No.1093302

潮騒に誓う永遠

砥茨遵牙さん

1終了後の4坊特殊エンド。すぐに群島に旅立った二人の話。群島情勢の妄想があります。
4キカ要素がガッツリあります。
坊っちゃん→リオン
4様→ラス
新婚初夜の話は年齢制限のためポイピクに載せます。

2022-05-31 07:52:24 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:356   閲覧ユーザー数:356

ずっと不思議だった。どうしてラスが、フリックに人一倍親身に接するのか。

解放軍でも、恋人の私がリーダーとしての責務で不在の間に熱心に剣の稽古をつけていたようだし、雷の紋章の扱い方も教えていた。即落ち事件の後、強くて優しいラスをフリックが憧れるようになるのに時間はかからなくて。ラスにどうしてなのか聞いたら、彼と僕は似ているから、と答えた。 顔は全然似てないのにと言うと、 妬いてると思われて、可愛いなぁと唇にキスされて。確かに妬いてはいたけども、うまく誤魔化されてしまった。

それ以来話題にはしなかったけど、テッドがソウルイーターの闇の中で口にした名前が心に引っ掛かった。

ラスのかつての恋人の名前、キカ。ラスからは決して聞かされなかった名前だ。百五十年生きてきた彼ならば、愛しい人を老衰で亡くしたのではと想像していた。でも。

『彼と僕は似ているから。』

その言葉が意味するもの。もしかして、ラスのかつての恋人は、オデッサのように無慈悲に命を奪われる形で亡くなったのではないだろうか。だから、似ているのか。ただ一人の愛する人に心を捧げる在り方が。

私はラスにとって二番目でもいい。今まで側で何度も支えになってくれたし、私を愛してくれているのは分かっている。でも、知りたい。ラスが全て捧げた人のことを。今度は私がラスを支えたい。ラスの深い悲しみを支えるようになりたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

ラスの力で野営のテントからどこかの港町へ転移し、行き先が群島に決まって、初めて海に揺られる船でリオンが船酔いして。そんなこんなで二人がミドルポートに到着し宿屋にラスが名前を記入したらすぐさま領主に連絡されて館へと案内され、領主であるラインバッハ三世の子孫に手厚い歓迎を受けた。何でも、ミドルポートの領主一族にはラインバッハ三世が遺した『ラス・ジュノ・クルデスと名乗る者は海皇のみ。ラインバッハ一族の誇りにかけてもてなすこと』という鉄の家訓があるのだとか。

やられた、とラスが頭を抱えた。フレアがラスに約束させたことがラインバッハにも伝わっていたのだろう。ラスとラインバッハが親しい友人なのは彼女も知っていたし、連絡を取り合っていてもおかしくない。残酷なほどに狡猾な男と呼ばれたラスも、同じ血を分け、尚且つ更に上を行く狡猾さを持つ姉に敵わないことを百五十年越しに知ることになるとは思わなかった。

領主は自分の代でラスをもてなせることに感激し、流石に断るわけにもいかずにラスとリオンは領主の館に世話になることにしたのだった。

 

翌日、船を出してもらい二人が到着したのは、 無人島。 この島は保護区に指定されているらしく、百五十年前より木々が生い茂り自然が残る姿にラスが驚いていた。 ミドルポートの領主とオベル王国の許可が無ければ入れないとのことだが、前日に領主からオベル王国に連絡してもらうと、半日もしない内に鳥が戻ってきて許可証が返送されてきたのだ。是非オベル王国にもお立ち寄り下さい、というスカルド・イーガンからの手紙付きで。ついでに今は無人島ではなくちゃんとした名前があると。その名前を聞いてラスとリオンが目を丸くしたのだ。よりによって、〝キカ島〟とは。

夕方に迎えに来るように船頭に伝えて、二人が島に降り立つ。

「姉が亡くなってから百年近く経ってるはずなのにな…、ホント、恐れ入る。」

落ち込むラスの姿が珍しくて、リオンはクスクス笑う。

「ラスのお姉さんって、すごい人だったんだね。お父さんは前に言ってた初代代表でしょ?」

「そう。その次の代表も姉なんだ。最期に会った時の貴重な泣き顔は覚えてるんだけど。こんなことを仕込んでいたとは….。」

亡くなってるから文句も言えないでしょ?百五十年も帰ってこなかった罰よ。とフレアがあの世から高笑いしてる幻聴まで聴こえてきた。

「船酔いは大丈夫かいリオン?」

「うん、降りたら治まったみたい。でも、海ってなんだかラスみたいだ。」

「え?」

「本で読んだけど、海って深く潜っていくほど人を惹きつける何かがあるんだって。海は初めてだけど、ラスみたいで好き。」

リオンが心底愛おしいという顔で海を見る。その姿が、ラスの目には在りし日の幸せな記憶と重なった。

『ラス、お前はまるでこの海のようだな。』

『瞳の色もそうだが、奥深く潜っていくほどに人を惹きつける何かがある。』

『最も……、私もその海に惹かれたのだが。』

彼女もそう言って、海を見て心底愛おしいといった顔をしていたものだから。海ではなく俺を見てほしい、と彼女を後ろから抱き締めたものだ。海に妬いてどうするんだと笑われて。

今、目の前にいるのは彼女じゃない。それでも、昔の記憶と重なって見えて。ラスはたまらなくなって、海を見つめるリオンを後ろから抱き締めた。

「?どうしたの?ラス。」

腕の中で見上げるリオンに、あんまり近づきすぎると波に拐われるよ、と誤魔化した。リオンは、そんなにおっちょこちょいじゃない、と拗ねるも、ラスが何かを誤魔化したことは気付いていた。

「リオン、行きたい場所があるんだ。ついてきて。」

「?うん。」

ラスはリオンの手を引いて砂浜を歩き始めた。リオンは砂に足をとられながらも、ラスのあとをついていく。

途中でラスが花を幾つか摘んで、たどり着いたのは島の岬。最も海が見渡せる場所に、2本の古びた湾曲刀がバツ印を描くように刺さっていた。

「良かった、まだあった。」

定期的に手入れしてくれてるのかな、とラスが跪き、摘んできた花を湾曲刀の前に置く。

「ラ、ス…。これ、まさか。」

それはまるで、墓標のようで。

「…そう。僕の最愛の女性、キカの墓…のようなものかな。」

最愛の女性。その言葉を聞いた途端、リオンの胸はズキッと痛んだ。分かっていたけど、やっぱりツラい。胸がズキズキと痛むリオンはラスの隣に立って、湾曲刀を見つめる。

「リオン、君をここに連れて来た理由はね。…ようやく、君に話す決心がついたんだ。僕…、俺とキカのことを。」

「!?」

ラスが一人称を俺と言い直したことに、リオンは驚いた。普段、ラスは本性で話すことはない。

「君を伴侶にする上で、話さなければいけないと思っていた。…聞いてくれるかい?リオン。」

「っ、うん…。」

本当は、今すぐここから逃げ出したい。でも、ラスの心を知る機会は今だけ。伴侶として、前に進めない。ここで逃げてはリオン・マクドールの名折れだ。

痛む胸を押さえ、リオンは震えながらコクンと頷く。湾曲刀の前に二人並んで座って、ラスが過去を話し始めた。

赤子の頃に海に流され、流れ着いたラズリルで小間使いとして働きながら育ったラス。顔と頭の回転が良く、街の人からは可愛がられてきた。初経験は十四歳の頃、フィンガーフート伯がとあるパーティーで息子のために呼んた娼婦。本人が逃げたから顔がいいラスに目を付けて差し出された。

それから騎士団に入って、ラスは自分の魅力に気付く。顔が良くて背が高くて優しいラスが美少年や女性を見つめれば、簡単に落ちる。そのことに気付いてからは手当たり次第食い散らかしていた。騎士団の仲間のポーラ、ケネス、タル、ジュエルも呆れるほどに。彼らに手を出さなかっただけ良しとしてほしい。

ただ、誰とも本気になることはなくて、心が冷えていくばかり。やがて人の嘘を見抜くようになり、それを利用して自分に有利に立ち回る術を得た。エレノアから〝残酷なまでに優しいが残酷なまでに狡猾な男〟と呼ばれたのはこれが理由だ。

いずれは領主となるはずのスノウを騎士として影から支えるつもりだったから、己の顔も利用出来る物は全て利用した。スノウが気になっていた女性の本質を自分の顔で図ることもしていた。

 

そんな時だ。十九歳のある日、海賊キカに出会ったのは。

キカの潔さ、凛とした勇ましい姿に、ラスが生まれて初めて魅せられ、心を焦がした。ああ、恋に落ちるとはこのことかと。

 

団長から罰の紋章を継承し、スノウに裏切られ汚名を着せられ流刑となり、フレアに拾われ、クールークの侵攻から王と共にオベル王国から逃げ出した時にキカの船が現れ再会する。その時、これからどうするかという事より、ラスはキカに会えた喜びの方が大きかった。

同じ双剣使いの、隼の紋章を宿した女性。二人の双剣攻撃で敵を葬っていく。彼女は他の人と違って、ラスを見ただけて簡単に落ちる人ではなかった。それもまたラスの心をますます焦がす。その頃には他を抱く気になれなくて、どんなに誘われても断っていた。騎士団時代を知るポーラとジュエルが熱でもあるのかと心配し、問い詰められてキカのことを話したら、ジュエルが応援する!と鼻息荒くしていたり。

やがて船長になり、仲間が集まっても双剣使いはラスとキカの二人だけ。自然と会話が増える。キカはいつも甲板にいて海を眺めていて、その姿がすごく綺麗だったのを、今でも覚えている。

それからテッドが仲間になり、いよいよオベル王国を取り戻すことになった。戦いの前日に、ラスはキカに想いを告白した。

『キカさん、僕……、俺は、あなたが好きだ。俺と、恋人になってほしい。』

俺、と言い直して、キカもラスの本心からの言葉だと気付いたようだ。

『…お前も物好きだな。私より若い女など沢山いるだろうに。手当たり次第食い散らかしていたのではなかったのか?』

『それは騎士団の頃の話。あなたに会った日からずっと恋い焦がれて、誰にも手を出してない。こんなこと、俺も初めてだ。』

『そうか……。お前、ブランドの記憶を見たのだろう。…私はお前をエドガーの代わりとして見るぞ。それでもいいのか?』

彼女もまた、亡くなった恋人に心を捧げていた。彼女の恋人だったエドガーが、罰の紋章の力によって亡くなっていたのは知っていた。彼の親友だったブランドの記憶を見ていたから。だから、代わりでも彼女の側にいられるなら良かった。

『それでも構わない。あなたの側にいられるなら。』

『…いいだろう。お前の恋人になってやる。だが、私より先に死ぬことは許さん。その紋章の力で死ぬこともだぞ。いいな?』

『…分かった、使わないように努力しよう。』

それから二人が恋人となったことは船内の周知の事実となった。キカへのプレゼントをラインバッハとチープーに相談して、人魚達にブレスレットを作ってもらって贈ったり、戦争中とは思えないほど幸せだった。

だが、最後の戦いでラスは罰の紋章の力で意識を失い、体が動かなくなった。周りは死んだと思ったらしく、ラスを小舟で海に流した。目が覚めたら小舟の上で驚いたらしい。小舟の周りには仲間の人魚達が泳いでいて。ラスが生きてると信じて付き添ってくれていたのだ。人魚達が王に知らせて、ラスをオベル王国に連れて来てくれた。

すぐにでも、キカのいる海賊島へ行きたかった。先に死ぬことは許さないと彼女と約束した。生きていることを、直接伝えたい。

だか、ラスは紋章の力を使った後遺症で体が思うように動かなくなっていた。安静にする必要があると医者に言われ、ニ年間オベル王国で静養するしかなかった。リノとフレアと血の繋がった家族だと判明したのはこの頃だ。

ようやく体がまともに動くようになってオベル王国の哨戒に出ていたら、紋章砲という兵器を巡る争いでキカと再会して。キカはラスを見るなり、剣を落として、その場でラスに抱きついた。

『生きて、いたのか。よかった……。』

キカは、恋人を再び失ったのではないか、代わりなどと言わなければよかったと、ニ年間ずっと思い詰めていたのだ。肩に顔を埋めてラスの服を涙で濡らすキカに、やっと本当に両思いになったのだと、ラスは彼女の身体をきつく抱き締めたのだった。

それからは、二年間共にいなかった分を埋めるように一緒にいた。ラスの魅力に当てられたキリルが嫉妬の眼差しを向けるほどに。ラスがキカにプロポーズしたのもその頃だった。

『キカ。この戦いが終わったら、俺と結婚してほしい。』

『…クレイ商会に関わり紋章砲を持った海賊を一掃して、それから婿入りするなら構わないぞ。私は海賊の生き方を捨てられない。』

『分かった。君の一生のパートナーになれるなら、婿入りでも何でもするよ。』

『…リノ王が悲しむのでは?』

『跡継ぎにはフレアがいるし。問題は無いよ。』

『…本当に、私が惚れる男は頑固者ばかりだな。』

『ははは、惚れ直してくれたかな?』

『最高値を更新中だ、馬鹿者。』

キカの赤面した顔が、ラスにとって本当に嬉しかった。

やがて紋章砲の争いが終わって、ラスとキカと、キカの配下と共に、紋章砲を持った海賊の討伐を始めた。

ラスは、キカを幸せにしたかった。キカは一度恋人を亡くして、自分より先に死なれるのを恐れていた。償いの期間が終わった罰の紋章が魂を削ることは無くなったから、ラスが先に死ぬことは無い。不老のラスとキカでは生きる時間が違う。それでも良かった。キカが老衰で亡くなるまでずっと一緒にいられるなら。

しかし、その望みは断たれてしまう。

海賊もいよいよ最後になって、ラスとキカはその討伐に向かった。さすがに元クレイ商会直属の海賊だけあって、苦戦を強いられる。

あと少しで勝てる、その時だった。味方の矢に撃たれて瀕死だった敵の海賊が、最後の力を振り絞って剣を手にラスに襲いかかる。だが、その剣はラスには届かなかった。ラスを庇ったキカの腹を、貫いていたのだ。

 

 

 

これを語るラスは苦しそうに、己の右手を強い力で握り締める。こんなに苦しそうな、悲痛な表情のラスを見るのは初めてで。リオンはラスの膝の上に置かれていた左手に、自分の両手をそっと重ねた。

 

 

 

ラスがその海賊の首を斬って息の根を止め、倒れるキカの体を抱きかかえて、その場に崩れた。キカは震える手でラスの頬に触れて、ラスはその手を握り締めて何度も叫ぶ。

『キカ!キカ!どうして俺を!!』

『……はは、そんなの、決まっている。私は、私の愛する、男を、守った……、ただ………それだけ………』

『そんな、キカ!!やっと、やっと君を幸せにできるのに!!君がいなければ、俺は…!』

『……ラス…、私の、最後の…、頼みだ…、……生きろ…!』

『!!?』

『何十年でも……、何百年でも…………、生きろ、ラス……っ!』

『キカ、』

『私、は………お前と、出会えて……、お前と……、共にいられて……、幸せ………だったぞ………、………ラ……ス……』

『キカ……?キカ!!そんな……!目を開けてくれ!!キカ!!キカぁぁぁぁぁッッ!!!』

ラスはキカの体を抱き締めて、何度もキカの名を呼ぶ。けれど、キカが目を覚ますことはなかった。その絶望は図り知れず、使うまいと決めていた罰の紋章の力を解放して敵の海賊を全て消し去り、冷たくなっていくキカの体を抱き締めながら、生まれて初めて涙が枯れるまで、喉が潰れるまで悲痛な声を上げながら泣き叫んだ。日頃から二人の仲睦まじい姿を見ていたキカの部下も、涙を流しながらラスの悲痛な姿を眺めることしか出来なかったのだった。

常日頃から海賊として海で散ることを望んだ彼女は、一人の愛する男を守って亡くなった。その遺体は海賊の流儀に則り、海へ沈んでいく。ラスの手に、湾曲刀を残して。

二人でよく行っていた無人島の、一番海が綺麗に見える岬に湾曲刀を刺した。この群島はキカとの思い出が多すぎて、どこに行っても思い出してしまう。だから、ラスは群島を出た。最期にフレアとフルネームを名乗る約束をして、二度と戻るつもりの無い旅へ。

 

 

ラスは握り締めていた右手で頭を押さえる。過去を嘆くラスの姿は、普段の姿からは想像もつかないほど弱々しいものだった。

「キカが死んでから、ずっと悔やんできた。あの時俺がキカを守っていれば、キカは死なずにすんだんじゃないかと……。」

「ラス….。」

「キカのあとを追って、俺も死にたかった。けれど俺の魂は罰の紋章に寄生されているから一緒の場所には行けない上に、こいつは俺が死ねばまた宿主の魂を喰らう寄生を繰り返すようになる。それは彼女の望むことじゃない。

何より、キカは俺に『生きろ』と言ったんだ。…これほど残酷な言葉はない。初めて、己の紋章を恨んだよ。俺は、キカの側にいたかったのに…!!」

声を荒げて自分の思いを語るラス。そのラスの左頬に、リオンはそっと右手で触れた。

触れた指先には、一滴の涙。

「っ!?」

自分が涙を流していたことに、ラスは驚きを隠せなかった。

「………涙なんて、もう流すことはないと思っていたのに……。」

「ラス……」

「リオン…、君とあの森で約束してから、君だけを愛そうと思った。これほど強く惹かれる君を愛して、もしかしたら、キカを忘れられるんじゃないかと。でも、駄目だった。俺はキカを忘れることはできない。君のことは愛しているけれど、それ以上に、キカを愛してる。」

こんな男が君の伴侶になりたいだなんて、笑わせるだろう?今ならまだ俺を見限っても構わないよ、と告げると、リオンはふるふると頭を横に振る。ラスの正面に回り込んで、慰めるようにラスの右頬に優しく口付けるリオン。その行動に驚いたラスは、右手でリオンの左頬に触れた。

「リオン………君は、こんな俺を知っても、愛してくれるというのか?」

「うん。だって、私最初に言ったから。」

リオンは膝立ちになり、ラスの頭を包みこむように抱き締めた。

「二番目でも、三番目でも、欠片でもいいから私を好きでいてくれればいいって。」

「リオン……」

「だから、ラスがキカさんを今でも愛していても構わない。私がラスを一番に愛してるのは変わらない。私はラスの側にずっと一緒にいるって決めたから。伴侶って、そういうことでしょう?」

「リオン………っ、」

「ラスが私に誓ってくれたように、今度は私も誓う。私はラスの味方でいるし、ずっと側にいる。私が自分の信念を貫くこと、知らないなんて言わせない。」

「ふふ、そうだね。君はそういう人だったね。…ありがとう、リオン……。」

ラスはリオンの胸に顔を埋めて、その背に腕を回してきつく抱き締める。リオンの自分に対する包みこむような優しい愛情が嬉しくて、涙が止まらなかった。

リオンもまた、ラスを慰めるようにその頭を優しく撫でながら涙を流す。

やっと、ラスの悲しみを、本心を、知ることができた。今まで折れそうになった私を沢山慰めて、守ってくれた。そのラスの心を、これからは私が守る。

テッド。お前は私に紋章を託したこと後悔してるかもしれない。でも、私にとってはラスと生きる力になったんだ。厄介な紋章だけど、こいつを託してくれてありがとう。テッドの分まで生きてラスを幸せにするから、見ていてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

気がつくと、空は茜色に染まっていて、日が沈みかけていた。迎えの船が来る頃だ。

久しぶりに泣いてどこかすっきりしたような表情をしたラスが顔を上げて、そろそろ行こうかと言うと、リオンはお礼言いたいからラスは浜辺で待っててと告げる。向こうの浜辺にいるから終わったらおいで、とラスは岬から離れて浜辺に向かった。

リオンはラスの姿を見送った後、湾曲刀の前に跪く。

「キカさん。ラスに生きろと言ってくれてありがとう。もしキカさんの言葉が無かったら、私はラスと出会えなかった。……また、来ます。ラスと一緒に。」

立ち上がって、くるりと振り返って浜辺に向かう。リオンに返事をするかのように、静かな波の音が岬に響いていた。

 

 

 

浜辺に戻ったリオンは、砂浜に佇むラスの姿に、思わず見とれてしまった。夕日で真っ赤に染まった空と海がラスを照らしていて、彼の服の色と重なって、そこだけ幻想的な空間に見える。この広大な海を制した海皇ラスという存在が、そこにいた。ラスを遠くに感じたリオンは、不安になってラスの名を呼ぶ。

「ラスっ。」

「リオン、もういいのかい?」

「うん。」

よかった、私の知ってるラスだ。リオンは安心して、ホッと息を吐く。迎えの船はまだ来ていないようだ。

ラスがおいで、と手招きして、リオンが近寄る。すると、ラスは懐から小さな箱を取り出して、リオンの前に差し出し箱を開いた。中には、黒い真珠の一対のピアス。

これはどうしたのか、とリオンがラスを見上げると、ラスがはにかんだように微笑んで。何その顔初めて見た、とリオンが胸をキュンキュンさせていると。

「伴侶にするのが結婚と同じなら、指輪かなと思ったんだけれど。君は棍を扱うし、手袋するなら邪魔になるから、ピアスかなって。」

「えっ…、」

伴侶、結婚、つまりこれは。

「指輪の代わりに、これをお互いの耳に付けるのはどうだろうか?」

「っ!?」

そういえば、確か館を出る前に領主から何か受け取っていた。許可証を受け取っただけって言ってたのに。何てことだ。こんなものを用意していて、見限ってもいいなんて言ったのか。どこまでも、優しい人。リオンは嬉しくて、また涙が出てきた。今日は泣いてばかりだ。

「うんっ、うんっ。付ける。大事に、する。」

「良かった。それじゃあ開けるから、じっとしていて。」

ラスが黒真珠のピアスの片割れを取り出して、リオンの右耳に触れる。左じゃないのかと聞くと、男性同士なら右らしいと教えてくれた。リオンは今までピアスを開けたことがないから、少し怖くて、震える。

「力、抜いて。」

「っ、」

耳元にラスの吐息がかかって、リオンは情事を思い出し顔を真っ赤にしてしまう。腹の奥が、疼く。

プツッとピアスを耳たぶに貫通する音がして。少しの痛みと、じわじわと血が滲む感覚がする。

ミドルポートに戻ったら消毒するから、ひとまずこれで、と耳たぶについた血を舐められた。

「ひゃっ、」

感じてしまったような声を出してしまったのは仕方ない。

「…したくなった?」

「っ、ばかぁ。耳弱いの、知ってるくせに。」

「ははは、ごめんごめん。」

今度は俺にも付けて、とラスがリオンにピアスの片割れを渡す。ラスに屈んでもらって、同じようにピアスを通して。仕返しのつもりで、ラスの耳に伝う血をペロッと舐める。

「っ、こら。」

「お返し。」

「やったな?」

「やっ、ちょ、」

ラスがリオンを抱えて、砂浜の上に押し倒した。ここじゃやだ、迎えが来る、とリオンがもがくと、大丈夫、戻ってからしようとラスが言って。またボンッと顔を真っ赤にしてしまう。

そのままラスがリオンの右手に自分の左手の指を絡ませて握りしめる。向かい合っているから、吐息が近い。

「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、リオン・マクドールを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことをここに誓おう。」

「っ!?」

リオンの右手とラスの左手、紋章を宿した手を繋いで紡ぐ永遠を誓う言葉に、またリオンが涙を溢して。ラスの前では涙を抑えられない。

「ら、す。ラスっ、ラス、私も、」

「うん。大丈夫、ゆっくりでいいから。」

空いている左手で涙を拭って、息を正し、ラスを真っ直ぐ見つめるリオン。

「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、ラス・ジュノ・クルデスを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓います。」

誓いの言葉を終えて、ラスがリオンの背に腕を回して身体を起こして。右手と左手の指は絡めたまま、お互いに顔を寄せて、唇に口付ける。二人だけの、誓いのキス。

名残惜しそうに、ゆっくり離れていく。触れるだけの口付けが物足りなくて、リオンがラスの上着を左手で引っ張ると、

「戻ってからね。」

「ん。」

そう言って額にチュッと軽く口付けしてくれた。思えば、出会ったあの日もラスが額にしてくれたっけ。あの頃から随分時間が経ってしまったけれど。ラスの本心を知れて、伴侶になれて良かった。

ラスも同じことを思い出して。あの小さかった子にここまで惹かれるようになるなんて。永く生きてみるものだ。これから先も一緒に生きていける伴侶と巡りあえて、良かった。

やがて、波を掻き分ける船の音が聴こえてきて。二人はミドルポートへ戻っていったのだった。

 

 

 

 

「ジャァスティイィイス!!」

「アップルー!?」

時は進んで、三年後の同盟軍本拠地、ムツゴロウ城。ヒエンが連れてきたラスとリオンと再会したアップルは、昔は無かったリオンのピアスに気付き、お聞きしたいことがありますとテラスに引っ張ってきたのだ。そこには、司書のエミリアと、懐かしいジーンがいて。

リオンが黒真珠の方は結婚指輪の代わり、と言うと。前述のように叫び鼻血を吹き出し、弓なりに仰け反ったままジョジ○立ちで静止した。体幹どうなってるんだアップル。少なくとも昔はこんな反応しなかったのにとリオンが戸惑っていると。

「アップルさんなら大丈夫ですリオンさん。さささ、続けて続けて。」

「は、はあ…」

「それで?左の方が違うのはどうしてなのかしら、リーダーさん?」

「えっと…」

ミドルポートからオベル王国に行って、そこでも手厚い歓迎を受けて。しばらくして、たまたま露天で見つけたピアスに目を引かれた。ラスの瞳と同じ色合いで、光の反射でかすかに橙色が見える不思議なサファイア。隣にはリオンの瞳と同じような朱色のルビーも並んでいて。まるで僕達のようだねってラスが言って、同じことを考えていたリオンは二つとも購入した。私がサファイア、ラスがルビーを左に付けるのはどうだろう?と提案すると、いいね、とラスが嬉しそうに頷いて。余った片側は一つの箱にしまって、グレッグミンスターのリオンの部屋に置いてきた。

グハッ、とエミリアが心臓を押さえる。

「だ、大丈夫か?」

「も、問題ありません。ああ、尊い、尊すぎる…。」

「気にしないであげて。彼女達の発作みたいなものよ、リーダーさん。」

「…もうリーダーじゃないから、その呼び方はやめてくれ。」

「あら、ごめんなさい。昔の知り合いに同じ名前の子がいるから。じゃあ、坊っちゃん。」

「…まあ、それでいい。」

フゥ、とため息をついて、お茶を啜るリオン。リオンが引っ張られたと同時に、ラスの強さを知る熊とシーナに訓練所に連れていかれたラスは、元マチルダ騎士やら腕の立つものに手合わせを申し込まれ、数が増えて百人組み手をやっている状況らしい。カッコいいラスを見たいから早く訓練所に行きたいとソワソワしていると。

「もう行って大丈夫よ坊っちゃん。この二人は私が見ているから。あなたは早く旦那様のところにお行きなさい。」

「…何で旦那呼びしてるの知ってるんだ?」

「ふふふ、結婚して、ポジション的にそうじゃないかと思って。」

「どうしてポジションまで、」

いや待て。そもそもこの魅惑の紋章師ジーンは昔から何でもお見通しだった。リオンはガックリと肩を落としつつも、お言葉に甘えて、と椅子から立ち上がる。

「旦那様によろしくね。私基本お店にいるって伝えておいて。」

「分かった。きっとラスも驚くと思う。」

「ふふふ、楽しみにしてるわ。」

萌え悶えてるアップルとエミリアは置いておいて、リオンが訓練所に向かう姿に手を振るジーン。

 

近しい人間の魂を食らうソウルイーターと、宿主の命を食らう罰の紋章。ソウルイーターの厄介な性質に干渉されないのは覇王の紋章を除けば、宿主の魂に寄生する罰の紋章ぐらいだ。お互いに紋章のせいでツラい経験をした二人が本当の意味で結ばれて、ジーンは喜んでいた。

「幸せそうで、良かったわ。」

 

 

 

 

 

 

リオンが訓練所に到着すると、百人組み手を終えたラスが汗一つかかずに立っていて。リオンに気づいて振り返って手を振ってくれる。

来るのが遅かったと落ち込む間もなく、その顔の良さにまたリオンはキュンッとときめくのだった。

 

 

私の旦那は、伴侶は、世界一顔がいい。

 

 

 

 

 

終わり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけの会話

 

 

 

「師匠すごかったぜー。スマ○ラみたいに一振りで十人以上飛んでった。」

「良かったな木刀で。真剣だったら確実に首飛んでたぞ。」

「ヒェッ。」

「シーナは木刀が壊れる度に僕に新しいの渡す役目してたよ。」

「アシスタントか。というか貴様ばかりラスのカッコいいところを見てずるいぞ。」

「やめてリオン首締まる持ち上げないでー。」

「まあまあ。シーナが木刀を投げてくれるタイミングがピッタリでね。助かったよ。」

「そりゃあ師匠の動作ずっと見てるしー!」

「よし、〆る。」

「理不尽っ!」

 

百人組み手は伝説になった。

 

 

 

終わり。


 
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