三閃の煌きが一子を襲う。
「う、ぐ……あぁ!!!」
悲痛な叫びと共に一子は大きく薙刀を振るう。クリスからなんとか距離をとりたいところではあるが、その直線的な攻撃とは裏腹にその動きは実に無駄が無く流麗で軽やかなもので、円を画く軌道は見事にかわされる。
「ハアッ!」
紙一重で薙刀をかわすと瞬時に特攻に移る。大振りな攻撃は、構えなおす間に相手へ『溜め』、『踏み込み』、『突き』の一連を律儀に与えていた。
高速の一撃は鳩尾へ狙いを定め、減速することなく精確に一子へとどめを打ちに行く。
「グッ……ぁあっ!!」
構えへの予備動作からとっさに回避へ無理やり身体をねじる。
ドス…と鈍い音をたてながらも一子の左肩に白銀のレイピアがめり込む。一切の加減を抜いた一撃は、その実踏ん張ったままでいたら刺さらないまでも骨が砕けていただろう。そんな決死の一撃は、なんとか態勢を崩していたおかげで力がのらずにすみ、吹っ飛ぶだけですんだ。
「一子どのっっっ!!!」
思わず英雄が立ち上がる。紙一重の一撃はそれほどまでに危うく、疲労した一子には致命的なものであったのだ。
「ハァッ…ハァッ…ん、ハァッ……」
どれも必殺の威力を持つクリスの攻撃。幾重にも被弾し、身体はもう言うことを聞かなかった。
(グ……、足が…上がらない……)
それでも意識を集約させて無理やりに持ち上げる。まるで生まれたての仔馬のようだ、とは言ったものだ。少しでも意識をそらすときっと倒れる。そんな予感に身を引き締め、なんとかクリスに視線を向け、構えをとる。
(まだ……やれる……)
開始の合図から一切ぶれることのない純粋な闘気。白熱した紅蓮の炎は未だ一子の目に赤々と燃え続けている。
だからこそ、見てられなかった。
「もうよせ一子殿!これ以上やってはあなたの身が壊れてしまう!」
耐えかねてか英雄の悲痛な叫びが響き渡る。
最前席で見ている英雄と風間ファミリーには、この光景が酷でしかなかった。
幾度もの攻撃で持つ力さえ失った両腕は大きく震えながらも必至に薙刀を落とさんとし、足はまともに踏み込めないほどに震え、強風が来ればそのまま吹き飛ばされそうなほどに不安定。無理な体勢から必至に避け続けた結果、あちこちの腱は痛み、骨はギシギシと軋み、筋肉は裂傷し、服は破け、五感は麻痺し、目の前はまともに映らない。
それでも構えをとっている『つもり』の一子。周りから見ればギリギリで立ち続け、限界まで力を絞り重たい薙刀をかろうじて持ち続けているようにしか見えない。
「ハァ、ハァ……ハァ」
呼吸が痛い。息を吸うと全身の骨が悲鳴をあげ、息を吐くと内臓が全て反転してしまうような錯覚すら覚える。
そんな必至な姿にクリスでさえ疑問を抱いてしまった。
なぜまだ立ち上がるのか?
なぜまだ意識を保てるのか?
もう手足は幾千もの疲労、裂傷、打撲に破壊寸前ではないのか?
なぜそこまでして、それこそ命を懸けて戦うのか?
キャップはただ応援する。どんなことがあったのかなど知らない。だがそれでも決して諦められないものがあるからこそ、ああして命を懸けて戦っているのだと理解できる。だから今自分に出来ることは魂をこめたエールを送ることだけだと、全力で応援し続ける。
それに呼応してガクトが、モロが、京が、まゆっちが、みんなが応援し続ける。たとえ誰がなんと言おうと彼らだけは会場で戦っている二人を真剣に応援し続ける。見えない形でこそ繋がっているからこそ分かる一つの形。それが風間ファミリーという存在なのだ。
しかし彼女にはもう彼らの声も聞こえない。ただ自分の呼吸だけがうるさく鳴り響いて耳をふさぐ。
口と鼻は血の色しか認識できず、目の前にある黄色じみた何かを目印に前を向いているだけ。
多分あと1分も持たないんじゃないかと言うほどに体力は残されていないにも関わらず依然たち続ける。
「…………むぅ」
審判は悩む。これ以上続けたら確実に一子が壊れる。わかっていることだが彼女はその実まだやれるとこちらを見続けている。
もう止めたい。これ以上やっても変わらないと、終わらせることは可能だ。おそらく今そう告げてもなんら反論を持つものはいないだろう。しかしそうはさせない何かが胸につかえていた。
意味がないというのなら、本来既に彼女は立つことなど出来ないはずだったではないか。何十年も武の道を歩んできたその男がもう立てないと判断したはずなのに、彼女は立ち上がった。それは言い知れぬ感情となり、感情は理性を麻痺させ、さらに判断すら曖昧にさせる。
決して感情や私情で試合を取り仕切ることなどはしない。しないが、目の前の状況は判決を下すにはあまりに不確定すぎると、審判たる川上鉄心は現状を維持していた。
依然有利にあるにも関わらず、緊張に集中力を削がれていたのはクリスのほうであった。
(く……あの目、まるで隙がない!)
それだけではない。全身傷だらけの、満身創痍であり疲労困憊の目の前の女子は、隠しておいた必殺の一撃も攻略されなす術が無いにもかかわらず凄まじい闘気を放っていた。否、それは闘気ではなく見えない圧力。心底に響く裂昂の気迫。
それはまさに命を投げだす特攻の精神に思えた。
それをクリスは経験したことが無かった。今まで死合いをしてきたことは何度もある。しかしここまで追い詰められた目をした者がいただろうか。一死一殺、捨て身の覚悟でこうも圧倒する者がいただろうか。
「……ふ」
今までにない最恐の感覚。自らに向けられる相手の死と己の死。
その極限状態の感覚下でクリスは感謝していた。
「やはりこの国へ来てよかった……」
静かに、相手への感謝にうちふるえる。
ここまで真剣な戦い。
命より大切なものを護るための闘い。
それはかつて見た古来の日本の心意気。今では滅びた高潔なる武士の魂。
「クリスティアーネ・フリードリヒ、全身全霊をもってその誇りに応えよう!!!」
だからこそ高らかに誓おう。川上一子、その生き様に我が全力をもって迎え撃つと!
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なんとかして夢かなえてほしかったので邪道とはいえ書いてみました。