No.1092973

縁結び

四ツ橋鞠さん

切なめな赤明です。

2022-05-29 16:37:05 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:250   閲覧ユーザー数:250

 

*注意*

 

・赤井秀一×宮野明美要素あり。

 

・組織壊滅後のお話し。

 

・いろいろねつ造してます。

 

・切なめというか暗めというか…。

 

・オリキャラが出てきます。

 

・幽霊の明美さんがいたりしますが、今までのシリーズ等のお話とは全然別物です。

 

・都合よく話を進めています。

 

・配慮はしたつもりですが少し読みにくいかもしれません…

 

 

 

それでもよろしい方はどうぞ!!

彼女がワガママを言うことはとても珍しいことだった。

自分からしたいこと、行きたいところを言うことは少なかった。

しかし、それは彼女の意志が弱いわけでも、流されやすいわけでもない。

むしろ、彼女は芯のしっかりした、意志の強い人だった。

そんな彼女がどうして自分からその気持ちを口にしなかったのか。

最初は単純に遠慮していたのかもしれない。

そして、偽物の関係であることに気付いてしまった彼女は、彼女自身も心を閉ざしてしまったのではないか。

踏み込んではいけない。気づいてしまったことに気づかれてはいけない。そんな思いから一定の距離を保つようになったのでは。

今になってそんな風に思うようになった。

しかし、それは永遠にわからない。

彼女は二度と触れられない、遠くに行ってしまった。

『お前はあの時、何を考えていたんだ?』

心の中で問いかけても、思い出の中の彼女は悲し気に笑うだけだった。

 

そんな彼女が、自分から行きたいと言ったところがあった。

いつもなら『どこか行きたいところはあるか?』そう聞いて、少し考え込んだ後に、場所を言う。

そんな感じだった。

それがその日彼女ははっきりと行きたいところを口にした。

 

『ねぇ大君、私、ここに行きたい!』

 

彼女がそう言って指さしたのは、縁結びの神社だった。

 

『今日は無理でもいつでもいいから行きたい!』

 

いつもよりもはっきりとした口調だった。

その口調とは裏腹に、まるで縋るような瞳だったことを今でもよく覚えている。

 

『俺がいるのに縁結びか』

『いいでしょ?縁はちゃんと結ぶにこしたことないんだから!』

 

正直に言うと、このとき冷汗がでた。

気づかれたのかもしれない、そう思った。

しかし、諸星大は単純で馬鹿な男だった。

彼女が浮かべる笑顔にコロリと騙されていたのだから。

恐らく彼女は、この時すでに気づいていたのだろう。

諸星大という存在の正体に。

だから、大とより深い縁を結ぼうなどと思ったのだ。

 

『それとも、大君、嫉妬してる?私がほかの男の人との縁を結ぼうとしてるんじゃないかって』

 

いじわるそうな顔で明美が聞いてくる。

もしそうだとしたら、どんなに良かったことか。

諸星大など捨てて、他の、彼女を幸せにできる男との縁を結べばよかったのだ。

 

『でも大丈夫!私は大君一筋なんだから』

 

先ほどのいじわるそうな表情とは打って変わって彼女はにこりと笑った。

そうして、腕を絡めてくる。

そのぬくもりを思い出せたのは、つい最近のことだ。

本当に馬鹿だ。

なんで愛したんだ。

全てを知ってなお、どうして愛したんだ。

諸星大を。

赤井秀一は、石段を上る。

石段の上には真っ赤な鳥居があり、それが石段を上る赤井を見下ろしていた。

初めてこの石段を上ったとき、赤井は一人ではなかった。

いや、厳密に言えば赤井ではなく諸星大か。

彼の隣に彼女がいた。

宮野明美。

今は亡き恋人はあの日確かに彼の隣で笑っていた。

 

赤井が彼女の笑顔を思い出せるようになったのはつい最近のことである。

それまで、赤井秀一の中の宮野明美は悲し気に赤井を見つめるだけだった。

明美を亡き者にした組織の壊滅。全てが解決して、ようやく彼女が赤井に笑ったのだ。

今思えばずいぶんと自分勝手で失礼なことをしたと思う。

無理をしてでも笑顔を浮かべた彼女は、きっと自分に笑顔を思い出してほしかったはずだ。

それなのに、そんな笑顔をどこかに置いてきて、あろうことか悲しい顔ばかり思い出していたのだから、本当に悪いことをしたと、今になって気づいた。

彼女の墓参りをして、全てが終わったことを報告し、そのことを詫びた。

そうして、今、ここにいる。

 

はらり、はらり。

一枚、また一枚と音もなく、もみじが石段に舞い散っていく。

灰色の石段を染める赤はまるで異空間にでも迷い込んだかのような不思議な気持ちにさせてくれる。

ようやく石段を上りきると、真っ赤に染まったもみじに囲まれた社殿があの日と変わらぬ姿であった。

 

 

*****

 

 

『わぁ!素敵なところだね!!』

 

彼女の笑顔が脳裏をかすめた。

 

ただし、彼女と初めて訪れたのは紅葉の始まる何か月も前で、今、紅葉している木々の葉はすべて青々とした緑色だった。

初夏を思わせるその光景はなんだか彼女の明るさにとても似合っているように思った。

さわやかで明るく輝くあの笑顔に。

雪の中で凍えた心を明るい日差しで溶かしてくれるようなあの笑顔に。

 

 

*****

 

 

赤井は足元に落ちていたもみじからきれいなものを拾い上げる。

赤く染まり舞い散るもみじの美しくも儚い姿に、若くして散っていった彼女を重ねる。

赤は彼女を思い出させる。

彼女は真っ赤に染まって死んでしまったのだから。

なんとなく拾ったもみじを捨てられず、赤井はそれをハンカチに包んだ。

赤井から見て右手にある御神木は明美と訪れた時と変わらず佇んでいた。

 

 

*****

 

 

『うわー、やっぱり御神木って大きいんだね』

 

目をキラキラさせながら、御神木を見上げる彼女に合わせて、その大樹を見上げた。

 

 

*****

 

 

あの日と同じ緑色の葉が風に揺れていた。

紅葉している周囲の木に対して御神木だけが時を止めたように見えた。

そのまま境内を歩き手水舎の前まで歩く。

社殿に合わせた落ち着いたデザインで参拝前にここで身を清めていると落ち着いた気持ちになってくる。

 

 

*****

 

 

神社なんて何年ぶりだろう。

明美にねだられ、縁結びの神社にやってきた。

彼女がワガママを言うことは少ない。

ほんの少しでも、彼女の望みを叶えてやりたかった。

おそらくこの時、自分は少なからず彼女に惹かれていたのだと思う。

自分をあたたかく包んで、癒してくれる彼女に。

心を許し始めていた。

もしかしたら、自分も行ってみたかったのかもしれない。

偽物の関係から本物になれるように、祈りたかったのかもしれない。

どうしようもないとき、人は神に祈りをささげるのは、科学が発達した今でも、変わらないことなのだろう。

しかし、何年ぶりかに訪れた自分はすっかり神社での作法というものを忘れていた。

手水舎の前まで来て、ようやくそのことに気が付いた。

そこまではほとんど明美に従うように歩いていた。

明美が大の腕を組んで端を歩けば、大が参道の真ん中を歩くことはないし、明美に合わせて一礼していた。

明美はといえばそんな大の様子に気付くこともなく柄杓を手にする。

 

『大君?どうしたの?』

『あ、いや…』

『あぁ…やり方ならほら、あそこに書いてあるよ!』

 

にっこり笑って明美が指さした先には柄杓を持った女の子の絵と簡単な文章で、身を清める作法が記されている。

少し気まずそうにしながら、大も柄杓を手にした。

 

『大君も知らないことあるんだね』

 

明美がクスクス笑う。

 

『滅多に来ないからな』

『あー、何かわかる!大君、神頼みとかしなさそう!でも、神様へのお願いって決意表明みたいな意味もあるって聞いたことあるよ。いくら神様に頼んでも努力しなきゃ掴めるものも掴めないもんね』

 

そう言って少し寂しそうな顔をした。

そんな顔をするな。

否、しないでくれ。

けれども。

何も言えなかった。

そんな顔をさせたのは自分だが、彼女の本当に望むことをしてやることはできないのだから。

 

 

*****

 

 

本当にむごいことをしてしまった。

どんな手段を使ってでも奴らを潰してやる。

その思いでこの作戦に参加した。

決して中途半端な気持ちではない。

けれど。

いくら組織に関係していたとはいえ、何の罪もない女性の気持ちを、その生を、踏みにじっていいはずなかったのだ。

最後にはその手を黒く染めてしまった。

 

『努力しなきゃ掴めるものも掴めないもんね』

 

【今度は本当に彼氏として付き合ってくれますか?】

 

確かに彼女は努力の仕方を間違えたのかもしれない。

人の道を踏み外した彼女が悪いのだと責めるものもいるだろう。

けれど、どうして運命は、彼女に死などという重すぎる罰を与えたのだろうか。

それとも、彼女をすべての苦しみから解放するにはそれしか手段がなかったというのだろうか。

 

つい、神というものを恨んでしまいたくなる。

助けられなかった自分のことを棚に上げて、彼女が縋った神を責めるなどお門違いもいいところだ。

それに、これから願い事をする身で、本当に図々しい。

 

 

手水舎で身を清めて、社殿の方へ歩く。

そこまで大きいわけではないが立派な社殿だ。

 

 

あの日の彼女の表情。

願い事をする真剣な横顔。

 

 

目を閉じれば、それらが鮮明に再生される。

 

 

社殿も、彼女と来た時と、ほとんど変わらない姿でそこにあった。

手水舎で身の清め方を教えていた女の子は、今度は社殿で参拝の仕方を教えてくれていた。

それを丁寧に確認しながら、赤井は神に願った。

 

 

 

 

 

死んだ人間との縁結びなど、神に願うしかないのだから。

 

 

 

 

 

赤井秀一も。

諸星大も。

全部、宮野明美にささげる。

 

 

 

 

 

だから彼女との縁を。

断ち切ったりしないでくれ。

 

 

 

 

 

来世なんてものが存在するとしたら。

 

 

今度こそ。

 

今度こそ。

 

彼女を幸せにするから。

 

 

 

 

 

どうか伝えてほしい。

 

 

 

 

 

死んでしまった彼女へ。

 

 

 

 

 

愛している、と。

 

 

 

 

 

生きてるうちに伝えなかった本当に馬鹿な男の願い。

けれど。

彼女に罪はないから。

どうか―。

 

 

 

 

参拝を終えて丁寧に礼をする。

社殿に背を向け、赤井は歩き出した。

 

 

*****

 

 

『お守りほしい!』

 

明美が授与所を指さしながら腕を引いた。

彼女に従い、大も授与所に足を向けた。

 

 

*****

 

 

あの日と同じ。

個数は違えど、明美と眺めた様々なお守り達はデザインを変えることなくそこにいた。

 

 

*****

 

 

『縁結びのお守り、可愛いなぁ』

 

いかにも女性が好みそうな淡いピンク色のデザインのお守りを手に取りながら、明美は言う。

 

『それにするのか?』

 

言いながら、大が財布を出すと、明美は慌てて首を振る。

 

『いいよ!お守りなんだから、自分で買わなくちゃ。大君はほら、こっちの交通安全とか心願成就とかのお守り買ったら?』

 

ここへきて自分だけ買わないというのもなんだか不自然な気がして、彼女の言葉に従い、大はお守りを選び始めた。

 

けれど、もしかしたら彼女は同じお守りを本当は持ってほしかったのではないか。

二人を繋ぐ、形のあるものとして。

 

彼女は死のその瞬間もそのお守りを持ち歩いていた。

 

淡いピンクの愛らしいデザインだったそれは。

 

彼女の死とともに。

 

赤黒く染まっていた。

 

 

*****

 

 

授与所にいた巫女に古いお守りを返す場所を聞いて、そこへ古いお守りを返した。

幸運にも生き延び、目的を達成できたのだから、このお守りは効果があったと言えるのだろう。

心の中で礼を言いながら、古いお守りを集めている回収箱にお守りを収めた。

そうしてから再び授与所に戻る。

少し恥ずかしさはあるものの、彼女も手にした淡いピンク色のお守りを手に取った。

 

 

*****

 

 

『ねぇ、絵馬も書いていっていい?』

 

お守りを選んでいると、かわいらしいハート型の絵馬を持った明美が立っていた。

 

『せっかく来たんだからやりたいと思ったことはしていけ。俺はここにいるから』

『うん!ありがとう!』

 

大がお守りを眺めている横で、明美は会計を済ませると、絵馬を書きに少し離れたところにあるペンの置かれた机に向かっていった。

真剣な面持ちでペンを手にして、書きはじめる。

その間に大も選んだお守りを買った。

そのまま授与所の近くで明美を待つことにした。

かけてある絵馬を眺めることはあるが、わざわざ願い事を書いている人間のもとに近寄ってまでのぞくものではない。

そんな風に思ったのも事実だが、本当は怖かったのかもしれない。

彼女の願いを目にすることが。

 

絵馬を奉納して戻ってきた彼女に、お決まりのセリフを言う。

 

『なんて書いたんだ?』

『ナイショ』

 

お決まりのやり取りをしながら自然な動作で、明美は大の腕に自身の腕をからめた。

まるでそうすることが当たり前のように。

この時確かにできていた。

諸星大の隣という、宮野明美の特等席が。

 

風が吹いて、カラカラと絵馬が鳴った。

まるで願いを神様のもとへと届けるように。

 

 

*****

 

 

淡いピンクのお守りに、ハート型の絵馬。

およそ自分に似つかわしくないものを手にしている。

彼女はあの日、本当は絵馬に何とかいたのだろうか。

もうそれは願いを聞いたであろう神と願った本人、今は亡き宮野明美しかいない。

心の中で問うても、彼女は『ナイショ』と微笑むだけだった。

答えの出ないことをわかっていても、考えてしまう。

そんな考えに頭を巡らせながら、ペンを手にした。

 

絵馬を書き終えて奉納すると、赤井はきた道を戻り始める。

 

カラカラ。

あの日と同じように風が絵馬を鳴らす音が聞こえる。

あの日と違うのは隣に誰もいないこと。

あの日は確かにあったぬくもりを永遠に失ったということ。

 

授与所をでて鳥居に向かって歩き始めたとき、ぽつりと水滴が落ちてきた。

それはぽたりぽたりと大地を濡らす。

思わず赤井は足を止めて空を見上げる。

青い空は雨の気配など全く感じさせない。

しかし、確かに雨粒はぽつりぽつりと赤井の頬を濡らす。

泣かなくていいよ。そんな風に頬を撫でてくれているような、悲しみを洗い流してくれるかのような、そんなあたたかな雨だった。

その場を動けず、空を見つめていると、降り出した時と同じく、雨は唐突に止んだ。

少し空を見つめてから赤井は再び歩き出す。

鳥居の前まで来たところで、ふいに強い風が吹き抜けた。

雨に濡れているはずなのに、もみじがふわりと舞い上がり、視界が一瞬真っ赤になる。

声が聞こえた。

確かに、はっきりと。

彼女の声がした。

驚いて振り返った。

しかし。

もみじが舞い散るその境内に、彼女がいるはずもなかった。

 

 

『私も…私も!!ずっと愛してるよ!!これから先も、ずっと、ずっと。私の大好きな人だよ!!いつまでも、いつまでも、大切な人、だよ。来世で待ってるから、今度こそ、幸せになろうね!それと………ありがとう…名前をくれて…愛してるよ…赤井、秀一さん…』

「今の雨と風、何だったんだろう」

 

授与所にいたポニーテールの女性が髪を手櫛で整えながらつぶやく。

空は青い空が広がっているが、雨粒の後の残る地面が、確かに雨が降ったことを示していた。

 

「神社で天気が変わるのはいいことだって聞いたことあるわ。それに神聖な場所だし、少しくらい不思議なことが起きてもおかしくないわよ」

 

にっこりと笑う女性はシルバーの細いフレームの眼鏡をかけており、黒髪を左側に寄せてゆるく一つに結っていた。

二人は姉妹で眼鏡の女性が姉、ポニーテールの女性は妹だ。もう一人、末の妹がお守りの売られているあたりに立っている。

 

「ところでさ、さっきのおじさん、絵馬になんて書いたんだろう」

「ちょっと、おじさんなんて失礼でしょ」

「聞こえてないんだから平気よ」

 

少し前にその男性は鳥居をくぐって石段を下りていくのが見えた。

 

「ちょっと見ちゃおうかな」

 

ポニーテールの女性が興味津々と言った様子で、絵馬掛けの方を見る。

 

「ちょっちょっと、そういうの良くないわ。やめておきなさい」

「えー、いいじゃん。絵馬掛けにかかってる絵馬、お姉ちゃんだって眺めたりするでしょ?」

「それは、そうだけど…」

「お姉ちゃんだって気になるんじゃないの?あの人、縁結びの神社にいる雰囲気の人じゃなかったもの!」

 

その男性は姉妹が鳥居をくぐったとき、すでに境内の中にいた。

全身、黒を基調とする暗い色の服に身を包み、ニット帽をかぶって一人歩く男性というのは、女性に人気のある縁結びの神社という性質上、目立った。

姉妹より年上であろう男性で、ちらりと見えた顔はどこか悲し気だった。とにかく縁結びの神社にくるという雰囲気の人物に見えないというのが姉妹の印象である。

けれど、何やら熱心に願っていたし、絵馬まで書いていた。

気にならないといえば嘘だ。

 

「とにかく!そうやって興味本位で特定の人の絵馬をみるというのは良くないことだと思うわ!」

 

先ほどの男性の絵馬を絞り込むことは簡単だろう。

まず女性の名前の記された絵馬は除外できる。

男性はその場で絵馬を買い、書いていたから、二人分の名前があるようなものも除外できる。

絵馬掛けにいた時間はわずかだったから、一番手前側にかかっているだろう。

屈んだ様子もなかったから、あの男性が立っていた辺り…そう考えればだいぶ絞られる。

そして除外していった中で男性の書いたと思われる絵馬を見つけられる可能性は高い。

 

「でも~、ちょっと!ちょっとだけ!!」

 

なおも食い下がるポニーテールの女性に眼鏡の女性は渋い顔をして首を振る。

 

「美奈お姉ちゃん」

 

ふいに末の妹の声が背後で響いた。

ゆるめに二つに結った三つ編みを胸のあたりまで垂らし、太いフレームの眼鏡をかけている。

その視線は次女にあたるポニーテールの女性に向いている。

 

「その人の絵馬、探しても見つからないと思うよ」

 

姉二人は妹の突飛な言葉に目をぱちくりさせた。

男性が去って以降、絵馬掛けに近づいた人間はいない。

男性はカバンのようなものを持っていなかったし、何より絵馬を書いて絵馬掛けに近づき、掛けずに帰宅するなんておかしいではないか。

 

「なんで、そう思うの…?」

 

ポニーテールの女性が問いかけると、末の妹は少し考えるそぶりを見せる。

 

「うーんとねぇ…内緒!」

 

ニコッと笑うと少女はくるりと背を向けた。

並べられたお守りを選び始める。

これ以上問いかけても無駄だという意思表示だ。

こうなったら彼女は何も語らない。

否、彼女自身もよくわからないかもしれない。

妹の不思議な力の片鱗を垣間見ている姉二人は、一度顔を見合わせると、妹のもとへと歩いて行った。

その女の人のことは神社に入ったときから気が付いていた。

彼女の視線を追いかけると黒い服に身を包み、ニット帽をかぶった男の人に行きつく。

縁結び神社という場所を考えるとどうしても、その男の人は浮いて見えた。

男の人はまるで、何かを辿るように、境内を歩いていた。

私達は姉妹で写真を撮ったり、おしゃべりしたりしながら、その男の人を追いかけるように参拝する。

社殿で何やら熱心に願い事をしていた。

お参りを終えて社殿に背を向けたとき、その人の表情が初めて見えた。

どこか悲しげに見えて、何もかもが場違いな人、そんな風に思えた。

けれど。

その姿が妙にこの神社の空気に溶け込んでいるようにも見えた。

うまくは言えない。前者が視覚的な感覚をもとに考えたことで、後者は直感だ。

私たちが参拝しようと社殿に向かっているとき、男の人がちょうど絵馬を買っているのが目に入った。

黒い服に身を包み、言い方は悪いがどちらかといえば怖い顔の部類に入りそうな顔で、ピンク色のハート型の絵馬はひどく浮いていた。

よほど、真剣に文面を考えていたのか、私たちが参拝を終えて社殿に背を向けたとき、その人はまだペンを握っていた。

私たちが授与所に向かおうとしたあたりでようやくペンを片付ける。

絵馬を掛けるとくるりと背を向け、鳥居の方へと歩き始めた。

その時だ。

あの女の人がおそるおそる絵馬掛けの方へ向かっていった。

ちらちらと男の人の方をみる。

きっと男の人は彼女の姿は見えていないだろうから、そんなに気にすることもないのに。なんて私は思った。

男の人が絵馬を掛けたあたりに女の人が立つ。

私に背を向ける形だからその表情はわからない。

けれど、振り返ったとき、女の人は泣いていた。

絵馬を大事そうに抱えてぽろぽろと涙を流して、その視線の先にはあの男の人の背中が見える。

それと同時に雨が降り出す。

ぽつりぽつりと、あたたかい雨。

これは、彼女の涙だ。

なんとなく、そう思った。

五分もたたずに雨は止み、今度は強い風が吹き抜けた。

雨でぬれていたはずのもみじもふわりと舞い上がる。

女性の姿がもみじの舞う中で薄れていく。

そんな中、彼女の唇が動いた。

声が聞こえた。

なんといっているかはわからない。

きっとそれは私が聞くべきものではなく、あの男の人のもとへと届けばいいのだろう。

風が収まったとき。

女の人の姿が消えていた。

おそらく、彼女が持っていた絵馬も。

ふと、男の人がこちらに振り返った。

その目は見開かれ、とても驚いているかのような表情を浮かべている。

 

あぁ、聞こえたんだ。

ちゃんと伝わったんだ。

そう思うと、少しうれしかった。

 

あの男に人が何を願ったのか。

絵馬になんと記したのか。

私は知らない。

それどころかあの二人の関係すら、私は知らないのだ。

けれど。

私はこう思う。

きっと、縁結びの神様が死という別れを迎えた二人を、もう一度結んでくれたのだと。

明美へ

 

ずっと一緒にいてやれなくて、守ってやれなくて本当に悪かった。

 

俺の本当の名前は赤井秀一という。諸星大も、赤井秀一もお前のものだ。

 

もしも来世というやつが存在するなら、今度こそ幸せにする。

 

 

愛している。

 

 

                            赤井秀一

 

 

 

『私も…私も!!ずっと愛してるよ!!これから先も、ずっと、ずっと。私の大好きな人だよ!!いつまでも、いつまでも、大切な人、だよ。来世で待ってるから、今度こそ、幸せになろうね!それと………ありがとう…名前をくれて…愛してるよ…赤井、秀一さん…』

 

 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択