~エレボニア帝国南部 イストミア大森林 エリンの里~
アスベルは作戦を終えた後、アクエリオス単独で『精霊の道』を経由して里に戻って来た。ロゼや留守番メンバーに経緯を報告する目的もあるが、残るメンバーの情報を既に伝えたことも起因している。
「―――トールズ士官学院の第Ⅱ分校にですか」
「ああ。得られた情報からして間違いはない。リィン達も十分強くなっている以上、俺が介入する意義も無いからな」
元々アスベル達はこのゼムリア世界の人間ではない。時が来れば元の時代に帰ることになる。充てにし過ぎてこの先に支障が出ても困るため、必要以上の干渉や介入はしないと決めており、これには他の“来訪者”メンバーも同意見だった。
帝国西部に向かったリインたちはミルサンテを経由してリーヴスに入り、残る救出メンバーのエリゼ・シュバルツァーやティオ・プラトーと合流する。そこに待ち受けるのはトールズ士官学院本校の生徒たちだろうが、今のリィン達を相手にするのは些か酷すぎるだろう。
「気になることは?」
「あそこには特殊な訓練施設があると聞いているが……まあ、人為的なもので流石に神クラスなんて呼び出せはしないだろうと思いたい」
「アスベルがそう言うとフラグにしか聞こえないんだけど」
その要塞を管理しているのは、導力器の基礎を作ったエプスタイン博士の三高弟の一人であるG・シュミット博士。研究本位の人でそこに善悪の価値など求めない。良くも悪くも研究者気質が強い人間だからこそ、逆に信用できると踏んだ。
「どこかのマッドサイエンティストはともかくとして、シュミット博士が自分の手に負えないようなものを作り上げるなんて馬鹿な真似はしないだろう。それこそ研究者として“落第点”を与えられるようなものだ」
「ま、確かにアスベルの言う通りだなァ。てことは、暫く待機かね?」
「そうなってしまうな」
ともあれ、戦闘の疲れを癒そうとアスベルが一足先にアトリエを出たところでARCUSⅡの着信音が鳴った。アスベルが通話を繋げると、そこには意外な人物―――アルフィン・ライゼ・アルノール皇女の姿が映った。
「これは皇女殿下。ロクに挨拶も出来ずに去ってしまって申し訳ありません」
『いえ、事情はリィンさん達から窺っておりましたのでお気遣いなく。その、実は少しお願いがございまして』
「お願いですか? まあ、自分が助けられる範疇ならば“依頼”という形でお引き受けいたしますが」
『なら、直ぐに「メルカバ」へ寄って頂けますか?』
情報を逆算すると既にリィン達が動いている以上、彼らに頼めなかったのは止むを得ない。そこまでしてアルフィン皇女がしたかったことを叶えるべく、アスベルは依頼という形でメルカバにとんぼ返りすることとなった。
そして、アクエリオスと共に向かった先はアルスターのレンハイム家の生家跡だった。
「すみません、我儘を言ってしまって」
「構いませんよ。大体、こういうのはリィンが気付いてやるべきなのですが」
「リィンさんはエリゼのことに集中させてあげたかったですから」
アルフィンは白いバラと少し大きめの楽器ケースを持ち込んでいた。アクエリオスのコクピットに誰かを乗せたのは彼女が初めてとなるが、アルフィンは以前ヴァリマールに乗ったことがある為か、そこまで驚きはしていなかった。
見るからに、アルフィン皇女はリィンに恋愛感情を抱いている。問題はその対象が重度のシスコンを抱えているという問題点に加えて自分に向けられる恋愛感情に鈍いという朴念仁の集大成という存在なわけだが。
「しかし、まさかこのタイミングでオリヴァルト殿下の墓参りとは」
「寧ろ、このタイミングでないと次にいつ訪れられるか分かりませんでしたので」
当の本人が生きていることをアスベルは知っているが、この先のことを考えると下手に言えることでもない。アルフィン皇女の代わりにケースを持っているアスベルは、生家跡にある石碑の上に献花があることに気付く。
「確かに……おや? 先客が来ていたようですね」
「え? あれは……」
アルフィンもアスベルの言葉でそれに気付いて、屈んでそれを見つめる。白いバラに括り付けられた黒いリボン―――それは間違いなくアルノール家で弔事に用いられるもの。皇帝はクロスベルの病院、皇妃はオルディスの公爵城館にいる以上、ここに立ち寄れる皇族関係者はアルフィンを除けば一人しかいない。
「セドリック……どうして……」
「……恐らくですが、心のどこかに“後悔”を抱えているのでしょうね」
セドリックはギリアス・オズボーンに心酔していたが、同時に皇族としての柵に囚われないオリヴァルト皇子を尊敬していた。対立する二人と内戦で負ったものによってセドリックは“鉄血の子供達(アイアンブリード)”となり、そして『紅き翼』を爆破することに手を貸した。
「後悔、ですか?」
「私の知る限りにおいて、セドリック殿下はオズボーンとオリヴァルト殿下を尊敬していた。その後の彼に何があったのかは私にも分かりませんが、そうならざるを得なかった事情があったと思われます」
オリヴァルト皇子は実の母親を失い、それこそオズボーンの述べる“恨み”を抱えていたとしても不思議ではなかった。だが、彼はアルノール家を恨まずに受け入れた。誰よりも皇族としての役割を果たそうと足掻き続ける道を選んだ。
「アスベルさん、貴方は一体」
「自分はこの世界の人間ではありません。正確に述べるとするならば、既に分かたれたゼムリア大陸の並行世界の過去から来た人間です。時が来れば、自分を含めて元の世界に帰るだけですので、お気になさらず」
「……アスベルさん、お願いがあります」
アルフィンが申し出たのは、この先の『相剋』で対立することになるセドリックに対してのものだった。もしもの時は殺してでも止めて欲しい……と。
オリヴァルト皇子にはああ言ったものの、お願いをしてきたアルフィン皇女の手は震えていた。それを察したアスベルはアルフィンの頭に手を置いて撫でた。
「あ……」
「アルフィン殿下。今の言葉が仮に本心だったとしても、心のどこかで家族を失うことを恐れているようにしか見えません」
今のアルノール家は一家がバラバラの状態になってしまっている。アスベルはこの世界の行く末やこの大陸がどうなるかまでの責任など負えないのに、帝国の皇族事情に関与する気もない。だが、真摯に家族のことを想っているアルフィン皇女を思うと、オリヴァルト皇子の時のように辛辣な発言など出来なかった。
「この世界を離れるその時まで、殿下が望まれるのであれば自分が力となりましょう。これでも一応帝国の護りを担ってきたヴァンダールの剣を修めた身ですので」
「……ふふ、リィンさんのように見抜きながらも、どこか一線を弁えているあたりは何故だかズルく感じてしまいます」
「一応、これでも将来の伴侶がいる身ですから」
アルフィンを宥めた後、アスベルは持ち運んだケースを開けた。そこにはリュートが入っていて、名器と呼べるものではないが、明らかに長いこと使われているだけでなく、きちんと手入れされている代物だ。
「これは、もしかしてオリヴァルト殿下の?」
「はい。偶々女学院に残っていたのです」
流石に昼間なので町の人にも迷惑は掛けないだろうし、アルフィン皇女は事前に町の関係者であるサンディに確認していた。アルフィンはリュートで『琥珀の愛』を演奏するのだが、元々オリヴァルト皇子が愛用していたのもあってかサイズが合わず、四苦八苦している様子が見られた。
「す、すみません。もう少しうまく弾けたと思うのですが」
「謝る必要はありませんよ……僭越ながら、自分が弾きましょうか」
「アスベルさんはリュートを弾けるのですか?」
「齧った程度ですので、お目汚しにならないように頑張ります」
そうしてアスベルは『琥珀の愛』の弾き語りを始めた。
『―――君は音楽の才能があると思う。愛の狩人たるボクが太鼓判を押すよ!』
リベールでの一件の時、オリビエに押し付けられる形で練習したリュート。元々手先が器用な方だったので、直ぐに修得できた。帝国きっての楽器メーカーの高級品まで態々送り付けてきて、夜に弾き語りをすることも少なくなかった。
実を言うと、前世で朧気だった実の両親との記憶の中に父親がギターを弾く姿があった。母親も琴を嗜んでいたと聞いたことがあり、それが家業を隠す為の表の顔だったのだろう。音楽家としての顔と剣士としての顔……その気質を良くも悪くも受け継いでいた。
そして、アスベルが演奏を終えるとアルフィン皇女の細やかな拍手が贈られた。
「ふふ、凄いですアスベルさん。まるで目の前にお兄様が演奏しているみたいでした」
「うーん、それを素直に喜んでいいのか困るのですが」
「そう仰ると言うことは、アスベルさんの知るお兄様も随分破天荒でいらっしゃるようですね」
「破天荒というか奇天烈と言いますか……」
明らかに墓前(当人が死んでいないのでどうとも言えないが)でするべき話ではないが、あの御仁は湿っぽい話を嫌うので、寧ろこれぐらいが丁度良いのだろう。寧ろ『ボクの華麗で素晴らしい武勇伝を盛大に語り継いでくれたまえ!』と豪語するに違いない。その代わり、親友の胃がヤバいことになるところまでがワンセットというオマケつきだが。
演奏を終えたので、楽器をケースに仕舞い終えて立ち上がると……アルフィン皇女の目線が何処か熱を帯びているようにも思えた。
「……殿下、メルカバまで送り届けますので、そろそろ行きましょうか」
「あ、はい(私、一体どうしたっていうのかしら。私はリィンさんのことを愛しているというのに……うん、多分お兄様のことでアスベルさんに重ねただけよね。そうに違いないわ)」
「?」
アルフィンの中に芽生えたアスベルへの感情。彼女は内心でリィンへの恋慕に加えてオリヴァルト皇子とアスベルを重ねて見ていたのだと納得させるように急ぎ足となり、その光景を見たアスベルは首を傾げたのだった。
「きゃっ!?」
「殿下、危ない!」
すると、段差に気付かずに躓くアルフィンの姿を見たアスベルは彼女を庇うようにして助けた。ケースを置いたままだったので楽器に被害は出ていないが、問題は二人の体制であった。
「あ、あれ、痛く……って、アスベルさん!?」
「……(何で俺までこんな目に遭わんといけんのだ)」
分かりやすく言えば、アスベルの上にアルフィンが覆い被さっている格好であり、アルフィンの胸部が丁度アスベルの顔を覆う形となっていた。流石に息とか言葉を発するとその振動で余計酷いことになると分かっている為か、押し黙りながら“主人公の気質”を受ける羽目になったことに疑問を呈したい気分だった。
お互いに怪我を負っていないが、起き上がったアスベルは頭を下げた。
「申し訳ありません、殿下。私が適切な振る舞いをしなかったせいで殿下を危険に晒してしまいました」
「い、いえ! 元はといえば私も足元に注意していなかったのもありますので……その、今日のことはお互いの胸の内に仕舞うということで」
「殿下がそう仰せならば、そういたしましょう」
正直、リィンの代わりを背負うということがどれほど大変かなんて今の自分には身に染みて分かっている。この世界の法を捻じ曲げれば割と簡単に行きそうな話だが、今のリィンにそこまで気を回せる余力はない。ましてや、今の彼はこの先の未来の存亡を担う身なだけに。
「……全く、リィンが正式な貴族になって全員を娶れば話が手っ取り早くて済むんだが……あの朴念仁にそこまでの甲斐性なんてあるのかね」
「アスベルさん? 何か仰いましたか?」
「いや、独り言ですよ殿下」
特にトラブルもなくアルフィンを『メルカバ』に送り届けた後、ドレックノール要塞絡みでアガット達と改めて情報交換を行っていたところでトールズ士官学院・第Ⅱ分校からティオ・プラトーとエリゼ・シュバルツァーの救出に成功したという一報が齎されたのだった。
これで当初の目的である関係者の救出も出来たわけなのだが、メルカバ捌号機には別の問題が浮上していた。それは搭乗員の過多に加えて同乗しているリベール組・クロスベル組の存在も出てきた。
これから次に動くとしても、Ⅶ組メンバーの関係で使えそうなレグラムやバリアハートには衛士隊が入っているため、現状帝国領内に安全地帯が存在しない。
「(『アルセイユ』を動かせばその問題は解決するが、現状俺らがいつ帰還するかのタイムリミットが定まっていない以上、迂闊に動かせない)……ミュゼ」
「あら、ここで私に相談ですか?」
「相談というよりも、寧ろここにいる全員に伝えるべき案件があるんじゃないのか? 例えば『千の陽炎(ミル・ミラージュ)』に関係することとか」
「そうですね。そろそろでしょうか」
すると、ブリッジにいるロジーヌから通信が入っているという連絡があり、ガイウスの指示でモニターに表示すると、そこに映し出されたのはオーレリア・ルグィンであった。
『揃っているようだな―――7日ぶりだな、シュバルツァーに新旧Ⅶ組。ハーシェルにラッセル、エリゼ嬢もご無沙汰している。アルフィン殿下にアンゼリカ嬢も良くご無事でいらっしゃいました』
「はは、分校長もお元気そうで……」
「まあ、多方面に迷惑を掛けまくりましたが」
「事情は伺っております。将軍もご無事で何よりです」
『勿体ないお言葉』
挨拶を済ませた後、オーレリアは一つの提案を持ち掛けた。今日の午後、“とある場所”に来ないかという誘いであった。対象はミュゼだけでなくリィンや新旧Ⅶ組、リベール・クロスベル組に加えてアスベル達―――“来訪者組”に対してもであった。
各々縁のある人たちとの再会を匂わせるような発言だが、帝国の『大地の竜(ヨルムンガンド)』作戦が近付きつつある中、単に喜ばしい再会で終わるという可能性は低い。恐らく、Ⅶ組やリベール・クロスベル組は立会人という性質も含んでいるのだろう。
ミュゼが立てた『最悪にして唯一の反攻作戦』―――『千の陽炎(ミル・ミラージュ)』の概要を伝える場として凡その見当はついている。
「その、アスベルは分かるの?」
「大方の予想はな。だが、その戦いに加わるかどうかは何とも言えない」
実は、アルフィンとの連絡を終えた後にARCUSⅡの画面に表示された謎のカウントダウンの存在があった。そのリミットを計算した結果、アスベル達が帰還できるチャンスは9月1日の0時。問題はその帰還方法が明確に定まっていないことにある。
それを逃せば、アスベル達はこの世界に取り残されることになる公算が高いと読み取った。
今日は8月26日。つまり、この世界に残っていられるリミットが既に1週間を切ったということに他ならないということだった。
唐突に絆イベントを突っ込んでみました。理由はアスベルも“主人公”としての役割を負ってもらうためです。とはいえ、この世界のアルフィンと結ばれるという未来はないのですが。
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