No.1067244 異世界雑貨店ルドベキア7テムテフさん 2021-07-22 20:57:58 投稿 / 全1ページ 総閲覧数:426 閲覧ユーザー数:426 |
「わ・・・す、すごい人出ですね・・・!」
アリスが圧倒される人の列は後ろが見えず、近所を担当する衛兵の協力を得て列の整理が隈なくされている。
この猛暑、暑さにそれなりに強い種族でも体力を要する過酷な環境下。
毎回500人以上、今回は1000人はいるだろうこの即売会で倒れた人は誰もいない。
列の先頭は雑貨店ルドベキアの店先。
普段は全開にしない大窓を全て開け、そこに臨時のカウンターを設置して臨戦態勢に整えている。
黒髪に和装の厚着で暑さをものともしない、妖艶な雰囲気を纏う(まとう)今回の即売会の主役バーバラさんが店にきている。
「相変わらずの手ぎわね、ルドベキア。いくら私でもこの人数を相手をするのは一人では無理よ」
「いいえ、いつもお世話になってますから。遠慮なく頼ってください」
「ははは、ならお言葉に甘えさせてもらうわね」
もちろん、私だってこれだけの規模を一人で相手するなんて不可能。
今日のために私やアリスやアル君、勇者一行に街の衛兵さん。
それに、この即売会を愛する人たちがサモナンに限らず色んな街から集まって支えてくれている。
「私はBLはわからないですけど、バーバラさんの『ゲイを殺すは薔薇』のおかげで普段味わえない経験をさせてもらってます。」
「ふふ、私もよ。前は大規模即売会に参加しても全然手応えがなかったから・・・」
列にいる顔ぶれは本当に様々。
この世界には一言に人間といっても様々な種族がいる。
ヒューマン、獣人、ドワーフにかつて魔族と呼ばれていたデーモン、サキュバスやゴブリンなどなど。
エルフや神族、天使や死霊族を除けばほぼすべて『人間』で統一されている。
その人間の全ての種族がこの列にいる。
「毎度思いますけど、これだけの種族を一つにまとめあげたサモナン王は本当に偉大ですね・・・。」
「ああ・・・、王としては本当に。だけど、人としては近づきたくないわね、絶対に」
召喚都市サモナンに来た当時、一度謁見したことがある。
身長5メートルはある巨人で、かつては普通の人間サイズだったとか。
『サモナン・バロル・ステラゴルド2世』
王として君臨して以来1000年以上。
冷徹さと温情を持ち合わせ、いつでも国や世界全体のために采配を振り続けてきた大王。
時に切るものは迷わず切るのだから、近づくのは確かに怖いかも・・・。
◆
「ルドぉ!スポーツドリンクに軽食、こっちは完売したぞお!」
「うそ!?まだ即売会開始まで1時間あるのに!エレク!勇者スキルで塩とレモン、それから・・・上砂糖にしようかな。急いで買ってきて!これで買えるだけ!」
「うう・・・ルドといると勇者は便利屋だぜ・・・。」
この暑さをものともせず手伝ってくれているのは意外にもアル君だった。
毛むくじゃらの身体なのにすごいなあ・・・。
食べものに猫毛が入っちゃうから、食べ物周りを手伝ってもらえないのが残念だけど。
「ルドベキア。今からスポドリを作っても追いつかないわ。それよりいい方法がある。チビ勇者、薄手の白い布地を1ロール買ってきてちょうだい」
「布で・・・何を作ればいいんですか?」
「湿布になる布はすぐに用意できないから、代わりに布に氷魔法を軽くかけてそれを小さく切ればいいわ。それを列に並んでる参加者に使って貰えば必要な水分補給量を抑えられるはず。あとは麦茶なら量をすぐに用意できる、水よりはマシよ」
なるほど、すぐにエレクに布屋さんに走ってもらった。
一応うちに湿布は少し置いてるけど、この列の人数に回せるほどの量は全くない。
私は今のうちに水魔法で水を足して、火の魔法で急ぎ麦茶を沸かす。
「流石に列の人全員分は用意できそうにないですね・・・。」
「開始を早めましょう。今回はサイン会なしにして、列が混乱しないように慎重に列の先頭組から消化していきましょうか。そうすれば列の後ろの方で待機してる分で済むわ」
「サインに握手、楽しみにしてた人もいるのに申し訳ないですね・・・。でも安全には換えられないですから。それじゃあ衛兵さんに列を誘導してもらいますね」
列の誘導は任せられる。
私は並んでいる人の安全に専念しよう。
「あっちの世界じゃこれを万単位の人数を捌いて(さばいて)るのよね。・・・ま、1サークルに500人1000人って考えたら大混乱にもなるかしらね」
◆
列の進みは順調。
ごった返しになっていた店の前も徐々に解消に向かっている。
流石にサインも握手もなしになれば列の進みは順調そのものだね。
毎回大変だけど、この暑い季節にぶつかると特に大変だなあ・・・。
「ひゃん!?」
「あらあら、可愛い声だすわね。ルドベキア?」
「ちょ、ちょっとバーバラさん!こんな時にムネを揉まないでください!BL本の手渡しはどうしたんですか」
「列の後ろの方の人たちは気にしないのよね。だからちょっと休憩にきたの。」
休憩がてらにって・・・。
「胸を揉まれるのも嫌ですけど、この暑い中後ろから覆い被さられるのも迷惑極まりないですバーバラさん・・・」
・・・バーバラさんはBL作家だけど、本人は百合なんだよね。
創作まで百合にするとつまらないからBLにしてるんだとか。
振り払っても振り払ってもしつこく私の両胸を後ろから鷲掴みにして離してくれない。
「ごめんなさいね、一心に働くルドベキアの姿を見てたらムラムラしてきてしまって。このままベッドに連れ込んじゃおうかしら」
「・・・バーバラさん、もうこの店で即売会しませんよ?」
「あらあら、それはこまるわね」
いくら恩人でも怒る時は怒るからね・・・。
やっとバーバラさんが離れてくれて、手を作業に戻せる。
「あはは、それにしても、せっかく実った果実を和服で隠してしまうなんて勿体無いわね」
「そもそも和服は大きく見せないものなんです!和服を着てるのに大きく見せてるバーバラさんが本来の和服から外れてるんじゃないですか」
「それじゃあ、この果実を味わえるのは私だけなのね」
悪寒がする・・・。
油断をしたら食われる気がする。
なんて思ってたらバーバラさんが徐(おもむろ)に私の服に手をかけて脱がそうとするものだから、すかさずビンタを入れた・・・。
「はあ・・・はあ・・・。私よりいい果実を持った人がいくらでもいるじゃないですか!・・・せっかくクールな雰囲気なのにド変態で台無しですよバーバラさん」
「私は一途なの。愛してるわ、ルドベキア・・・」
「はあ、全くもう・・・。」
手をひらひら振って、やっとBL本の手渡しに戻るバーバラさん。
会う度にこれだから気が抜けない・・・。
「一晩寝たらわかるわよ。今晩どお?」
「もう!バカ言ってないで手を動かしてください!」
「ツンツンしてるルドベキアも愛おしいわね・・・」
もう知らない知らない!
◆
バーバラさんのBL即売会は一応順調に進んで、最初の列が流れて落ち着いた頃。
店番を任せていたアリスがお客さんの列が途切れたところで飲み物を取りに来た。
「ゲイ薔薇のカップリングでジェルト×モルダかモルダ×ジェルトでお客さんが言い争いを始めちゃった人がいたんですけど。放っておいてよかったんでしょうか」
「あらら・・・。これも毎回恒例だけど、派閥で集まって騒ぎが大きくならなきゃいいけど」
どっちが上か違うものなのかなあ・・・?
横で聞いていたバーバラさんは手をヒラヒラして見せる。
「ゲイ薔薇本編ではジェルト×モルダなのよ。ただ、モルダ×ジェルトを推す人たちも結構いてね。ぜひ描いてほしいものね、最高のモルダ×ジェルトを。そのうち、BLと百合の大きな即売会を開きたいものだわ」
この世界でBL作家はバーバラさんだけ・・・だった。
バーバラさんのゲイ薔薇が広がったときから、ゲイ薔薇に憧れてBL作家を目指す読者ファンが現れたんだろう。
もうこの世界にBL作家は溢れているかもしれない。
◆
即売会の終わり、BL本が完売してできたスペースがその物量の多さを物語っている。
「終わったねえ・・・!みんなお疲れ様、今日は私の店でご馳走するから食べていってね」
手伝ってくれたみんな、初めてうちの店に来るバーバラさんのファンや、普段あまりこない衛兵さんから注文を取って周る。
できたスペースに席を用意して、パーティの様相。
バーバラさんが言うには『打ち上げ』。
その打ち上げの中、バーバラさんがお酌に私を呼んでる。
はいはい、いま行きますよ。
「ルドベキア。日曜にナダラ遺跡で魔物に襲われたそうね」
「ええ、そうです。エレクあたりから聞いたんですか?」
即売会のうちは散々おふざけモードだったバーバラさんが急に真面目な話題を振るものだから、少し戸惑ってしまった。
「近頃サモナンのクソジジイが魔王の卵にちょっかいをだした影響が顕著(けんちょ)に現れている。おそらく魔物の増加もその影響なのよ」
「魔物の増加・・・それと私たちが襲われたことに関係が?」
「詳しく話すと長くなるけど、知性を持った魔物が魔王の卵の危険因子の掃除に駆け回ってる。今回襲われたなら、今後も気をつけた方がいいわね」
私か、私の周りに魔王の卵の危険因子が・・・?
やっぱりテンマ様が私を『特異点』と指していたことも何か関係があるのかな・・・。
「あの魔王の卵はただの卵じゃない。魔物を無尽蔵に生み出す時点で普通じゃないのは当たり前だけどね。魔物だけでなくあの卵も知性を持っているか、芽生えているかもしれないのよ」
「何かを考えてる・・・?」
「少なくとも行動原理を持ってる。街の中なら結界があるから大丈夫でしょうけど、気をつけて。」
調査の進んでいない魔王の卵。
その魔王の卵に対抗できる力をもつバーバラさんがどこまで何を知っているのかわからない。
昔は魔王の卵と直接戦いに行ったこともあるらしいけど、理由はわからないけどある時から加勢を全て断ってるんだって。
「ところで、テンマからルドベキアの店に週末来ると聞いたわ。特異点について・・・とね。私もその日、店に来ることにするわ。あの小僧がクソジジイから何を言われてくるかわからないからね」
「助かります・・・。正直、私にはわからない話も多いので」
”特異点”については私は詳しいわけではない。
こういう難しい話になってくると、バーバラさんが側にいてくれると本当に頼りになる。
バーバラさんは一層険しい表情になった。
「もしかしたら、その時にテンマを通して城に呼び出しがかかるかもしれない。サモナン王の老ぼれのところにね。これは魔王の卵とはまた別の話なんだけど・・・。」
「私が城に?一体なんでしょう・・・」
「いい話ではないわ。その時は私がついていく。あのジジイの手中じゃテンマも頼りにならないからね」
テンマ様はサモナン王の養子だとテンマ様自身からきいたことがある。
そもそもテンマ様は騎士団長で、王様の命令に逆らえない立場だけど。
サモナン王から何か恐ろしいことがあるのだろうか・・・。
バーバラさんが私に改めて向いて、手を取った。
「もし、この先あのジジイに脅されても自分を売るような選択はしてはダメだからね。その時は私を信じて自分を守りなさい。いいわね?」
「な、なんのことかわかりませんけど。その時は・・・」
サモナン王。
前に謁見した時は緊張でどういう人物だったのかよく覚えてない。
ただ、すごいとか、恐ろしいとか、偉大そうとか漠然とした記憶。
バーバラさんに言われたことが、サモナン王の朧げ(おぼろげ)な記憶を急に恐ろしいものに色付けていった。
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