とある昼下がり。ラスとリオンは二人で城の中にあるジーンの店を訪れていた。
ラスは額に雷鳴の紋章、右手に風の紋章を宿していて、今回は右手の紋章を別の紋章に変える相談をしにきたのだ。ジーンはラスの右手に触れて、あら珍しい、と呟いた。
「この人、元々風の紋章とあまり相性良くないのよ。」
「えっ、そうなの?」
ジーンによると、元々ラスは雷の紋章と相性が良いらしく、次に雷と合体技が出来る火と水、その次が土、最後に風となっているとか。それにしては癒しの風や眠りの風はあっさり使っていたけれど、とリオンが言うと、あの二つは初歩的な魔法だから、という理由らしい。最もラスは魔力も膨大なため相性の悪さをカバー出来るほどの魔法は撃てるのだが。
「今回変えようと思ったのはリーダーのためかしら?」
「ああ。」
「ふふふ、お熱いこと。」
あっさり肯定したラスに、照れてしまって顔を赤くするリオン。雷鳴の紋章と合わせるとなると、下位の風の紋章だとどうしても制限が出る。今まではそれでも良かったのだが、罰の紋章を使わずリオンを守るとなると一人で合体技くらいは使えた方が良いだろうと判断したのだ。
それなら、回復も出来るし、久しぶりにあなたの雷神も見たいから流水の方がオススメよ、とジーンが提案する。昔から頼りになる紋章師の意見にそれで頼むよとお願いした。
「でも不思議ね。あなた何故風の紋章を宿してたの?これ十年くらい宿してたでしょう。」
「ああ、それは子供に教えるためだよ。」
「あらまぁ、どこかの学園で教師でもしてたの?」
「いや、本当に僕の子。」
「……はっ?」
さらりとラスが発言した言葉にリオンが面食らった顔をした。
子供?いたの?ラスに?相手にしてたの、美少年と美青年だけじゃなかったの?
頭に疑問符を浮かべながらリオンが混乱する。一方ジーンが驚きながらも、あなたも失敗するのね、人間だったのねと感心していると、ラスは苦笑いを浮かべた。
「勘違いしているところ悪いけれど、どこぞの女に種付けしたわけじゃないからね。」
「あらやだ、そこまで言ってないわ。」
「よ、良かった…。」
少なくとも女を相手にしたわけじゃないと分かって安堵する。
「リーダーも迂闊に信じちゃ駄目よ?あなたの彼氏色男なんだから。」
「リオンに嘘はつかないって約束してるからね。」
「ふふふ、お熱いわね。」
話を戻して、子供とはどういうことか訪ねると、十年前知り合いが引き取った子の父親代わりになったという。その子が風の紋章を身に宿していて、力の使い方を教えるためにラスも風の紋章を付けたと教えてくれた。
今は会えないから寂しいんじゃない?とジーンに聞かれて、今の方が間近で頑張ってる姿を見られるからね、と答えるラスにリオンは首を傾げた。少なくとも最近のラスの周りにそういう子はいなかったはず。
「その子は今いくつなの?」
「14歳。」
「あら、お年頃じゃない。反抗期真っ只中かしら?」
「いや。素直で賢い、可愛い子だよ。」
「……可愛い?」
ラスに可愛いと言われるのは恋人である自分だけだと自負していたのに。ふつふつと沸き上がる嫉妬心を隠しきれずにラスの上着の裾をぎゅっと握りしめると、ラスがリオンの腰に腕を回して引き寄せる。
「向こうは親としての親愛だけど、恋人として可愛いのは君だけだよ、リオン。」
「っ!」
色っぽい声色で耳元に囁けば、リオンはボンッと湯気が出るように真っ赤になってしまう。
はいはい、イチャイチャはよそでおやりなさいとジーンが言いながらラスの右手の紋章を変えようとした、その時。
「何してんの。」
怒気を含んだ声が聞こえて、振り向くと石板の番人ルックがいた。後ろにはシーナもいる。珍しい組み合わせだなとリオンが思っていると、ルックがツカツカと早歩きで近寄り、ラスの右手をガッと勢いよく掴んだ。珍しい人物の珍しい行動にラス以外の三人が目を丸くしていると、
「僕と一緒の紋章、何で変えるわけ!?父さん!」
「…はっ?」
「へっ?」
「あらまぁ。」
「ととととと父さん!?師匠が!?ルックの!?」
「…勝手にラスを師匠って呼ぶな。」
シーナは先日のフリック即落ち事件からラスを尊敬しており、せめて狙った獲物を落とす技を身に付けたくて勝手に師匠と呼ぶようになった。リオンは認めてないが。
そもそも何故シーナとルックがこの場所にいたのかというと、生粋の美少年であるルックが頬を赤らめるのが見たいと思ったシーナが、ラスがいるところに無理矢理引っ張ってきたのが理由で。丁度ジーンがラスの右手の紋章を変えようとしていたところを見たルックが激怒して先ほどの行動に出た。
「なんで!?どうしてさ!?そいつのためなの!?」
「ルック。」
「レックナート様の言い付けがあったから、僕ずっと父さんに話しかけるの我慢してたのに!」
「ルック。」
「……あっ。」
ルックがラスの右手を紋章球から無理矢理離して、右腕をポカポカ殴りながら怒りに任せてまくし立てると、ラスがルックの名をゆっくりと、強めに呼ぶ。
ラスの声色に、しまった、という顔をして、ルックは殴っていた手を止めて腕を下ろした。フゥ、とラスが長めのため息をつくと、ビクッと震える。
「…ご、ごめん、なさい…。」
謝った。あのルックが、謝った。シーナとリオンはルックのしおらしい様子に驚いている。それはそうだ。普段のルックといえば毒舌で生意気で、生前のグレミオに『レックナート様が厄介払いしたんだと思います』と言われるほどなのだ。
そのルックに対し、ラスは慣れた様子で目線を合わせるように屈んで、優しく微笑んだ。
「よし。」
一言だけ言って、ルックの頭をヨシヨシと撫でる。それはいつもの優しい撫で方ではなく、まるで父親が子供を撫でるように力強いものだった。
「痛いよ。」
「僕もルックとこうするのは久しぶりだからね。堪能させておくれ。」
「…変なの。」
と言いつつも、ラスに撫でてもらって嬉しいのか顔を綻ばせるルック。ルックの初めて見る表情に周りが固まっていると、
「彼があなたの子供だったのねぇ。どういう経緯で親子になったのか知りたいわ。」
仕事を中断されたジーンがふふふと笑った。その言葉にハッとしたシーナがラスに詰め寄る。
「師匠!どこで失敗したんすか!?」
「ラスは失敗してないし血は繋がってない。あと師匠って呼ぶな。」
「クゥー!師匠、俺は信じてたぜ!」
「手の平返しが早い。」
シーナとリオンのやり取りに、ルックがリオンに訝しげな視線を送る。
「…何であんたが知ってるわけ?」
「丁度さっきルックの話をしてたんだよ。」
「ふうん。」
「で、どうしてあなたがルックの父親になったのかしら?」
「ああ、それはね…」
十年前、たまたま魔術師の塔を訪れた日のこと。
目の前には四歳ほどの幼児がいた。
「…昔からいつの間にか枕元に立っていたことはあったけど、とうとう拐ってきたのか。」
「失礼な。この子は自分の意志で私の手を取ったんです。」
「こんなに小さい子が、自分で?」
幼児をよく観察すると、真の紋章の気配と、紋章と魂が複雑に絡み合っているのが見えた。つまりこの子は。
「ハルモニアか。」
「ええ。」
真の紋章を集めているハルモニア神聖国。紋章を手元に置くためにヒクサクが自分に忠実な複製を作っていると噂には聞いていたが、この子の魂は紋章と融合している。失敗作として幽閉されているところを哀れに思ったレックナートが会いに行き、その手を取ったのだとか。それにしてもこの幼さで真の紋章を宿すということは。
「この子、見えているんだね。」
「ええ。それで己の身を忌み嫌ってまして。」
幼い身に何て重すぎる業を背負っているのか。想像を絶するあの国の非道さに吐き気がする。
幼児に目線を合わせるように跪き、ニッコリと微笑んでこんにちは、と声をかけた。
「…だれ?」
「僕はラス。ラス・ジュノ・クルデス。不本意ながらこの人の知り合いだ。」
「私も不本意です。」
かつて導いた天魁星が美少年キラーだとは思いもしませんでした、とレックナートは語る。
「……てんかいせい。」
「君の名前は?」
「…ルック。」
天魁星の話も理解しているのか、と問うと、この子は後の時代の宿星に選ばれているのだとか。何という運命の皮肉。
「そうか、君は賢いんだね。」
大人でも理解が難しい宿星の話を理解するとは。優しくヨシヨシと頭を撫でてあげると、ルックはどうして撫でられてるか分からないというように首を傾げた。
するとレックナートが、いいことを思い付きました、とぽんと手を叩いた。
「ロクなことじゃない気がするんだけれど、何だい?」
「ラス、あなたこのルックの父親になって下さい。」
「…は?」
父親?この子の?
「あなたどうせ暇でしょう。美少年ばっかり食べてないで、子供を育てるぐらいしてみてはどうですか?」
「それなりに美青年も食べてるけど。いやそれこそ拾ってきた当人がすれば、」
いいじゃないか、と言いかけてやめた。このバランスの執行者、生活能力は皆無なのだ。きっとこの子はロクなもの食べられない。それに気になることが一つ。
「この子が選ばれている宿星は?」
「天間星です。」
テッドと同じか。紋章の呪いに縛られているのが同じ宿星とは本当に皮肉だ。
まだ幼すぎるせいか、真の風の紋章は封じられている。成長するまでは一般的な風の紋章を操ることになるのだとか。
ふと、ルックを持ち上げ抱っこしてみた。当人は目をぱちくりさせて驚いているが、嫌がっている様子はない。真の紋章を持っているのが分かるのか、どこか安堵しているように見える。
じっとルックの顔を見て、確信する。これは将来、美少年になる。
「いいよ、父親になっても。」
「何か今
「ルック、今日から僕が君のお父さんだよ。」
声をかけると、またルックはぱちくりと瞬きして、首を傾げた。
「…お、とう、さん?ほんき?」
「ああ。」
「にんぎょう、なのに?」
「君は僕とこうやって話をしてるだろう。それは人形には出来ないさ。血が繋がってない親子も珍しくない。」
少なくともこの人よりはいいと思うと告げると、失礼な、と返ってきた。この塔で生きるならある程度の生活水準は必要不可欠だ。この人を母にするより、自分が父となりいろいろ教えた方がいいだろう。
「それとも、僕が父親じゃ嫌かな?」
優しく微笑んで、じっと目を見つめる。普通の美少年の落とし方じゃダメかなと思っていると、ルックがもじもじと小さな指を弄り出した。
「や、じゃ、ない。」
「そうか、良かった。」
またヨシヨシと撫でると、どうしてこれするの?と聞いてきて、ルックがいい子だから誉めてるんだよと答えた。そうしたらまた照れたように指をもじもじ弄り出して。
「おとう、さん。」
「うん。」
「おとうさん。」
「そうそう。」
嬉しいのか、何度もお父さんと呼んだ。子供を持つのは初めてだけど、この子がお父さんと呼んでくれると心が温かくなるのが分かる。
「そうしていると本当の親子みたいですね。髪色も似てますし。」
「っ、れっくなーとさま、ほんと?」
「ええ。」
「それでルックが喜ぶなら僕も嬉しいな。とりあえず、風の紋章付けてくるよ。この子に力の使い方教えるならその方がいいだろう。」
「それならグレッグミンスターに行っては?ここから近いですよ。」
グレッグミンスター、確か継承戦争の真っ只中ではなかったか。でも、この子の食事も作りたいし、紋章屋と食材屋には行かなければ。
「ルック、僕はちょっと出かけてくるから、いい子で待っててね。」
「うん。」
まさかそのグレッグミンスターで、紋章屋の帰りに運命の出会いをするとは思わなかったけれど。
それから週に三回ほど魔術師の塔に通って、力の使い方や家事をルックに教えたのだ。だいぶ昔の小間使いの技術がこんなところで役に立つとは予想外だった。
「と、いうわけさ。」
真の紋章やハルモニアのことは伏せて、育児放棄された挙げ句に捨てられたところをレックナートに引き取られ、当人に頼まれたこと、あの塔にそのままにするには不安で父親代わりになったことを伝えた。
「お前、最初から人生ハードモードかよ。師匠に会えて良かったなぁ。」
「るっさい。てか父さんを師匠って呼ぶな。あんたに師匠なんて呼ばれたら父さんの美貌が損なう。」
「クゥー!毒舌キッツゥー!」
「…どうして、内緒にしていたの?」
ルックが仲間になったのは、城を拠点にしてすぐ。グレミオが生きていた頃だ。だいぶ時間が経過している。
「実は、リオンが解放軍のリーダーになったのを教えてくれたのはレックナートでね。それで釘を刺されたのさ。“ルックの宿星としての使命を全うするため、そして成長のために父親であることは伏せてくれ”ってね。」
まさかラスがリオンと結ばれるとは完全に予想外だったそうだ。ラスがリオンのところに来てすぐ、レックナートがルックの枕元に現れ、宿星としての使命を忘れないために、ラスに頼らず他人のフリをしなさいと言われたのだとか。
「それで、すっかり美少年に成長したその子をあなたが食べちゃった、なんてことは無いのかしら?」
ふふふと妖しく笑うジーンの言葉に、リオンは石化したようにビシッと固まった。何故ならルックは正統派美少年。リオンと再会する前ならば、あり得る。
リオンが不安な表情でラスを見上げると、ラスは困った顔をして、
「…言ってもいいかい?ルック?」
「駄目。絶対駄目。僕と父さんの秘密。」
「というわけだから、ごめんね。」
と謝った。駄目と言ったルックが僅かに頬を赤らめ、プイッと顔を反らす。それだけでも理解するには十分で。キャー!とシーナが叫ぶ。
「キャー!ルックまで!俺達には出来ないことをやってのけるゥ!そこに痺れるゥ!憧れるゥ!一生ついてく!」
「るっさい。父さんについてくんなヘタレ。」
「ひっど!」
「色男が彼氏だと大変ね、リーダーさん。」
「…うん…。」
「少なくとも、今はリオンだけなんだけどね。」
それは信じてもらえないかな?とリオンの腰を引き寄せ、至近距離のリオンの顔をじっと見つめる。ラスの真剣な眼差しにどんどん顔が赤くなって、たまらなくなって、
「抱いて!」
と言ってしまうのは仕方ない。顔がいい、声がいい。
そんな二人を間近で見て、ルックがわなわなと肩を震わせる。
「何で、あんたなんだ…。」
「ルック?」
「僕が話しかけるの我慢してたのに父さんとイチャイチャイチャイチャ、」
「ルック、」
「父さんも父さんだ!あいつのために僕と一緒の紋章変えようとして!いつもみたいに一回きりで終わると思ってたのに何で、」
「ルック。」
「っ!」
三回目に強めの口調でルックの名を呼ぶ。それにビクッと震えたルックは、キッとラスを睨んで。
「な、何さ、何さ何さ何さ!父さんなんか、父さんなんか、大ッッ嫌いッッ!!」
そう叫んでどこかへ転移してしまった。
「あなたの素直で可愛い息子さん、遅れてきた反抗期になっちゃったわね。」
「えっ、素直で可愛い?どこが?」
普段のルックの印象からは想像出来ない単語に困惑するシーナと、楽しそうなジーン。
一方、大嫌いと言われたラスはショックだったらしく、自分の顔を右手で覆って俯いてしまった。
「そうかぁ、これが反抗期か…。それなりに好かれてると思ってたんだけどなぁ。」
今までの行動は置いといて、少なくともルックにはいろいろ教えてきたし、甘やかしたり叱ったりしてきたつもりだったのに。
ラスが珍しく戸惑っていると、リオンがラスの服の袖をギュッと掴んだ。
「リオン?」
「…私もね、ああいう時期があったんだ。生前の父にいい人がいて、もう私に構ってくれなくなるのかなって、いらなくなるのかなって思って、口もきかなかったことがあった。でも、父は“私の息子はお前だけだ”って言ってくれて。それに、どんな道も祝福するって、私の幸せを、願ってるって…、」
父テオの最後の言葉を思い出して、だんだん声が小さくなる。ラスは今にも泣きそうなリオンの顔を胸に埋めるように、力強く抱き締めた。
つらいことを思い出させてごめんね。と言うと、大丈夫、と顔を上げる。
「…父が私を一人の息子として愛してくれたのも、私を1人の将として扱ってくれたのも、その父を越えられたのも、今の私には宝だから。だからね、ラス。親から子への想いって、言葉にしないと伝わらないこともあるんだよ。」
そう言ってリオンは両手を伸ばしてラスの頬に触れる。その温かさに、言葉に、愛しさがこみ上げる。
「参ったな、君には敵いそうもない。」
と、唇に触れるだけの口付けをして、腕を離した。
「行ってくる。」
「うん。」
そう言って、ラスは何処かへと転移したのだった。
トラン城最上階の屋根の上。そこには体育座りしながら湖を眺めるルックの姿が。
思わず大嫌いなんて言ってしまって、激しく後悔していた。
ラスが自分に紋章の使い方を教えるために下位の風の紋章を宿してくれていたのは知っていた。食べる意味も分からず一口食べてはいらないと突き返していた自分に根気よく料理を作ってくれたり、紋章の使い方も、効率のいい掃除の仕方も、風の紋章を使って洗濯物を乾かすコツも教えてくれた。
本当にもったいないくらい、かっこよくて優しい父。でも、新しい恋人が出来て、紋章もお揃いでなくなったら、捨てられてしまうのではと思った。父さんと呼べなくなる気がして、怖かった。
所詮自分は作られた人形なんだ、と悲観していると。
「やっぱりここだったね。」
「っ!?なん、で、」
「ルックは昔からレックナートに叱られると必ず塔の屋根の上でいじけていたから。」
「…いじけてない。」
「そっか。」
そう言ってルックの隣に座る。ラスの顔をまともに見れなくて、ルックはぷいっと反対を向いた。
「…何さ。話すことなんかないよ。あっち行って。」
大嫌いと言った手前気まずくて、つい突き放す言葉を言ってしまう。本当にラスがどこかに行ってしまったら嫌なのに。
ずっとそっぽ向いてると、ラスがルックの頭を力強く、ヨシヨシと撫でた。先ほどと同じ、父親が子供にするように。
「…痛いよ。」
「うん。」
「…痛いってば。」
「うん。」
「…何で?僕、いい子じゃないし、誉められるようなこともしてない。」
出会った時に聞いた撫でる理由。幼い子供の頃のことも、ちゃんと覚えてる。大嫌いなんて言ってしまったし、いい子じゃないのに。
「そんなことはないよ。ルックは解放軍に入ってから今日まで、誉められること沢山してきただろう。」
少なくとも、ルックの魔法はリオンの解放軍の手助けになっている。ルックが一目置かれていると、自分も誇らしい。それが父親というものだ。
「本当はもっと早く誉めてあげたかったんだけどね。君の成長のために他人のふりをしないといけないから、我慢してたんだ。でも、そのせいで寂しい思いをさせてごめんね。」
「…父さんのせいじゃないし、寂しくなんてない。」
ああ、また反対のことを言ってしまった。こんなこと今まで無かったのに。今度こそ嫌われるかなと思っていると、
「僕はね、君が父さんと呼んでくれなくて寂しかったよ。」
「っ!?」
意外な言葉が出てきて、ラスの手を振り払う勢いでバッと振り向いた。慈愛に満ちた、優しい父の眼差しに目頭が熱くなる。
「それとも、もう父さんとは呼んでくれないのかな?」
そう言って、困った顔をするものだから、
「違うッッ!!」
と叫んで、張りつめていた糸が切れたようにボロボロと涙が溢れてきた。
「ちが、ちがう。だって、父さん、あいつと、恋人になって、」
「うん。」
「それで、ずっと一緒にいるし、僕は、もう、いらないのかなって、」
「……。」
「さっきだって、紋章、変えようとして。僕のためにつけたやつ、外すって思って、」
「うん。」
「すてられ、るって。」
「ルック、」
「やだ、やだ、やだよ。僕、人形だけど、ほんとの子じゃないけど、でも、」
捨てないで、と言うルックを、ラスがきつく抱き締めた。嗚咽が止まらないルックの背中を優しく撫でる。
「ごめんね。不甲斐ない父親で。」
「と、さん、」
「この紋章を変えようとしたのはね、君が立派に紋章の力を使いこなしてるのを見たからなんだ。」
「え。」
強大すぎる力故に戦争には参加してないが、ラスは遠い場所で戦争の様子を見ていた。ルックが風の紋章の力を使って、敵を蹴散らし勝利する様を。味方からの歓声を耳にして、誇らしかった。
「自慢したかったよ。僕の子なんだから当然だって。」
「っ、」
「同時にね、子は親から巣立つものだから、もう教えることは無いと思ったんだ。教える必要が無ければつけている意味が無いと。でも、君には意味があったんだね。」
「うん。」
「けれどね、ルック。紋章を変えようとも、恋人が出来ようとも、君が僕の息子であることには変わりない。」
「っ!」
「ルック。君は世界に一人だけの、僕の息子だ。」
世界に1人だけの僕の息子。ラスの言葉を反芻したルックは、嬉しくて、また涙が溢れてきた。ズズッと鼻水をすすって顔を上げると、大好きな優しい父の顔。
「ごめん、なさい。ごめんなさい。父さんに、ひどいこと言った。大嫌いなんて、嘘。ほんとは、大好き。」
「うん。」
「あの人、も、ずっと避けてた。沢山冷たい態度とった。」
「そっか。ルック、自分が悪いと思ったらどうするんだったかな?」
「あやま、る。でも、許して、くれるかな。」
「大丈夫。僕の恋人だからね。」
「すごい、自信。でも、」
「ん?」
「とっかえひっかえしてた父さんを好きになるくらいだもんね。そのくらい包容力はあるのか。」
いきなり饒舌になったルックの言葉にグサッと傷ついたラス。父親の美少年(美青年)遍歴を知っているからこその発言である。
「ルック~?」
「うわっ、痛いよ父さんっ。」
ガシガシと力強く頭を撫でるラスに、痛いと言いながらも楽しそうなルック。普段は優しいラスがこんなに強く撫でるのも、ルックだけなのだ。それを知っているから、大丈夫。
いずれは全て灰色になるのは分かっているけれど。人形だけど。この手の温かさは覚えていたい。
ラスとルックが転移の魔法でジーンの紋章屋に戻ってきた。しかし、ルックはラスの上着の下に潜りこみ、背中に顔を押し付けたままだった。泣き腫らした目を周りに見られたくないのだとか。
ルックを背中にくっつけたままで、ラスはジーンに紋章の変更を頼んだ。いいのね?と問われ、大丈夫と答える。
そうしてラスの右手の紋章が流水の紋章に変更されて。ルック、とラスが呼ぶと、上着の中でもそもそと脇腹を通って、左胸側に移動する。そうして、ルックの目を右手で覆うと流水の紋章が発動し、手を離せばいつも通りのルックの顔が出てきた。
泣いたルック見たかったなーと言うシーナの足の甲を思いっきり踏んづけて。ぶぎゃー!と痛がるシーナを無視して、リオンの前に立つ。
「……い、今まで、避けてて、きつく当たって、ごめん。」
まっすぐ顔を見るのは気まずいから、下を向いたまま謝る。するとリオンは、そんなルックの肩をポンポン叩いた。
「いいよ。私は気にしてない。」
やっぱりこの父を本気で好きになっただけはある。
「それに、私も以前似たような状況になったことがあるから。」
「えっ、それどういうこと?」
「父にね、好い人がいたんだ。正式に紹介される前にああなったけど。」
「ふうん。それに対してあんたはどういう心境だったの?」
「私はいらなくなるのかなって思った。」
「さっきの僕と一緒だ。」
そうだね、って笑って、これからもよろしく、ルック、と右手を差し出される。仕方ないね、と同じく右手を差し出し、握手する。
この人も厄介な紋章譲られてるけど、隣に父がいれば大丈夫だ。父が戦争に出られない分、僕がこの人を守ってもいいのかもしれない。
でも、
「ねえ、確か紋章球あったよね?僕も旋風の紋章に変えたいんだけど、いいかな?リーダー?」
「えっ、それはもちろん構わないけど、どうしたんだ?」
「だって、そうすれば父さんと水竜の合体技出来るし。」
「!?」
「おや、それはいいね。」
今のあんたに出来ないこと、やってやろうじゃん。そう簡単に父さんの隣は譲らないよ。
その後、ルックがラスの息子ということはシーナによって解放軍の衆知の事実となり。
『血の繋がりが無いのに顔が良すぎる親子』
とシーナは語ったのであった。
終わり。
『久しぶりにあなたの雷神が見たいわ。』
というジーンの珍しい頼みごとに、昔のよしみだと見せることにした。
非戦闘員であるジーンと、リオン、ルック、フリック、シーナ、ビクトールも同行して、城の湖畔にやってきた。
訓練所で見せても良かったのだが、
『待って。あなたが合体技使うなら外に決まってるでしょう。』
とジーンに言われたためだ。
そもそもこの時代では二人同時に紋章を使うことで発動する合体技だが、ラスの膨大な魔力とコントロールにより一人での発動を可能にしていた。
しかし、流水の紋章を宿すのは久しぶりだ。十年以上宿してなかったから、うまく出来るかどうか。
少し離れていてと全員に告げて。離れたのを確認すると、フゥ、と息を吐き、右手で額を覆う。雷鳴の紋章と流水の紋章を同時に発動して、雷と冷気が自分の周りを覆う。
「雷神。」
視線の先の、湖の上に発動させた。湖の半分を覆う広範囲で激しい巨大な雷と大粒の雹が降り注ぎ、後ろの皆を回復する。しまった。昔より範囲が狭かった。
「ごめんジーン、久しぶりすぎて期待に添えられるようなものは、」
と言いながら後ろを振り返ると、皆が唖然としていた。その中で唯一ジーンだけが楽しそうにしていて。
「ふふふふふ。久しぶりに見れてぞくぞくしちゃったわ。ありがと。」
と興奮しながら右手の紋章に触れる。
「久しぶりに付けたから安定してないのね、でもあなたのことだからすぐ慣れるわ。」
「そうか、それなら良かった。威力が低いからどうしようかと思ったよ。」
「威力が低い!?あれでか!?」
と、フリックが驚いた。ラスの雷神は一般的なものとは桁違いだったのだ。
何しろ雷神は、敵単体を攻撃するもの。しかし、ラスが放ったのはどう見ても全体攻撃だった。
「しかも単体より威力強かったぞ…。えええー…。」
「こりゃあ、桁違いだなぁ。」
「さ、さすが師匠ぉ!そこに痺れるぅ!憧れるぅ!!」
「るっさい馬鹿シーナ。父さんを師匠って呼ぶな。父さん後で僕と水竜ね。」
フリック、ビクトール、シーナ、ルックが驚きと称賛の声を上げる中で、リオンはポッと頬を赤くしていた。
「ラス、かっこ良かった…。」
その言葉にウンウンと頷くフリックとシーナに、ルックがキッと睨み付ける。
リオンに近付いたラスは腰を引き寄せて、
「惚れ直してくれたかい?」
と聞くと。顔がいい、声がいいラスにリオンはボンっと湯気を出すように顔を真っ赤にして、
「抱いてっ!」
と叫んだのであった。
後にジーンは語る。
「彼、剣の腕も、魔力も桁違いなのよ。雷神を全体攻撃で、しかも1人で放てるのは彼だけ。久しぶりに見れて楽しかったわ。」
終わり。
「ところで父さん。僕まだ処女なんだけど、訂正しなくていいの?」
実は精通した時に口で抜いてもらっただけで、処女までもらわれたわけではなかった。
「うーん、まあ訂正する必要は無いんじゃないかな。」
「でも、それで父さんが悪く言われるのはやだ。」
シーナが言いふらしたので、ラスは息子のルックを一度抱いてるという認識が広がっていた。
「むしろ、ルックに力ずくで何かしようとする輩はいなくなったから。僕の風評よりそっちが大事だよ。」
実際、男所帯の解放軍。性格は悪くとも見目麗しいルックを狙う男もいたのだ。しかし、美少年キラーであるラスに抱かれていると知った者は絶対勝てないと諦めていった。
「…でも、さ。せめてあの人には教えてあげたら?ショック受けてたし。」
「おや、秘密じゃなかったのかい?」
「あの人にならいいよ。」
「そっか。それなら話しておくよ。ありがとうルック。」
そう言って、ルックの頭をヨシヨシと力強く撫でてくれる。レックナートの言い付けは破ってしまったけれど、父の手の温かさに触れるならいいかと思うルックであった。
終わり。
Tweet |
|
|
0
|
0
|
追加するフォルダを選択
特殊設定のルックと4様の関係。3のネタバレがあります。
坊っちゃん→リオン
4様→ラス(声A)