「今年もこの日が来たな、親方」
席につきながらヘルガは静かに語りかけた。テーブルには1本のワインボトル。グラスは2つ、椅子も2つ。
「良い代物が買えたんだ。もちろんサンランド産だぞ」
向かいの席にワインのラベルを見せるように、くる、とボトルを回してみせる。
「こうして飲むのは何回目になるんだろうな·····。こういう日じゃなくても飲んでいたしな」
オープナーを手に取り、寄せたボトルのコルクに刺す。
「大きくなった時が楽しみだって、そう言ってくれたな親方·····。私も楽しみだったんだよ。『約束』の日が来るのが」
コルクを引き抜きながら『約束』をした時のことを思い返す。まだ自分が幼くて、親方の皺が少なかった頃。その時も『この日』だった。
─他にしてほしいことはないの?
自分がそう尋ねた時だった。
その頃の自分は『この日』になると親方の肩を叩いていたものだった。ぼやきながら肩を回す姿が目に入ったものだから、それならと自分から申し出てたのがきっかけだった。
また『この日』を迎えた時、もしかしたら親方にはもっとして欲しいことがあるのではないのかとふと疑問を覚えたのだ。
自分が尋ねると親方は、そうだな、と一拍の間考え込み、そして答えたのだ。
─お前が大人になったら、『この日』に一緒に飲まないか。
「初めて『約束』を果たせた時、親方が嬉しそうにしてくれていたのを覚えているよ。·····私も嬉しかった」
ワインを注いだ2つのグラス。先に1つを向かいの席に置いて、もう1つを手に取る。
ちらりと向かいの席に視線を運び、ヘルガは呟いた。
「·····親方、いるのかはわからないが」
グラス同士を軽く当てれば軽やかな音がした。
「─乾杯」
グラスを呷り、ワインを一口含んで飲み下してみたが、向かいの席に姿は見えなかった。
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父の日なヘルガさんをしたためました。
※捏造混じり、トラストのクリア推奨