No.1086790

紫閃の軌跡

kelvinさん

外伝~神と帝国最強の齟齬による結果~

2022-03-12 15:27:38 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1118   閲覧ユーザー数:1028

~エレボニア帝国 サザーラント州 エリンの里~

 

 守護騎士の一件はあったものの、そこはローゼリアが「本気で性根まで扱く」と珍しくやる気になっており、エマもこれには「まあ、お祖母ちゃんが珍しくやる気になっているなら、私が止める気もありません」と止めとも言える言葉にセリーヌが珍しく引いていた。

 曰く『ロゼの場合、一度その気になったら歯止めがきかないのよね』とのこと。

 

『本当に申し訳ありません。総長からも貴方方を抑え込むようにしないよう厳命はしていたのですが……』

 

 正直トマスが不憫に思えてきたので、近々胃薬でも差し入れにしようかと思う。それを向こうも察したのか、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

 

 そんな中、トワが新たな情報を仕入れてきた。内容はサザーラント州に帝都から皇族の一人とトールズ士官学院・第Ⅱ分校の関係者の二人が移送されてきたという内容だった。それだけならばまだしも、今のサザーラント州を統括しているのはハイアームズ侯爵ではなくバラッド侯爵という人物だった。

 

「バラッド……ラマール州の調査の際、名だけは聞いたことがあるな。確か、カイエン公の縁者だったはずだな」

「ええ。私の大叔父に当たる人物でして」

 

 ヴィルヘルム・バラッド―――帝国西部ラマール州を統括する《四大名門》のカイエン公爵家出身の侯爵位の帝国貴族。前カイエン公爵クロワール・ド・カイエンの叔父にして、先々代カイエン公爵の弟にあたる。

 話を聞くに、クロワールが内戦(十月戦役とも称される)で逮捕された後、カイエン公爵家の継承絡みで筆頭に立ったものの、『身喰らう蛇』の騒動で憂き目にあった人物。その後、領邦会議でミュゼがミルディーヌ・ユーゼリス・ド・カイエン公女としてカイエン公爵家を継ぐと宣言しており、バラッド候は責任を取って隠居を余儀なくされていた筈の人物だという。

 

「間違いなく政府の意向を受けてのものだろうね」

「……彼に連絡を取ってみるか」

 

 アスベルが連絡の相手に指定したのは、マリク・スヴェンドだった。彼が元アルバレア公爵家の人間であることは『影の国』で知ったため、バラッド候の行動理念を読み解くには最適だと判断してのものだった。

 アスベルはマリクに一連の情報を伝えると、マリクは少し考えた後でこう述べた。

 

『成程……あの御仁は貴族の座に腐心するあまり、仕事に熱心な人間ではなかったと記憶している。そんな人間を態々サザーラント州の統治に就けたということは、体の良い傀儡の役目を政府は期待しているのだろう』

「マリクさんは大叔父のことを御存知なのですか?」

『ああ。これでも元貴族―――アルバレア公爵家の人間だったからな。猟兵になってからも貴族のウィークポイントを探る過程で情報は集めてたからな』

 

 マリクは未練がないためか、あっさりと自身の出自を明かした。これにはユーシスが一番驚いており、小声で「貴方のような人がいれば、アルバレア公爵家はまだまともでいられたかもしれんな」と呟くほどだった。

 

『まずはセントアークで情報を集めた方がいいだろう。移送された二人の情報の度合いで居場所は大分絞れるはずだ。その辺はアスベルに任せる』

「そうだな。すまないな、急に連絡して」

『なに、雑魚ばかり相手するのも飽きていたからな。それじゃ、互いに頑張ろう』

 

 マリクの通信が切れる直前に何かの機械が破壊される音が入ってきた。あの音は確か、機甲兵が破壊されたときに発する音に近かった。

 

「……あの、アスベルさん」

「まあ、戦闘中暇になったところで連絡を受けた形なんだろうな。多分、帝国側の機甲兵が数十機壊されてるだろう」

「冗談に聞こえないというのが何とも」

 

 ともあれ、届いた支援要請を片付けつつセントアーク市に入ったリィンたち。アスベルはオルディスの時と同じように城館へ忍び込んだが、移送されたと思しき二人の姿は確認できなかった。

 

(オルディスの時と違い、使用人の数も維持が出来る最低限に抑えられている……ここにいない以上、探る価値は無くなったか)

 

 そうなると、どこかで二人の身柄を誰かが差し止めたということになる。アスベルが帝都からセントアークに来る途中で見かけた要塞。確かドレックノール要塞という名らしい。ともかく、アスベルは隠形で城館を抜け出した。

 合流地点として選んだのはセントアークのギルド支部。正確にはギルドの跡地だが、遊撃士が使えるように手筈は整っている様子だった。そして、そこにはリィン達だけでなくエリオットの姉であるフィオナ・クレイグもいた。

 

「リィンたち。それに……」

「初めまして。エリオットの姉のフィオナ・クレイグと言います」

「アスベル・フォストレイトといいます。名前呼びで構いません」

 

 ともあれ、アスベルは城館に忍び込んだ結果をそのままリィンに伝えた。オルディスに続いて二度目ともなると誰も驚く様子は見せなかったが。

 

「結論から言うと、あの館に移送されたと思しき二人の痕跡はなかった。つまり、セントアーク市にはいない。より正確に言うなら、帝都から移送する途中でどこかに留められたというべきだろう」

「その話が本当なら……」

「うん、その二人がいるのはドレックノール要塞ってことになるね」

 

 フィオナが一緒に居るのは、最近彼女とエリオットの父親であるオーラフ・クレイグと連絡が取れなかったため、どうにかできないかと悩んでいたためらしい。ドレックノール要塞にはエレボニア帝国でも精強と言われる第四機甲師団が駐留しているとのこと。

 

「―――成程な。そういうことか」

 

 そこに割り込む形で姿を見せたのは、この世界のアガット・クロスナーであった。リィンたちとは以前会っていたが、強さに関しては格段に上がっている……まあ、その大方の要因はティータの母親絡みと言うことは間違いないが。

 

「鉄道方面から情報を集めたが、二人は客人と言うことで丁重に扱われてるらしい……なあ、アスベル。アイツらから話を聞いたが、強くなる方法を俺にも教えてくれねえか?」

「それは構わんが……ラッセル家の“人体実験”対策か?」

「それを分かってるってことは、お前が知ってる俺も苦労してるんだな……」

 

 正直、アスベルの世界にいるアガットは『聖剣』を有している為、この世界以上に苦労しているのは言わぬが花なのだろう。アスベルは懐からマスタークオーツを取り出してアガットに渡した。

 

「力はただ力でしかない。それを揮う人次第で善にも悪にも成り得る……ま、どこかの不良中年が言っていそうな言葉だけどな。まあ、死なない程度に頑張れ」

「程度で済む保証が微塵も感じられない人生だがな」

 

 そこはラッセル家に関わったが故の運の尽きと言うことで諦めるべきだと思う。

 アガットの将来に関することは本人がどうにかする問題なので、アスベルは話題を切り替えることにした。

 

「ま、アガットの未来はどう足掻いても人体実験の未来しかないが、その手段はあるのだろう?」

「そこは否定してえが……まあな。その手段はある。だが、準備は必要になるな」

 

 アガットが持っていたのはラッセル家から預けられた検知器を無力化する機器。流石に全員はカバーできない為、不足分はアスベルの方術で検知を誤魔化す方法を取った。一応囮としてセリーヌにも協力してもらうことにした。最初は不満げだったが、大型の新鮮な魚を渡したらあっさり引き受けてくれた。

 

「何でそんなものが入ってるんですか」

「剣の修業でサバイバルしてると、偶に食いたくなってな」

「お前に出せないものが何なのか知りたいぐらいだな」

 

 流石に要塞とかの大型のものは出せないが、列車砲クラスならなんとか行けると返したら絶句された。元々転生する際に神様が奮発し過ぎた代物なので、おいそれと明かせないわけだが。

 そういえば、この世界に飛ばされたときに妙に古いオーブメントを手に入れた。そのままうっかり空間に放り込んだら無限化してしまったので、適当に1000個ぐらいはカルバード共和国に向けて投げまくっていた……特に理由などない腹いせだが。

 それがこの世界を救うキーになっているだなんて、その時の自分には理解すらできなかった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 ドレックノール要塞への侵入は成功した。いや、こちらが侵入することを織り込んでのものだということは理解していた。人形兵器もいるとなればリィンたちとて無傷ではいられないだろう。フィーが陽動に回ろうかと言い出した時、アスベルは入ってきた入口の方から自分にだけ向けられる殺気を感じた。

 

「アスベル?」

「……フィー、リィン達をフォローしてくれ。俺が陽動に回る」

 

 リィンらの返答を待たずにアスベルは駆け出した。そして、隠れていたコンテナが置かれた区画には大剣を携えた人物が待ち構えるようにして立っていた。その剣士の男性はアスベルの姿を見て感心するような仕草を見せた。

 

「ほう、其方にだけ殺気を向けたが、見事に読み取ったようだな」

「その剣……『雷神』マテウス・ヴァンダール殿とお見受けする。帝国でも最高峰の剣士が何故この場にいるのかは聞かないが……単に邪魔をするという雰囲気でもなさそうですね。クルトの様子でも見に来たのですか?」

 

 ヴァンダール流剛剣術の筆頭伝承者にしてヴァンダール家当主、マテウス・ヴァンダール。『雷神』の異名を持つエレボニア帝国屈指の実力者で、オーレリア・ルグィンの師の一人。先程迄向けていた殺気は鳴りを潜めていたが、闘気が彼の内で膨れ上がるのは肌で感じ取れるほどだった。

 

「愚息はまだまだ未熟だが、良き師に出会ったことで一つ殻を破れたことは喜ばしい事だ。師としても、父親としても……私がここにいるのは、其方に挑みたいと思ったからこそ、第四機甲師団の思惑に乗せてもらうこととした。ここでは被害が出るのでな……ついてくるがいい」

 

 男としての矜持、剣士としての矜持は分からんでもないが、巻き込まれるのは堪ったものではない。とはいえ、断る選択肢もないのでマテウスに続く形で案内された場所は兵士の運動場であった。

 

「人払いは済ませてある。さて、始めようか」

 

 マテウスはそう言って剣を構えた。それを見たアスベルは大剣を構える。それを見たマテウスは思わず笑みが零れていた。

 

「成程、其方もあの負けず嫌いの弟子と同じか。よかろう。『雷神』の名に懸けて、其方を打ち負かして見せよう!」

「……どいつもこいつもこっちの都合ぐらい考えろよ。やると言った以上、戦闘不能にしてでも叩きのめすだけだ!」

 

 本来、八葉一刀流にしか使わないと決めていた『神衣無縫』を発動させ、アスベルは自身の剣に光の刃を収束させる。その上で剣をマテウスに向けた。

 

「ヴァンダール流剛剣術、ならびにアルゼイド流剣術“奧伝”、アスベル・フォストレイト。エレボニアの剣の頂に挑ませていただく!!」

 

 別に世界最強の座など求めてなどいない。せめて手の届く範囲ぐらいは守りたいと力を磨いているに過ぎない。だが、その大きな壁と成り得るのは超常的な力による理不尽とも言える暴力の嵐。

 それを跳ね除けるためには、世界最強“程度”では到底足りない。まずは、この大剣でも太刀と遜色ない威力と速力を身に付ける必要がある。師からの手紙にあった言葉に、自分なりの答えを見出すためにも。

 

 ……この時、アスベルは気付いていなかった。いや、今まで相手をしてきた連中の力がおかしすぎたせいか、その面々とマテウスをほぼ同列と決めつけていたということを知るのは……そう遠くない未来であった。

 遠くない未来とはいっても、アスベルの放った奥義でマテウスが要塞の指令室がある区画にピンポイントで吹き飛ぶことになったタイミングでの話だが。

 

「……生きてるかな?」

 

 アスベルは急ぎマテウスが突っ込んだところまで走る。アスベルが到着すると、そこにいた周囲の人々は驚きを隠せなかった。状況からするに、司令室でリィン達とオーラフ・クレイグ中将、ナイトハルト少佐が戦闘をしてリィン達が勝ったものの、そこに割って入る形でマテウスが吹き飛ばされた形となっていた。

 

「アスベル!? ここまで直接来たの!? というか、マテウス殿と戦っていたの?」

「正解だ、エリオット。まあ、流石に死なれたら目覚めが悪いからな」

「えっと、生きてはいます……気絶していますが」

 

 ともあれ、マテウスについては要塞の医務室に運ばれることになり、壊した壁については帝国政府に請求するつもりらしい。正直、ここまで極まっていてもあまり実感が無いというのは釈然としない気分だったアスベルであった。

 

「……其方があのマテウス卿をここまで……どうだ? 是非手合わせしてくれぬか?」

「父さん? 僕らの恩人をこれ以上疲れさすような真似をしたら、許さないよ?」

「坊ちゃん……」

 

 オーラフ・クレイグからも手合わせを所望されたが、それはエリオットの満面の笑みを伴った無言の圧力によって回避された。これにはナイトハルト少佐も頭を抱えていたのだった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 ドレックノール要塞に捕らえられていたのはアルフィン・ライゼ・アルノール皇女とティータ・ラッセルだった。あの荒事を潜り抜けたティータがトールズ士官学院・第Ⅱ分校に留学することになったのは大方“あの皇子”のせいだろう。無事ではあったものの、アガットの人体実験コースが更に厳しさを増したのは間違いないと思う。

 マテウスは1時間後に目を覚ますと、忽然と姿を消したという。実の息子であるクルトには何も言わずに去っていったが、当のクルト本人はそれに対して文句を述べることはなかった。

 

「良かったのか?」

「元々言葉を多く語らない父ですから。殿下をも超えた強さを持っていても、まだ父には届かないと自分でも理解しています」

 

 そんなマテウスだが、要塞を去る際にアスベルへ餞別を渡していた。とはいっても、殴り書きしたようなメモであった。その内容は、アスベルを剛剣術皆伝相応の実力と認めるというものだった。

 

「別にヴァンダールの剣を極めたいがために学んだわけではないのだがな……俺はあくまでも八葉の剣士なのだが」

「自分からすれば、何を持たせても大成する貴方が羨ましく思えます。父も、そう思ったことでしょう」

「そうは言われてもな……」

 

 アスベル自身、前世で積み上げた様々な武器の達人との暗闘で培った経験が今世での武術の修得に生きている。ある意味ズルをしている様なものなので、羨ましがられても返すことなど出来はしない。

 

「さて、警戒網が厳しくなるうちにここを離れよう……リィン、思うことはあるだろうが、諦めるなよ? 最後の瞬間まで足掻き続けてこそ光明は見えてくる。師父もきっとそう言うだろう」

「……ああ、そうだな」

 

 この要塞にいた兵士の一人―――アランは“黄昏”に呑み込まれていた。元々トールズ士官学院時代も自分の力の無さに絶望したことがあった。その弱さにつけ込まれたのだろう。ともあれ、長居していては捕まるだけなのでメルカバで離脱したのだった。

 

 

マテウスは犠牲となったのだ……ハイライトの犠牲にな……

何せ、神クラスを数度も倒してきたアスベルですので、神と人間の範疇での最強では当然齟齬が生じます。Ⅳの後ではとんでもないことをしていますが、あれは魔女の助力あってのことですので。


 
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