No.1092982

腹立たしいのでまた今度

籠目さん

※2020/06/06にPixivへ投稿した作品をTINAMIへ移行したものです

ジェイドが探し物をしたり仲良くお茶したりする話。

2022-05-29 16:56:03 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:207   閲覧ユーザー数:207

 魔力には気配がある。

 そういう話をすると、ああ、と納得するように首を縦に振るものが半分。残りの半分は、気配、と首をかしげて不思議そうな顔をする。

 前者は大抵、獣人や人魚、あるいは代々魔法士を輩出している由緒ある一族の出で、魔力そのものに親和性のあるタイプだ。ごく普通の家庭で育って、たまたまこの学園への入学がかなったようなタイプには、あまり通じないことの方が多い。

 気配を感じられない者がいるということについて、ジェイドは純粋な驚きを感じていた。なにせ海中では、大抵の人物に通じていた話だったので。

 オクタヴィネル寮に水の気配が満ちているのは、何も寮が海中にあるからというだけではない。人魚の多い特性上、魔力に水の気配が潜んでいるのだ。ジェイドの兄弟で言えば潮の気配。それから、風のような、水のような、ひとところに留まることのない流れは、彼の自由さに随分と似合っている。

 アズールで言えば共通する潮の中に、どこかインクのかすかに甘いような匂いがあるような気がする。それは多分、書き取りや契約書のやり取りで彼自身に染みついたものだけではなく、生来持ち合わせた魔力が匂っているのだ、とジェイドは勝手に解釈している。

 

 ではさて、この気配の持ち主は一体誰だろう。

 

 植物園内、比較的安全性の高い薬草の集められたエリアで、ジェイドはひとり首を捻った。

 おそらく同寮生ではない。かすかに残った、植物のような、土のような、地に足のついた気配。山に立ち入ったときに感じるものと近いような気がした。温もりはあるのに、踏み込みすぎてはいけないと躊躇する、そういう気配だ。

 誰かがここで魔法を使ったのだろう。けれど、誰かまでは分からない。少し濡れた服を乾かすだとか、物を運ぶだとか、そういう理由で細々と魔法を使うのは当たり前のことだから、余程何かがあったという訳でもないことは簡単に推測できる。

 ではさて、この気配の持ち主は一体誰だろう。

 ジェイドは再び首を捻った。そこかしこに滞留する気配など、いつもならば気にも留めない。けれど、今回はどうにもこの気配の持ち主を知りたかった。利害打算ではなく、単純に、純粋な興味として。

 まあでも、そのうち知る機会もあるでしょう。

 そう結論付けて、ジェイドはひとり頷いた。残念ながら、今日はこんな風に自身の思考に浸るためにここに来たわけではないのだ。

 予め許可を取得した薬草を、慎重に採取していく。念のためいくつか余分に。万一失敗した時のために。最近になって始めたばかりのポイントカードを一枚、全ての欄に押印されたものを神妙な顔つきで提示したのは、確かスカラビア寮生だった。

 その生徒からかすかに感じた、どこか乾いたような、水気の少ない気配。

 やはり違うな、と脳内で斜線を引いて、ジェイドはゆったりと立ち上がった。あんまり遅いと、アズールから説教を食らってしまう。

 植物園を後にする瞬間、鼻先をかすかに甘い匂いが擽ったような気がした。

 

 

 アズールの魔法薬作りは恙なく、予備の薬草を使うまでもなく完成した。

 

「で、さっきから何をそんなに考え込んでいるんです」

「はい?」

「僕の話も上の空で。まあどうせいつものことですが、取り繕うぐらいはしたらどうです」

 

 果たしてそんなに考え込んでいただろうか。

 沈黙したままのジェイドに、魔法薬を瓶に詰め終えたアズールが怪訝な顔を向ける。

 

「ジェイド?」

「ああいえ、」

「……まさか無意識でした、なんて言うんじゃないでしょうね」

 

 どう言い訳したものか、と考えたのは一瞬だった。いつも通りに口角を上げて、困ったふうに見えるよう、眉を寄せる。

 

「無意識でしたね」

「はァ?」

「どうしてそう喧嘩腰なんです。買いますよ?」

「結構だ」

 

 ち、と神経質な舌打ちの音。取り繕うこともないジェイドの言葉に対して、ではなく妙なことに首を突っ込んでしまったと、数秒前の自分に対してだ。

 

「そんなに分かりやすかったですか」

「そりゃあもう。話しかけても生返事ばかり、材料のグラム数に間違いはありませんでしたが、それにしたって集中していないのは一目瞭然です。一言多いのも困りものですが、無駄口を叩かないというのも不気味ですね」

「つまりいつもの僕が好きだ、と」

「証言のねつ造をするんじゃない。それからそうやって煙に巻こうとするの、本当によくない癖ですよ」

「アズールの影響ですね」

「減らず口を」

 

 使った道具をひとつづつ洗浄する。粘性のある紫色が、強い水流にとろとろと流れ落ちていくのを眺めながら、どこから話をしたものかと考える。

 

「気配が、あるではないですか」

「は?」

「魔力の話です」

「はあ……」

 

 きゅ、と蛇口を捻って水を止める。ジェイドの全力でもって捻ってしまうと、固く締まりすぎて後々の使用者が困ることになるから、加減が必要だ。

 水分の残った器具を柔らかな布で拭きながら、話す内容を頭の中で整理する。

 

「誰のものかな、と思いまして」

「珍しいですね。そんなことを気にするなんて」

「なんだか気になってしまったんですよね。その気配、ちょっと山に似ていたので」

「……それは、」

 

 ビーカーの最後の一つを片付け終えて、定位置に戻していく。マジカルペンの一振りで片づけられれば簡単なのだけれど、薄い硝子で出来た器具が大半を占める中、割ってしまったらことだ。この学園において、実験器具の片付けはできる限り魔法を使わず行うことが推奨されている。

 

「随分と、お前にしては好意的というか」

「はい」

「大体気にしたところでわかるものでもないのでは?ちょっと目の前で魔法使って見せてくださいなんて、言ってまわるわけにもいかないでしょう」

「ええ、だからそのうち知る機会もあるかなとは思うのですが、ついつい」

「頭から離れなかったと」

「ええ」

「それって恋ってやつじゃない?」

「ウワッ」

「おやフロイド」

 

 肩に顎を乗せるかたちで引っ付いてきた片割れの髪の、そこだけ黒いひと房をみょいんと引っ張る。お返し代わりにぐりぐりとねじ込まれた顎が、骨に刺さってじわりと痛んだ。

 

「恋」

「そおそお。だってジェイド山好きじゃん」

「いくらジェイドでも山を恋愛対象にはしないでしょう。いくらジェイドでも……え、しませんよね?」

「しませんね」

「そーじゃなくってさあ」

 

 わっかんねえかなあ、とばちんばちんと盛大に背中を叩かれて、流石に痛いのでべろんと引きはがす。大人しく適当な椅子に腰かけたフロイドが、アズールとジェイドの顔を交互に見て、わかんねえだろうなあ、とため息を吐きだした。

 

「だからあ、山に例えるくらいだから、なんかいいなあって思ったんでしょ?」

「まあそうですね」

「それで誰のかなあって考えても意味ないの分かってても考えちゃうんでしょ?」

「そうです」

「恋じゃん」

「恋なんですか?」

「俺は聞いててそう思ったって話。えっていうかジェイド初恋まだ?」

「エレメンタリースクールの時の先生が初恋ですね」

「あああのシャチの」

 

 ぽんぽんと交わされる会話は、いっそ小気味いいほどのテンポだ。こい、と口の中で転がして、そういうものですかね、と理解したような気になる。そういえば、と見遣った時計は、もうそろそろラウンジのオープン準備をしなければならない時間になっていた。

 

「アズール」

「ああ、はい。片付けも終わりましたし行きましょうか。僕は奥で事務作業をしますので、店側は任せます」

「かしこまりました、フロイド」

「はあい」

 

 いい子のお返事で立ち上がったフロイドが、くあ、とひとつ欠伸を零した。悠々と歩き出す長い足。アズールの右斜め後ろを陣取るから、ジェイドはその隣に並んだ。

 

「ジェイド恋人できたら教えてねえ」

「どうしましょうか」

「ええなんで」

「だってフロイド、別に山好きじゃないでしょう」

「それはそれじゃん」

「まあ検討はしておきます」

「ちぇ」

 

 鏡舎に向かう廊下のそこかしこにも、やはり魔力の気配はかすかに残っている。そのひとつひとつを追いながら、あの植物園で感じたものとは全くの別物であることに、ジェイドはほんの少しばかり落胆していた。

 

 

「うっわまた土臭い」

「今日はキノコ持ち込んでませんよ?」

「それでしょ」

 

 それ、と顎でしめしたのは、作成中のテラリウムだった。そんなだろうか、と首を傾げても、フロイドの眉間のしわが取れることもない。

 

「ていうかさあ、そういうのほんと悪い癖だよね」

「何がです」

「分かってることを分かってません、て振りすんの。俺とかアズール以外にやるならいいけどさあ、こっちにまでやられるとほんと腹立つ」

「おや、今日はしてませんよ」

「ハァ?……いや、は?」

 

 フロイドのまだ濡れたままのかみから、水滴がひとつ、ぽたん、と落ちた。その音が聞こえるほど、部屋の中はしんとしていた。

 

「えっジェイド正気?」

「自分ではそう自覚していますが」

「え~……うそ……うそじゃん……じゃああれってアズールのことからかって遊んでたわけじゃないの?」

「からかう」

 

 ぼすん、と沈み込んだそこはジェイドのベッドだ。やれやれ、と大して困ってもいないのに眉を下げて、乾いたタオルをフロイドの顔面目掛けて投げつけた。すれすれでキャッチされ、清潔な白の合間からじろりと睨み付けられる。

 

「だからさあ、あの気配のハナシ。あれ誰か分かってて話したんじゃないのって」

「分かってたらよかったんですがね」

「うっそだあ。ねえジェイド、本っ当に心当たりない?」

「ないんですよね……」

「俺は心当たりあるよ」

「えっ」

「心当たりっていうか、俺としてはほとんど確定かなって思ってるけど」

「どなたです」

 

 じい、と見つめ合う数秒。空気がぴんと張り詰めたように感じたのは、多分ジェイドの方ばかりだった。フロイドは剣呑だった眼差しを、とろとろといつも通りのものにもどして、それからぼすりと枕に顔を埋めてしまった。

 

「飽きた」

「はあ」

「もージェイドくっそ鈍感。お前なんか転寮しちまえ」

「なんでそんなに言われなきゃいけないんです。喧嘩ですか?買いますよ」

「うるさ。売ってないもん勝手に買わないでくれる?俺もう寝るから、ジェイドもさっさと寝たら」

「誰なのかくらい教えてくれてもいいじゃないですか」

「おもしろくねーからやだ。自分で頑張って」

 

 じゃあおやすみ。

 投げやりな言葉の数秒後には安らかな寝息が聞こえてきた。やり場のなくなった苛立ちを飲み下して、テラリウムの道具を片付ける。明日以降はどこか別の、植物園のスペースでも間借りしようか。

 そうして、眠った片割れを見つめてわざと大仰にため息をついた。フロイドが寝てしまったのはジェイドのベッドだ。蹴り落とすという案が一番初めに頭を過ったが、どうせ湿っているであろう寝具を使うのは気に食わない。

 結局、特別報復する気も起こらず、その日はおとなしくフロイドのベッドで眠った。

 

 

「ジェイド、今日はここだったか」

「トレイさん」

 

 校舎の外れにあるガゼボには、ごくまれにしか生徒は立ち入らない。ましてや、そこを使っているのがオクタヴィネルの副寮長ともなれば、好んで近づく生徒というのはさらに少なくなる。

 

「お邪魔しても?」

「どうぞ。また何か作ってきてくださったんですか」

 

 気さくに手を上げて見せるトレイを屋根の内側へ呼び寄せ、丁度いい加減になった紅茶を二人分注ぎ入れる。

 半ば以上意図的なこととはいえ、生徒に避けられてばかりのジェイドを、トレイはそう気にした風もなく見つけては寄ってくる。手土産を持ってくるようになったのはここ最近の話だ。ジェイドが紅茶を入れているところにたまたま行きあわせたのが切っ掛けで、じゃあ今度何か作ってくるよ、と当たり前のように提案したのだ。

 

「今日はクッキー」

「おや可愛らしい」

「うみのいきものシリーズの型抜きが安くてなあ」

「うみのいきもの……」

 

 ではこの星型のものはヒトデだろうか。タコ、何かわからないけれど魚、サメ、エビやらカニやらまである辺り、随分と沢山買い込んだようだ。

 

「ウツボはないのですか」

「探したんだけどなかったんだよなあ……ごめんな?」

「かまいませんよ、流石に知名度では負けますし」

 

 ウツボそのものはかわいい、と言い切るには少々どう猛そうな見た目をしているから、クッキーにするには向かないだろう。それでも探してくれた、という事実だけで胸の内が温かくなるのは事実だし、そんな風に感じることに反吐が出そうになる自分がいるのも、また事実だ。

 

「君の淹れてくれた紅茶に合えばいいんだが」

「合わないことはないでしょう」

 

 練習のため、という目的があるから、ジェイドの淹れる銘柄はバラバラだ。それでもここ最近、トレイが訪ねてくるようになってからは、甘い焼き菓子に合うような渋味の強い銘柄を選んでいた。

 ふ、と鼻先をクッキーの、甘く香ばしい香りがくすぐった。そういえばつい最近、どこかでこの香りを感じた様な気がする。

 

「ジェイド?」

「ああいえ、すみません。これ、いただいても?」

「勿論」

 

 どうせだから、とタコの形のものを選んだのを、苦笑でもって迎えられた。さっくりとした歯ごたえ、口の中でほろりとほどけて、相変わらず趣味の範囲を逸脱した出来だ。普通を自称するのは、正直無理があるとジェイドは思っている。

 

「相変わらず素晴らしい出来ですね」

「ありがとな。でもそんなに褒めても何も出ないぞ?」

「何かを出してほしくて褒めているわけではないので。ラウンジの方にもご提供いただけないかな、とはいつも思っていますが」

「お茶会の準備で手一杯だ。勘弁してくれ」

「残念です」

 

 こういうところが減らず口、と言われる所以なのだろうな、と紅茶を口に含んだ。今日も中々いい具合に淹れられたのではないだろうか。正面でカップを傾けたトレイも、眼鏡越しの金色をゆるりと緩ませている。

 ふわりと吹いた風に菓子の甘い香りが巻き上げられて、そこでようやくジェイドはどこでこの香りをかいだのかを思い出した。

 

「……トレイさんは、魔力の気配というのを感じられる方ですか」

「気配?ああ、話してるやつらもいるな。なんだジェイド、君はわかるタイプか?」

「そうですね……人魚はおおむね、そうではないかと」

「へえ、それは初耳だ」

 

 紅茶を一口。その口ぶりでは、恐らくトレイは気配を感じられない方なのだろう。きっと彼ならばジェイドの持ちえないあたたかな語彙でもって、その気配を何かに例えてくれるだろうと思ったのに。

 

「どうしたんだ突然」

「いえ、ちょっと最近気になった気配がありまして」

「気になった気配」

「植物園にね、残っていたんです」

「へえ、どんな」

「そうですね……」

 

 山みたいだ、と表現するのはやめた方がいいだろうか。トレイは運動もそこそことはいえ、山そのものに興味があるようにも見えないし、あの独特の雰囲気を理解するには立ち入ってもらうしかないように思えた。

 

「緑、といいますか植物のような」

「結構いそうだけどな。植物、となると」

「そうなんですよね。あとはなんだか、ちょっと甘い香りがしたような」

 

 へえ、とトレイが感心したような声を上げた。

 

「そんな明確に感じられるものなのか」

「ほんの少しですよ。それに、植物園だったので色々混ざっていた可能性はありますし」

「俺には分からない世界の話だからなあ、聞いてると楽しいよ。力になれないのは申し訳ないが」

「いえ、ちょっとした話のタネになれば、と思っただけですので」

 

 本当を言えば少しだけ、残念に思っていた。顔の広いトレイであれば、心当たりのひとつくらいあるかもしれないと思っていたのだ。わからないのであれば仕方がない。そもそも話を聞く限り、トレイは一般家庭の出のようだし。

 

「そういえば魔法で思い出したんですが」

「ん?」

「トレイさんのユニーク魔法、味を変えられるとか」

「……流石にそれだけの魔法じゃないぞ?」

「存じておりますよ、勿論」

 

 胸元できらめくマジカルペンには濁りのひとつもない。きらきらと赤く輝いているのを確認し、ジェイドはかけていただけませんか、と小さくねだった。大して印象の良い後輩でもないだろうが、少しくらいは謙虚に見せておきたかった。

 

「別にいいけど……甘いもの苦手じゃないよな?あんまり口に合わなかったか?」

「いえそんなことは。単純に、興味本位です」

「興味本位かあ」

 

 ううん、と数瞬考え込んで、それからまあいいか、とマジカルペンをクッキーにむけて構えた。

 

「ジェイド、好きな食べ物は?」

「……タコのカルパッチョ」

「わかった。“薔薇を塗ろう”」

 

 とん、と皿の縁を叩くようにして、ふわりと魔力の巻きあがる気配。それがあっという間にクッキーに染み込んでいくまでの一部始終を、ジェイドは声も出せずに見つめていた。

 

「トレイさん、あの」

「ん?さ、食べてみろよ。あんまり長持ちしないんだ」

「あ、ああ、はい」

 

 一枚、手に取って口に運ぶ。成程確かにタコの旨味が口に広がった。鼻に抜けるのはバターの香りではなく、オリーブオイルのさわやかな青さだ。

 あんまり鮮やかに書き換わってしまうから、本来だったらそちらに意識をとられてしかるべきなのに、ジェイドはといえば全く別のことに意識を向けていた。

 

「どうだ?」

「確かに……、うん、カルパッチョですね」

「まあこんなぐらいにしか使い道ないけどな」

「そんなことは」

「いやいや。効果時間も短いし、もうクッキーの味に戻ってるんじゃないか?」

「ああ、本当だ」

 

 さくりと二口目は、確かにいつも通りのクッキーの味がした。気分を落ち着かせるためにカップを手に取る。

 

「そうだジェイド」

「はい」

「気になってたっていう気配、俺で合ってたか?」

「んん?」

 

 勢いよく下ろしたカップから、紅茶が零れた。点々と受け皿に広がる赤茶の水滴を数秒眺め、それからトレイに視線を移して、もう数秒彼のにまにまと細められた目を眺めた。

 

「わからないのでは」

「いや入学したころに植物みたいな気配がするって言われたことがあってな」

「……なんと」

 

 はは、と朗らかに笑うのが何とも憎たらしくて、こんなにも簡単に彼の策略にはまってしまったことが悔しくて、ジェイドは机の上に顔を伏せた。

 よく考えれば知っていて当然だ。彼はジェイドよりも一年先輩だし、そういった話を聞く機会ならいくつもあったはずだ。

 

「いやいやみたいな振りして、本当は計算通りだと笑っていたんでしょう」

「そんなことないぞ?気付いてくれたらいいなあとは思っていたが」

「ひどい人だ……」

「よく言われるけどそんなか?」

「そんなです。僕が言うんだから間違いありません。自覚してください」

「ははは」

「はははではなく」

 

 なんの屈託もないような笑い声に、ジェイドはほとんど反射で顔を上げた。楽し気な表情のトレイが乱れた前髪をなおそうと伸ばしてきた指を、やんわりと避ける。

 

「いやでもジェイドそんなに俺のこと気に入ってくれてたんだな、嬉しいよ」

「は?」

「ちょっと残ってただけの気配を気に入って、考えてくれてたんだから、好きだろ?俺も好きだよ、ジェイドのこと」

「は?」

「信じてない顔だな」

 

 にこにこと、いつもより余程邪気なく笑んでいるというのに、トレイの言葉はジェイドの理解をぽんとすり抜けていく。

 

「いやそんなそぶり一つもしてない……」

「結構アプローチしてたつもりなんだが、ほらこれとか」

「……してましたね」

「理解いただけてなによりだよ」

 

 クッキーがひとつ、つまみ上げられて振られる。ぱくん、と口の中に放り込まれたヒトデ型は、作った本人も納得する味だったらしい。うんと満足気に頷いて紅茶を一口。憎らしいほど絵になるのを一通り眺めて、ジェイドは再び顔を伏せた。普段なら、こんな無様なところを人前に晒したりなどしないのに。

 

「なあジェイド、答えくれないのか」

「むしろトレイさんのこと嫌いになりそうです」

「それは困るなあ」

 

 くつくつと喉の奥で押し殺したような、低い笑い声。伏せた顔に届くはずもないのに、しんと青い植物の香りがした。

 

 


 
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