「好奇心は猫を殺す」
この言葉以上に今の状況にふさわしいものはないだろう。向けられた視線にロゼルタは思った。
ふとわいた好奇心が紡がせた言葉は、目の前の男の触れてはならない部分に触れてしまったらしい。背中越しにこちらを見る目はあまりにも冷たく、先程まで親しげに声をかけられていたのが嘘のようだ。まだ肌寒さを感じる季節ですらないというのに、部屋の空気すら凍りつきそうだった。
その背中が、視線が、纏う空気が「怒り」という感情を語っていた。
(─なるほど)
ロゼルタは密かに彼を観察していた。流石に踏み込みすぎてしまったことにはすぐに気付いていた。はりつめていく空気。響く静けさ。さてここからどうしたものかと思考しているが、正直なところ彼女のなかではそれよりも、このような結果になるのかという興味深さが勝っている。そのせいかロゼルタは至って平静だった。
しんと部屋が静まりかえって一拍、男の肩が微かに揺れた。
「·····ふ、ふふ。ははははは!」
部屋に響く男の笑い声。その快活さにロゼルタは呆気にとられた。
振り向いて彼女と向き合うと、表情は当初の親しげなもので、はりつめた空気が和らいでいく。
その変わりようを思わずロゼルタがしげしげと眺めていると、男は苦笑した。
「先程の言葉といい、その態度といい·····まったくキミは、肝の座った奴だ」
「·····よろしいのですか? 殿下」
男の言葉に、ロゼルタは反射的に声をあげていた。許しを確かめているのではない。先ほどまでの激情がこうもなりを潜めるとは、という単純な興味から出た言葉だ。ロゼルタに物言いに男は肩をすくめた。
「やれやれ。自覚があるのだか、ないのだか·····」
男は足を踏み出しながら続ける。
「キミはその好奇心で成果をあげているようなものだからな。許してやるとしよう」
軽く笑いかけると男は部屋を後にした。ロゼルタとすれ違うその時、ただ一言だけ低く告げて。
「─今回はな」
男が去っていった部屋には、再び静寂が戻る。最後の一言を告げた時その表情を見ることはできなかったが、どういうものだったかを予想することは容易だった。ロゼルタは軽く唸って呟く。
「·····今後はやめておいた方が良さそうね」
静まり返った部屋を軽く見回せば、研究に使用してきた資料や文献、文具などが所狭しと並んでいる。その中には皇室に関わるものでしか触れられない貴重なものも多い。研究というものを行うには恵まれた環境だ、とロゼルタは常々思っていた。皇子直属の学者という立場にいるからこそ得られたものだ。今後の言動には注意を払わなければ手放すことになりかねない。─『手放す』だけで済めば優しい方かもしれないが。
(しばらく大人しくすべきね、興味深かったのだけれど)
先程の光景を思い返しながら小さくため息をついた。己の身を案じるのなら深追いは出来ない。好奇心には殺されるまい、と研究に戻った。猫という生き物には『6つの命がある』と言われているようだが、ロゼルタという『猫』に命は一つしかないのだから。
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好奇心が強すぎて皇子の地雷を踏み抜いてします部長の話。