徐州へ向かうことになってから2か月。俺たちは疲れが見え始めていた。
それもそうだろう。何せ、多くの兵をなるべく見つからないように移動させるだけでなく、食料も確保しなければならないのだから。さらに、俺は師匠との修行も移動中にしたりと、疲れが抜ける気配がない。
だが、そんな俺よりも疲れているのが……
「……翠、ほれ獲物だ」
「ああ、悪いな」
俺は狩ってきた下処理済みの鳥を料理している翠の近くに置く。
「大丈夫か? 昨日もあんまり寝ていないみたいだし……」
「……大丈夫だよ。これくらいなら」
そうは言うものの、大丈夫そうには見えない。
(まぁ、無理はないか……)
何せ、頭として皆を導かなければいけない上に、2000人ほどいた兵もすでに半数以上が離脱してしまっている。幸いなのは隊長格の人間は誰も離れていないことなのだが、翠からしたら……
(自分の力不足だ、と思っていなければいいが……)
それだけがただただ心配だ。しかし、彼女は今そんな弱みを見せるわけにはいかない立場だ。
(どうにか気晴らしさせてやりたいが……)
しかし、それも今はできない。どうするか……
「お姉さまぁ~! 戻ったよっ!」
と、考えていたところでたんぽぽが戻ってきた。
「見て見てっ! 鹿だよっ! 鹿っ!」
たんぽぽが担いできたのは立派な牡鹿だった。
「ああ、そこに置いておいてくれ」
「はぁ~い」
言われた場所に鹿を置くたんぽぽだが、その翠の表情を見て少し寂しそうな表情を見せる。
(ふむ……)
少し、相談してみるか。
俺はたんぽぽに視線を送って目で合図する。合図に気が付いたたんぽぽは頷いてその場を離れる。
「すまん、ちょいと離れるぞ」
「ああ」
返事を確認してから俺はたんぽぽの後を追う。彼女は兵たちから少し離れた場所で手招きをしている。手をあげて駆け寄ると、周りを見てから俺は口を開いた。
「たんぽぽ。翠の様子、どう思う?」
「……たぶん、相当無理してると思う」
しゅんとするたんぽぽの様子から“相当”の部分がかなり強い意味を持つことは察せた。
「……だよな。気晴らしさせてやりたいが」
「気晴らし……」
と、何か思いついたのかたんぽぽが手を打つ。
「玄兄さま、ちょっと耳貸して?」
「ん?」
しゃがんで耳を貸すと、たんぽぽが思いついたことを話すのだが、
「は、はぁ!?」
考えもしなかった方法を出されて思わず赤面してしまう。
「お前何言ってんだよっ! 本気かっ!?」
「本気だよっ!」
「だからって……」
「行けるってっ! 姉さま、国にいた時はそういった本を隠れてこっそり読んでたし!」
悪戯を仕掛けることが多いたんぽぽだが、今回は悪戯目的ではなさそうだが……
「……はぁー、しくじったら後で責任取れよ」
「うん! もちろんっ!」
そうして俺たちは算段を立てていく。
「じゃあ、今夜実行ねっ!」
計画を練り終わった後で、たんぽぽは笑顔で離れていった。
「……大丈夫かね」
とぼやいたところで、
「何やってんの?」
「どわあぁ!?」
後ろからこまねぇに話しかけられた。
「びっくりしたぁ! 急に後ろから話しかけんなよっ!」
「隠れてこそこそ話してるからでしょう。で、何を企んでるのよ?」
じーっと半眼で睨めつけるこまねぇ。
「別に企んでるって程の話じゃねぇよ。翠の奴を元気づけようとしてるだけだ」
「翠ちゃんを?」
「最近、あいつ無理してんだろ。だから少しでも気晴らしさせたくてな」
「なるほどね」
しかし、こまねぇの表情はどうにも納得がいっている感じではない。
「……なんだよ?」
「いや、たんぽぽちゃんってのがねぇ……」
「……そりゃ、いつも悪戯するような奴だが無理をしている姉に馬鹿やることは無いだろう」
「う~ん、それはそうなんだけどね。ただ、翠ちゃんのことを想ってやらかしちゃいそうなのよね」
「…………それはありそうだな」
なんか心配になってきたな。
「……ちょっと計画聞いてくれねぇか?」
「いいわよ」
で、こまねぇに計画を話したところ、眉根に指をあてて唸ってしまった。
「……確かに元気にはなりそうだけど、それやっちゃったらなぁ」
「……やっぱ、微妙か?」
「微妙というよりも……」
言うかどうか迷った素振りを見せたが、こまねぇは話すことに決めたようで、口を開いた。
「それやったら、告白とほぼ同義よ」
「……………………だよなぁ」
だからこそ俺も赤面したわけで。
「まぁ、あんたが翠ちゃんを好きなら問題はないんだけど」
「……好きかどうかだけで言えば間違いなく好きだが、男女の仲としての好きかどうかは、正直分からん」
「でしょうね」
「…………ただ」
「なに?」
俺は、好きの気持ちを確認するために前にされた質問を思い出して、これに当てはめる。
「翠が他の男と結婚したら、って考えたら心が痛くなる」
「え?」
「前にさ、趙雲に言われたんだ。それを想像した時にどうなんだって」
あの時の痛みは、すさまじかった。
「その時も心が痛くなったんだが、今回も痛くなるんだよ」
「え、え~……」
「……なんだよ。これでも真剣に言ってんだぞ」
俺は小恥ずかしくなって顔をそむけてしまうが、こまねぇも若干顔が赤くなってた。
「えっと、ごめん。私も私で思った以上にガチなやつだったから、ちょっとね?」
「んだよそれ……」
とは言いつつ、互いに気まずくてそのまま無言になってしまう。
どのくらい無言だったのか、数十秒かもしれない。もしかしたら数十分経っていたかもしれない。なんにせよ、それを終わらせたのはこまねぇだ。
「と、とりあえず、それをやるかどうかはよく考えたほうがいいわよ。さっきの口ぶりからして、あんた本当に好きな子がいるんでしょ?」
「……ああ。いる」
「なら、どうするかはちゃんと決められると思うわよ。ただ、やるならしっかりやる。これだけは忘れないで」
「……ああ」
返事を返してそこで別れる。
(……さて、夜までに考えないといけないな)
夜には決めないといけない。だが、人生とはそうそう予想通りにはいかないものだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「さて……」
月も高く上がり、見張りの者以外は寝ている頃“話したいことがある。交代したらに水場の近くで待っている”と書いた紙を持って俺は翠の馬の前に立っていた。
(……改めて思うけど、やっぱこれってなぁ)
もう告白する気満々の文じゃないか?
(結局、たんぽぽの言ったとおりの文にしてしまったが……)
これは勘違いさせてしまうというか、何というか……
(……うん、やっぱりここで待つか。直接話して、なんでも話を聞こう)
と、決めたならここで待つべきだ。うん。
「ん?」
なんてことを考えていると、暗闇に月明かりに照らされ、一瞬きらりと光るものが目に入る。翠の十字槍だ。だが、こちらには向かっていない。
「あれ、水場の方だよな……?」
ま、まさかっ!?
(たんぽぽの奴、先に言っちまったのかっ!?)
あ、ありえるっ! 俺の行動を見透かして先手を打った可能性は十分にあり得るっ!
(くっ! こうなったら、俺も呼び出された体にして“なんだよ、たんぽぽの悪戯かよっ!”という体にして、愚痴を聞く作戦にするっ!)
許せ、たんぽぽっ! お前の早計のせいだが、一応謝っとくっ! 心の中だけでっ!
と、謝罪なのか言い訳なのか自分でもいまいち分からないことを言って、俺は翠を追いかけていったのだが……
(……おかしい)
翠の歩く速度はそんなに早いようには見えないのだが“追いつけない”
(……これは、何かまずいっ!)
俺は大声で彼女の名前を呼ぶ。
「翠っ!!!」
「……………………」
だが、彼女は振り返ることなく水場へ向かう。
「くっ! 敵襲かっ!」
俺は記憶の中から似たような手を使う相手を思い出していた。
「管狐か、犬神かっ……!?」
人に憑りつき、呪い殺す人が作り出す妖怪。今の翠はそれらに憑りつかれた人間の行動に似ている。だが、それらは三国志の世界にいるようなものではない。本来ならば選択肢に入るようなものではないが、この世界には奴がいる。
「道真の野郎っ……!」
そう。この世界は道真がいる。おまけに、平安時代と言えばあの安倍晴明がいた時代でもある。式神を使えるようならば、犬神やら管狐を使役する術を知っていても何ら不思議ではない。
(……管狐であってほしいが)
正直、犬神の方が厄介だ。特に知性を持っているとなると苦戦するのは目に見えている。
(……勝てるのか、今の俺で?)
体はかなり動くようになってきている。だが、全快とはいかないし、始終同迅を完成させる前よりも弱い。そんな俺が勝てるのだろうか?
(……じゃあ、翠を見捨てられるのか?)
愚問だ。
「……なわきゃねぇだろうがっ!」
俺は覚悟を決め、月明かりが一際差し込んでいる水場へと飛び込んだ。
月明かりに照らし出される二つの影。一つは膝で立ち、生気のない表情で呆然としている翠。そしてもう一つは……
「おや、思ったより早く釣れてしまいましたな」
岩に腰かけて言葉を話す、犬の頭をした人型の生物だった。
「……犬神か」
しかも、最もたちが悪い“先天的に”知性を持っているタイプだ。
「主は、道真の野郎だな?」
「ふふふ、その通りでございます」
犬神は岩の上で立ち上がり、恭しく礼をした。
「私、犬神の餓丸(がまる)と申します。貴様の冥府への案内を務めまする」
「はっ、呪物が人まねして何を言ってやがる」
とは口で言うが、内心は全力での戦闘に備えていた。
犬神は3つの型に分けられる。一つ目はただ術者の言うことを聞く、人形のような犬神。二つ目は術者を喰らい知識を得た犬神。そして、三つ目は……
(術者が最初から知性を持つように作った犬神)
これが一番厄介だ。何せ、冷静に行動ができる上に、その術者の腕が良ければ良いほど自分で様々な判断もできる。道真がどれほどこういった類の術に詳しいかはまだ分からないが、少なくとも知性を付与できる以上の腕を持っていることは確実だ。
(……だが、やるしかない)
ここで奴を仕留めなければ翠は衰弱して死ぬ。道は、他にない。
「まぁ、とりあえず呪物は切り伏せるに限る」
柄に手をのせて構えを取る。対し、犬神も岩から降りて両手をだらりと下げて構える。
「あなた様程度に私が狩れますかな?」
「ほざけっ!」
俺は一言叫んで犬神へと突っ込んで行った。
抜刀で一撃を繰り出すが、拳で弾かれ軌道がそれる。弾いた犬神はその軌道の下をくぐり、残っている右手の指を揃え、弧を描きながら俺の脇腹目掛け突き出してくる。鋭く尖った爪は刀と同じだけの鋭さが見て取れる。が、
「甘いっ!」
犬神の一撃に対して俺は鞘を突き出して、その爪を刀を入れるための穴へ突っ込ませる。
「ふっ!」
そして、全力で鞘をひねると、爪は指からはがれて赤い血が飛び出した。
「ぐぅっ!」
痛みを感じた犬神は一度距離を取るが、着地したころにはすでに爪は生え変わっていた。
「まったく、何とむごいことをなさる御仁でしょうかね。血も涙もないとはこのことです」
「はっ、冗談だけは一級品だな」
と、皮肉で返しはしたものの、俺は犬神の性能の良さに驚いていた。
(あの再生速度、ふざけんじゃねぇぞ……)
別に犬神の体が再生することはおかしな話ではない。目の前の犬神、餓丸は再生速度が速すぎるのだ。前に戦った知性持ちの犬神より、
(倍なんて次元じゃない。数十倍だ)
これだと、首を斬っても意味がない可能性もある。
(と、なればとる方法は一つだ)
再生する前に首を斬り飛ばしてしまえばいい。
(始終同迅で斬り飛ばすっ!)
始終同迅であれば普通の斬撃よりも早く斬り落とせるし、防ぎようはない。それに、犬神との戦闘を長引かせたところで意味はない。短期決戦だ。刀を再び納め、構えを取る。
「おやおや、同じことを繰り返すおつもりですか? 同じ手が二度も通じるとは限りませんよ?」
「どうだか、なっ!」
再び突っ込みながら抜刀しようとするが、そこへ犬神が柄目掛けて左手を掌底の形で突き出してくる。抜け切る前に押さえつけてしまおうという算段だろう。だが、別に鞘から抜けなくても刀は振るえる。
「なっ!?」
要は“刀が外に出ていれば”斬れる。俺は迷うことなく鞘を勢いよく後ろに投げ捨てた。解き放たれた刀は犬神の左手を切り裂いて、切っ先を空へ向ける。
左手はもう再生が終わっているが、狙いはそれじゃない。俺は手首を返して斬撃の軌道をイメージする。
(左肩から右わき腹、右肩から左わき腹っ!)
そして、刀を振り下ろす。
「がぁあっ!」
同時に存在した斬撃は犬神の体を切り裂き、体を四つに……
「なぁんてね」
「っ!」
俺は素早く間合いを開けて、犬神の体を見る。
「ばか、なっ!?」
服が地面に落ち、素肌があらわになったその体には傷跡こそあれ、繋がっていた。
確かに斬った。始終同迅は間違いなく決まっていた。それにいくら再生速度が速かったとしてもあの一撃を受けてなお無傷なんてあり得ない。
「ふむ、まさか主様が下さった加護が役に立つとは。正直、夢にも思いませんでしたよ」
「加護、だと?」
「ええ」
そう言って犬神は口の端を釣り上げて、笑う。
「同時に斬らなければ傷を負わず、2か所同時までなら斬られても再生する。主殿は私の体をそう作られたのですよ。相手は一人だと聞き及んでいたので、そんなのに何の意味があるのかと疑問でしたが……」
“くくくっ”と声をこぼす犬神は、その声をだんだんと大きくしながら愉快だと言わんばかりの声色で続きを口にする。
「こんなことがあろうとはっ! よもや、よもや化け物と戦うことがあろうとはっ!」
「くっ!」
「であればこのような力は必須でしたなぁ! さぁ、続けましょうっ! あなたとて、それを繰り返せばわが命に届くやもしれませぬぞっ!?」
叫んだ犬神はさっきと変わり、両腕を広げて突っ込んでくる。俺は迎撃のため、二つの斬撃をイメージして刀を振るう。
「ぐぅっ!」
犬神の両腕を斬り落としたが、犬神は足を止めず、落ちる前に繋がった両腕で左右から爪を突き立てようとしてくる。
「くそっ!」
俺は手首を切り落としてから、間合いを取る。
「逃がしませんよっ!」
間合いを取った俺を逃がすまいと、さらに踏み込んで空ぶった両腕を羽を開くように広げながら切り裂こうとする。
「ちぃっ!」
爪の一撃がすり合う一点に刀を入れて、切り裂きながら一撃を防ぎ、柄尻で上から下へ殴り、その返しに斬撃。最後に左足で蹴飛ばして無理やり間合いを作り出す。
「ぐぅっ!?」
だが、その蹴りは痛みのせいで吹き飛ばす程度の威力しかない蹴りになってしまう。あれでは大したダメージは入っていないだろう。それを示すかのように犬神は空中で体を回して、四肢で着地する。
「ほっ、これは……」
そして、再び笑い声をこぼす。
「どうやら、主殿から受けた怪我がまだ治っていないようですな。このような力の乗っていない軽い蹴りから見るに」
「…………」
無言で睨み返すしかなかった。だが、これはチャンスでもある。
(これで油断してくれりゃ……)
弱ったふりをしながら回復する時間を稼げればと思ったが、何事も思ったようにいかないのが世の常というものだ。
「しかし、これは好機。全力で狩らせてもらいましょう」
「くっそ、そこは犬なのかよ」
動物は狩るときは常に全力だ。そこから考えれば何らおかしなことではないのだが。
(しかし、どうする?)
通常の攻撃どころか始終同迅でもほぼダメージが入らない。体は怪我で全力を出しきれない。
(……やるしかないか)
師匠との鍛錬でかなり精度は上がっている。成功するかどうかは、正直分からない。だが、ここで殻を破らねば俺は勝てない。
(俺が負けたら……)
多分、この世界はこいつらに為す術なく喰い尽くされる。俺の、大事な仲間たちも。
(…………守る、今度こそっ! 絶対にっ!)
俺は右足を前にして刀を背中に納めるようにして構える。
「ふぅー……」
静かに息を吐き、全神経を集中させる。世界はだんだんと音を消し、目の前の犬神だけを残した。
「…………いいでしょう。まだ何かあるようですね」
察した犬神も左足を前にし、極端に低く構える。
「“…………………”」
互いに視線を合わせたのは如何ほどか。しかし、その距離は何の合図もなく犬神の瞬歩によって互いの攻撃が届く間合いへと変わる。
「“っ!!!”」
同時に始まる攻撃。犬神は右手を大地に突き刺し、土を掘り起こして玄輝へ投げつける。これで目を潰した後で左腕を突き刺す算段だろう。
対し俺は明確に攻撃をイメージする。
(首、逆袈裟、袈裟っ!)
そして、イメージした斬撃を現実のものとして刀を振るった。
(参刃夜叉っ!)
何かが割れる音と共に、刀は3つの閃光を暗闇に残す。
「っ!?」
犬神にはどう見えたのだろうか。少なくともあり得ない光景が広がったのだろう。その眼は驚きに染まり、そのまま地面へと転がり落ちた。
「何、が……?」
さすが犬神、と言うべきだろうか。体が5つに斬られたというのに意識がまだあるようだ。
「俺に負けた。ただそれだけだ」
一言告げて、その頭に刀を突き刺した。すると、頭だけでなく斬られた体も黒い霧となって消え去った。
「さて」
俺は懐から暗器を取り出して、背後の暗闇へ投げつけた。
「ぎゃっ!」
短い悲鳴と、木に突き刺さる音。背後へ視線を向ければ小さな犬の折り紙が暗器に刺さっていた。
「知性を持って使役される犬神には依り代がある。知らないと思ったのか?」
「ぐ、ぐぅううう!!!」
暴れて抜け出そうとしているが、依り代まで戻った犬神がどうこうできるはずはない。俺は懐から火打石を取り出して、依り代に火をつけた。
「ぎ、ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああ!!!」
断末魔の悲鳴を上げて、犬神は灰へと還った。
「…………せめて、来世は普通に愛される犬になるんだな」
それだけを願って俺は翠の元へ歩み寄る。翠は倒れており、少し苦しそうだが呼吸は落ち着いているし、表情に生気が感じられる。
「……とりあえず大丈夫か」
俺は安心のため息を吐いてその体を持ち上げた。
「んんぅ……」
俺の腕の中は座りが悪いのか、寝返りを打とうとする彼女を支えようとして、
「うっ!」
柔らかいものを、触ってしまった。
「んん……」
一瞬、死を覚悟したが翠は目を覚まさなかった。
「……ぷっ」
さっきの戦いよりも、こんなことで死を感じるなんてと考えると笑いが込み上げてきた。
「たく、俺も北郷みたいなことを言うなんてな」
まぁ、他人に話すもんじゃないな。これは心の中に入れておこうと思ったとき、体が突然熱くなる。
「ぐっ! あ、あぁ……!?」
立っていられなくなり、翠をどうにか横たわらせると、俺は地面をのたうち回る。
「あ、ぁ、あああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
たまらず大声を出してしまう。それで目を覚ましたのか、翠が体を跳ね起こす。
「な、何だ!? 敵襲かっ!?」
と、周囲を警戒するが、すぐに俺を見つける。
「げ、玄輝っ!? どうしたんだよっ!?」
「ぐぅううっ! あ、あああああああ!!!」
熱いっ! 体が焼けるっ!
「玄輝っ! 玄輝ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」
翠が叫んだ時、暗闇から師匠が飛び降りてきた。
「何叫んでんだよ」
「あ、あんたっ! いや、それどころじゃないっ! 玄輝がっ!」
「ああ。気にすんな」
「なっ!?」
「これは、成長に伴うもんだ」
せい、ちょう?
「どう、いう……」
俺の言葉を聞いて師匠は口の端を満足そうに釣り上げた。
「見てたぜ。参刃夜叉、完成させただろ?」
「っ!!!」
のっ、くそ師匠っ! 初っ端から見てやがったなっ!
「でだ、お前の体は完全に人の器を砕いた。だからこそ、新たな器を作らなければならん。今の痛みは鋳造作業みたいなもんだ」
「ぐぅうううう!!!」
だからと言ってっ! と口にしたいが体の熱がそれを阻む。だが、師匠は俺を見て真剣な表情で一言告げた。
「耐えろ。誰かを守りたいならな」
「っ!!!!」
その一言が、俺の心に火をつけた。
「ぐ、おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
今度の雄叫びは、痛みからではない。気合いの咆哮。
「ぉあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
これで、誰かを守れるならばっ! 大事な人を、守れるならばっ!
(愛紗っ!!!)
彼女の顔が浮かんだ瞬間、熱が俺の全身を形取るのを感じた。あるべきものがあるべき場所へはまったかのような感覚。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
力が形を持ち、全身を満たしていく。そして……
「……夜叉へと至ったか、我が弟子よ」
はいどうもおはこんばんにゃにゃにゃちわ。作者の風猫です。
いやぁ、なんだかんだで90まで来ました。あと10回で100……
……あれ、もう100? なのにまだここなん? と、内心”あれぇ?”という気持ちでいっぱいです。
まぁ、節目が近くなってるというのはそれはそれで嬉しいんですがね。
若干複雑です……
とまぁ、完成させればそれも思い出になるでしょう。うん。
そう自分を納得させつつ、今回はこれまでといたします。
いつものように何かしら誤字脱字がありましたら、コメントにお願いします。
では、また次回っ!
……100が目の前かぁ
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オリジナルキャラクターが蜀√に関わる話です。
大筋の話は本編とほぼ同じですが、そういったのがお嫌いな方はブラウザのバックボタンをお願いします。
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