エディが息詰まる。ローズの魔法なんて関係ない。ローズが口にしたその言葉が、エディの予想通りだったのが残念でならない。
(真理? 罪? 違う。あれはそんなものじゃない。あれはただ、ユーシーズが眠る、私と同じ顔をしたあの……)
エディは混乱していた。もし魔法で体の自由が奪われて居なければ、地団駄の一つでも踏みたい気分だった。
〔わかっておったのじゃろ?〕
(それは、そうだけど……)
エディの心中を知るユーシーズの冷酷言い様に、エディは何も言えない。自分が馬鹿であると自覚するエディであっても、これだけ突き付けられれば、認めざる負えない。ローズはユーシーズ、魔女ファルキンを求めている。それは単なる魔法学園の学徒であるはずのローズ・マリーフィッシュにはありえない答えだった。
ローズが敵であるとのジェルの言葉を信じる気なんてなかった。なかったのに、ローズの口から紡がれた言葉は、ジェルの主張を否定する要素が何処にも見当たらない。
もしすると、エディもわかっていたのかもしれない。ただ、認めたくないだけで、ローズに違和感を覚えたのは今日が最初というわけではない。でもエディは、その違和感から目を背けていたのかもしれない。
それがどうだ。これではローズ・マリーフィッシュという人間が、ブリテンの、敵国のスパイだと決定したようなものじゃないか。そんな非現実的なこと、エディには実感が湧かないどころではない。
いや、非現実的と言えば、このところずっとそうだ。エディはずっと幽体の魔女と共に生活していた。あの中世の『魔女』に憑かれていることが当たり前のような生活。それこそが非現実というものではないのか。
「何よ。何がどうなってるのよ。みんな変よ。これは何なのよ。私、今まで通り、普通に学園に通って、落ちこぼれといわれても頑張って、そんな普通の学園生活がいいのよ。それなのに、襲われたり逃げたり。魔女だけでも頭がおかしくなりそうなのに、今度はスパイ? ホントどうしたのよ、みんなおかしい……」
エディの泣き言。事態が急転した今までは気丈に耐えてきたが、もう限界だった。一学徒の身で、こんな異常事態に巻き込まれて一体どうしろというのか。それなのに優しく慰めてくれる人はいない。泣き言を口にしても誰も優しい言葉をかけてくれない。マリーナさえこの場にいれば。そんな思いが駆け巡る。ここにはいない友人の代わりに、エディに声をかけたのは顔色を変えたジェル・レインだった。ローズの魔法で自由を奪われ崩れ去ったままのジェルが顔だけを上げて、非難の言葉を口にする。
「『魔女』ですって! エディ・カプリコットっ! やはり見たのですかっ。この学園の禁忌を!」
「見た? 見ただなんて。ジェルさん、そんな言い方おかしい。だって『魔女』は今もここに……」
背後のユーシーズの幽体を見上げれば、エディを同じ顔を持つ魔女は眼前で起こっているのが茶番とでも言いたそうに、薄目で不機嫌な顔をしていた。エディの視線に気付いたユーシーズは「無駄無駄、お主以外には見えとらん」とでも言いたげな表情を返してきた。
「エディ。あんたがあのクソったれた結界を破り、中に入れるならそれもいい。私たちの作戦の予備に使える」
「予備? 作戦? ほんとにもう何なのよ、もう!」
森に衝撃が走った。
エディの癇癪(かんしゃく)の声が合図になったかのように、突然幽星気(エーテル)が吹き荒れる。風だった。魔力の流れが突風となって森の中に一陣の風を生み出した。
その風はローズを飲み込んでも飽きたらず木々の枝葉を吹き飛ばしまき散らす。ローズの小さな体は、溜まらず浮き上がり、木の幹に叩き付けられた。
何がどうなったのかエディには理解出来なかった。ただ、先程まで自由の利かなかった体が軽く、元通りになっていた。
〈万物は理。流環は閉じても尚、円と連なり、流れは行く先を望みて、我が指令に沿う〉
後から聞こえてきた呪言(スペル)。ジェルの魔法だった。これまで使っていた『魔弾』とは毛色の違う魔法だった。自らの幽星体(アストラル)から魔力塊を作り出して相手に放つ『魔弾』とは異なり、世界に満ちる幽星気(エーテル)自体を操作する魔法だった。
〔ほほぅ。こやつ、本当に学徒かえ? 遡及演唱などと、小癪な真似をしよる〕
ローズの魔法に続き、ジェルにまで誉め言葉をユーシーズが吐いた。
呪文演唱があって魔法が顕現するという因果を逆転させ、先に無演唱で魔法効果を得てから、後に呪言(スペル)演唱を補ってして、因果律の齟齬を修正するという荒技。現在、魔法学園の学徒では、ジェルしか使えないという超高等技術だった。
「なるほど、前のは『貫くを禁ず』でしたかしら? なら貫かなければよろしいのですね。わたくしは幽星気(エーテル)に圧力差を作り出しただけ。どうです? 幽星気(エーテル)が圧力均衡を解消する為に作り出した物理現象たる突風のお味は?」
ジェルが悠然と立ち上がりその金髪をかき上げた。いつの間にかエディの体も軽くなっていた。ローズの魔法が切れたのだ。
「さすがに手の内を見せすぎたのではないのですか、ブリテンの? あなたの魔法は言霊(ことだま)の類(たぐい)ですね。言葉にした事象が実現する魔法の一種。『強制(ギアス)』に非常に近い。長所としては汎用性が広い反面、言葉通りにしか効果が出ない。今の様に『わたくしがあなたを魔法で貫こうとしなかった』ので、あなたの魔法は効力を及ぼさなかった。それと、一度に複数の命令は使えない。今のように防御に使えば、私たちへの拘束がとけてしまう。」
(……、まさか、たったあれだけの間でそこまで分析したの? 私と一緒に魔法で自由を奪われていたのに、私は戸惑うばっかで。これが『四重星(カルテット)』の力?)
〔主と比べては、あやつに悪かろうに〕
(それはそうだけど……)
木に叩き付けられたローズはよろめく体を起こして、神経質に埃を払い、服の乱れを直す。
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魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第四章の6