No.108180

~薫る空~42話(洛陽編)

42話です。
虎牢関戦その2。
琥珀・愛紗・鈴々vs恋
他の勢力が若干空気化してきているのは秘密。

2009-11-21 13:43:51 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:3335   閲覧ユーザー数:2891

 

【琥珀】「………」

 

【関羽】「琥珀…」

 

 

 飛来した三本の剣は呂布に弾かれ、地に突き刺さっている。そして、彼女の手には二本の小太刀。

 

 それを見上げるようにして、関羽は少女の真名を呟く。呼びなれていたはずの名前はずいぶん重く感じられた。

 

【呂布】「お前も…邪魔するのか」

 

【琥珀】「――………」

 

 呂布の言葉に、琥珀は何も答えず、ただ構えた。それが答えだというように。

 

【呂布】「…………お前もそこの奴と同じ」

 

【琥珀】「――うるさい!」

 

 叫び、琥珀が駆け出す。一瞬で二人の間合いが詰まる。強い踏み込みに、砂が舞い上がり、一瞬の死角を作るが二人にそれは関係ないようだった。

 

 居合いのように、右手に持つ小太刀を逆からなぎ払う。

 

 がきんと鈍い音がして、琥珀の小太刀は勢いをなくした。

 

【呂布】「………」

 

 刃に感じるのは敵を斬る感触ではなく、硬い何かに当たった手ごたえ。戟の柄で押さえられている。

 

【琥珀】「―――っ!!」

 

【呂布】「ふっ!!」

 

 短い息。それが終るよりも早く、呂布は戟を振りぬいていた。勢いに負け、琥珀の小さな体が吹き飛ぶ。

 

【琥珀】「がはっ!ぐ……」

 

 勢いが強くて、受身がとれずまともに地に背中を打ってしまった。

 

 

 

 

 

【琥珀】「………はぁ……はぁ…」

 

 予想なんかよりも遥かに強い。速さも力も技ですら、追いつけない領域にある武だった。

 

 ―――愛紗姉がてこずるはずだ。

 

 たった一合でそれを理解した。あれだけの闘気。常人なら近づいただけで気をやってしまいそうなほど。

 

 片方の小太刀を杖代わりにして、もう一度立ち上がる。

 

【琥珀】「……もう……一回…!!」

 

【呂布】「………」

 

 琥珀は怪我を負ったからだでありながらも先ほどよりも早く、間合いへと飛び込む。

 

 ――だが

 

【呂布】「間違えた。……お前。さっきの奴と同じじゃない。さっきの奴より…”弱い”」

 

【琥珀】「っ!」

 

 突撃する琥珀に、呂布は戟を真正面から槍のように衝く。

 

 胸の前で、とっさに小太刀を交差するように構え、それを防ぐ。しかし、それでも勢いはとめられない。

 

 衝きによって、二人の間合いが開くと、戟を回し、呂布は体ごと突撃をかけた。

 

【琥珀】「っ!――ぅぁぁっ!!!」

 

 覆いかぶさるように、上から切りかかろうとした呂布に、体を回転させ、強引に小太刀で大地に衝撃を与える。逆側を向いた状態の足で、呂布の戟を蹴り上げる。

 

【呂布】「――!」

 

【琥珀】「――っ!」

 

 空いていた小太刀を振り回し、再び呂布との間合いが開く。

 

【関羽】「こ……はく!」

 

 遠巻きに見ていた関羽だったが、体が回復してきたのか、ようやく立ち上がることが出来た。

 

 琥珀と挟み撃ちをするかのように、呂布を中心に琥珀の反対側へと回る。偃月刀を構え、戦いの意思を見せる。

 

【関羽】「呂布……まだ、こちらは終っていない…」

 

【呂布】「………………」

 

【琥珀】「……っ」

 

 じりじりと間合いをつめようとするが、なかなか上手く行かない。呂布の出している気が今にもこちらを襲い掛かってきそうで、内心は怖くてたまらないものだった。

 

【呂布】「少し疲れた……」

 

 呂布が戟を持ち上げ、かちゃりと音がした。

 

【呂布】「だから、もう本気でやる。」

 

【琥珀&関羽】「―――っ!」

 

 呂布の戟が彼女の体を中心として、半円を描くように、勢いよく振られる。

 

 

 

 

 

【関羽】「ぐっ」

 

【琥珀】「くっ…」

 

 それは最初に起きた爆発のような突風。

 

【琥珀】「――っ!?」

 

【呂布】「………」

 

 一瞬目を閉じてしまい、次に開けた時には、呂布が、もう目の前にいた。両手に持った戟を振り下ろす瞬間だった。

 

 弱いものから片付ける。そう言っているかのような、呂布の瞳。

 

【張飛】「ううぉぉぉおおおおお!!!!なのだーー!!!」

 

 刃の陰が視界に入ろうとしたとき、横から、何かが飛んできた。

 

 その衝撃で、琥珀に降りかかろうとした刃はそちらへの防御にまわる。

 

【呂布】「っ!」

 

【張飛】「おりゃりゃりゃりゃーー!!」

 

 飛来したその少女は、呂布にそのまま連撃を浴びせるが、それをすべて呂布は受けきる。

 

 しかし、さすがに余裕は保っていられないのか、足は少しずつ後ろへと下がっていった。

 

 二人の間合いが開き、呂布は再び、三人の中心へと戻ってしまう。

 

【張飛】「おい、ちびっ子。大丈夫か?」

 

【琥珀】「……………」

 

 目の前の子は、たしかこの間、関羽に妹だと紹介された人物だった。琥珀にはこの子自身に恨みは無いが、ぬぐいようの無い負い目があることは自覚している。

 

 しかし、それは相手だって同じだと思っていた。

 

 まさか関羽は何も話していないんだろうか。そう思えてしまうほど、張飛の笑顔は明るくて、まぶしかった。

 

 そんなだから、伸ばされた手にも、思わず受け取ってしまっていた。

 

 引き上げられるように、琥珀は立ち上がる。

 

【琥珀】「お前………」

 

【張飛】「――ん?なんなのだ、ちびっ子」

 

【琥珀】「なんか……嫌いだ」

 

【張飛】「うにゃ!?」

 

 

 しかし、そんな笑顔だっていつまでも見ていられない。目の前には強すぎる敵がいる。それには変わらない。

 

【関羽】「何をしているんだあいつらは……」

 

 

 二人の様子を眺めながら、半ば呆れる関羽。しかし、その視線をすぐに敵へと戻す。

 

【呂布】「…………」

 

 最強の敵は静かに立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――曹操軍。

 

 

 琥珀の突出にあわせるように、曹操軍は前進していた。

 

 先鋒の三軍が動かない以上、こちらから兵を動かす。

 

【秋蘭】「駆けよ!敵に圧されるな!」

 

 秋蘭が兵達に檄を飛ばし、その行軍速度をさらに上げる。

 

【桂花】「敵軍で姿を見せているのは呂布一人……ならば、そろそろ来るはずです。華琳様」

 

【華琳】「ええ。わかっているわ、桂花」

 

 桂花の声に、華琳は同意を見せる。早く来いと、敵を待っているように、華琳は微笑む。

 

 先日の奇襲は見事なものだった。作戦を考えた者の大胆さもそうだが、それを実行できる用兵術。

 

【華琳】「出来るなら…ほしいわね」

 

 無意識か、華琳は小さく呟いていた。

 

【薫】「各自周囲を警戒して!旗が見えたらすぐに動くよ!」

 

 薫が声をあげて、周りに指示を出す。進軍しながらの指示はその雑音に消されないように声を張り上げる必要がある。元々それほど声を出すのは苦手ではない薫だが、さすがに喉がつらかった。

 

【薫】「けほっけほっ……ああ…」

 

 むせながらも、薫も前へと進む。今回、桂花はまだ作戦を出していない。どうするんだろうという不安と一緒に、どうやってやればいいのか、頭の中でイメージする。

 

 さっきまで馬上だというのに居眠りしてしまっていたせいか、体が所々痛む。

 

 桂花に散々罵倒されて、ようやく目が覚め、今に至るわけで、状況を理解するのに少し手間取った。

 

 敵の門前に呂布が単騎で立ちふさがり、それの相手に劉備軍の関羽と張飛、そこに何故か琥珀が加わっているという。

 

 琥珀の事はとりあえず置いといて、呂布が単騎でいるということは、こちらとほぼ同等の数の兵がまだ隠れているということだ。ならば、なぜ隠す必要があるのか。真正面からぶつかっても、おそらく五分の戦いにはなる。何かしらの策を用いて、有利に戦いを運ぶにしても、これでは劣勢の軍がとる奇策といえる。

 

 前回の夜襲もそうだった。敵は出来るだけ、兵の消費を減らそうとしている。けれど、その裏で、危険度の高い作戦でもある。大きい見返りを求めて、どれも常に敗北が背中に付きまとっている策ばかりだ。

 

 損失を気にするのは確かに当然なのだが、まず勝利を安定させるほうが重要ではないのか。少なくとも、薫は桂花にそう学んできた。

 

 敵の動きは一か八かの要素が強すぎる気がする。

 

【薫】「………こちらが読んでいる事も…分かっているのかな…」

 

 これだけあからさまに異様な用兵だ。変だと思わないはずが無い。策があるのだと、気づかせるようなものだ。

 

 何が狙いなのか…。

 

 薫が考え込んでいた、その時――。

 

 ――伝令!!

 

 一人の男が、叫びながら、飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 兵達の足音が地響きとなる中、俺達はひたすら、前を進んでいた。

 先鋒の軍は先の戦いでの損失がある以上、罠があると知っては動けない。罠があると分かっていれば、対応もできようものだが、、その対応が出来るだけの兵を持つのは既に俺達しかいないのだ。ならば、策があろうが、動くのは俺達しかいない。

 

 そして、そんな想定に反することなく、敵軍の動きを伝令が告げた。

 

 ――前方左右に、「張」「華」の旗印。

 

【華琳】「来たわね」

 

 待ち焦がれていたかのように、華琳は呟く。

 

【一刀】「どうすればいいんだ?」

 

【華琳】「桂花」

 

【桂花】「は。現在、門前に構えている呂布はほぼ劉備軍のみが交戦している状態です。他の孫策軍、馬騰軍は静観を保っているようですので、片方をそちらへ任せましょう。」

 

【華琳】「なら、私達は張遼をねらうわ。急ぎ孫策に使者を出しなさい。――一刀」

 

【一刀】「ん?」

 

 桂花に指示を出した後、少し間を開けて、華琳は俺の名を呼んだ。視線を向けながら答える。

 

【華琳】「あなたは春蘭と共に、張遼を迎え撃ちなさい。可能な限り、生け捕りでね」

 

【一刀】「……俺も出ていいのか?」

 

 華琳にしては、つまらない冗談――だから、それは冗談ではないのだろうと、表情から悟ってしまう。

 

 

 

【華琳】「あなたの武は既に一兵卒のそれを超えているわ。今までは比べる相手が悪かったのだと証明してきなさい。」

 

 たしかに、春蘭や琥珀のような達人の領域にいる彼女達と比べるなら、俺なんて素人同然なのだろう。実際に手合わせしている俺自身、自覚はある。けれど、ただの兵にすら及ばないなどとは思わない。ただ、そういった者達と交えたことがないのも事実。不安が無いといえば嘘だ。

 

【一刀】「……ああ、わかったよ。華琳」

 

 武を鍛えろといわれたときから、覚悟はしていた。俺もいつか戦うのだと。それが今日、今だというだけだ。

 

【一刀】「……」

 

 

 

 

 だけど、気は重い。戦うということは、俺はこれから人を殺しに行くんだ。

 分かっている。戦とはそういうもの。戦に関わる以上、人の死には遠かれ近かれ、必ず触れることになる。それが、自分の策によってなのか、直接手を下すのか。そこに違いはない。

 

【一刀】「じゃあ、行ってくる。」

 

 踵を返して、俺は春蘭の下へ向かう。彼女の勇ましさを少しでも分けてもらいたかった。

 

【華琳】「――待ちなさい、一刀」

 

【一刀】「――え」

 

 歩き出そうとして、俺は足を出せなかった。

 

【華琳】「分かっているのでしょうね…必ず無事に戻りなさい。張遼を捕らえても、あなたが戻らなければ、許さないわよ」

 

 俺の背中を華琳が抱いていたから。

 

【一刀】「……うん。大丈夫。俺御遣いだし、華琳の覇道支えなきゃいけないしな」

 

【華琳】「……そうよ」

 

 それから少しだけ、そのままでいて、華琳はゆっくり俺を放した。

 

【一刀】「それじゃ、がんばってくるよ、華琳」

 

【華琳】「ええ、しっかりやりなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

【桂花】「…華琳様」

 

【華琳】「はあ…だめね。どうしても一刀を相手にすると心配事ばかり浮かぶわ」

 

【桂花】「華琳様の御心を煩わせるなんて……戦が終ってしまえばあんな男――」

 

 桂花が一刀の事をぐちぐちといっている。言うだけほほえましいが「晒し首」なんて言葉まで出るのを聞いていると苦笑いを隠せない。

 

 ――戦が終ってしまえば。

 

 それはいつの話になるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 華琳と別れた後、俺は軍の最前列へと向かった。

 

【一刀】「春蘭~!」

 

【春蘭】「ん?……む、なんだ北郷か。」

 

【一刀】「かって…」

 

 少し素っ気無い態度。どうやら不機嫌らしい。

 

【一刀】「どうしたんだよ」

 

【春蘭】「どうしたもこうしたもあるか!こうして最前線へ加わっているというのに、一時も刃を抜くことが出来んのだぞ」

 

【一刀】「あぁ…なるほど」

 

 俺とは違って、彼女は既に戦へ出ることが楽しみで仕方ないらしい。と、こういえば戦闘狂のようだが、実際は華琳のために手柄を立てたいというところだろう。

 

【一刀】「んじゃ、朗報になるかな。これは」

 

【春蘭】「ん?」

 

【一刀】「出撃の命令がでたよ。左から来る張遼を迎え撃てって。」

 

【春蘭】「何!本当か、北郷!」

 

【一刀】「う、うん。あ、ただ、張遼はいけd「よおおし、皆剣を抜け!!」…おおい」

 

 ――華琳の奴、まさか春蘭の手綱を任せたかっただけなんじゃ

 

 思わずそんなふうに考えてしまった。けれどあながち間違ってもいないような気もする。

 

 

 

 

 

【秋蘭】「ふふ、やはり戦に出るときの姉者はいいな」

 

【一刀】「秋蘭…いたのか」

 

【秋蘭】「ああ。気づかれないのは残念だが、北郷が姉者に夢中になっていたのなら、分からないでもない。」

 

【一刀】「……前からちょくちょく思っていたんだが、秋蘭って、実は春蘭のこと大好きか」

 

【秋蘭】「姉を好かん妹などおらんよ」

 

【一刀】「……そすか」

 

 なかなかのシスコン振りだった。

 

 しかし、二人のおかげかさっきまでの変な緊張は少しほぐれたような気はする。

 

 改めて、腰に下げていた剣を抜く。

 

 少し紫がかった色の剣。本当に日本刀に近い剣だ。以前に、一度本物の日本刀を持ったことがあるが、重さなどはこちらのほうが遥かに重かった。

 

【秋蘭】「その剣、大切にすることだ。」

 

【一刀】「え?」

 

【秋蘭】「……すくなくとも、私は琥珀がそれを体から離した所を見たことが無い。」

 

 散々剣を投げたり蹴ったりしている琥珀だが、この大きな太刀だけはそういったことはしないらしい。

 

【一刀】「思いいれでもあるのかな」

 

【秋蘭】「さあな。私にはわからん。」

 

【一刀】「そっか…。……うん、そうだな」

 

 なんだか、重い剣がさっきより重く感じた。

 

 だけど、不思議とつらくは感じなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【一刀】「あれ…かな」

 

【春蘭】「よし、皆…行くぞ!!」

 

 「張」の旗印が少しずつ近づいてくる。それは敵が来たという証。

 

 春蘭がいつも以上に声を張り上げ、それに答えるように、兵達の雄たけびが響いた。

 

 

 


 
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