No.1089442

唐柿に付いた虫 55

野良さん

式姫の庭の二次創作小説になります。

「唐柿に付いた虫」でタグ付けしておりますので、過去作に関してはそちらからご覧下さい。
闇の王はゲーム的には超真祖様になります。

2022-04-18 20:48:00 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:595   閲覧ユーザー数:584

 すり鉢状に切り取られた地の底で仁王立ちしていた建御雷が、とん、と軽く地を蹴って、鞍馬たちの方に飛ぶ。

「何が?」

 短く問いかけて来た鞍馬に、建御雷は、彼女らしい不敵な笑みを返した。

「もう少し下がれ」

「何と……まさか?」

 その言葉の意味を悟り、驚愕する吸血姫に、建御雷は頷いた。

「あいつが、向こうから応えた」

 どうやったか知らないが、あの円盤を通し、建御雷や、式姫達の縁に……応えてくれた。

「今、それを辿り、あの場所をこちらに引き戻し始めた」

 急激にやるとどうなるか判らないから、少し様子を見ながらやっているが。

「庭が完全にこちらに戻った時点で、ボクは直ぐに封印に戻らねばならない。だが、あちらがどういう状況なのかはボクにも判らない……鞍馬、吸血姫、後は頼むぞ」

 疲れ果てているだろうが……あいつの身の安全、君たちに託す。

「承知した、我が身に替えても」

 三人が頷き交わし、建御雷はすり鉢の外縁部に立ち、鞍馬と吸血姫はそこから距離を取るように移動を始めた。

「……ああ、そうだ、こうめ!」

 その背に、建御雷から鋭い声が飛ぶ。

「何じゃ!」

 大声で返したこうめに、建御雷は彼女には珍しい、歯切れの悪い言葉を返した。

「今回の件、月読様に助力を頂いた……その礼として甘味を供えてくれ、取り敢えず用意できる分だけで良い、後、定期的に頼む」

「甘味……甘味じゃと?!」

 では……あれは、本当にそうだったのか。

 わしの願いを、あんな小さな飴玉二つで祈った事を、神々が聞き入れて。

 咄嗟の事に答えにあぐねたこうめに変わり、鞍馬が微かな笑みを含んで返事を返した。

「その件、この庭の軍師として、主君やこうめ君に成り代わり、承知した」

 それにしても、月読様とは、また大きなお名前が出てきた物だ。

 三貴子として、太陽神にして皇祖たる天照、わたつみと根の国をしろしめす素戔嗚と並び称されし、夜と月を司る大いなる神。

 月は暦を……ひいては時を司る存在。

(成程、時なき世界とやらに道を繋ぐ事すら出来る訳だ……しかし、それ程の方が手を貸してくれるとはどういう事か)

 自分達の戦の帰趨に関しては神々も興味を持っているのは折々感じてはいたし、それも無理からぬ大戦なのは間違いない。

 だが僅かとはいえ、直接的な力を伴う介入までするとなると、話は変わってくる。

(判らないな、この戦い、そしてその先には、神々が介入するだけの何かが転がっているのか?)

 この件が片付いたとしても、懸念の種は消える処か増える一方か、困った物だな。

 だが、そんな軍師としての思考はおくびにも出さず、鞍馬は涼しい顔で言葉を続けた。

「今のご時世では難しい物だが、何とか甘味を調達する方途を確保して、定期的にお供えをするとしよう」

「頼む、量だけじゃ無く質にも気を付けてくれよ」

 ご機嫌を損じると怖い方だからね。

 その言葉は口の中だけに留め、建御雷は歪む空を睨んだ。

 引き戻す方は問題ない、掴んだ意識の手が離れる事は無さそうだ。

 これなら、更に力を加えても大丈夫だろう。

 最前、手の中から円盤を喪失した事で、さしもの建御雷も少し慎重になっているが、慎重にふるまえる時間は残されていない。

 足下からは、式姫達の維持する黄龍の封が、限界の軋みを上げている。

「……猶予は無いな」

 やるか。

 

 少し距離を取って、吸血姫と鞍馬はすり鉢状に抉れた場所を見おろしていた。

「ああ……そうだ、こうめ君、ちょっといいかな?」

 鞍馬が残った左腕の袖の中で手をごそごそやっていたかと思うと、油や酢を入れて置く、小さな壺を取り出し、こうめの手にそれを乗せた。

 この偉大な軍師が、この緊急事態に袖から取り出す物としては、余りに場違いな物。

「落とさないように頼むよ」

 小さな手の中に置かれたそれを見たこうめの顔が、怪訝そうにしかめられたのも仕方ない。

「何じゃ、これは?」

「客人さ、この後、荒事になった時に何かあってはまずいのでね、こうめ君が預かっていてくれ」

 納得は行かない様子だが、この軍師が今この時に無駄な事などしないのは良く判っている、こうめは大事そうに壺を預かり懐に仕舞った。

「しかし、こんな小さな壺に収まるとは、お主の客はおけら虫か?」

 こうめの言い種にさしもの鞍馬が失笑した。

「この厄介な御客人は、どちらかというと穀蔵虫(米蔵に湧く虫)の方だが……」

 今回の件の全容を知るには、どうしても欠かせない御仁。

 それまで黙ってやり取りを聞いていた吸血姫が、そこで僅かに顔をしかめた。

「なるほど、あの山で妾の魔眼に抵抗して気絶した奴を、ひっ捕らえて来たのか」

 奴は間違いなくあの場に居た一団の首魁、確かに此度の事の全容を知るには必要な奴ではあろう。

 ……口を割れば、だが。

「彼程の男が気絶していたのは君の力に抵抗したためか、成程な」

 無茶をしたものだ。

 鞍馬の言葉に、吸血姫が渋い顔で頷く。

「だが、恐らく奴の成し遂げたその無茶が、主殿の拉致を含む今の事態にまで繋がっておるのじゃ……その意味では妾の失策であり、あやつの手柄よ」

 敵ながら、とは言うが、業腹な話じゃな。

「それは言うな、それを言い出せば、私など、何度軍師の位を返上せねばならないか知れたものではないさ……」

 互角の敵手とやり合っているんだ……こちらが出し抜かれる事もある。

 肝要なのはそこで失策を取り返す為の次手が打てるかどうか。

 その時、鞍馬の腕の中で、こうめが身じろぎした。

「どうした?」

「……わしの見間違いでは無いよな」

 こうめの声が震える。

 そして、転じた吸血姫と鞍馬の目も、それを見た。

 何かの音どころか空気の揺らぎすら無かった。

 まるで最初からそこに在ったかのように、あの時唐突に奪われた光景を逆転させたように。

 庭が元の姿を取り戻していた。

 そして、そこで対峙する二人。

 それを見た吸血姫がわなわなと震えた。

 同じ姿をした二人が対峙していた。

 そして、片方が、その心臓に剣を突き立てて……。

「真祖!」

 

「さっさと起きろ」

 朦朧とする意識、霞み、何も見えない目。

 世界が静まり返っているのか、それとも耳が聞こえないのか、それも判らない。

 その中に響いた、はっきりした声。

「……まん……じゅう?」

 最前まで、彼の傍らに居た、彼女だろうか。

「何を平和な寝言を言ってる、ボクは渋茶なんか出さないぞ」

 白まんじゅうとは正反対な、シャキシャキとした物言い、凛と張られた声。

 ああ、そうか、この声は。

 

(応えろ、ボクを式姫として、この世界に呼び出した不遜な大馬鹿野郎!)

 

 死に落ちて行こうとする意識の中で、彼を引き留めてくれた。

「建……御雷」

「……ふん、思い出したか」

 声が多少柔らかくなる。

「済まねぇ……目が、開かねぇんだ」

 口を開くのも。

「当たり前だ、命までも絞り尽くして自分の式姫に与えるなんて暴挙をした奴が、力を多少取り戻しても、そうそうすぐに動けるようになるもんか」

 だが。

「大したものだな、生にしがみ付きながら、それでも死に真っ向から立ち向かい、絶望の戦場で生を拾った」

 奇跡に見えるかもしれないが、よき軍師と友を得て、ここまで戦って来た……その生の軌跡が為した事。

 偶然や幸運では無いぞ。

 額にひんやりとした感触を感じる。

「良くやった」

 流石、ボクが主と認めた男だ。

 その手から、力が満ちて来る。

 自分の身が、あの庭に抱かれる、あの感触。

「お前の過酷な戦いはまだまだ続く、今はまだ、その果ても見えないだろう……けど」

 そのまま進め。

 黄龍の封を肩代わりしてまで、ボクを呼び出してお前の帰還を願った式姫達。

 大いなる三貴子の一人に祈り、動かした少女。

 彼女たちと共に。

 建御雷の存在が遠くなる。

「すまねぇ」

 まだ、君を開放する事は出来ない。

 だが、いつの日か……。

「……気にするな、神は気が長いんだ」

 待っててやるよ、お前の最後の勝利を。

 あの庭で……。

 その時は、唐突に訪れた。

「遅い……馬鹿」

 そう小さく呟いたおゆきの膝が崩れ、華奢な体が、大地にとさりと軽い音を立てて倒れた。

 それと同時に、彼女の周囲に煌めいていた氷柱が一斉に砕ける。

 月の柔らかい光を無数に弾く氷片がきらきらと降り注ぐ中、地に頬を付いたおゆきの口元が微かに綻ぶ。

 天柱樹が、その命を共にする存在の帰還を得て、再び力を取り戻した。

 そして、黄龍の封印が復活した事も。

 頭を上げる力も残っていない、だが、大地から伝わる力に安心する。

 ほんと、帰ってくるのが遅いのよ。

 でも……。 

 貴方は私達の願いには……何時だって応えてくれるのよね。

 おゆきは心地よい脱力感の中で、目を閉ざした。

 

 鳴動が収まった大地の上で、仙狸は槍を握る手を離した。

「やれ助かった……」

 槍を、一筋の血が伝う。

 裂けた掌から流れる血が、指先から地に滴る。

 それに布を巻きながら、仙狸はまだ槍を握りしめたままの狛犬に声を掛けた。

「狛犬殿、もう良いぞ」

「……っス?」

 封印の要を死守するため、限界を超えて尚、槍を離さなかった狛犬。

 その朦朧とした意識の中で、優しい声に導かれるように顔を上げる。

「ようやったな」

「仙狸、どうしたッス?」

 何で、仙狸、手を離してるッス?

「もう大丈夫じゃ」

 落ち着かせるように、狛犬の頭を撫でる。

 お主なら感じられるじゃろ。

 仙狸の言葉に、槍に縋るように立っていた狛犬の鼻がすんすんと動く。

 ややあって、尻尾がぱたぱたと嬉しそうに左右に振られる。

「……ご主人様の匂いッス!」

 ご主人様、帰って来たッスか、仙狸?

「そうじゃな、帰って来よった」

 仙狸の言葉に、狛犬が満面の笑みで応える。

「狛犬判るッス、ご主人様がここにいるッス」

 胸がぽかぽかするッス。

 狛犬の……ここに。

 ……帰って……来たッス。

 安堵で気を失い、倒れそうになる狛犬の頭を仙狸が抱きとめる。

「お主の真っ直ぐな想いが、実ったのう」

 主は帰還した。

 そして、同時にその傍らに立つ、途方も無く強大な式姫の存在を、仙狸は感じ取っていた。

 式姫の力、現世に顕現させる存在としてはあり得ぬ程の……そう、あの建御雷にすら匹敵する。

「一体何を呼びよったのじゃ、主殿よ」

 

 真祖の心臓に突き立てた刃。

 そこに止めの一撃を加えようとする彼女と、それを押し留めた真祖の力比べ。

 拮抗する二人の力。

「……?!」

 その時、彼女は確かに感じた。

 二人の周囲で、止まっていた時が流れだす。

 私が切り取った、この場所が元の式姫の庭に戻されたというの?

 真祖様がここに居るというのに……一体誰が。

「……残念だったわね」

 拮抗していた筈の私の手が、押し戻される。

 私が押し返そうと、力を込める……だが、その力が及ばない。

「カーテンコールの時間」

 あのお方の本来の力と、私の力の懸絶を示すかのように。

 無慈悲に、絶対的な力を示し、徐々に剣が抜けていく。

「真祖……様」

「貴女が真祖を演じて来た……その舞台の幕が、下りるの」

 真祖様が最後に軽く左腕を伸ばす。

 その軽い動きが私の体を弾き飛ばし、手にした剣が、あの方の体から完全に抜け落ちた。

 間合いを離される訳にはいかない、突き飛ばされた態勢を立て直し、手にした剣を握り直して顔を上げ……私は自分の息が詰まるのを感じた。

 新緑の魔眼が、こちらに向けられる。

 その威圧だけで、この身が縛られる。

 畏怖が心の奥底から湧き上がる。

 闇の王が、そこに立っていた。

「真祖に成り代わらんと、最後まで戦い、抗い続けた、我が愛しき血族よ」

 真祖様のお姿が黒き炎に包まれる。

 そして、その黒き炎の後ろに立つ、あの男の姿を見た時、私は完全な敗北を悟った。

 天柱樹を中心とした式姫の庭の力が完全に甦り、あの男と……そして、彼の式姫である真祖様に流れ込んでいく。

「ならば私も、闇の王の位を渇仰する、その魂に応え」

 その炎が形を取り、あの方の身を鎧っていく。

 純白の肌を漆黒と鮮赤が彩る。

 その位を窺う天魔鬼神を退け続けて来た、太古の女神が纏いし戦装束。

「全霊の一撃を以て……汝を葬らん」

 我が、敵を。

 敵。

 あのお方が……私を敵と。

 全霊を以て討ち果たす敵と、お認めに。

 知らず、カタカタと鳴っていた歯を食いしばり、私は口角を上げた。

 剣を握る手に力を籠める。

 力を取り戻した闇の王が、叛逆者を直々に討ち果たそうというのだ。

 なんと、この身の程知らずの道化の最後を飾って余りある光栄か……。

 胸の前に剣を構え、正式の礼を返すと、不思議と手の震えが収まる。

 向き合う私に向けられるのは、青白くぬめりと月光を弾く刃。

 あのお方の魔力の結晶……あんな物で貫かれた日には、誰も助かるまい。

 呼吸を整える。

 もう、絶望的ではあるが……せめて最後までこの望みを貫こう。

 それが、貴方の人生を奪ってしまった、私の……せめてもの。

「我が望みを、この一剣に賭して」

 私の言葉に、あの方が軽く頷き、その身が無造作に前に出る。

 ゆったりとすら見える……優雅で完璧な動き。

 女王に踊りに誘われた初心な少年の如く、私も前に出る。

 銀光が交錯する。

 

 一閃。

「楽しかった?可愛い我が血族よ」

 細い刃が複雑に絡む。

 二閃。

「はい、真祖様」

 交錯した所を支点として、手首を返し、相手の体を狙う。

 弾く、流す、巻き込む、押し返す、誘う。

 この剣閃に、我が生を込めて。

 三閃。

「そう……良かった」

 これだけ打ち合えたのは僥倖としか言いようがないが。

 高い音と共に、私の手から細剣が離れた。

 奇跡はそう長く、実力に抗えない。

 完璧な巻き込みからの、跳ね上げ。

 吸血姫や貴女様に、こうして剣の手ほどきをして頂きましたっけ。

 

 私などには勿体ない、この上なく、幸せな日々でした。

 

 私の剣を跳ね上げ、そこから一瞬の遅滞なく刃が伸びる。

 これで終わり。

 私が終われば……貴方は解放される。

 それが、せめてもの……。

 だが、その刃は、反逆者たる我が胸では無く。

「……ぐ」

 二人の間に割って入った一人の男の胸を。

「……旦那!」

「……う……そ」

 刺し通した。


 
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