No.1088858

唐柿に付いた虫 54

野良さん

式姫の庭の二次創作小説になります。

「唐柿に付いた虫」でタグ付けしておりますので、過去作に関してはそちらからご覧下さい。

2022-04-10 17:59:27 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:506   閲覧ユーザー数:494

 こうめが、何かに驚いたように急に目を見開いた。

「どうした?」

 鞍馬が、何かあったかと目を向けた先で、こうめが呆然と、空っぽの手を見つめていた。

「……ない……わしの飴が」

「何だって」

 鞍馬が、珍しく慌てた様子でこうめの手元に目を向ける。

 可愛らしい、空っぽの掌。

 確かにそこに在った筈の飴二つが、綺麗に消えていた。

 ……そんな、馬鹿な。

 こうめ君は飴を手にしたまま、きつく手を握り何かに祈っていた。

 彼女が隠した、もしくは落としたという事は無い。

 そして、私がこうして彼女を抱えていた上に、すぐ隣には吸血姫まで居たのだ、何らかの存在が、それを掠め取って行ったという事も、まずあり得ない。

 そう、一つの例外を除いては。

 この少女が潜在的に持っているこの力……やはり。

 鞍馬はこうめに向けていた顔を、どこか厳粛な物に改めた。

「……こうめ君、もしかしたら君は、凄い事をしたのかもしれないぞ」

「何じゃと?」

 訝し気にこちらを見上げる顔に、鞍馬は何とも言えない顔を返した。

「君はその菓子を奉じて神に祈りと願いを捧げ……そしてその菓子は君の手から失われた」

 その意味するところは。

「……まさか」

 顔を見合わせる二人、その傍らで、吸血姫の震える声が響いた。

「何が起きたのじゃ、一体」

 あり得ぬ……このような事。

 信じがたい思いに、普段冷静な声が揺れる。

「吸血姫?」

 吸血姫が、異界の門と呼んでいた、歪んだ景色を映す虚空を呆然と見ていた。

「道が、繋がった」

「道?何のことだ?」

 問い返す鞍馬に、吸血姫は、まだ自分を信じ切れていない様子で、僅かに頭を振りながら悩まし気な顔を向けた。

「妾が言うより、自身で感じた方が早かろう……」

 意識を凝らし、彼との縁を手繰れ。

 細く微かだが……判るじゃろう。

 吸血姫の言葉に、怪訝そうな顔をしていた鞍馬が、ややあって驚愕に声を上げた。

「主君……?!」

 確かに彼の気配を感じる。

「こうめ君、やはり君は奇跡を呼んだのかもしれない」

 飴玉二つ分の、小さな希望を繋いだ奇跡。

「では!」

 明るくなるこうめの顔、だが鞍馬は厳しい表情を崩さなかった。

 浮かぬ様子の鞍馬の顔を見て、吸血姫も同様の暗い顔で頷く。

 二人とも、何故そんな顔を。

 鞍馬の表情を見たこうめが何か言おうと口を開く前に、吸血姫が重い声を鞍馬に向けた。

「じゃが余りに細い」

 そして、微か過ぎる。

「……まさか」

 彼の気配が断たれてから、それなりの時間は経っている。

 あの強敵を相手に、生身の人間が、どれだけ抗し得るか。

 手遅れ……だった?

 最悪の想像に青ざめるこうめに向かい、鞍馬は自分に言い聞かせるように首を振った。

「……判らない、そして判らない以上は勝手に諦めるな」

 さっきよりは状況は良くなっているんだ。

 今は呼びかけるしか……そして、掴んだこの糸を手繰るしか。

 諦めるな、こうめ君、吸血姫。

 こうして道が出来たんだ。

 彼は……帰ってくる。

 

「嘘だろ……どういう事だ」

 歪んだ空を睨んでいた建御雷の口から、信じがたい想いが零れる。

 彼を手繰る為の、細い……そして一度は失われた糸が、再び自身の手元に戻った事を確かに感じた。

 だが、それが自分や式姫達のした事では無いのは確か。

「一体誰が」

 余りに自分達にとって都合のいい話に、何らかの罠の存在を軍神としての理性が警告して来る。

 だが、時が無い。

 たとえこれが罠だとしても……掴む以外は。

「虎穴に入らざれば虎子を得ず……かよ」

 冗談じゃないな、何でこんな陳腐な言葉がぴったりくる状況に、ボクが陥らなけりゃならないんだ……。

(陳腐という事は、使われる状況が多いという事ですので)

「うるさい、知ってるよそんな事」

 眼鏡越しに優しく世界の全てを見守る知恵の神、彼女の穏やかな言葉が聞こえた気がして、建御雷は我知らず悪態を吐いてから門を見上げた。

 その向こうに見える月が奇妙な姿に歪んでいる。

「ええ、ままよ、罠だというなら踏みつぶしてやるまでだ」

 覚悟を決めろ……一瞬の勝機を見出し、それを掴むのも軍神の力だ。

 時の果てに至る一筋の糸、そしてその先に有るだろう、あの円盤の気配を辿る。

 この門と、恐らく彼が居るだろう場所への門が、確かにこの道によって繋がっている事が、彼女にも判る。

 あの円盤が、片割れを求めて飛び去った、その軌跡。

 時の轍。

 そして、そこを道たらしめた、微かな、だが圧倒的な力の波動の存在。

 その正体を悟り、建御雷は覚えず呻いた。

「月読……様?!」

 間違えようがない、天界最強の軍神である自分や、それに匹敵する武威を誇る炎の神ですら歯が立たない、というより、勝負自体をさせて貰えない、時空を司る大いなる女神の力。

 どうして、三貴子の御一人たる貴女が。

 あの男とこうめ、そして彼らの戦いの帰趨は、貴女様の関心すら引くのか。

 あまつさえ、助力まで。

 ……判らない、確かに大妖、玉藻の前の妨害を退けつつ、邪悪に汚された黄龍の封を造り上げ、浄化しようとする彼と式姫の戦いは、人の世界の今後を左右する重要な物であるのは間違いない……だが、それにしたって。

 高天原の意思は奈辺に……。

 そこで建御雷は、思考を断ち切るように、強く頭を振った。

 疑問や考える事は後だ。

 今、一番重要なのは、この助けが彼女の力に依る物であるという事。

 つまり、罠の存在はあり得ない。

 それまで、探り探りだった意識の力を集約し、建御雷はその作られた時の道に力を向けた。

 この庭は、今や彼女の一部と言っても良い。繋がってしまいさえすれば、奪われた一部を捜すなど造作も無い。

 建御雷は、その門の先に、庭の一部の存在を確かに認めた。

「……遅かった?」

 そして同時に、薄れゆく彼の命も。

「勝手に死ぬな馬鹿野郎!」

 軍神の加護を得た男が、その生を賭した戦を全うせずに、そう簡単に死なせて貰えると思うな。

 だが、辿る道は出来たが、そこで力を具体的に行使する為の呪具、あの時を操る円盤は手元にない。

 この、辛うじて繋がっているだけの状況下では、力づくであの庭を呼び戻すのは、流石の建御雷であっても。

 あちらで……あの円盤を通じて、こちらに呼応してくれねば、無理。

「自身の生死の最後の一線は自分で超えるしかない……という事なのか」

 ……過酷な戦いを選んだとはいえ、運命はどれだけあいつを試せば気が済むんだ。

「頼む、ボクの……ボク達の声に応えろ」

 掌中に感じる、冷やりとした感触。

 もう、感覚と言って、それ位しか感じない。

 握りしめたそれが何だったのか……もう思い出す力も無い。

 だけど……不思議だ。

 その、握りしめた冷たい物から、暖かい何かが溢れて来る。

 綺麗な旋律の中を流れていく、澄んだ歌声。

 何やらの焼ける良い匂い。

 さらさらと流れる小川の音に混じる、小気味よく注がれる酒の音。

 高く澄んだ武器の打ち合う音と、その間に混じる凄烈な気合の声。

 耕され、良く手入れされた土の匂いと、土中の生き物の立てる微かな息遣い。

 バタバタと走り回る足音と、楽し気な声が連鎖する。

 風が木々の間を抜けるさらさらという音の中に、虫や鳥たちの声が混じる。

 命の営みが優しく回る……。

「いいおにわだねー」

「……白まんじゅう?」

 響いた声の方に意識を向ける、それまで暗黒だった男の眼前に庭の景色が拡がる。

 うららかな日差しの中、縁側に座って足をぱたぱたさせながら、白まんじゅうがこちらに笑いかけていた。

「わたし、このおにわ、好きよ」

「……そうか」

 ありがとな、自慢の庭だよ。

 縁側からぴょんと飛び降りた白まんじゅうが、ぽてぽてと歩き出す。

 木々を透かして柔らかく降って来る光をまぶしそうに見上げ、鳥の声を聞きながら歩む白まんじゅうの後ろに付いて、男もゆったりと歩き出した。

 鞍馬の作った枯山水を不思議そうに眺め、良い匂いを漂わせる厨を覗いて鈴鹿に軽く注意され、畑になった唐柿を毟ろうとしてかやのひめに怒られ。

 歩く二人の傍らを、飯綱に白兎に鳳凰、そして狛犬が元気に駆けて、追い越していく。

 そんな風に庭をそぞろ歩いている内に、二人は小川の畔(ほとり)を歩いていた。

 その流れを楽しめるように、木陰に置かれた縁台を見つけ、白まんじゅうが小さな翼をぱたぱたさせながらぴょいとそこに飛び乗って、はふーと長い息を吐いてからぐてりと伸びる。

「お疲れさん」

「んー、おさんぽ楽しいけどつかれるのー」

 私のお城ほどじゃないけど、広いおにわねー、そう言いながら、白まんじゅうはもぞもぞと男の膝の上に上り、猫宜しくその上で伸びながら、ゆるやかな小川の流れに目を向けた。

「こちらでは、おにわの中に、自然な川のようにして水を流すのねー」

「まぁ、こんな釣りが出来るような広さと水量の代物流してるのは確かに珍しいが、山水を模して造る庭だと、自然な流れを作ろうとはするな」

 お前さんの国じゃやらんのかい?

「水路はあるんだけど石組をしてあったり、地下に水路通したり、まぁせいかつのためにー、一部に流してるていどねー、それとー、私たちのおしろだとー、あちこちに小川があると、どらちゃんたちがこまっちゃうのもあるから、めだたなくしてるんだけどー」

「……そういやそうか」

 軽く飛び越せる程度の川を越せず、わざわざ遠回りをして橋を渡ったり、人の手を借りながら跳躍して越していた吸血姫の姿を思い出す。

 今はそうならないように、ちょっとした橋や木の板をあちこちに渡しているが、彼女が来た当初は何かと難儀している様子だった。

「ふふ、こんなに一杯小川があるおにわじゃ、どらちゃんも大変だったね」

「今はそうでも無いようだが、にしても割と難儀だよな、お前さん方の禁忌は」

 男の言葉に白まんじゅうは小さく笑った。

「ステュクスにて世界は生者と死者に分かたれる……そして世界の全ての河は、薄く細くなれどもステュクスの支流」

 単語の意味が解らなかった様子の男に、三途の川の事よ、と小さく言い足して、白まんじゅうは目を閉じた。

「故に、死者は川を渡れない、渡るには、橋などによって境を無くすか、生者に呼んで貰う必要がある」

「……そういう、事なのか」

「そう……そういう事」

 呼ばれ、応えればその間に縁が生じる。

 それを辿り、私達は生者の世界にやってくる。

「不死者にとって、生死の垣根はその位高いの……でもね、縁はその垣根すら超える力をくれる」

 そこで言葉を切り、白まんじゅうは彼をじっと、あの闇の王の瞳で見つめた。

「届いてるよね?」

 貴方に届けと振り絞った歌声が。

 友と交わしたいと酒を酌む心が。

 喜んだ顔が見たいと、心を尽くして厨房に立つ人の願いが。

 共に過ごした時間を反芻するように、土を耕す人の想いが。

 守りたい存在の為に、鍛錬を重ねる人たちの情熱が。

 一緒に、この場所を造って来た……その全ての記憶が楽しく、嬉しく、愛おしいと。

 同じ時を駆け抜けた、その足跡が。

「今、貴方が見ているこの風景は、貴方への、貴方と紡いだたくさんの想い」

 その流れが一つの力となって集まっている。

 白まんじゅうの指さす先。

 庭中の流れが集まる大池。

 その中央に聳える、松の大樹。

「その全てが、強く、貴方を呼んでいるわ」

 大樹がざわりと揺れる。

「建御雷……」

 応えてあげて。

 貴方が愛した世界、貴方が愛されている世界に。

「だが、俺は」

 既に……。

「そう、本来なら、貴方は全ての力を私に与え……既に死んでいる身」

 実際、その生はほぼ尽き掛けている。

 でも、まだ生きてる。

 貴方が大事に預かってきた沢山の心が、その身を生に引き留めている。

 不死者の王が言う言葉じゃないけど。

「貴方は、死んでは駄目」

 まだ、間に合うわ。

 力さえ甦れば、貴方の命もまた、繋がる。

「左手に意識を凝らして……貴方の手の中には何がある?」

「手の中に」

 それまで空だった掌の中に、いつの間にか鈍く光る物があった。

 がちゃり、と金属同士がぶつかる音を立てる、円盤が二つ。

「これは」

「時の鍵」

 使いこなせれば、時を止める事すら適う、神器の一つ。

 本当は、この世界に有っちゃ駄目な物だけど。

 これを使えば。

「しかし、俺にこんな呪術の道具は、到底」

「大丈夫」

 貴方に預けた、私の小さな心が導くわ。

 それにね。

「向うからも、凄い力で引っ張ろうとしてくれてる」

 だから、大丈夫。

 白まんじゅうが、円盤に手を添える。

 私の後に続いて。

「この鍵により、時の扉を開く」

 彼の地より、此の地へ。

 此の地より、彼の地へ。

 二つの声が、輪唱のように不思議な旋律となって辺りに木霊す。

 その歌うような声に応えるように、くるくると、二つのメダルが、まるで踊るように回り出す。

 後はお願いね、庭の、この人を守護する女神さま達。

 此の地を、彼の地へと……。

「帰ろ」

 私たちの庭に。

 

 引き寄せようと伸ばす意識の手が、弱々しくだが握り返された。

 それを感じた建御雷が、にこりと笑った。

「死の淵に有りて、生を掴んだか」

 よくやった。

 流石だ、ボクが主と認めた男よ。

 それをぐいと引き寄せる。

 彼を。

 そして、奪われた大地を。

 あるべき場所に、引き戻す。

 建御雷の手が、削り取られていった庭に……そして彼に完全に掛かる。

 大樹の加護が再び繋がる。

「ボク達の勝ちだ!」

 

謎の甘党こと月読様

 

こうめ


 
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