星拠点√1
「北郷一刀………か」
あの、不審極まりない出会いからしばらくが経った。
未だよく分からない奴ではあるが、邪な輩ではないことくらいは私にもわかる。
そもそも、その様な輩であれば、間違っても師匠が弟子になどするはずがないのだから、そんなことは最初からわかっている。
師匠は適当な人だが、それでもあらゆる意味で師匠なのだ。人を見る目も私より確かだ。
(まあ、いずれはこえてみせるが)
私が気に入らないのは、一刀が何かを(私に)隠しているということだ。
ヒナは元より一刀と共に行動をしているのだから、知っているだろうが、基本的にあまり喋らない上、それについては一切語ろうとしない。
師匠は何か知っている様子だったが、問いただしても
『天の御遣いってことで納得しとけ』
と、適当にあしらわれる。
一刀に直接問いただしてみても、苦笑いを浮かべて適当にごまかそうとする。
あげく
『星。隠し事の一つや二つ、生きていれば誰にだってある。てめえにだって人にいいふらしたりしたくないことくらい、あるだろうが。俺だって、そうだ。一刀が隠し事をしてたら、お前はあいつを信じられないのか?一緒にいられないのか?知りたい、と思うのはかまわない。だが、それが相手にとってどういうことなのか、自分にとってどうしても必要なことなのか、よく考えろ』
と、真剣に諭されてしまった。
『人をみる眼をもっと養い、相手の本質を見抜けるようになれば、そんな些細なことを気にしなくてもよくなる』と、助言なのか、未熟者であると叱っているのか、よくわからないこともついでのようにいわれた。
私にも話したくないこと、知られたくないこと……確かにある。
もし、誰かにそれを根掘り葉掘り聞き出そうとされれば、不快極まりない。
だから、師匠のいった事はわかった。納得した。
一刀の人柄自体は、どちらかといえば好ましい部類に入るのだ。
それ以来、多少納得いかぬことも師匠のいう様に『天の御遣いだから』と、気にしないようにしているのだが………。
だが、それでも。
どうしてもあやつのことが気になってしまう。
それに―――
一刀の弟子入りが決まったあの日の、涙。
あのときの一刀の顔が頭から離れない。胸がもやもやするというか………。
裸を見られて押し倒されたことも、別の意味で頭から離れないが。
(むむむ、北郷一刀め!この私をここまで思い煩わせるとは、許せぬ。明日の手合わせではせいぜい憂さ晴らしをさせてもらうとしよう)
一刀の情けない姿を想像すると少し溜飲が下がったが、胸のもやもやは消えない。
(少し外に行って気分転換でもしてくるか………)
―――
――――――
―――――――――
小屋の外に出ると、まだ暖かさの残る夜気が心地よかった。
少し歩いて、森の中にある、いつも鍛錬に使っている広場に向かう。
(さて……とりあえず軽く汗でも………む?)
広場に着くと、先客がいた。
「あれ?せ………趙雲。どうしたの?」
「一刀か………それは私の台詞だ。何をしておるのだ?」
なるべく平静を装って問いかける。
まさか気晴らしに来て、私を悩ませている本人に会うことになるとはな。
「んー、見ての通り。習った型の確認とかをちょっとね」
「師匠にいわれたのか?」
「いや、自主訓練というか、勝手にやってるだけだけど」
「ほぅ……」
少し感心する。昼間は動けなくなって小屋まで引きずられて帰っていたというのに。
そういえば、いつも夜になるとしばらく姿をくらましていた。
ということは、毎晩こうしているということか。
「―――俺は、強くならなくちゃいけないから」
―――おもわず
―――見惚れてしまった
月を見上げ、そういった一刀の顔は真剣だった。
普段は腑抜けていたり、ヒナと漫才をしていたりするのに、この者は時々こういった顔をする。
その姿は、私と同じくらいの年でありながら、どこか師匠と同じようなものを感じさせるのだ。
それが、悔しい。……悔しい?
そうか……私は悔しいのかもしれぬ。武では私にも劣るこの者が、私では手の届かぬ遥か高みにいるような気がして。
(馬鹿なことを……)
一刀は私と同じくらいの年なのだ。そんなことがあるはずがないではないか。
それともあるいは―――
一刀は本当に天の御遣いで、私では計り知れないなにかを持っているとでもいうのか。
「……一刀、構えよ」
「え?趙雲、急にどうし…―――わかった」
―――なぜそんな顔をする
―――お前は、何を考えている
聞きたいのに、聞くことが出来ない。
知りたいのに、知ることが許されない。
行き場のない感情が抑えきれなくなり、気付けば龍牙を持つ手に力が篭っていた。
出来る限り冷静に、静かに言い放つと、一刀も私の様子に何かを感じ取ったのか、素直に構えた。
それで何がわかるというわけではない。
私は師匠のように、矛を交えれば相手のことがわかる、などという領域にはいない。
けれど、いまは、
一刀が、私と正面から向き合ってくれていることがうれしかった。
手合わせならば、出会ったあの日から幾度となくしてきた。
だが、そのどれよりも私は真剣だった。一刀もそれに応えるように対峙してくれている。
互いの視線が絡み合い、緊張が高まっていく。
そして―――
「「はっ!!!」」
―――先に動いたのはどちらだったか
朱と蒼の龍牙がぶつかり合い、激しい火花を散らした。
どれほど打ち合っただろうか。
互いに肩で息をして、しばらくの間は互いの荒い息遣いだけが辺りに響いていた。
(……ふっ、やはり倒しきれぬか)
結局、決着はつかず、二人して地面に寝転がって月を見上げていた。
一刀は、なぜかやたらと身を守るのがうまい。(その分、攻めは残念、もとい、いまいちなのだが)
最初のころはまだ、一本とることもそう難しくはなかったが、最近ではそれも一苦労していた。
そして今夜はついに、最後まで一刀の守りを破ることができなかった。
その一刀の上達ぶりは、鍛錬により腕が上がったというより、槍の扱いに慣れ、『もとより出来ていたことを思い出している』というように感じる。
そこにやはり疑問を覚えるも、もう何も言うつもりはなかった。
今日のことは完全に私の我が儘だ。
なのに、一刀は何もいわずにこうして付き合ってくれた。
それは、一刀なりの誠意だったのだろう。
だから、このようなことで悩むのは今日限りにしよう。
一刀は、私の兄弟弟子で、好敵手。それでいい。
なぜか今は、素直にそう思えた。
自分の中で結論を出しかけていた時、ふいに、一刀が沈黙を破った。
「理由……話すの難しいんだ」
「え………?」
「でも、隠してる訳じゃないんだ。そもそも、俺にもサッパリわかってない」
「一刀……」
「ホントは、趙雲に隠し事なんてするつもりもないし、したくもないんだ。……同じ師の下で学ぶ仲間だしね」
「………」
「俺は隠し事とか苦手だし、そのせいで趙雲に迷惑かけてるのはうすうす感じてはいるんだけど………」
「おまけに鈍感だな。これだけ私を煩わせておいて、うすうすとは」
「うっ……すみません」
「ふふふ………冗談だ」
「からかわないでくれ………。だから、本当は全部話したいんだけど……あ゛~~っ、矛盾してるよな、俺」
「……その言葉が聞けただけで十分だ。別に無理に言う必要はない」
「けど、俺は趙雲に認めてもらいたい。そういうことを互いに言い合えるような本当の仲間になりたいんだ」
「………」
「……俺もさ、話せることはなるべく話すようにするからさ」
「………」
「だから……少しずつでもいいから、趙雲も「星だ」俺の事………え?」
「私の真名は星だ」
「………」
一刀は『なんで?』という顔をしている。
(全く、そういうところが鈍感だというのだ………)
そんな一刀にあきれ半分、愛着半分といった気持ちになる。
「……いつか、話してくれ」
「……ああ、いつか話すよ」
再び沈黙が訪れた。
心地よい風が頬を撫でる。
見上げる先、天高く冴え渡る白銀の月は、私の心を溶かすようにやさしく輝いていた―――
星拠点√2
ある日の昼下がり。
私はヒナを探していた。
いつもなら、もうすぐ昼食をとる時間なのだが、朝稽古を終えた私達が小屋に帰ると、いつも昼食を用意して待っていてくれるヒナがいなかったのだ。
そこで私がヒナを探しに、周辺の捜索をすることになった。
ちなみに、ヒナの作る料理はうまい。
山にあるものをとってきては、それに手を加え、とてもおいしい食事を作りあげるのだ。
これまで、食べるものがあるだけマシ。メンマなどがある日は命を懸けて奪い合う、という生活をしていた私と師匠にとってはまさに天恵だった。
今まではメンマを食べられる日だけが、食事に至福を感じる時だったが、今では毎日の食事が楽しみになっている。
(それはさておき、ヒナは一体どこにいったのだ―――ん?)
ヒナを探して森の中を歩いていると、どこかから美しい旋律が聞こえてきた。
その音色に惹き付けられるように歩いていくと、木々の隙間から、遠くにヒナの姿を見つけた。
―――けれど、私は最初、それがヒナだと気付かなかった。
木々に囲まれた森の中。
少し開けた森の広場のような場所で、少女が見慣れぬ楽器を華麗な手つきで演奏していた。
あれは、確か『ばいおりん』といったか。以前、私達の前でも披露してくれた事があった。
木々の隙間から差込む木漏れ日が少女を照らし、その姿はこの世界に舞い降りた天女と見間違う程に美しかった。
その演奏に魅入られて、少女の周りには森の生き物達が集まってきていた。
そこはまるで聖域のように、この世のものとは思えない神々しい雰囲気に満ちていた。
私はそれ以上近づくことも出来ずに、ただその音色に陶酔し、聴き入っていた。
―――ヒナといえば、一刀よりも謎めいた存在だった。
一体何者なのだろう………。
あの流星と共に一刀が現れた日。ヒナも一緒にいたという。
しかし、私がヒナの存在に気づいたのはその翌日の朝、一刀を危うく亡き者にしてしまう所だったのを、ヒナに止められた時だった。
いわれてみれば、確かに最初からいた気もする。けれど、あの状況下で、私がその程度にしか認識できていなかったというのが信じられない。
一刀たちが、もしも『そういう輩』であったなら、私は気付くことすら出来ずにやられていたということだ。
一刀も、ヒナのことはよくわからないといっていた。
師匠は、遠い目をしていた。どうやら、流星が落ちてきた日の夜から、翌日の朝にかけての空白の時間に、何かがあったようなのだが、それについて師匠はかたくなに語ろうとしない。
一刀とは、近頃はある程度打ち解けてきたが、ヒナについてはよくわからないままだった。
いろんな意味で、ただ者でないということだけは全員の共通認識なのだが。
そんな考え事をしていると、曲が終わったのか、ヒナは『ばいおりん』をおろし、観客たる動物達に優雅にお辞儀をしていた。
私も思わず拍手をしそうになりながら、ヒナを探していたのだったと、本来の目的を思い出しヒナのもとに近づこうとした。
今思えば―――
私はそのときにその場を離れるべきだったのだ。
神秘的な曲が終わり、その余韻に浸って呆けていた私は、理解不能な出来事を目にする。
ヒナの足元に伸びていた影がうごめいたかと思うと、周りに集まっていた動物達に襲い掛かったのだ。
ザシュッ
ゴキンッ
ゴキュッ
ビシャッ
反応するまもなく影に捕まった動物たちは、切り刻まれ、影に引きずり込まれ、見る間に物言わぬ肉塊に変わり果てた。
即死しなかったモノが悲痛な鳴き声をあげるが、それもすぐに途切れ、聞こえなくなる。
影に襲われなかった動物たちは、一目散に逃げ出した。
私は、目の前で繰り広げられる惨状が理解できず、呆然と立ち尽くしていた。
この世の聖域とすら感じた憩いの場は、あっという間に血に塗れたこの世の地獄と化した。
ヒナはそんなことにかまわず、なんでもないように『食材』を調理していく。
ヒナは、どこからか鍋を取り出し、捌いた肉と既に採ってきていたであろう山菜を入れて、煮込み始めた。
グツグツ グツグツ
鍋から湯気が立ちのぼり、おいしそうな匂いが当たりに満ちていく。
「………おなかがクゥクゥなりました」
ヒナは鼻歌を歌いながら、鍋をゆっくりとかき混ぜる。
木漏れ日に照らされた天女?
この世のものとは思えない?
辺りに満ちる空気は確かにこの世のものとは思えないものだった。
しかし、先程の印象とは全く違う意味でだが。
(( ;゚Д゚))))ガクガクブルブル
気付けば私は走り出していた。
少しでもその場から遠ざかろうと、一心不乱に走り続けた。
走れ趙子龍!一刻も早くこの異界から去らねばならぬ。たとえ心臓が破れようとも!!!
ナニモミテナイ、ワタシハナニモミナカッタ。
そう自分に言い聞かせながら疾風となりて森を駆け抜け、気がつけば私は、小屋の前まで戻ってきていた。
師匠と一刀が、ヒナは見つかったのか?など、声を掛けて来たが、私は先程の光景を忘れることに精一杯で二人の声はほとんど聞こえていなかった。
………
………………
………………………
しばらくして、ヒナが戻ってきた。
「………いっぱい、とれた」
「おー、うまそうだな」
「おぉ、今日はご馳走だなー。ヒナ、えらいえらい」
「ア、アア、ホントウニオイシソウダ……」
その日の昼食は、皆でヒナの作った鍋料理を囲んだ。
師匠と一刀が競って肉を食べている中、私は最後まで肉に手を出すことが出来なかった………。
―――あの悲痛な鳴き声が耳から離れない
この日、心に癒せぬキズを負った私が、やはりメンマこそが至高の食べ物だと思うようになったのは、また別の話。
星拠点√3
錦屏山の森に満ちる、早朝の静謐な空気。
そんな大自然の山間に、金属音が木霊していた。
二つの影が激しくぶつかり合い、交差しあう。
そして、一際高い金属音の後、影の一つが、手に持っていた獲物を落とす。
「む、無理ゲーすぎる………」
「はっはっは!どうした一刀。もう終わりか?だらしがない。まだ私から一本も取れていないではないか」
「無茶いうなって………」
一刀に請われて、私たちは広場で手合わせをしていた。
かわいい弟弟子に頼まれては嫌とはいえない。
「一刀の攻めは正直すぎるのだ。虚実を織り交ぜねば、よほどの力の差がなければ通じないぞ?」
「うーん、フェイントも自分では入れてるつもりなんだけどな………」
「ふぇいんと?また天の言葉か」
聞きなれない言葉に問い返す。一刀は時折、意味不明な言葉を使うのだ。曰く天の国の言葉らしい。
「ああ、うん。えっと虚実というか、うそとか引っかけとか牽制とか、そういう意味かな」
「ふむ。なるほど。まぁそれはいいとして、一刀のフェイントはフェイントになっていない」
「うっ………」
「むしろ『これはフェイントです。次の攻撃が本命です』と、いちいち私に教えているようにすら感じるな」
「そ、そこまで?!」
「うむ」
がっくりと地面に崩れ落ちて、うなだれる一刀。
(おぉ、落ち込んでいる落ち込んでいる(笑))
一刀がへこんでいる姿を見るとこうも心が弾むのはなぜだろう。
(からかっている私がいうのもなんだが、あまり私をときめかせないでくれ一刀。ついうっかり何かに目覚めてしまいそうだぞ?)
ニヤニヤしながらうなだれる一刀を愛でていると、がばっ!と一刀が立ち上がった。
「むぅぅ。もう一回だ!いくぞ、星!」
目に涙を浮かべて、一刀がそういってくる。その姿に、ゾクゾクッと不思議な感覚が体の内に湧き上がってきた。
これは一言でいうと―――『快感』?
「ふはははは。いいだろう!何度かかってこようとも同じこと。返り討ちにしてくれる!」
互いに構え、再び矛を交えようとしたその時だった。
「おまえら、今日は休みだっていっただろうが」
「「師匠!?」」
出鼻を挫くかのように、突然、師匠が現れた。
麓の村まで買出しに行っていたはずなのに、もう戻ってきたというのか。
相変わらず馬鹿げた脚力だと、尊敬を通り越してあきれてしまった。
「おら!さっさと家に戻れ」
「いや、でもなんか体を動かしたい気分というかなんというか………」
「ば、ばか。一刀!」
「え?」
一刀の不用意な一言に私は叱咤する。しかし一刀はわかっていない。
この人は、人に命令されたり、自分の言ったことに逆らわれたりするのが大キライなのだ。
「ほぅ………。俺のいうことが聞けねえか。……ったく、休むのも鍛錬のうちだっていったのに、全然わかってねーみてーだな」
「えーと……師匠?」
あ、まずい。やはりちょっと怒っている。一刀もようやく事態を理解したようだ。
だが、たぶん、もう遅い。
「そんなにやりたいなら、俺が相手をしてやろう。おら、二人ともかかって来い」
「あ、あの………?」
「し、師匠………?」
二人して戸惑う。というか、師匠から発せられる覇気に、足が竦んで動けない……。
「どうした!こないならこっちからいくぞ!」
「「ちょっ!?」」
瞬間、師匠の姿が消えた。否。残像すら霞むほどの速度で距離をつめた師匠が目の前にいた。
「くっ!―――あぅっ!?」
繰り出されたのは神速ままに突き出された掌打。
なんとなく展開が予想出来ていた私は、それを直感のみで槍を盾にして受け止める。
が、それが既に間違っていたのか。
予想していたような衝撃はなく、むしろ吸い込まれるように、やわらかく掴まれた。
私にわかったのはそこまでだった。
―――まさに瞬殺。
気がついた時には私は地に伏せ、指一つ動かすことが出来なくなっていた。どこが痛いのかもわからない。
視線の先には私と同じように一刀が地面に転がっていた。
一人立ち尽くす師匠の背に、神ノ人という文字が見えた気がするのは何かの見間違いだろう。
「もう終わりか?」
師匠が声をあげる。しかし足元に這いつくばっている私と一刀に返事をする余裕などあるはずもなく。
「(か、一刀………大丈夫か?)」
残った力を振り絞り、掠れるような小声で地に伏してピクリとも動かない一刀に問いかける。
「・・・」
返事がない。ただの屍のようだ。
(くっ、なんて大人気が……ないんだ………この人、は………………)
やがて私も意識が薄れて、そのまま力尽きた。
結局そのまま、紫虚は去っていき、森の中には敗残兵の骸だけが転がっていた。
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