No.1076227

怪奇!虹色どんぐりRPG

薄荷芋さん

2021-11-02 22:04:25 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:583   閲覧ユーザー数:583

『かぐや姫』と表紙に書かれた古めかしい絵本は、実家で中学の頃に使っていた英語教材を探していた時に押し入れからぽろっと出てきた。聞けば母親が幼い頃に買ってもらったもので〝嫁入り道具〟のひとつだったらしい、嫁入りにかぐや姫を持ってくるというのも何だか変な話だなと笑った。

夜勤明けで眠りに就いている母の邪魔をせぬように、居間で胡坐をかいてしげしげと絵本を眺めた。そして埃っぽいページに描かれた物語をゆっくりと捲りながら、ハルキはぽつりと独り言のように呟く。

「やっぱ宇宙人だったのかなあ、かぐや姫って」

月の都からやってきたお姫様。勿論大昔のおとぎ話ではあるだろうけれど、今や宇宙人は身近な隣人ですらある。ハルキ個人にしたって、ゼットたちウルトラマンと出会い何より部隊を指揮する隊長が宇宙人だったのだ、かぐや姫だって実は宇宙人で、この物語も大昔の日本で本当にあった話だと仮定してもおかしくないだろう。宇宙は広くロマンに溢れている、「ねえゼットさん」と内なる彼に呼び掛けたなら突如として居間に眩い光の扉が開いた。直接話がしたいとき、彼はこうやってハルキを呼ぶのである。ハルキは座布団から立ち上がると、ゆっくりその光の扉をくぐった。

 

インナースペースでは行儀よく正座をして背筋を伸ばし、ハルキから渡されたマザーグースの絵本を手にしたゼットが待っていた。ハルキの呼び掛けに応えた、というより、目下習得中の英語の勉強をハルキに手伝ってもらうつもりで呼んだのだが、そのハルキが持ってきた絵本を見るとゼットの興味はすぐさまそちらに移る。

「それも英語の本か、ハルキ」

「いえ、日本の昔話ですよ。宇宙人が出てくるんです」

ゼットに向かって軽く本を掲げたハルキは、「読みますか?」と言ってゼットの対面で胡坐をかいた。子供の頃テレビで見たアニメのように「むかあしむかし、あるところに竹取の……」と朗読し始めたハルキの声量にゼットは少し驚いて仰け反ったが、文字に気を取られず絵をじっと見ているだけで話が聞こえてくるのはまあまあ有難いので、そのまま最後まで朗読してもらうことにする。

 

――竹の中から生まれた光輝く女の子、かぐや姫は、実は月の都のお姫様。美しく成長した彼女は数多の男性に求婚されるが断り続け、やがて十五夜の満月の日に月に帰らなくてはならなくなってしまう。かぐや姫を大切に育てたおじいさんとおばあさん、姫のことが大好きだった帝は何とか地球にいて欲しいと願ったけれど、その願いは叶わず月よりの使者が天女の羽衣を着せると姫はそのまま月へと去ってしまう――……

 

「……と、こういうお話ッス」

「おお……ウルトラ切ない話じゃないか……涙がちょちょぎれますなあ……」

ゼットの宝石のような瞳が心なしか潤んでいるように見える。遥か昔にこの地球では宇宙人との交流が行われていて、そしてそれが何とも儚い結末だったことに胸が締め付けられる想いなのだろう。初めてやってきた地球でハルキと出会い、ストレイジの皆とのかけがえのない絆を手に入れたゼットにとって、もしかしたら自分もこんな風に皆と別れなくてはならなかったのかもしれないと思うと泣けてくるのだと云う。心根の優しいゼットらしい、とハルキは笑ってその肩を叩いた。

ゼットは何度かその絵本を読み返す。子供向けの絵本だから文字はほとんどがひらがなで、簡単な漢字にもふりがなが振ってあるから読めないことはない。気になる部分を数度反復しているうちに、ゼットはとある場面を引き合いに出した。

「なあハルキ、この場面だけど」

「ん?ああ、言い寄る男たちに無理難題を吹っ掛けるシーンですね。厳しいッスよね~、何せ全部伝説にしか存在しないモノなんですから」

かぐや姫は自分に求婚する数々の男たちに、結婚したくば伝承にしか存在しない摩訶不思議な物品を集めよと申し付けた。それらはかぐや姫が月の人間である自分との婚姻を諦めさせようとするための策略であり、実際持ち込まれたどれもが紛い物と見破られた男たちは引き下がるしかなかった。

自分の生み出す富を目当てとされては堪らない、男たちの本当の想いを図る為に姫はそんな無理を押し付けたのだ、と絵本からは読み取れる。物語の展開を先読みすれば彼女自身が月へ戻らねばならぬことを予感していたからとも受け取れるけれど、ただ絵本を捲り楽しむだけの子供からすれば意地の悪いおねだりにも見えるだろう。その後暴かれる男たちのインチキさも、また然りだ。

するとゼットは、腕組みをしながらしみじみと何かを思い出すように頷いてハルキに思い出話を始める。

「実は、私もゼロ師匠に同じようなことを言われたことがあるでございます」

「えぇ?ゼロ師匠とゼットさんが、かぐや姫ッスかあ?」

とぼけた相棒にとぼけた返事をするハルキだったが、ゼットの表情が何処か郷愁に似たものを含んでいたので居住まいを正して話を聞くことにする。ゼットは胸の前で手を組んで、光の国で過ごした敬愛する師との日々を思い出してはそのかぐや姫的体験を語り始めた。

「宇宙警備隊に入る前、私と師匠が出会ったばかりの頃です、弟子にしてほしかったらこの宇宙のどこかにある虹色に光るドングリを持ってこい、って師匠に言われたのでございます」

むん!と今度は胸の前でぎゅっと拳を握る。ドングリ、しかも虹色に光るらしい。トライストリウムレインボードングリだ。どうだいい話だろうと言わんばかりのドヤ顔のゼットに、ハルキは思いっきり訝る顔をして首を傾げた。

「宇宙にもドングリってあるんですか……?」

「いや、ない……と思う、少なくともその頃私はドングリが何かもわからなくて、とにかく虹色に光るものをたくさん集めた……!」

素直過ぎるゼットは、ゼロの冗談を真に受けドングリすら知らないのにとにかく行ける範囲の宇宙を駆け回ったらしい。光る鉱石、光る怪獣の鱗、虫の羽とか、花の種なんかもあった気がする。両手いっぱいにそれらを抱えてゼロのところへ戻ってきたゼットに、ゼロは頭を抱えて大きな溜息を吐いたのだという。

「でも、どれも違った。そもそも虹色に光るドングリなんてなかったんです」

「なかったんスか!?マジでかぐや姫じゃないですか!」

そう、そもそも虹色のドングリなんか存在しなかったのだ。よしんば広い広い宇宙の何処かに存在したとしても光の国の膨大なデータの中には無い、伝承どころかゼロのでまかせだったのである。今でこそ良き師弟関係にあるように見える二人だが、最初はゼットがゼロのところへ押しかけて半ば無理矢理に弟子を名乗り始めたと聞く。そんなゼットを多少鬱陶しく思ったゼロが束の間彼を遠ざける為にありもしないゲーミングドングリを『理由』にしたのは想像に難くない。人間とウルトラマンの体感時間がどのくらいズレているかは解らないが、仲睦まじい師弟にも歴史ありだなとハルキは顎に手を遣りふんふんと頷いた。さて、意地悪な師匠はドングリを見つけられなかった押しかけ弟子をどうしたのだろうか。

「それで……どうなったんスか?」

「どうもならなかったでございますよ」

「へ?」

「そりゃあもうひどく呆れておられましたが、ゼロ師匠は私を追いやったりしなかったし、私も弟子入りを諦めませんでした!」

エヘン、と胸を張るゼットは誇らしげに瞳を光らせる。それから、自分に意地悪なことを言ったゼロの真意を汲むようにろくろを回す手つきでもって情感たっぷりと語りだす。

「多分師匠は私に〝簡単には見つからないもの〟を探す過程で、本当に大切なものは何なのか……そういうことに気付いてほしかったんだと思います。ただ弟子になるだけじゃ意味がない、戦う理由や、仲間や、守りたいものや支えてくれるものの存在に気付いて初めて一人前の戦士になれるんだって。そういう意味を込めて、ありもしない虹色のドングリを探せと私に言ったのだと思います。う~ん、ウルトラ感激だぜ……」

ゼット本人がそう言うのだからそういうことにしておくが、多分当時のゼロはそこまで考えていなかったのではないだろうかとハルキは苦笑する。それでも、地球を守り今は宇宙を守るゼットはもはや立派な光の戦士ウルトラマンだ。今はゼロもちゃんと彼のことを認めていてくれるようだし、当初の思惑はともかく案外この『かぐや姫みたいに無理難題を押し付けて成長させちゃうぞ作戦』は上手くいったのではないだろうか、そんな気がしてきた。何だかんだで優しい光の国のかぐや姫は、今頃くしゃみでもしているかもしれない、とハルキはほくそ笑んだ。

「じゃあ、俺もゼットさんのドングリのひとつッスね」

「そうだな!ハルキも私の大切なドングリですよ!」

生まれてこの方ドングリを自称したのは初めてだ。ハルキはどうにも可笑しくなってけたけたと笑い、ゼットも釣られてワハハと笑った。

「……ところで、ドングリって何だ、ハルキ」

「まだわかってなかったんスかあ!?」

びっくりした、ここまでの話をまとめると何処かでドングリが何かを解っていそうな雰囲気だったのだがゼットは何も知らないまま、何となくフワッとしたフィーリングでドングリを表現していたらしい。確かにドングリにしては大きな塊か何かを表すジェスチュアをしていた気もする。これは彼の〝光るドングリ〟としてきちんと教えてあげなくてはならないだろう。俺が本場のドングリってやつを見せてやりますよ。ハルキは立ち上がるとゼットに向かって手を差し出す。

「よし、拾いに行きましょう、ドングリ!」

「えっ!?ドングリって落ちてるのか!?」

「河川敷に小さい頃父さんと一緒によく拾って遊んだ場所があるんです、行きましょう!」

戸惑いつつもハルキの手を取ったゼットは、そのままインナースペースから飛び出しそうなハルキに落ち着くように告げる。二人一緒にここからは出られない、そのことに気付いたハルキは少しだけ残念そうに鼻の頭を掻いて一人、外へと駆けていった。

 

秋の高い空の下、少し肌寒い風に吹かれて両手いっぱいに拾った形の様々なドングリを持ってインナースペースに戻ったハルキは、まるであの時ゼロの前にキラキラの宝物を抱えてやってきたゼットのように誇らしげな笑顔をしていた。

 

***

 

作戦会議、とは名ばかりのティータイムだ。隊本部のリフレッシュルームに設えられたテラス席からぼんやりと外を眺めていたグレンファイヤーは、今度チームで調査に赴く惑星から産出されるという虹色に光る鉱石様の物質の解析データを眺めながらふと思い出す。

「なあ」

「何だよ」

「急に思い出したんだけどよ、虹色のドングリってホントにあんのか?」

隣に座っているのはゼロだ。ゼロは長い脚を組み変えて、急におかしなことを言いだした、まあおかしなことを言うのは元からかもしれないが、などと考えてから漸くその言葉の意味を思い出す。

「……ああ、いつだったかのアレか。あるわけねーだろそんなもん」

「だよな~」

ゼットが付き纏い始めた頃は、とにかくどうやって追い返そうかとそればかり考えていた気がする。しかしどれだけ軽くあしらってやっても、キツく当たっても、あの若者は自分の弟子になるのだと言って聞かなかった。そこで咄嗟に思い付いたのが『虹色のドングリ』で、ありもしないものを探し疲れ果てた挙げ句にそんなものは無いのだと気付けば、自分と此方に失望して離れていくだろうと、まあそんな意地の悪いことを考えていた。ゼロはあの頃の自分は相当苛々していたんだなと思い返しては苦笑して、数日後に瞳を輝かせて帰ってきたゼットの姿を思い出しては目を細める。

「だけど、めげずに色んなガラクタ抱えて戻ってきたときは……」

「ときは?」

「すっげー面白かった」

「な!」

あんなにキラキラした目が出来るなら、きっとコイツは大丈夫だ。そう思ったことはまだ誰にも言うまい。ゼロは勇敢な相棒と共に戦う三分の一人前の弟子に思いを馳せては、深く吐息し穏やかな光の空を見上げた。


 
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