絶撃の浜風 大本営編
01
暗部
(2020年12月20日 執筆 2021年9月5日・6日 大幅加筆修正)
鎮守府を任された提督には、いくつかの権限が付与されている。その中でも艦娘にのみ有効な【ある三つの権限】は、一般には殆ど知られていないのだが、現在に至るまで、人と艦娘との間を微妙に隔てる要因となっている
一つは、戦闘時における【進軍及び撤退命令権】である。これは、艦娘が初めてこの世界に出現した70年前、人と共闘する際に決められた約束事であった
時代は正に、深海棲艦の脅威が世界中を席巻しており、艦娘の力を持ってしても、情勢を変えるのは困難であった。そして当時の人類と艦娘との関係は、あくまで《共闘》であり、彼女たちが不得手とする戦術指南や艦隊運営、及び資材管理などを受け持っていたに過ぎなかった
そうして深海棲艦との膠着状態がおおよそ一年近く続いた頃、艦娘側から、提督側との話し合いの場を申し込まれた。艦娘側の代表として赤城が、そしてまだ大本営も設立されていない時代だったため、提督側は、推挙により12人の提督が話し合いの場に立った。世に言う【志摩・御前崎会談】である
そして艦娘代表の赤城からの提示された内容は、提督権限の強化だった
当時の提督の出自は、その殆どが一般人で、軍出身の者は少数派だった。それ故か、彼らは共闘を申し出てくれた上、最前線で戦場の矢面に立つ艦娘たちに対し、どこか後ろめたい気持ちと遠慮があった
元々戦争の素人である彼等には無理からぬ事であった。艦娘側に被害が及ぶ事を恐れ、勝負所での決断に迷い、勝機を逸する事は一度や二度ではなかった
その詰めの甘さが、結果として深海棲艦に反撃の機会を与え、戦況を覆される事態が各地で散見していたのである
この事態に対し、艦娘側は内々に話し合った結果、この戦況を打破するには提督の強い権限が必要との結論に至った。そこで赤城を代表として提督サイドへ取り決めを申し込んだのである
当初、提督側はこの申し出に難色を示していた。人類の代わりに深海棲艦と戦ってくれている艦娘に、リスクを冒してまで進軍させる事は出来ない、と
だが、赤城からの説得で、提督たちは覚悟を決め、これを飲んだ
当時、赤城はこのように話して提督たちを説得している
「戦況が長引けば、どのみち人だけでなく私たちにも被害が及ぶのは避けられないでしょう。貴方方は、もっと非情になるべきです」
「でも、それでは君たち艦娘にとってあまりにも不利益だ。我々の判断ミスで、君たちの仲間を死なせてしまう事だってあるだろう。それだけじゃない、人は、君たちのようにきれいじゃない・・・邪な思いを抱く者がいないとも限らない」
「確かにそういう面もあるでしょう。でも、今は深海棲艦との戦争の最中です。為すべき事を成さずに貴方方や私たちの同胞の命が失われていく事に比べれば、そのような事は些末な事と考えますが? どうですか?」
「・・・・・それは、そうかも知れないが・・・・」
「では、そのような些事については、戦いが終わった後、また話し合いましょう。それでいかがです?」
「・・・・すまない・・・」
「私たちは、あなた方を信じます。精々馬車馬のようにこき使ってください」
「・・・ありがとう・・・・」
新たな約定を結び、人と艦娘とは互いに手を取り合い更なる戦いへと身を投じた。お互いの信頼に応えるために、艦娘も、提督達も死力を尽くして戦った。その間、多くの職業軍人達の参入と大本営の設立、そして建造システムの実用化により艦娘の個体数が激増・・・その結果、それまでの均衡が破られ、深海棲艦は徐々に勢力を弱めていった
だが、当初懸念されていた以上に、艦娘の殉職者が出ていた。そこには、【進軍及び撤退命令権】の約定の取り決め以降に参加した大本営寄りの軍人提督達による【艦娘の使い捨て】が横行した事による
深海棲艦に恐れをなした軍が裸足で逃げ出していた頃、有志によって立ち上がった民間人の提督たちは、艦娘と手を取り合い、この人と艦娘の住む世界を守る為に戦ってきた
だが、艦娘という、深海棲艦に対抗しうる【兵器】の存在を知った軍人たちは、「俺たちなら艦娘をもっと効果的に運用できる」と主張し、そこに割り込んできた。それまでは個々の繋がりでしかなかった提督間のコミュニティを統べるものとして【大本営】を設立し、鎮守府間の艦娘や資材の運用指揮をするようになった
そして建造システムの実用化は、換えのきく【使い捨ての兵器】として艦娘を扱う軍人提督たちを横行させた
確かに、大本営の出現は第一次深海棲艦戦争を早期終結に導く一助となった。だが、赤城以下艦娘たちと約定を交わした初期の提督たち・・・彼らの崇高な想いは、《大本営》によって、踏みにじられる形となっていた
大本営の幹部連の中に、赤城との話し合いの場に立ち会った者は一人もいなかった。しかし、その概要は伝聞で聞き及び当然知っていた
だが、無視した
戦争が沈静化した後も、
「まだ、深海棲艦の脅威がなくなったわけじゃない」
と主張し、戦後の話し合いの場を設けようとはしなかった。彼らは、艦娘に対する権限を手放す気などなかったのである
この大本営の専横を危惧した赤城たち一・二航戦は、彼らに対する一定の抑止力として、とある約定の締結を迫っていた。幸いな事に、当時の大本営幹部連を統括する陸軍参謀総長、幕僚長は聡明な人物で、行き過ぎた大本営の在り方を危惧していたため、幹部連の反対を押し切り約定を締結させていた
それが【大本営所属軍人処分に関する権限】である
この約定締結により、大本営に対し一定の抑止力となるかに思われた・・・・・だが
深海棲艦の脅威が沈静化し、散発的な出現に留まるようになった頃、艦娘に異変が生じていた
それまで同一個体を建造により複数隻保有することが可能だった艦娘たちが、より上位の個体同志で統合が行われ、オリジナル個体を残し、クローン体が消失した
結果、艦娘の総数は数百隻に留まり、その戦力は大幅に減少した。それだけではない、艦娘たちの身体機能にも劇的な変化があった。艦娘たちは生殖機能を有し、子を授かれるようになっていた。ごく自然の成り行きで、戦いの最中で出会った想い人と恋に落ち、結ばれ、そして子を成した
人と艦娘との間に生まれた女の子は、不確定ではあったが、艦娘としての能力が顕現、覚醒した
それは・・・・この世界における新たな不文律であった・・・・
これらの事象は、行き過ぎた提督達の横行に警鐘を鳴らすべく、【デウス・エクス・マキナ】の反乱によってもたらされたものであった
この事件の首謀者である彼女は、解除方法の記憶部分をブラックボックスに収め、とある艦娘のコアにそれを移植した。そして自らはその記憶を封印してしまったのである
これを鑑み、大本営はこれまでの戦略の大幅な見直しを余儀なくされていた
各国政府機関に働きかけ、艦娘の血族、そして第二世代以降の人から覚醒した艦娘には人権を付与し、法的にこれを保護した
今やオリジナル個体しか存在しない艦娘の一体一体が、希少な戦力な故の措置であった
本来であれば、これで終わりのはずであった
だが、第二世代になって初めて迎えた【第二次深海棲艦戦争】の顛末は、大本営による専横を決定的なものにしてしまった
人権を与えられ、人の子としての側面を持つに至った第二世代の艦娘たちの多くは、戦場に娘を送り出したくないという親の情に絆され、戦う事を躊躇した。結果、多くの人々と、少数で深海棲艦に立ち向かった艦娘たちの命が奪われ、日本国は再び滅びの道を歩み始めていた
紆余曲折の末、艦娘たちは再び戦場へと赴くようになったものの、艦娘の運用はこれまでとは比較にならない程不安定なものになっていた。有事即応が確実とは言い難い現状を露呈したこの事件は、大本営に危機感を抱かせるには十分であった
大本営は・・・これまでは共闘関係の延長線上に過ぎなかった人と艦娘との関係を強化する必要性に迫られていた
絶対数の少なくなった艦娘の脱落者を最小限にし、効率よく集中運用するには、艦娘たちの意思決定を掌握する必要があると考えたのである
艦娘の艤装は、初代艦娘と所縁の深い鎮守府の艤装格納ブースに召喚された。大本営はこの格納ブースを霊廟と呼び、人を遠ざけ、ある細工を施した
当時の人類は、ナノマシンによる生体の神経系への干渉技術を習得しつつあった
思考などの部分には干渉できないが、手足や臓器、視神経や聴覚にまで干渉しうる技術である。四肢の制御を奪い、心臓を停止させる事も可能である
ただ、これは人道に反するというごく当たり前の帰結により、一般には人に行使されることはなかった。使われたのは、凶悪な犯罪者やテロリストの自白拷問用としての他、死刑の執行や、家畜の屠殺などである
この技術は艦娘には効果がない・・・・厳密に言うと、第一世代の艦娘には100%効果がない
過去にこれを試そうとした科学者が、とある艦娘を騙してナノマシンを体内に注入し、あらゆる神経系に干渉する実験を行ったが、全くの効果がなかった
無論、事が公の知る所となり、そのものは処罰・・・処分された
しかし・・・しかしである
今の艦娘ならどうか。人と艦娘とが交わった存在である、第二世代以降の今の艦娘なら・・・・
科学者とは、知に対しあまりにも貪欲である
実際、そう考えた科学者がいた。ナノ・テクノロジーによる艦娘の制御を目指した実験計画書を大本営に持ち込み提言した結果、あろう事か大本営はこれを非公式で承認。秘密裏に実験が行われる運びとなった
様々なテストを繰り返した結果、僅かながら神経系に干渉できる事が確認された
だが、それは「今日はちょっと気分が乗らない、調子が悪い」程度の干渉力に留まり、四肢の制御に干渉する事は無論、その行動を制限する事など、現時点ではとても不可能であった。その上、所属鎮守府の提督以外の者が施行しても殆ど効果が見込めなかった
しかも、一人の艦娘にこれを施行した場合、二人目以降、というか一人目以外の艦娘には全く効果が発生しなかった
後は、命令に対して若干の強制力が働く事と、艤装とのリンクを阻害できる程度であった。これらは当該提督施行という条件付きながら、不特定多数への干渉が可能である事が判明し、これが本命とばかり大いに実験結果が期待された
だが、前者は艦娘自身が強い意志で抵抗すれば無効化できたし、後者についても、一度艤装リンクを果たした後では、全く効果がなかった
この実験結果に対し、大本営としては落胆を隠せなかった
効果を与えられる対象が僅か一名と限定的な上、与える方も当該提督のみで、しかも干渉力は僅かで、行動そのものを阻害する効果もない。これでは、抑止力としてはほぼ使えない
大本営は、さしあたって明確な効果が判明している艤装リンクに関する法整備を進めた。人から覚醒した艦娘が、必ずしも軍務に適しているとは限らない。もしも軍に、人に仇なす要因が認められた場合、提督権限を以てして艤装の付与を拒否できる事とした
覚醒した艦娘が身体検査の他に、面接で人格面を精査されるのはこのためである。人間性に問題がなく、軍務に適応可能と判断された艦娘には、当該鎮守府の提督権限で艤装の展開を許された
大本営はこれを【始まりの艤装展開】と命名した
それは、当該鎮守府の提督の承認なしに、《始まりの艤装展開》を出来ないという《縛り》である
そう・・・これが、提督に付与された二つ目の《権限》であった
ただ、これは就役前の艦娘の不穏分子を水際で排除出来るに過ぎないため、将来有望な艦娘の芽を摘んでしまうリスクも少なからずあった。現実的には、大本営側、艦娘側共に然程のメリットが見込めなかった
それに対し、当初はあまり期待されていなかった《命令に対する若干の強制力》であるが、こちらの方が思いの他有用である事が、その後の教練などを通じ徐々に明らかとなっていた
人とは、僅かなプレッシャーや強制力を受けると、その判断に影響を受け(勘違い程度の影響)、行動のベクトルが若干ではあるが捻じ曲げられる所がある。その僅かな《強制力》が、軍隊の統率に於いて非常に有効に機能するのである
大本営はこの強制力に【アドミラル権限】と命名し、暗示効果を付与することによって、より強力な強制力を発揮させる事に成功する
【上官の命令は絶対である】という暗示・・・・
言うまでもないが、これが、提督に付与された三つ目の《権限》であった
斯様にして、大本営は艦娘を掌握する手段として、秘密裏に様々な実験を行い、それを実装しその権力を盤石なものにしつつあった。艦娘の一族には艦娘の保全という名目で定期的な検査が呉にて行われ、その際その体内にナノマシンを注入されていた
艦娘たちは、知らぬ間に大本営の統制下に置かれつつあった
無論大本営にはこれらを悪用する意図はなく、あくまでも深海棲艦との戦闘に際し、統制力を保持するのが目的であった。もう二度と、艦娘が戦場に赴く事をためらうなどという事が起こらないようにするためでもあった
この事実は、艦娘は無論の事、一般の提督の知る所ではなかった。呉の奥深くに棲息する、大本営の極一部の幹部たちと、大本営直属の技術開発工廠の主任クラス以上だけが知る事実であった
だが、これが人の業とでも言うべきものであろうか・・・・
大本営の思惑とは裏腹に、これらの権限を悪用する提督が、ふつふつと湧き出るように各地で艦娘を蝕み始めていた・・・・・某鎮守府の提督も、その一人だった
彼は、【進軍及び撤退命令権】を悪用し、《大破進軍カード》で艦娘たちを脅し、従わせようとしていた。だが、これは赤城の奮戦により封じる事が出来たものの、その後就役した加賀は、【始まりの艤装展開】を受けられず、艦娘としての能力を封じられていた・・・
何かが・・・・狂い始めていた
深海棲艦から人を・・・・この世界を守る為に始まった戦いのはずだった・・・・・
それがいつしか人々の心から忘れ去られ、世界は・・・・人々が願っていた世界とは違うところに来てしまっていた・・・・・
赤城 04 佐世保沖海戦とティレニア海海戦(前編) に続く
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絶撃シリーズ 大本営編 第一話です
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