「“支配の紋章”の力はやがて俺の心も…。だから時間がないんだ。リオン、一生のお願いだ…、俺がこれからすることを許してほしい…。って、ん?」
ふとリオンの記憶を覗くと、見覚えのあるかつての船長が見えた。しかも、リオンと恋仲になってる。
やっぱり、グレミオさんが言ってたリオンの憧れの人ってあいつか!!
「まじかー…。まじかよー…。」
「テッド?えっ、テッド?」
「そんなことってある?いくら親友とはいえよ?“同じ人好きになる”とかそんなことある!?」
「…は?え、何、テッド、知り合いとは聞いてたけど、まさかラスのこと、えっ?えええ?」
頭抱えるよ、そりゃそうだよ。好きだったやつが親友と恋仲とか。もう、開き直るしかないよな。
「そうだよ、ああそうだよ!寄生して宿主の命を奪う厄介な紋章の呪いに真っ向から立ち向かって、そんなあいつがキラキラ眩しくて!惚れてたよ!」
「はあ!?」
「でもあいつ当時めっちゃラブラブな恋人いたもん!美人の!キカって人!!ソウルイーターの呪いもあったし、心にしまいこんだよ!!その後に好きなやつも出来たよ!!でもまさか数十年後に抱かれるとか誰が予想出来たよ!!しかも二回!!」
「……は?」
「あーくっそマジかお前あいつと、」
「待てテッド抱かれたってどういうことだ詳しく。」
あ。あいつこれ言ってなかったな?ただ知り合いとしか言ってないな?チクショー狡猾なやつ!!でも、これだけは言っておこう。
「あいつに想いを告げたことは無いし、身体は許しても心は許さなかった。心を許したのは、お前だけだぞリオン。俺の親友!だから、許せよ!」
「許さん。」
「いや許せよ!?システム的に許す流れだろ!?」
「知ったことか。ラスに後で問い質す。」
「お前よく美少年キラーなあいつに本気になったな?ていうか、お前あいつの顔殴れるか?」
「無理。顔がいい。」
「だよな。俺も無理だわ顔がいいもん。」
「あっ、でもこないだ最中に顔引っ掻いて傷つけたことはあった。」
「生々しい話やめい!時間無いっつってんだろ!」
「ラスのこと聞いてきたのテッドだろ。それよりソウルイーターの呪いって、」
「…あばよ!!」
「テッド!!」
うん、一生のお願いだ。許せよ親友!
俺の分まで生きて、あいつと幸せになれ!
それとラス、今見た限りではリオンのことめちゃめちゃ大事にしてるのは分かった。あの厄介な紋章の呪いに真っ向から立ち向かって、打ち勝ったお前ならリオンを託せる。
頼んだぜ、船長!
『ソウルイーター、俺はおまえと三百年もの間一緒だった。おまえのことは良く知っているぞ、その呪いの意味も、その悪しき意志も、おまえは、あの日……俺がふるさとを失った日だ。あの日、俺の知っている者全ての魂を盗みとった。三百年の長き旅の間、多くの国で戦乱を引き起こし、魂をかすめた。
そして、オデッサという女性の魂も!リオンの父親の魂も!グレミオさんの魂も!すべておまえが盗んだ!!おまえはその主人の最も近しい者の魂を盗み力を増していく!』
テッドが語ったソウルイーターの呪いに衝撃を受ける。
嘘であってほしい。でも、テッドは会ったこともないはずのオデッサのことも語った。さっきのやり取りで、記憶を見たのか。だとしたら、父さんも、グレミオも、
『さあ、ソウルイーター!かつての主人として命じる!今度は俺の魂を盗みとるがいい!』
待て、テッド!テッド!
『そうだ………それでいい……、自分の……自由にならない命なら……俺は…そんなものは…いらない。三百年もの…あいだ……おまえが……引き延ばしてきた……命をかえすぞ……ソウルイーター……。リオン……俺の分まで生きて………あいつのこと……頼むぞ……親友……』
私の親友、テッド。
テッドの魂を奪って、ソウルイーターのレベルが上がった。
自由にならないとはいえ、テッドがソウルイーターに自分の命を喰わせた。
近しい者の命を奪うソウルイーター。
私に今最も近しい者、最愛の恋人、ラス。
ラスの命も、奪ってしまうのか?私が?
竜騎士の砦から帰ってきて早々、カシム・ハジルに捕まったビクトールと北の富豪ウォーレンを助けるために兵の訓練をすることになった。明日の訓練のために休もうとした所を、部屋に入る前にマッシュに呼び止められ、スパイについて話し、訓練の指揮をマッシュに託す。どうやらマッシュはラスも疑っているようだ。それなら、
「お帰り、リオン。」
「…うん…。」
椅子に腰掛け、笑顔で出迎えてくれるラス。これから言おうとしている言葉を考えると、胸が痛む。
リオンの悲痛な表情に只事ではないと察知したラスがリオンに近づく。
「どうしたんだい、リオン。」
「…ラス。ラスは、帝国のスパイなのか?だから、私に近づいたのか?」
リオンの言葉にラスが目を見開くも、すぐに険呑な表情になり、リオンに目を合わせるように屈んだ。
「…リオン、何があった?」
ああ、駄目だ。ソウルイーターに狙われないように、ラスを引き離そうと思ったのに。この深い蒼の目に、全て見透かされてる。ラスが手を伸ばしてリオンの頬に触れると、その温かさに、シークの谷からずっと我慢していた涙が溢れてしまう。
「ら、す、ラス、」
「…さっき、君とマッシュが扉の前で話してたのは聞いた。俺が疑われているのも仕方ない。」
でもね、と言葉を続ける。
「俺は、何があっても君の味方だ。それだけは揺るがない。この左手の紋章に賭けて誓おう。」
「もん、しょう、」
そうだ、確かあの闇の中でテッドが言ってた。ラスの紋章は、宿主の命を奪う。それに賭けて誓ってくれた言葉が嬉しくて、同時に先程の自分の言葉が申し訳なくて、大粒の涙がボロボロ溢れる。
「あ、あ、あ。ラス、ラス、ごめん、なさい。わたし、わたしっ、」
謝罪の言葉を口にするリオンを、ラスは優しく抱き締める。
「俺なら大丈夫。それよりも君だ、一体何があったんだ?」
もう、駄目だ。
「あ、あ、あ……、っ、うあああああっ!!」
テッドのこととか、ソウルイーターの呪いとか、心の中がぐちゃぐちゃになって。久しぶりに、声を出して泣いた。ラスの背中に腕をまわして、しがみついて、子供みたいにわんわん泣いて。立っていられなくなって、床にへたりこんでしまって。それでもラスは私を抱き締めたまま一緒にしゃがんで、背中をさすってくれた。
しばらく泣いていたリオンが落ち着いたのを見計って、ラスがリオンをお姫様抱っこして運び、ベッドに座らせた。
そうしてリオンの口から聞かされたのは、テッドの死。ウインディからソウルイーターとリオンを守るために、ソウルイーターに自分の魂を喰わせて死んだのだと。テッドから聞かされたソウルイーターの呪いに衝撃を受け、ソウルイーターに喰われるぐらいならとラスを引き離そうとしたと。
「…そうか、テッド……。」
「ごめん、なさい。ごめんなさい。私が、テッドの命を奪った。だから、いずれ、ラスも、」
不安に駆られたリオンの肩を慰めるように抱いて、ラスは大丈夫、と答えた。
「俺は真の紋章を宿してるから、ソウルイーターの対象にはならない。」
「ほん、と…?」
「真の紋章であろうとも、他の真の紋章の性質に干渉することは出来ないからね。」
「よかっ、た…。」
自分の最愛の人の命を奪う心配はないと知って安堵するリオンに、ラスは言葉を続ける。
「それに、テッドは君のせいで死んだんじゃない。」
「っ、でも、ソウルイーターはテッドの命を、」
「それはテッドがソウルイーターに命じたんだろう?テッド自身が選んだ自分の命の使い道だ。」
「テッドが、選んだ…。」
「そう。紋章に踊らされ続けたテッドが選んだんだ。君のせいじゃない。」
「っ、でも、」
オデッサの魂も、グレミオの魂も、父さんの魂も、全て盗んだとテッドは言っていた。尊敬するべきオデッサ、母のようなグレミオ、越えるべき父。それらの死が全てソウルイーターが引き起こしたというのなら、
「全てソウルイーターの、私のせいで、みんな死んでしまったんじゃ…。」
「……。」
フゥと長めのため息を吐いたラスはリオンの肩に回していた腕を外し、突如リオンの両肩をガシッと掴むと、真剣な表情でリオンと向き合う。
「いいかいリオン、よく思い出すんだ。オデッサは幼い子供を守るために、グレミオは君を守るために、テオ将軍は自分の信じるもののために命を懸けたんだろう?」
「っ!?」
そうだ。オデッサは幼い子供を守るために、グレミオは私を守るために、父は自分の信じる皇帝陛下のために命を懸けた。
「それとも、彼等は紋章に踊らされて命を落とすような人達だったのか?」
「なっ!?」
違う。
オデッサは確固たる信念の元に解放軍のリーダーになった女性。
グレミオは母親代わりとしてリオンを守るという信念の元についてきてくれた。
父は皇帝陛下への忠義と信じるもののために、私と戦う道を選んだ武将。
そんな人達が、少なくとも、百戦百勝のテオ・マクドールと呼ばれた父が、紋章に踊らされてたまるか!
「違う!オデッサは幼い子供の命を守るために命をかけた!グレミオは私を守るために命をかけた!それに、父は、父は己の信念のために私と戦う道を選んだ!私を息子ではなく、一人の武将として対峙して、戦って…ッ!」
激昂したリオンは朱色の瞳で睨みつけて、ラスの上着を掴んで叫ぶ。
「父の信念を!強さを!彼等の決意を!侮辱するのはラスでも許さないッ!!」
「…俺がさっき言った言葉は、先程の君の言葉そのままの意味だよ。」
「え、」
「全てソウルイーターの、私のせいでみんな死んでしまった。君は先程そう言っただろう。」
「…っ、あ……。」
そうか。ソウルイーターの、私のせいにすることは、彼等の決意を、意志を、侮辱するのと同じ。私は、何てことを。
呆然としていると、ラスがリオンの肩から手を離して、今度は両頬を包み込むように優しく掴んだ。
「ソウルイーターは、人の死に便乗して魂を盗んでいるだけだ。だから、君のせいじゃない。」
「う、あ。」
「己を見失うな。顔を上げろ。君は百戦百勝のテオ・マクドールに勝った武将。そんな君が、ここで折れていいのかい?」
「っ!」
そうだ、私はテオ・マクドールを破った武将。親殺しとも言われようとも構わない。成長した私を見た父の安らかな顔こそが私の宝。あの時グレミオに誓った、自分の信じる道を貫くと。だから。
「ここで折れては、リオン・マクドールの名折れ。父の信念を、彼等の確固たる意思を、私は背負って、信じるもののために戦う。」
先程まで泣き腫らし濁っていた朱色の瞳に、炎が宿る。この朱色の炎が、人を、俺を惹き付ける。
「そう、それでいい。…酷いこと言ってごめんね。」
「ううん。ああでもしないと私は気づかなかったと思うから。…ありがとう、ラス。」
腕をまわして、ギュッとお互いを抱き締める。ラスがいてくれて良かった。
でも、やっぱり、テッドを助けられなかったのは悔しい。
「ねえラス、今日はラスの好きに抱いて。」
「うん?明日訓練だろう?」
「そうなんだけど、ひどくしてほしい。」
「内容もマッシュが指示するんだろう?シルバーバーグの軍師は無茶するからね。あまり明日に響かない方がいいよ。」
「…じゃあ、優しくして。」
「いいよ。」
「あ、それと。」
「ん?」
ラスの上着を引っ張って顔を見上げる。やっぱり顔がいい。けど聞かなきゃいけないことがある。
「テッドを二回抱いたってホント?」
ラスは目を見開いた。なるほど、ソウルイーターの闇の中でテッドから聞いたのか。
「ああ、うん。」
「詳しく、教えて。」
まずい、リオンの妬きもちスイッチが入ってしまった。抱いたと言ってもリオンが生まれる前なんだけど。
「何てこと無いよ、ただ偶然再会して…」
「テッドもラスが好きだったって言ってた。」
「彼から告白はされてないよ。」
「それでも気付いてた?」
「うん、まあ。でも当時応える気も無くて。向こうも応えてほしくなさそうだったし。それなら、少し味見してもいいかなって。」
「ラ~ス~?」
うん、とりあえず。
「んむっ!ん、んぅ~、んッ、ふ、ぁ」
可愛い口を塞いで、優しくしてあげないとね。
『なぁにが真の紋章持ちは狙われない、だよ。』
紋章を通じて、ソウルイーターに喰われたはずのテッドが夢の中で話しかけてきた。夢の中だからか、ふよふよ浮いて目の前にいる。
『やあテッド、久しぶりだね。』
ニッコリ笑ってそう返すと、テッドはポッと頬を赤く染めた。昔からそんな態度取るから分かりやすかったんだけどね。
『あーもうやっぱり顔がいい…。』
『そうかい?ありがとう。』
『ありがとう、じゃねーわ。好きだったやつと親友のイチャイチャ見せつけられた俺の身にもなれよ。』
『今は魂だろう?』
『揚げ足取んな!』
まさかテッドとこんなやり取りが出来るとは思わなかった。昔のテッドは口を開けば関わるな、でロクに近寄らなかった。心を許したリオンのおかげかな。
『リオンは可愛いね。』
『顔だけはな。怒ると怖いんだぞあいつ。どこにそんな力あるんだってぐらいボッコボコにするんだぞ。妬きもち妬かれたろお前。』
『うん、そんなところも可愛いよ。』
『ノロケかよ。』
うげっという顔を見せるテッド。ここまで普通の少年のように表情豊かなのは初めて見るな。何しろ、
『テッドのいろんな表情は抱いた時にしか見てないから新鮮だね。』
『忘れろ!』
『残念ながらね、さっき問い詰められたおかげで鮮明に思い出したよ。』
テッドは過去二回抱いた時、唇への口付けだけは絶対にするなって突っぱねたっけ。でもまさか、
『処女だったとは思わなかったけど。』
『全部口に出てんだよ。』
『おや。』
『あーもう、俺の初恋と処女返せ。』
『それは無理だね。』
『くそ!こいつに親友託さなきゃいけない俺、不憫!』
オイオイと泣き真似するテッドが新鮮で、ついつい長話してしまう。
『でもよ、リオンを立ち直らせてくれてありがとな。ソウルイーターに喰われた魂の中でも、明確に意思があるのはこいつを宿してた俺だけだし、話しかけられないし。』
『どういたしまして。』
リオンは元々武将になるように育てられた子だから、ああ言えば奮い立たせることが出来ると考えたのだ。
『ところで、話は戻るけどよ。お前あんまり適当教えんなよ。』
『おや。適当だなんて。』
『真の紋章持ちでもソウルイーターの対象になるっつの。でもまあ、〝お前だけは絶対対象にならない〟みたいだからいいけどよ。』
ジーッとテッドがこちらの左手を見る。そうか、魂だけになったから気付いたか。
『厄介なことになってんなお前の魂。それ、いつからだ。』
『いつからも何も、百五十年前からだけど。』
『呪い、解けたんじゃなかったのか?』
『償いの期間が終わっただけだ。』
償いの期間が終わったのを意味するのは、力を使っても命を削らなくなっただけ。本質は変わらない。
『おい、それって。』
『〝宿主の魂を食らう性質は変わらない〟。僕が何らかの理由で死んだら即座に喰らうように、魂に絡み付いてるのさ。』
『なんてこった。』
それが罰の紋章の、宿主の魂を喰らう性質。まさに魂の寄生だ。だからソウルイーターはラスの魂を狩れない。同じ真の紋章の性質に干渉出来ないのだ。
『まあこれのおかげでリオンに会えたから、僕には役得かな。』
『それも不思議だ。お前キカさん以外本気にならないって言ってたのに。』
『二番目でもいいんだって。あれだけ純粋に真っ直ぐな感情向けられたら、無視出来なくなってね。気づいたら愛しくなってた。』
『そーれーもー見ーたー。』
『おや。』
『まったく。リオンのやつ悪い男に惚れやがって。』
『それは君もだろう?』
『そーうーでーすー。チクショーホント無駄に顔いいなお前。』
『ありがとう。』
『褒めてねーっての!』
まあとにかく、時間も限られてるから手短にとテッドが向き直る。
『リオンのこと、よろしくな。あいつを捨てたらお前を不能にする呪いかける。』
『それは怖いな。でも大丈夫だよ。』
ずっと側にいると誓ったから。これから先もずっと、リオンと生きていく決心は固めてある。
『それと、な、その…』
『ん?』
テッドが顔を赤くして、もじもじしてる。と思いきや勢いよく顔を上げて、グイッと胸ぐら掴んで引っ張って、ラスの唇に触れるだけの口付けをして。すぐ離れた。
『あーっ!やっちまった!いくら心残りとはいえ!』
耳まで真っ赤にして、顔を両手で覆ってしゃがんでしまった。もしかして、唇を許さなかったのはソウルイーターに魂を狙われないようにするためだったか。
『奪われちゃったな。』
『改めて言うな恥ずかしい!』
『あの頃は出来なかったから、舌も入れてあげるぐらいはしようか?』
『やめい!お前ホントにリオンだけにしろよマジで!!』
『奪ったのはテッドなのに。』
『もう言うな!!』
ドンっとラスを押し出す。そろそろ時間のようだ。
『じゃあな、ラス。お前のことは好きだったぜ。』
『知ってたよ。でも、ありがとう。』
『知ってたとか言うな!とにかく、リオンのこと頼んだからな!!』
『もちろん。伴侶にする予定だからね。』
ポカンとテッドの口が開いた。そう、この戦争が終わったらリオンを伴侶にする予定なのだ。もちろん言ったのはテッドが初めてだけど。
『そっ、か、そっか……、へへっ。良かったなぁ、リオン。』
嬉しそうに、テッドが笑って。
そこで俺の意識は目覚めたのだった。
終わり。
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シークの谷の親友の会話からその後。坊っちゃんが一番つらい時に支えてくれた4様の話。4←テド要素あります。
うちの親友は類友というか悪友
坊っちゃん→リオン
4様→ラス(声A)