軍師……。

 いやまさか、そんな馬鹿な。

 仙狸は軽く頭を振ってから、おつのに顔を向けた。

「まぁ、魚の買い付けでもあるまいし、活きが良い、お値段手頃、よし買った売ったと決まるような話では無いからのう」

 軍事の枢要に据えようという人材だ、お互い即決できる話でもあるまい、まぁ次回の面談の約束が取りつけられたら、最初の会談としては成功と見るべきか。

「そりゃまぁそうだよねー、それに家のご主人、そんなにぱっと見のハッタリが強い人じゃ無いしね、ちょっとお話した所で、うおーこの人凄い、我が終生の主に、って感じにはならないよねー、思えばおつのちゃんも天狗ちゃんの代役で手伝いに来て一緒に戦ったからこそ手伝おうって気にもなったけど、最初に見た時は、穏やかだけど、あんまりやる気に満ちた感じじゃないし、大丈夫かなーって思った物だし」

 第一印象なんて、当てになったり、ならなかったり、だよね。

「お主もそうじゃったか……」

 ふっ、と仙狸が苦笑を浮かべる。

「あれ、仙狸さんも?」

 最初から、かなり協力的で友好的だったと思うけど。

「そりゃ、人を守りながらかつかつの防衛戦やっとった所に来てくれた、救援隊の大将の第一印象が悪い訳なかろう」

 まして、わっちは、最初から敵を作るような人あしらいはせんよ……じゃがな。

「助けて貰った好印象と、わっちが心を許すか、というのは別の話じゃよ」

 たまたま旅をしていた所で巻き込まれた、妖による宿場町への襲撃。

 成り行きで、織姫や烏天狗、邪鬼らと共に人を守りながら戦いはしたが、当座の妖の脅威さえ取り除いてしまえば、またふらりと旅の空に……。

「その予定、だったんじゃがな」

 人生、中々に予定通りになどならぬ物じゃが、さて、わっちが呑気な旅の空に戻れるのはいつの日じゃろうな。

 そう苦笑する仙狸に、おつのは何ともいえぬ、彼女らしからぬ曖昧な顔を向けた。

「……もしかして、ちょっと後悔してる?」

「まさか」

 即答した仙狸が、喉の奥で小さく笑ってから、一つ小さな欠伸をした。

「猫が気に食わん場所にいつまでも居るものかよ」

 気に入らなければとっくに出て行っとるよ。

「お主もそうじゃろ」

 のう、葛城山の大天狗よ。

 仙狸の言葉に、おつのが一瞬だが凄みのある笑みを浮かべる。

「……まぁ、ね」

 だからこそ、私はあの人にご主人様を引き合わせた。

 貴女は、あの人の中に何を見るのか。

 私と同じか……それとも、私より深い、彼の淵源に迫る物か。

 私は、それが知りたい。

「どうだい、悪鬼、痛みは……って」

 昼食片手に、悪鬼が療養している一角に足を運んだ邪鬼は、庭で良い感じに燃える焚火と、それで上手に作った熾火の上に滴る肉汁から立ち上る良い匂いの煙、そしてそれを囲んで良く焼けた骨付きの肉の塊にかぶりつく妹分と狛犬の姿を認め、僅かに天を仰いだ。

「怪我人が何を豪遊決め込んでんだい」

 肉の塊に山椒味噌や塩を擦り込み、豪快に炙り焼いた代物に齧り付いていた顔が上がる。

「あ、邪鬼ねーちゃん、ねーちゃんも食うかい?」

 うめーぞ、獲れたてだぜ!

「昼食べたばかりだし、折角のご馳走だけど遠慮しとくよ、というか腕一本無くし掛けたってのに元気だね」

 天女の術で、傷そのものは癒されたとはいえ、失った血肉や傷の深さを考えると、まだまだ静養を必要とする物だった筈。

 大人しくしていられる性格でないのは知っているが、とはいえ、これは。

「血と肉なくなったんだから肉食って足すしかねーじゃんかよ、おかゆじゃ肉にならねーって」

「む、理屈になってるような、なって無いような……」

 微妙に否定し辛い理屈を口にしながら、一心不乱に肉を頬張る妹分に苦笑しながら、周囲の様子を見る。

 大方、この肉は横で口いっぱいにほおばった状態でコクコクと頷く狛犬が仕留めて来た獲物であろう……杉の板を雑に割って作られた即席まな板の上に積み上げられた肉の様子を見るに、狩猟と獲物の処理に関しては、熟練の猟師も舌を巻く腕前と言わざるを得ない。

「猪でも仕留めて来たのかい?」

「そうッス、近くの人に、妖と化してしまった奴の退治を頼まれたッス」

 近在の山を荒らすそれを退治し、猟師が食べて供養する分を除き、革や肉を取り分として貰って来た。

「邪鬼は肉要らないなら、革とか使うッスか?」

 狛犬要らないから上げるッス、と指さされた方には、良く洗われた後と思しき巨大な革が干され、毛皮からぽたぽたと水が滴っていた。

 虫が残っていては折角の革が台無しになる、この辺りの事も良く飲み込んでいる。

「あたしにはそっちの方がありがたいかな」

 先だっての戦で、紅葉御前の戦装束を始め、皆の装具も結構な損傷があり、それらの修繕に用いた革紐の類が随分と減ってしまった。

 衣装類の補修を引き受けている邪鬼としては、その辺りの補充はありがたい。

 ふむふむ、と言いながら邪鬼が毛皮を検めていく。

 良く洗われたそれは、肉や脂もかなり落ちており、毛の方の汚れも、粗方落とされている様子が伺える、最初の処理としては申し分ないし、狛犬の腕が良かったのか、争いで生じた傷も少ない。

 後で丹念に鞣せば、上質の革になりそうだ……これなら種々の事に使えるだろう。

「ありがたく使わせて貰うよ、所で腱は無いかい?」

 邪鬼の声に、もっしゃもっしゃと元気よく肉を咀嚼する狛犬の顔が上がる。

 暫し元気な顎が動いてのち、ごくりと口中の物を飲み込んでから、狛犬は口を開いた。

 口に物を入れたまま喋らない辺り、おゆきがうるさく説教している成果が多少出ているのかもしれない。

「肉と革以外は、地元の猟師さんが欲しいと言ったので上げて来たッス」

「そっか、まぁそういう事なら仕方ないね」

 獣の骨や腱は、弓の補強材や弦の材料としても重宝する、人が己の戦いの為にそれらを欲するのは、むしろ彼女たちにとっては有り難い話でもある。

 妖になってしまった獣というなら、彼女らが退治ねばならないが、普通の猪は人が相手すべき話。

 春先、野の獣は、冬に落ちた体力を取り戻すために山菜や木の根を食わねばならぬ……だが人もまた、農耕が安定して行えない現状では、山の恵みを得て食いつながねばならない。

 そちらの奪い合いは、人と獣が命を賭けてやってもらうしかない。

「ふはー、食った食った」

「満腹ッスー」

 まな板兼用の杉板の上に、山と積まれていた肉はかなり減ってはいるが、まだそこそこ残っている、満足げに腹をさする二人を苦笑気味に見ながら、邪鬼は残った肉を指さした。

「もう良いなら、これ、貰ってくよ」

「あれ、邪鬼ねーちゃん食わないんじゃ?」

「塩して干して燻って置くんだよ、そうすりゃまた後で食えるからね」

 その辺りは紅葉御前が慣れたものである、良い酒のアテが出来たと、さぞや喜ぶ事だろう。

「うー、動けねぇ」

 立ち上がろうとして、悪鬼が珍しくその姿勢を崩し、ぽてんと筵の上に座り込む。

「ほれ見な、まだ体がそれだけの肉を受け付けられる程回復しちゃ居ないんだよ」

 全くもう、と言いながら、邪鬼が妹分の体をひょいと抱え上げる。

「わりー、姉ちゃん」

「悪鬼、大丈夫ッスか?」

 心配そうにこちらを見る狛犬に邪鬼は優しく笑み掛けた。

「あたしが寝室に運んでおくから、後は寝かしときゃこの子は大丈夫だよ、狛犬は焚火消して置いて」

 そう言いながら、邪鬼が傍らに用意してあった水桶を指さす。

「それと、これだけじゃなくてちゃんと追加で水をざぶざぶ掛けておいてよ、借りてる宿で火でも出したら、大将のメンツが丸つぶれだからね」

「判ったッス、狛犬ちゃんと消して置くッス」

 水ッスー、と空になった桶を手に、井戸の方に駆け出した狛犬を見送ってから、邪鬼は悪鬼が療治していた部屋に足を向けた。

「……あんたねぇ、何でこんな無茶苦茶やるんだい」

 今の自分の体が、そこまで回復していない事なんて、戦の鬼たるあんたに判らないわけでもあるまいに。

 悪鬼を布団に寝かせ、枕もとに置かれていた盥で手拭を硬く絞り、その体を拭いてやる。

 いつもだったら、食事を終えたらもう高いびきの悪鬼が、寝付く様子も無く天井を睨む。

「どうしたんだい、あんたが寝ないなんて……気分でも悪いなら、薬を貰ってきてやるけど」

 邪鬼の言葉に、悪鬼が、低く声を発した。

「……寝て何ていらんねーんだよ」

 あたしも……師匠もさ。

 こんな所で、あんな城とバケモノなんぞに止められてる訳にはいかねぇんだ。

「だから、さっさと体治して、次こそあいつら全員ぶちのめす」

 その目に宿る強い色を見て、邪鬼は小さく頷いた。

「そっか」

 すっと、その目の前に掌が翳される。

「邪鬼ねーちゃん……」

「あんたの気持ちは判ったよ、けどな、だからこそ今はしっかり寝な」

 明日戦う為に……今は。

「斧の技だってそうだろ、力を溜めてから敵の隙を見極め一撃必砕」

 焦ってヘロヘロ斧なんぞ何百回振り回したって、木の一本も切れやしない。

「だから、今はその身に力を溜めな」

「……わぁったよ、今は寝る」

「君たちの目的と、君の望みは判った」

 気を鎮めるように、彼女は静かに息を吐き、最前より少し緊張した顔を彼に向けた。

「では、君は、大まかにで良いが、その目的を達成する為に何をするべきと考えているのかな?」

「大まかに?」

「そうだ、堅城を落とすとか、尾裂妖狐を倒すとか、そういう区々たる話では無い」

 その結末を得るために、そこに至る、何らかの成算を抱いているのか。

 それとも、それを持たずに、例えば私なりのような軍師や宰相に、それを委ねようとしているのか。

「そうだな」

 それこそ、大雑把になんだが。

 そう前置きして青年は語り出した。

 人の世界の争いには関与しない、だが、大筋としては紛争が収まり、人が定住して生活できるように介入、支援はする。

 俺たちの敵は妖のみに限定し、倒さずとも封印、もしくは鎮めで済む相手は、極力それで収めていく。

「皆にもそれは心得て貰った上で、動いて貰っている」

「成程、既に集団として動く為の、基本となる方針は立ててある……か」

 その実現性の評価は置くとして、この青年、やはり物事の段取りという物を、ちゃんと理解している

 では、その決定は……どうなのだ。

「君の軍師になるという話とは別に、一つ、私から忠告させて貰って良いかな?」

「外部の意見が欲しい所ではあった、ありがたい、承ろう」

 一瞬だが、二人の間を、鋭い視線が交錯する。

「現状では、君の計画の実現性は皆無だ」

 手勢は式姫十数人、領土は愚か勢力基盤も無い、有力者に対する人的な伝手もほぼ無い。

「君の現在の強みは、直接的な戦力しかない、そしてそれはかなりの物だ、この辺りの領主総がかりでも、まぁ人間では君に対抗する事はできまい」

 君は自分が持つ優位な部分を、まるで生かせていない。

「……つまり、何をしろと?」

「人の世界の争いに関しては、式姫の力を使って、一息に終息させてしまいたまえ」

 彼女らの圧倒的な力で敵の首脳部を排除し、彼らの領有する城、領土、領民を押さえ、一息に地域を安定させるのだ。

 そして、その安定した勢力基盤を以て、妖に対抗する。

「流れる血も、これならば最小で済む、君の計画では、人同士の紛争は抑えきれない……必然的に軍同士のみならず、良民への被害も増加する」

 それで良いのかね?

 人の争いに起因して増大する、怨嗟、怒り、悲しみの負の感情は妖の力を増大させる事となり、君と式姫の戦いはより困難な物となろう。

「……」

 答えに窮したか、無言の男を見ながら、彼女は自身の主張を続けた。

「かつて京に都ありし時、四院の陰陽師たちは、朝廷、ひいては国そのもの直属の組織だった」

 彼らは、その大いなる庇護の下で、人界に渦巻く些事に煩わされる事少ない状態で強大な妖に対抗した。

「反面、君は、ただでさえ困難な妖との戦いのみならず、人の世の動静までも計算に入れねばならぬ」

 そんな不安定な状態での戦いが、どれ程の困難か想像できるかね?

 もし、地道に人の争いを調停し、妖との戦いを進めるというなら……。

「その迂遠な歩みでは、君の齢が千を数えでもせねば、その大望は成し遂げられまい」

 まして君に許された時間は、今聞いた話では、十年あるかどうか。

「君の計画は、人としては正しい道に適った物かもしれない、だが不可能だ」

 君には、そんな事は理解できるだけの知性があると思うんだがね。

 理想に拘泥しては、現実に何かを成し遂げる事は出来ない。

「私から言えるのはそれだけだ」

 彼女の言葉をじっと聞いていた男が、静かに言葉を返す。

「尤もなご意見と承った」

 そこで、彼は一つため息を吐き、鋭い目を彼女に向けた。

 人の眼光に気圧されるような彼女では無い、だが、この勁さは、確かに彼が、ここまで戦をしながら辿りついた男である事を万人に理解させるに足る物であった。

 ゆっくりとその口が開く。

「だが、それが貴女の真意ならば、軍師にと乞うた件、俺の側から取り下げさせて貰う」

悪鬼 何か肉捌くの上手そうなイメージ


 
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