第三十話
「遅いですわよ!七乃さん。」
クルクルは彼女を『七乃さん』と言った。一刀はあまりにもいきなりなもので面を食らった。
「…………な、七乃さん?」
間違いなく七乃さんだった。彼女もまた一刀の存在に気付き、面を食らったように驚いた。
「え?……か、一刀さん?」
彼女もまた一刀の名前を言った。一刀はもう確信に変わった。彼女は間違いなく七乃さんだと。一刀は考える前に体を動かした。そして、思いっきり七乃さんの体を抱きしめたのだ。
「七乃さん!七乃さん!」
間違いなかった。いつもの優しい香りだった。いつの間にか一刀は涙を流していた。
「か、一刀さん……」
七乃さんも抱きつかれた時、少し驚いたようだったが、すぐに一刀を優しく抱きしめた。
「な、七乃さん!……あ、会いたかったよ!…………本当に会いたかったんだよ!」
一刀は泣きじゃくっているせいか、上手く呂律が回っていなかった。でも言いたい事はすべて通じていた。
「私も御会いしたかったです。一刀さん……。」
「な、七乃さん……。」
完全に二人は自分たちの世界に入っていた。二人の関係を知らない四人は完全に蚊帳の外であった。
「え?……え?え?!」
亞莎は顔を真っ赤にしながら何が起こったのか理解できないようだった。
「うわ~……」
オカッパの女の子もまた顔を真っ赤にしていた。手で顔を覆うような動作をしているにもかかわらず、きちんと指の隙間から一刀たちの抱擁を覗きこんでいた。
「ひゅ~!アニキやるな~!」
ボーイッシュな女の子は冷やかすような言い方をしていたが、その顔は少し赤くなっていた。
「ちょ、ちょっと貴方達!こ、こんな場所で……なんてハレンチな!……」
中でも一番真っ赤だったのはこのクルクルだった。まるで男女の営みを初めてみるかのようなウブな反応であった。
「七乃さん……」
「一刀さん……」
二人の熱烈な抱擁はしばらく続いた。四人はただ顔を赤くしているだけで何も言えなかった。おそらく完全に二人の世界に入っていたからだろう。
ようやく、一刀は落ち着きを取り戻した。一刀が落ち着きを取り戻すと同時に蚊帳の外にいた四人もまた我に返ったのだ。
「ちょっと、七乃さん!い、いつまでそ、そそそんな事をなさっているのですか!?」
クルクルがその場を仕切るかのように一刀たちを諫めた。一刀もまた急に恥ずかしくなってきて、とっさに離れたのだ。
「あ、す、すみません!」
一刀は一体誰に謝っているのか?一刀は本当に驚いて、嬉しくて、とてもテンパっていたのだ。だって、あの七乃さんが近くにいるのだもの。
「あっ………もう少し抱きしめてくれてもいいのに~……」
七乃さんはまるで冗談をいうかのように笑いながらみんなをからかっていた。当然ながらその大胆な発言に、一刀を始め、みんな顔を真っ赤にしてしまった。
「七乃さん、無事だったんですね。良かった。」
「一刀さんこそよく無事で………」
二人が知り合いなのはさっきからのやり取りを見ていれば誰でもわかる。一体どういう関係なのだろう?と、四人は考えていたが、オカッパの女の子が何か思い出したようだった。
「一刀……?あれ?どっかで聞いたことあるような……」
彼女は頭を捻りながら一刀のお供だった 亞莎に尋ねたのだ。
「ねえ、彼の名前って……」
「はい?一刀様がどうかしましたか?」
「一刀………あれ?あれ!?」
オカッパの女の子はなぜかどんどん顔を蒼くしていった。
「も、もしかして………ほ、北郷……一刀?」
「え?あ、はい。一刀様の御名前です。」
その瞬間、オカッパの女の子は魂が抜けたかのように顔を白くしたり蒼くしたりと忙しく表情を変えていた・
「ちょっと!お二人は一体どういう関係ですの!?七乃さん!説明してもらいますわよ!」
「はい。分かりました。麗羽様。」
実に礼儀正しく話を返した七乃さんだった。一刀はこのクルクルもまた七乃さんの知り合いなのだろうか?と思っていた。
(あれ?麗羽って………イントネーション的に真名だよな?彼女の真名ってどっかで聞いたことあるような……)
一刀はクルクルの方を見た。その顔はとても高貴な雰囲気を纏っており、あの高圧的な性格を直せば、どこかの名家のお嬢様と呼ばれても不思議ではなかった。
(う~ん………どっかで彼女を見た事あるような……)
見た事があるというのは少し間違いだっただろう。一刀は自分の知っている人物に彼女を照らし合わせたのだ。
「説明する前に、この状況を先に説明して頂けませんか?さっき来たばっかりで何があったのか分からないんです~♪」
「仕方ありませんわね。斗詩さん。七乃さんに説明して差し上げなさい。」
そうだ。この何とも言えないわがままな性格。一刀は知っている。間違いなく彼女だ。一刀の大好きなご主人様。このクルクルは一刀の主にそっくりなのだ。
(麗羽……ま、まさか……!?)
だんだん記憶が鮮明になってきた。一刀は思い出してきたのだ。彼女の名前を聞いたのは確か………そうだ。まだ一刀たちが南陽にいた頃。あれは神楽の父親である霊帝が死んで、各諸侯に檄文が飛ばされた時だった。
「七乃さん。袁紹って今どこにいるのかな?」
「麗羽様ですか?」
「麗羽?」
「袁紹様の真名ですよ。一刀さんは言ってはいけませんよ。」
「え?でもどうして七乃さんは……?」
「お忘れですか?お嬢様も袁家なんですよ。」
「あ、そうだった。」
…………………
「…………うそ?」
いや。でも、間違いない。一刀は完全に思い出した。しかもこの容姿。どことなく美羽に似ている。
「ちょっと、斗詩さん!何をしているんですの!」
オカッパの女の子の顔は真っ青であった。
「れ、麗羽様………」
「どうしたんですの?顔が真っ青ですわよ。」
「だ、だって……そ、その人……」
オカッパはまるで幽霊を見るかのような目で一刀を指差した。
「あ~……もしかして気付かれちゃいましたか?」
七乃さんは白々しく言う。一刀もまたこの人たちの正体に気付いてしまった。
「彼がどうかしたんですの?」
どうやらクルクルはいまだに気付いていないようだった。ボーイッシュな女の子もまた、どうしてオカッパがこんなにも怯えているのか理解できなかった。そして、彼女は勇気を振り絞るかのように言った。
「そ、その人……」
「なんなんだよ~?斗詩~。」
「その人……『天の御使い』の北郷一刀さんですよ~!!」
一瞬、時が止まった。
「……………はい?」
その後、何とも言えない混沌な騒ぎが起きた。みんなが冷静を取り戻すのにはかなり時間がかかった。気が付いたらもう夜になっており、夕食時まで騒ぎは終わらなかった。
……………………………
「………………」
「………………」
「………………」
今、一刀たちは夕食のために先ほどの食堂の席に座っていた。
「では、一刀さんと麗羽様たちの出会いを祝して、乾杯しましょう!」
かなり笑えない冗談だった。なんせ、滅ぼした者と滅ぼされた者が一緒の卓に腰かけている。なんとも異常な光景であった。
「…………………」
「…………………」
「…………………」
七乃さんが場を盛り上げようと乾杯の音頭をしたが、一刀たちはいまだにしゃべっていなかった。
「皆さん。少し暗いですよ~!せっかくこうして出会えたんですから、パーっと行きましょうよ!パーっと!」
七乃さんは一刀の背中を叩きながら騒いでいたが、一刀はまるで恨めしそうな目で袁紹をにらんでいた。
「…………なんですの?」
袁紹もまた一刀の恨めしい目に気付き尋ねてきた。一刀は遠慮もなく聞いた。
「なんで、あんな連合を作ったんだ?」
店の中という事で、一刀の声は普通の音量であったが、その質はかなり怒りが混じっていた。
「俺たちは今まで平和にやってきたんだ。それなのに………貴方達は……」
許せなかった。今まで平和だった世界を壊したのだ。彼女たちは。でもそれをまるで当然かのように振舞う袁紹の態度が何より許せなかった。
「お~ほっほっほっほ!美羽ちゃまのくせに皇帝を擁したり、洛陽を支配したりするなんて生意気な事をするからいけないんですわ!」
「な、なんだと……!」
あまりの暴言に一刀は席を立ち、袁紹に手を出そうとした。でも……
「一刀さん。少し落ち着いてください。」
七乃さんがそれを止めたのだ。七乃さんもまた滅ぼされた一人だというのに。
「七乃さん。なんで……!」
「もう過ぎた事じゃないですか。」
「なっ!」
過ぎた事?七乃さんはあれをもう終わった事として認識しているのか?ふざけている。あまりにもふざけている。確かにもう過ぎた事だ。でも、この人たちのせいで美羽だけでなく、月たちまで……
「だ、だって……こ、この人たちのせいで月たちは………!」
そうだ。月たち。月たちは彼女たちのせいで………
「月さんたちは生きていますよ。」
「……え?」
七乃さんは袁紹たちに聞こえないように耳元で話してくれた。
「麗羽様たちは知らないので、出来るだけ静かにお願いしますね。」
「月たちが…………」
生きてる?月たちが?討伐されたと聞いたのに。生きているのか?
「ご無事ですよ。月さんだけではありません。詠さんも稟さんも風さんも。ねねさんや恋さんたちだって、みんなご無事です。」
「ほ、本当に?」
「はい♪」
七乃さんは屈託のない笑顔で答えてくれた。彼女がこんなふうに言うという事は間違いないのだろう。あまりの安心感に一刀は力が抜けて行った。
「一刀さん。後できちんとお話しますから、今は落ち着いてくださいね。」
「え?あ、はい。」
一刀は七乃さんに上手く言い包められてしまった。
一刀が冷静になって食事が進んだ。みんな七乃さんのようにハイテンションで騒げなかったが、それでもいきなり手を出すなんて事は無くなった。だが、一刀と袁紹たちはお互いに警戒し合っているようだった。何とも言えない空気がその場を支配していた。
そんな空気の中、一人だけ異質の空気を纏っている人間がいた。 亞莎だった。
「亞莎、どうしたの?」
「……………」
亞莎はさっきからだんまりしていた。
「亞莎?」
「あひゃ!」
「え、ご、ごめん。驚かせちゃったかな?」
一刀は 亞莎の顔を覗き込むかのように尋ねた。そしたら急に素っ頓狂な声を出したのだ。一刀は驚かせてしまった事に詫びを入れたが 亞莎は、
「そ、そんな!あ、謝らないでください!一刀様!」
「あ、亞莎?」
亞莎は少しテンパっているようだった。いつもの態度と何か違っていた。しかも、普段の倍以上、顔を赤くしていた。こんなに真っ赤な顔は初めてだった。
「どうしたの? 亞莎。大丈夫?」
ピト
「ひゃ!」
一刀は 亞莎が熱でも出たのではないかと思い、彼女の額に自分の額を当ててみた。実際に人前でやると恥ずかしいものだが、それは一刀の世界での話だ。手で額に触れるより、実際に額同士で当てた方が、症状が分かりやすいのだ。
「う~ん………少し熱っぽいな~……」
亞莎の顔は茹でタコのように真っ赤で、少し熱っぽかった。
「こ、これは違います!一刀様!」
「え?じゃあ、どうしたの?」
「そ、それは……その……」
「???」
一刀はわけがわからなかった。しかもその後、 亞莎はさらにわけの分からない行動をしたのだ。
「い、今まで申し訳ありませんでした!一刀様!」
「え?」
いきなり席を立ち、頭をペコペコと振り子のように下げ始めたのだ。
「え?な、何やってるの? 亞莎。」
一刀は 亞莎の行動が理解できなかった。
「一刀様が『天の御使い』様だったなんて………わ、私、知らなくて……い、今まで御無礼を……!」
「ぶ、無礼だなんて、そんな………」
亞莎は一刀に無礼を働いた事などない。一刀もまた彼女の事を無礼だなんて思った事など一度たりともなかった。
「と、とにかく、 亞莎。顔を上げてよ。」
本当に振り子のように頭を上下に振るものだから店の客の目はみんな一刀たちの方へと向かっていたのだ。 亞莎はようやく周りの雰囲気を察し、顔を赤くしながら静かに席に座った。
「 亞莎。俺は君が無礼だなんて思った事は無いよ。」
「で、でも……」
「でももへったくれも無いよ!とにかく、そんなふうにすぐに謝るのは禁止!」
一刀はピシっと言った。
「前に言っただろ。 亞莎は俺の大切な人なんだ。だから、そんなふうに頑なにならないでよ。少し悲しいからさ。」
「か、一刀様。///」
実際、自分の身の振りを知った瞬間、態度を改められるというのはとても悲しいものだ。だから一刀は亞莎にも普段の亞莎のままでいて欲しいと言った。亞莎は、顔を真っ赤にして静かに頷いた。
「ずいぶん、モテモテじゃないですか~?一刀さん。私とお嬢様というものがありながら。」
からかうかのような目で七乃さんは一刀を見た。
「からかわないでよ。」
「からかっていませんよ♪」
「…………嘘でしょ?」
「はい♪」
一体どこまで本気なのか………とにかく、今は説明をしてもらわなくちゃ話は進まない。
「で、そろそろ話してよ。一体全体、何が起こっているのさ?」
今の状況は頭の整理だけではとても間に合わない。美羽は袁紹を蹴落として皇帝を名乗っている。その袁紹はここにいる。そして、七乃さんは美羽の近くではなく、袁紹の仲間になっていた。一体、何があったらこんな状況になるのか?
「そうですね。それじゃ、まずは麗羽様が作った連合が洛陽に来たところから話しましょうか?」
そうして、ようやく話が出てきたのだ。
あの時、連合が洛陽に来た時……
「お嬢様の事は私にお任せください。」
七乃さんは劉備たちにそう言って、月たちから離れて行った。そして美羽のところに行ったのだ。
「お待たせしました。お嬢様。」
「遅いぞ!七乃!」
「すみません。ちょっとお別れの挨拶をしに……」
「まあ、よい。それよりも早く逃げるのじゃ!」
「ちょっと待ってください。お嬢様。」
「なんじゃ?」
すぐに逃げる準備が出来ていた美羽に対して七乃さんは美羽を止めた。
「逃げるって言ってもどこに逃げるんですか?」
「そ、それは……」
やはり無計画であったようだ。
「そうじゃ!一刀が逃げたところに逃げるのじゃ!一刀にも会えて、妾たちも助かって一石二鳥なのじゃ!」
一刀が逃げたというのは先ほど、劉備たちに合流した恋達から聞いた。
「いいですけど………一刀さんが逃げた場所ってどこか分かるのですか?」
「そ、それは………」
美羽たちは一刀を逃がしたという事しか聞いていない。ねねたちは一刻も早く虎牢関から一刀を逃がすのに精一杯だったらしい。だから当然、居場所なんか知らない。
「それに今この洛陽は完全に包囲されているんですよ。逃げたとしてもすぐに追手が付きますよ。」
「そ、それじゃあ、妾たちはどうするのじゃ?ここで終ってしまうのか?」
美羽は今にも泣きそうだった。そんな美羽に七乃さんは提案したのだ。
「そうですね~……こうなったら、袁紹さんに投降して命乞いでもしましょうか?」
「な、なんじゃと!?」
美羽は驚いたというより激怒した。
「い、嫌じゃ!麗羽に命乞いなど、死んでも嫌じゃ!」
美羽は無駄にプライドだけは高かった。
「それじゃ、本当に私たち死んじゃいますよ?」
そんなプライドの高い美羽に現実を突き付けた七乃さん。
「そ、それは嫌じゃ!」
現実を突き付けられたというのにそれでも美羽は嫌だった。あの袁紹に頭を下げるなんて本当に嫌だった。
「お嬢様。生きていれば嫌なこともあるし良いことだってあるんですよ?」
こんな非常時な時に七乃さんは美羽に道徳を教え込んでいた。ある意味、こんな状況で余裕で余裕を持てる七乃さんは最強なのかもしれない。
「一刀さんだってお嬢様が囚われの身と知れば、きっと助けてくれますよ。かっこいいじゃないですか?囚われのお姫様を助けに来る王子様なんて。」
「助けに来てくれるのか?一刀は?」
「勿論ですよ。」
美羽は少し考えた。悪い頭なりに考えた。確かにそういうシチュエーションはとても美味しいのではないか?自分は捕まる。一刀が危機の迫った自分を助けてくれる。悪い奴ら(袁紹たち)をやっつけてくれる。自分と一刀は再開を果たして幸せになる。
以前、一刀が話してくれた一刀の世界でのお話『童話』の話にそっくりになる。美羽は一刀から聞いた『童話』に少なからず憧れをもっていた。美羽は顔を赤くしながらニヤけて言った。
「そ、そういう事なら、しばらく麗羽に捕まっても良いのじゃ。」
「まあ!良くご決断なさいましたね!さすがお嬢様です!素敵です!」
「そ、そんなに褒めるでない!うひひ………」
決してこれから投降しにいく人間の心情ではなかった。美羽は、投降という言葉に何の恐怖も抱いていないようだった。いや、もしかしたら投降という意味を良く分かっていないのかもしれない。
董卓たちが劉備軍に討たれたと聞き、袁紹の軍はどの軍よりも早く洛陽に入城した。そして、かつての宮殿に足を運ぼうとした時だった。
「麗羽様。麗羽様。」
「誰ですの?」
袁紹は自分を呼ぶ声に反応し、その声の主を見つけた。勿論七乃さんだ。
「あら、七乃さんでしたの。とっくに逃げたかと思いましたわ。」
余裕というかアホというか……袁紹は何の警戒も無く七乃さんに近づいて行った。知り合いとはいえ、立場的に七乃さんと袁紹は敵対関係にあるというのに。尤も七乃さんもまた敵意なんてものを持ち合わせていなかったが。
「貴方が居るという事は、美羽ちゃまも近くに居るのですわね?」
「はい。お嬢様。来てください。」
物陰に隠れていた美羽を手招きして呼び寄せた。美羽はビクビクとふるえながら七乃さんの背中に隠れた。それを見ている袁紹はとても満足気であった。
「お~ほっほっほっほ!よくわたくしの前に姿を現わせましたわね!」
すでに勝ち誇っている袁紹の幸福感は絶頂に達していたようだった。
「く~!麗羽め~……!」
「何か言いました?美羽さん?」
「な、何も言っておらんのじゃ!」
何か言いたそうなだが、何も言えないもどかしい美羽の顔を見て袁紹はさらなる悦に入っていた。そんな二人のやり取りを見て、ようやく七乃さんは話を出してきたのだ。
「ほら。お嬢様。きちんと言ってください。」
「し、しかし~……」
「お嬢様。」
「う、うむ。わ、分かったのじゃ。」
美羽は七乃さんの背中から出て、袁紹の前に行った。
「れ、麗羽よ!」
「なんですの?」
「わ、妾たちの負けじゃ!だ、だから妾たちを助けて欲しいのじゃ!」
美羽は頭を下げた。最も下げたくない相手に下げた。そんな美羽を見た袁紹は妖艶な笑みを出しながら、舐めまわすかのような目で美羽を見ていた。
「お~ほっほっほっほ!お~ほっほっほっほっほ!」
笑いが止まらないとはこの事だった。袁紹はあまりの幸福感と征服感に歓喜していた。
「もう一度、言ってくださる?」
袁紹は再度、美羽に聞いてきた。
「く~!……わ、妾たち……妾たちはお主の……お主の言う事は何でも聞くのじゃ!なんでも聞くから助けてくれなのじゃ!」
美羽は袁紹に降ると決心していたが、実際に大っ嫌いな人間に懇願するのはやはりこたえるようだ。
「お~ほっほっほっほ!お~ほっほっほっほ!」
聞きたかった言葉を聞いてようやく満足になったようだった。
「れ、麗羽よ!どうなのじゃ!妾たちを助けてくれるのか!?くれぬのか!?」
「どうしましょうかしらね~?」
袁紹は美羽を困らせるような言い回しで答えた。
「ま、良いですわ。そこまで言うなら、助けてあげても良いですわよ。」
袁紹は美羽なんかどうでもよかった。もう董卓や北郷一刀はいない。それにこの何とも言えない征服感に袁紹は完全に虜にされていた。
こうして、美羽は袁紹の元に降ったのだ。
現在
「ふ~ん。そんな事があったんだ。」
ズズ~
一刀たちは食後のお茶を飲んでいた。
「はい。麗羽様たちのおかげで私とお嬢様は助かったんです。」
七乃さんは本当に感謝していたようだった。
「お~ほっほっほ!そうですわよ!このわたくしのおかげで、お、か、げ、で七乃さんたちは助かったのですわ!」
自分のおかげという所を嫌に強調してくる。
「でも、話を聞く限りじゃ、完全に悪役じゃん。」
「な、何を言うのですか!?失礼ですわね!」
「でも、麗羽様が私たちを助けてくれた事には変わりありません。」
七乃さんはそれでも感謝していた。まあ、何となく七乃さんの気持ちもわかる。美羽が助かるなんて奇跡と言うに相応しい状況だった。諸侯たちは一刀たちの主要な人物たちを討ち取り、大陸にその名を轟かせようとしていた。当然ながら美羽もその中に入る。檄文の中に美羽が討伐目標にされていたが、たとえ名前が載っていなくても、どの道、美羽は討伐されるはずだっただろう。
「それに麗羽様は、美羽さまを都に連れ帰った後、部下たちの進言を取り下げてくれたのです。」
「進言?」
「はい。ご自分で書いたとはいえ、お嬢様も討伐目標にされていましたから。ですから、お嬢様をさっさとやっつけちゃった方がいいという方たちも居たのです。」
「あ、ああ。なるほど。」
なるほど。檄文を発した張本人とはいえ、討伐するはずだった人物を匿うというのは少し問題がある。下手なイチャモンを付けられて戦をしかけられるかもしれない。
「結構、優しいんだな。あんた。」
「と、当然ですわよ!」
袁紹は少し赤くなりながら照れていた。七乃さんの話を聞く限りじゃ、美羽は捕まっても酷い拷問とかにはかけられていないようだ。もしかしたら、この袁紹も従妹にそんな酷い事は出来なかったのかもしれないと一刀は思った。
「で?今の状況は一体どういう事?」
美羽たちがどうやって生き延びたかは理解できた。理解できたが、今の状況だけは理解できなかった。なんで、美羽が皇帝を名乗っているの?なんで袁紹がここにいるの?なんで七乃さんも袁紹たちと居るの?次々に疑問が浮かんでいくが、七乃さんは一刀が言いたい事を良く理解してくれたみたいだ。
「実は…………」
そしてまた回想となる。
回想
美羽は袁紹に降った。でも捕虜とは思えないほど自由気ままに生活していたらしい。
「まったく!袁紹様のわがままにも困ったものだ!」
「まったくですな!袁術を匿うどころか、あのように自由にしておくとは……!」
袁紹の部下たちは少なからず袁紹に不満を抱いていた。普段のわがままも相まって、今度は董卓に与していた袁術を匿うような形をとってきたのだから。
彼らは袁紹の部下の中でも黒子役ともいえる存在だった。袁紹のような愚か者が大陸最強の勢力にまで発展したのは、名家という立場もあるがほとんど彼らの暗躍があったからだろう。
彼らは中庭で自由気ままに過ごしていた美羽を横から見ていた。
「うん?おい。袁術が持っているものはなんだ?」
美羽は懐からキラキラと光るものを取り出して眺めていた。それを横から見ていた彼らはまさかと思い、美羽に近づいたのだ。
「うん?なんじゃ?お主ら。」
「え、袁術様。そ、それは……?」
「ん?おお、これか?」
美羽は持っていたものを彼らに見せた。
「これはな、神楽にもらったのじゃ。」
「神楽?」
「うむ。劉協の事じゃよ。あ奴がどうしても貰って欲しいというもんじゃから、仕方なく貰ってやったんじゃ。」
美羽はそんな事を言うものの、実際には神楽からの贈り物を大切にしていた。本当に美羽は素直じゃない子だった。
「劉協?ま、まさか……これは……」
男はその判子のようなものを覗きこんだ。そして、ソレは男が考えている物で間違いなかった。
「……ぎょ、玉璽。」
間違いない。玉璽だ。これを手にした者は国を建て、これを無くした者は国を滅ぼすとまで言われた玉璽だ。その証拠に裏には漢帝国の文様が刻み込まれていた。
「お、おお……!」
男はあまりの感激に声を失っているようだった。何せ伝説の玉璽が自分の手の中にあるのだから。
「おい。そろそろ返すのじゃ。」
「あっ!」
美羽は男から玉璽を取り返した。男たちは美羽に玉璽を返した後、ヒソヒソと何か話していた。そして、美羽に尋ねたのだ。
「袁術様はそれが何か、分かっていますか?」
「これか?知らぬ。」
実に簡単な答えであった。でも、これがなんだろうと大切な友達から貰ったものだ。だから、美羽にとってはこれがどんなものであろうとも大切なものに変わりなかった。
「それは玉璽でございますよ!」
「玉璽?」
男たちは少し興奮気味であった。
「玉璽………玉璽とは………あの玉璽か?」
「はい!」
美羽は玉璽の事は知っていた。だが、ほとんど実物を見た者は居ない伝説的なものだ。玉璽、それは皇帝の証。これを持つ者こそ皇帝と名乗る事が出来る伝説の道具なのだ。美羽も実物を見た事がないため、これが玉璽とは分からなかったのだ。
「おお~!これがあの玉璽か~!」
「袁術様は劉協様より頂いたのですか?」
「うむ。貰ってくれと言われての~。」
「………………」
男たちは少し考えていた。そしてこれはチャンスなのではないか?と考えた。
男たちはにんまりといやらしい笑みを美羽に向けた。
「袁術様!いや、皇帝陛下!」
「ほえ?」
いきなり皇帝と言われて、美羽は少し戸惑った。
「な、なんじゃ!?いきなり!?」
美羽はわけがわからなかったが別の男が説明した。
「その玉璽は皇帝の証。そして、それを持つ者こそが真の皇帝なのです。つまり、袁術様は皇帝になられたのです!」
「な、なんと……!」
「聞けば、その玉璽は劉協様より頂いたと。これはもう袁術様に皇帝の位を授けたという証拠に他なりません!」
「お、お~……!」
男たちは美羽こそが真の皇帝だと妄言を次々に言ってきた。そして美羽もだんだんその気になって行ったのだ。
「お~!!妾が……妾が皇帝に……」
「そうです!袁術様!」
もともと美羽は皇帝になりたいという野心はあった。それが、まるで天の意思なのではないか?と思わせるような状況になってきた。美羽は当然ながら調子に乗ってしまった。
「ふははははは!皇帝じゃ!妾が皇帝じゃ!」
「おめでとうございます!袁術様!いや、皇帝陛下!」
美羽はとてもうれしかった。なりたかった皇帝になれたのだ。これで袁紹を見返してやることもできる。七乃にも褒めてもらえる。そして何より、一刀に皇帝になった立派になった自分を見てもらえる。そんな事を純粋に考えていた。
「陛下。」
「うむ、なんじゃ?」
もう皇帝になった気分になっている美羽様。
「この事は、しばらく伏せておきませんか?」
「ん?なぜじゃ?」
美羽はすぐにでも七乃さんと袁紹に自慢に行きたかった。
「これほどの祝い事です。文武官一同が揃う会議の日に大々的に発表した方が、きっと袁紹様も張勲様も驚きになると思います。」
「うむ。確かにそうじゃな……」
この男の言う事にはもっともだ。どうせならすぐに教えるよりもみんなが集まっている時に言った方が派手だ。みんなで自分を称えてくれる場面が容易に想像できる。美羽はみんなに称えられながら皇帝と呼ばれる場面を妄想していた。
「く、くくく……」
あまりにも嬉しいもんだから、ついつい口元がゆるんでしまう。
「うむ!分かったのじゃ!すべてお主らに任せるぞ!」
「御意!」
そうして美羽は幸せ満々に自分の部屋へと戻った。七乃さんに自分が皇帝になったという事を教えたい気持ちを抑えながら。
……………………………………
……………………
…………
男たちは美羽が部屋に戻ったのを見計らうとすぐに行動を始めた。もともと彼らは考えていたのだ。袁紹に対する反乱を。その時期が来た。ただ、それだけであった。
そして、彼らが暗躍を始めてから数日が経ち………とうとう文武官一同の会議が行われるのだった。
会議はいつも通りに進んでいた。会議と言っても単なる経過報告だけであった。軍備の拡張や、税の収集など、そしてこれからの事などの話し合いだけで終わるはずだった。
「それじゃあ、これで会議は終了します。」
顔良こと斗詩さんはその場を仕切っており、ようやくすべての報告を聞いたのでこれでお開きとしようとしていたのだ。ちなみにその横には七乃さんがいた。七乃さんもまた斗詩の手伝いをしていたのだ。斗詩にとってはものすごく助かっていたようだ。なんせ今まで自分一人でやってきたのだから。
「お待ちください。顔良様。」
男たちは会議を終わらせようとしている斗詩に向かって言った。当然、周りの目はその男に集まる。
「なんですか?まだ、報告が?」
「はい。とても大切な報告が………」
そう言って、男は美羽を目の前に連れてきた。
「お嬢様?」
七乃さんは不審に思ったが、美羽の顔は幸福に満ちた眩しい笑顔だった。
ザワザワ
周りも一体何だろうと騒ぎ始めた。男たちは手を合わせ、大々的に言ったのだ。
「我らは袁紹との縁を切り、この新皇帝、袁術様に絶対の忠誠を誓う事をここに宣言する!」
……………………え?
一瞬、周りの空気が固まった。だが、男たちは構わず続けた。
「我らに賛同する者は速やかに席を立つべし!」
そういった瞬間、会議に居た文武官の約八割の人間が席を立ったのだ。
「ちょっ!こ、これは一体どういう事ですの!?」
袁紹はいまだに状況を理解は出来なかったが、彼らが自分に弓を引いているという事だけは分かった。
「そのままの意味ですよ。袁紹殿。」
先ほどは『様』呼ばわりであったが、今は完全に他人のように呼ぶ。
「我らは、貴様ではなく、この袁術様に忠誠を誓う。」
「くっ!」
かなり高圧的な態度で袁紹を怯ませた。
「お嬢様。これは一体どういう事ですか?」
七乃さんは美羽に尋ねた。その時の七乃さんはいつもの余裕な顔では無く、かなり焦っているような顔であった。対照的に美羽はものすごい笑顔で答えた。
「ふふ~ん!驚いたか?七乃。」
「お嬢様?」
「皇帝じゃぞ!妾は皇帝になったのじゃ!」
「一体どういう………」
どう意味なのか?と七乃さんが尋ねようとした時だった。突然、残りの二割の人たちが騒ぎ出したのだ。
「ふざけるな!」
「そうだそうだ!」
彼らは昔から袁家に仕える最古参の人たちであった。当然ながらこんなクーデターなんて認める筈がなかった。
「一体、なんの冗談で皇帝を名乗っているのだ!」
「そうだ!」
クーデターもそうだが、彼らは美羽を皇帝と言っている。
「冗談ではない!見ろ!輝きを!」
男は美羽から玉璽を取り上げ、それを天高く振り上げた。
「お、おおおおお!!」
一同の騒ぎはさらに大きくなった。男の持っている物は神々しく光っており、何かと途轍もない威圧感のようなものを感じさせる。
「これがあの玉璽だ!」
「ぎょ、玉璽!?」
「そうだ!袁術様は劉協よりこの玉璽を受け継いだ!つまり!袁術殿には皇帝を名乗る正当な理由がある!」
他の者も玉璽のあまりにも美しい光に目を奪われてしまった。だが、そんなことで袁家に対する忠誠心は揺るがなかった。
「し、しかし、それが本当に玉璽だとしても………え、袁術殿は女子ですぞ!」
そうだ。女の身では皇帝にはなれない。本当は性別なんてどうでもいいのだが、それを利用して連合を作り、董卓を滅ぼしたのは紛れもないこの袁紹軍だ。
「ふん!そんな理由、今の世の中に通じますかな!?」
「お、おのれ……」
そう。今は乱世の世なのだ。もう董卓はいない。大陸の抑止力ともいえる存在が消えたのだ。『秦が手放した鹿、捕まえたが王』そんな世の中になってしまっているのだ。
つまりは言った者勝ちと言う事だ。意見する者は蹂躙する。とても簡単な理屈であった。
「…………お嬢様…」
「ん?どうしたのじゃ?七乃?妾を褒めてくれぬのか?」
美羽は早く七乃さんに褒めて欲しかった。だけど、七乃さんはとても困ったような顔をして美羽を見ていた。
「な、七乃?」
美羽はどうして何も言ってくれないのかと尋ねようとした。その時だった。
「ぎゃあああああぁぁぁ!!」
急に断末魔が聞こえてきたのだ。
「な、なんじゃ!?」
美羽は声のした方を向いたら、先ほどの袁紹派の者たちが斬り捨てられてしまっていた。
「な、何をしておるのじゃ!お主らは!」
美羽は彼らをすぐに止めようとした。止めようとしたが、
「陛下!こいつらは反乱分子です。生かしておけば陛下の身にも災いが降りかかります!」
そう言って、美羽の言葉を無理やり押し込んだのだ。男たちはさらに袁紹の方を指し、そして命令した。
「袁紹たちを殺せ!」
そう言って、抱え込んでいた兵たちを袁紹たちの周りに囲ませた。かなり用意周到であった。ずっと以前から………そう、美羽の玉璽を見せられる前から、計画自体がすでに出来上がっていたのだろう。
「こ、こら!人の話を聞くのじゃ!」
美羽は一人喚いていたが、美羽の言葉に耳を傾ける者は誰もいなかった。彼らは袁紹たちを包囲していった。袁紹を守っているのは斗詩と猪々子の二人だけだった。さすがの二人もこの包囲から脱する事は難しかっただろう。
「や、止めるのじゃ!妾の言う事を聞くのじゃ!」
美羽は必死になって彼らを止めようとした。こんなはずじゃなかった。ただ単に、七乃さんにかっこいいところを見せたかった。ただ単に袁紹の悔しがった顔を見たかった。ただそれだけ、それだけだったのに。美羽はこんなはずじゃなかったと後悔する。
「ふえ~ん!なんでこんな事になっちゃったの~!?」
「こ、こら!貴方達!は、早くわたくしを助けなさい!」
「姫~。ここの状況じゃちょっと無理な気が……」
三人は完全に包囲されつつあった。美羽は止めろと必死になって叫ぶが誰も聞いてくれない。いつの間にか美羽は泣いていた。やめてほしい。一刀、助けてくれ。そう願ったが一刀はそこにいなかった。
その時だった。
「お嬢様、必ずお助けします。ですから待っていてください。」
「ほえ?」
そう言って、袁紹たちを囲っている包囲陣に突撃していった。
「うえ~ん!こんなところで死にたくないよ~!」
「ちょっと斗詩さん!お黙りなさい!」
「斗詩~。泣くなよ~。麗羽様の部下になった時から、こういう事は何となく想像していただろ?」
「どういう意味ですの!?」
三人は覚悟を決める事が出来ず、そのまま追い詰められていった。だが、突然この包囲陣が崩れたのだ。
「麗羽様!」
七乃さんが後ろから強襲して、完全に包囲陣はバラバラになった。包囲とは前からの敵、つまり包囲している側には強いが、後ろから襲ってくる的には非常にもろいのだ。だから、七乃さんでもこの屈強な包囲を破る事が出来た。
「麗羽様!こちらです!お早く!」
そう言って、七乃さんは袁紹の手を引き、走り去って行った。当然、二人もその後を追った。
「おのれ!逃がすな!必ず捕まえろ!」
「はっ!」
男たちは七乃さんの強襲を頭に入れていなかった。てっきり袁術側の人間だと思っていたからだ。だから、対応に遅れが生じた。
「くそ!あの女狐め!」
袁紹を生かしておけば後々厄介になってくる。だから、この場で始末したかったがそれは叶わなかった。
「こ、こら!妾の七乃に何をするのじゃ!」
美羽は男の袖をつかんで言った。そしたら男は、
「うるさい!」
「むぎゃ!」
その手を振り払って、美羽を、皇帝と言った美羽を地面に転ばせたのだ。
「う…う…えぐ……うええええん!!」
美羽はとうとう声を出して泣き出してしまった。こんなはずじゃなかったのに。こんなはずじゃなかったのに。と、心の中で復唱していた。
こうして、美羽と七乃さんは離ればなれになってしまったのだ。
現在
「…………なんてこったい。」
一刀はそれしか言えなかった。だってあまりにも突飛つな話だったから。
「と、ま~、これが私と麗羽様たちの奇跡の脱出劇のお話です。」
ずず~
七乃さんは最後のお茶をすすった。
「なんか………」
「はい?」
「なんか、七乃さんがずいぶんと格好よく言われていますね。さっきの話に。」
「うふふ。少し脚色を加えていますけど。」
「加えているんですか!?」
「でも大体合ってますよ♪」
「…………」
一体、どこからどこまでが本当なのか分からなくなってきた。
「でも、どうしてこんな店で働いていたの?」
そうだ。袁紹たちがこの店で働いている事と今までの話は全く関係ない。
「あ、それはただ単にお金がなかったからです。」
「あ、そ。」
実に簡単な答えだった。彼女たちは身一つで逃げてきたのだ。そりゃお金なんて持っていないだろう。
「度胸があるというかなんというか……」
ここは美羽……いや、さっきの話では美羽では無い。袁紹に反乱した奴らが操っている町の一つだというのに。なんて呑気な。
「と、とにかく!美羽がそんな事になっているなら、早く助けに行かなきゃ!」
そうだ。こんな事をしている場合じゃない。早く美羽を助けに行かなくちゃ。じゃなきゃ、今までのすべての責任が美羽のものになってしまう。そうなる前になんとしても助けなくちゃいけない。
「でも、一刀さん?」
「はい?」
「どうやってお嬢様を助けるんですか?」
「どうやってって………」
まったく考えていなかった。
「それに一刀さんが都に近づいたら、すぐに捕まりますよ。」
「どういう事?」
一刀は不思議に思った。一応、自分は死んだ事になっている。生きているとも噂されているが、ほとんどの人間が死んだと思っているだろう。
「これです。」
七乃さんは一枚の紙切れを見せた。
「これは………げ!」
そう。七乃さんが一刀に見せた物は、完全な賞金首の張り紙だった。顔は似ても似つかないが、服装だけは良く特徴をとらえている。そして、デカデカと『北郷一刀』と書かれていた。どうやら一刀が来ている制服は相当目立つようだ。
「とにかく、一刀さんはこの件に首を突っ込まないでください。この件は私だけでなんとかしますから。」
「そ、そんな!だ、駄目だよ!」
そうだ。一人でなんて無茶すぎる。
「大丈夫ですよ。すでにある人に協力を要請していますから。一人じゃありませんよ。」
「ある人?」
「はい。その人は………」
………………………………
………………
………
すでにこの中原は袁術の物になろうとしていた。だが、同じく中原を二分する勢力があった。それこそ、曹操軍である。当然、袁術が次に狙うのは曹操軍だった。今、中原の覇権をかけた戦いが始まろうとしていた。
「華琳様、七乃殿からの密書が届きました。」
「そう。読んでちょうだい。」
「はっ!」
曹操たちは袁術軍に対する軍議を開いていた。その時、稟が七乃からの密書を貰ったのだ。そう。あの時、七乃さんが袁紹たちと別行動していたのはこの手紙を曹操軍の元へと飛ばすためだったのだ。伝書鳩を使えば、どんなに離れていても一日。近ければ数時間で届く。
稟は七乃さんからの密書を読み始めた。そして、曹操はそれに耳を傾けていた。内容は、どうして美羽が皇帝になっているのか?どうして、袁紹が追われる身になったのか?という曹操軍が知りたがっていた情報が事細かに書かれていた。
「そう。そういう事だったの。」
謎が解けたようで少し満足気な曹操さん。
「ふん!部下に反乱を起こされるなんて、さすが袁紹ね。」
にやにやと笑っているのは『王佐の才』と呼ばれる少女、桂花である。彼女はもともと袁紹軍に居たために袁紹の性格はここにいる誰よりも分かっていた。
「稟、続きは?」
「え?あ、はい!」
曹操は謎が解けて、少し満足だったが聞きたいのはこんな経過的な話じゃない。当然、続きがあると睨んでいた。
「取引をしようとのお誘いです。」
「取引?」
「はっ。袁術軍の情報をすべて渡す代わりに、美羽殿……袁術殿の助命を懇願しております。」
「何をふざけた事を……」
そう。ふざけている。確かに先ほどの話を聞けば、まだ同情できる。だが、この結果を作ってしまったのは美羽自身の未熟さから始まったものだ。だから、曹操は美羽に同情なんか出来なかった。
「し、しかし………」
稟は何か言いたそうな顔で曹操を見た。
「何?稟。何か言いたいの?」
「は、はい。」
僭越を覚悟して稟は進言した。
「今の袁術軍はかつての袁紹軍とは違います。軍を仕切っているのはあの間抜けな袁紹では無く、袁紹に付き従ってきた者たちです!」
「それが、なんなの?」
曹操はきちんと稟の言葉を理解している。でも、それなのに分からないふりをして答えを求めてくる。彼女の性癖とでもいうのだろうか?
「袁紹の指揮ならどんなに数が圧倒されようとも、策でねじ伏せる自信があります。しかし、相手の指揮能力が分からない以上、下手に事を構えるのは危険です!」
そう。見えない相手を相手にするのはとても危険な行為だ。稟はそう進言したのだが、曹操が聞きたかったのはそんな事じゃなかった。
「………稟。そんな尤もらしい話を経由して話さなくていいわ。」
「なっ!?ど、どういう意味です!」
明らかに稟は焦っていた。
「もっと簡単に言えないの?『袁術を助けたいから張勲の取引に乗るべきだ』とね。」
「……………」
稟は完全に曹操に飲まれてしまっていた、自分の心がまるで読み透かされているような、そんなふうに感じた。
その時だった。
「華琳。」
曹操が稟をいたぶっている時に、向こうの方から声がかかった。曹操はすぐに声の主の方を見てすぐに跪いた。
「先ほどの話は全部聞かせてもらった。華琳、張勲の取引に応じるのだ。」
「それは命令でしょうか?」
跪いているにもかかわらず、曹操の覇気は何にも衰えていなかった。曹操に命令している人物も曹操の覇気に当てられ、少し怯んでいる。
「そ、そうだ!こ、これは命令だ!」
はぁ……と軽いため息をつきながら曹操は答えた。
「分かりました。劉協様。」
曹操は自分の新たな主の言葉を了承したのだ。
続く
あとがき
ようやく三十話になりました!めちゃくちゃ長い!自分でもよくここまでかけたなと思います。
前回、皆さんにコメをいただきながら返信することができず、申し訳ありませんでした。ちょっと部活のほうが忙しく、最近このサイトに来ていなかったものですから。
今回の話はどうでしたか?自分でも何を書いているのか判らなくなる時がありましたが、それでもめげずに頑張りました。
もう、ここまで来たんです!こうなったら完結まで書いて、自分の心に『自己満足』という思い出を作ろうと思います。
皆さん、どうかこんな自分を応援してください!
では、次回もゆっくりしていってね。
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こんばんわ。ファンネルです。
少し時間がかかりましたが投稿です。
少し、難しい表現が多かったり、比喩を使ったりしてますからあんまり楽しくはないと思いますけど、結構大切な話です。
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