No.1061540 九番目の熾天使・外伝 蒼の章 短編・お給料編Blazさん 2021-05-11 11:31:19 投稿 / 全3ページ 総閲覧数:1116 閲覧ユーザー数:1056 |
給料。
それは労働の対価と言われる金銭のことで、毎月ごとに給付されるもの。
組織であれば必ず存在する概念で、これがなければ無賃労働となり、いわゆるタダ働きとなる。どんな時代でも何事にも対価というのは存在するので、これをしないだけで世間や他人からどうみられるかは、想像にかたくないことである。
……そんなわけで旅団にも実は給与システムというのは存在しており、毎月25絞め―――諸事情に限り日にちが前後するが―――で給料が振り込まれる。
各部署ごとに給付金額やボーナスが設定されており、部署が違うというだけで額にも若干の差が出たりする。特にナンバーズらとの差は大きく、旅団への貢献が一番大きいということもあり、それなりの額が払われている。
―――では。
「そんな旅団ナンバーズの給料の使い道。うん。今週のネタ記事はこれで行きましょう」
旅団内にある一室。そこは【広報課】と呼ばれる広告担当の部署で、主に別組織への紹介や告知はもちろんのこと、旅団内での広告や新聞の張り出しなども行っている。本来なら新聞は専門の部署でするべきだが、ここでは広報の一種として扱われ編集部も兼任している。
「今までノータッチな部分だったけど、そろそろ刺激的なものを攻めたくなるわよね。とはいえ、ネタとしてはありきたりだけど」
「……はぁ」
「とはいえ、ナンバーズがらみのことは地雷が多いし、どう攻めるべきか決めあぐねてたのよね。でも、アナタとアナタの上司のおかげで活路が切り開けたわ! 本当に感謝してる!」
「あ……ハイ……」
広報課のオフィスの一角には、テレビのドラマなどでよく見るガラス張りの会議室があり、そこには二人の女性が資料を挟んで会話をしている。一人は茶髪のロングヘアの女性で、旅団の広報、特に新聞関係を担当している人物で周りからは【編集長】と呼ばれている。
そしてもう一人、会議室の大きなテーブルとイスの間で縮こまっているのは……
「あれ。どうかした、A子ちゃん」
「……………イヱ、ナンデモナイデス」
旅団調査班所属、A子だ。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
私はこーいう役割バッカかなぁぁぁぁぁ!!!?」
編集長との会議後、食堂の一角でゴロゴロと地面で転がるA子に同僚や友人が慰めの言葉をかけるが、本人は気休めもいいとこらしく絶望とやけくそのままに涙を浮かべていた。
「落ち着きなさいって……気持ちはわかるけど、そうネガティブしてたらさぁ……」
「だってあの時、ほかにも人は居たのに、なぜか私が名指しで選ばれたし、こんな無茶ぶりやれるよな、じゃあ行こうって意見聞いてもらえなかったし……っていうか広報課出向ってどういうことーーーーーーーー!!!」
混乱と絶望とやけくそ状態のA子に変わり、事情を解説しよう。
そもそもの始まりは調査班のオフィスに編集長が現れたことから始まる。彼女が新聞作成のためのネタを集めており、そのネタ探しのために来たが、調査しているものは大半が重要なものや、あまり知られてはいけないもの、調査中で面白みのないものということで、新聞ネタには使えないと突っぱねられてしまった。
それでもネタが欲しいと言い寄る編集長に、なにか面白いネタはないかと聞かれた時
「ていうかこんなことになったのみんなのせいでもあるんだからねぇ!!!」
「あははははは……反省してる……」
そう言えばA子が、と彼女の友人がうっかりと話してしまったことで編集長はA子をロックオン。直後、マシンガンというよりガトリングトークで話を無理やり進めた編集長にA子は拉致され広報課に連れていかれてしまう。まさか自分が拉致させるとは思ってもなかったA子は必死に抵抗するが、実は腕っぷしもある編集長に負けてしまい、連れ去られることとなる。
とはいえ、それを知ったokakaにより編集長は説教を受けることなるが、それでも諦めず開き直る編集長にokakaはネタの内容を聞くと
「……今回だけ。今日一日だけだ。破ったらどうなるか―――わかってるな?」
「ああ。大丈夫。今日中に終わらせるから」
「……………。」
と本気で言ってるのかと言いたくなるような能天気な顔に溜息をつきながらも、その条件で了解してA子を貸し出した。
この時、A子の絶望した顔に内心「すまない」と心にあるのとないの半々の想いで見ていたが、当人にとってはただただ絶望でしかなかった。
「……で。今、どのあたりまで来てるの?」
「……なにが」
「インタビュー。あの後進めたんでしょ?」
「……まぁね。正直、もう怖さが一周して当たり前のように死を覚悟できるわ」
「ホントごめんね……」
かくして編集長とA子。二人によるインタビューの旅が始まったわけだが、今回はそんな様子を順番に見て行こう。
◇
No.1 クライシス 秘密(強いてあげるなら紅茶葉用)
「んじゃあ、そんな最初は我らが団長さんからいってみましょうか!」
「ははは。元気なことは結構だが、あまり振り回しすぎるなよ?」
「だいじょーぶだいじょーぶ! A子ちゃんは自分の判断で会話に入ったりしてくれていいから!」
「その当人が死にそうな顔をしているぞ」
団長クライシスがいるのは彼の専用の執務室……ではなく彼がたまの息抜きで使用する温室で、そこには観葉植物の他に自家製の紅茶用の茶葉を育てているという場所で、曰く「趣味の一つ」だという。
「ふむ。ここはあえて秘密……とさせてもらおう」
「えー……初っ端からそれはないんじゃない団長ぉ」
「私にも秘匿する義務も責務もあるのでな。……とはいえ、君もそれでは納得いかんだろうからな」
クライシスはそう言うと植物の中に置かれたテーブルの上にある缶を手にし二人の前に出した。ラベルの張られた四角の小さな缶は見た目は軽く見えるが、編集長が手にすると中身の重さがずっしりと感じられ、見た目には似合わない重量感がある。
「これ、紅茶の?」
「そうだ。団長としての威厳やらがあるので、なかなか本来の趣味はできないがこうして紅茶を選ぶことに最近は面白みを感じていてな。ちなみにそれはアッサムだ」
「へー…結構重いのね」
「中には茶葉が入ってるからな。それなりには重いさ。……ところで、すっかり助手が青ざめて弱ってるぞ」
「え。あ、A子ちゃん!?」
「ふむ。リラックスさせるために、一つ紅茶をふるまうとするか……」
その後、あまりの緊張とこれから先の不安で押しつぶされそうだったA子にクライシスが紅茶を出すのだが、その恐れ多さでまた萎縮してしまうのは言うまでもない。
が。その後、なんとか持ち直し、二人はクライシスのいる温室を後にした……
「やれやれ。前途多難な取材だな。だが、面白くもある。少し覗いてみるか……」
okaka 七割貯金、三割私用
「いやーやっぱ財布握ってる奴のお金の使い道は違うわねぇ」
「開口一番がそれか。お前、最近俺に喧嘩腰になってないか?」
隠すこともせずに堂々と言う編集長の言葉に、資料から目を離さないokakaは眉間にしわと作る。旅団に年功序列などはないが、ナンバーズとそれ以外のスタッフとは上下関係があったりするので、基本は敬語、丁寧語になることが多い。が、それは基本であって原則ではないので編集長のようなタメで話す者もいるにはいたりする。
……とはいえ、それに加えて本音も隠さずに嫌味を言われると誰でも苛立ちを覚えるのもまた事実。okakaへの喧嘩腰ともとれる言葉は、編集長はどこ吹く風でも、それを傍から聞いていたA子にとっては胃痛案件である。
「んー? なんでー?」
「なんでって……まぁいい。お前と話していたら日が沈む」
「えー」
子どもを相手にしているかの如くあしらい、編集長のブーイングを聞き流すokakaは面倒なことのせいでしおれているA子に目を向ける。
「で。進捗はどうなんだ?」
「あははは……まずまず……ですね。いる人いない人で別れていますし」
「無理にそういった連中に聞く必要はないぞ。わざわざ足を延ばして聴きに行くことでもないしな。それに給料の使い道は一種プライベートだ。引き際を見極めておけ」
「了解デス……」
……と言われたが、この人は素直に退くだろうか。
横目で見るA子の表情が明らかに無理であろうと断じており、能天気ともとれる顔の編集長の顔を見て溜息をつく。
これにはokakaも思わずもらい溜息で、これから先、前途多難極まりないであろう彼女の道を想像し、もう少しほど労いの言葉をかける。
「……ま。何かあれば連絡しろ。なんとかはする」
「あひぃ……」
「なんだ、あひぃって……」
部下の脱力した返事に返す言葉もない。
脱力した返事に対する反応でもあるが、同時にそんな返事をするA子の様子そのものが心配でならず、そんな返事しか返せないのかと、言いたくなるが取材内容が内容なので「まぁそうなるのか」と納得できてしまい、疑うこともできなかった。
「でさ。そのプライベートの使い道なんだけど」
「お前、人の話聞いてたか?」
そして、その原因であろう編集長の能天気な質問に青筋を浮かべたokakaは彼女をにらむも、当人が平気な顔で首をかしげるので舌打ちしかできず、頭をかきむしった。
「聞いてたよ。でも、それはそれとして知りたいじゃん?」
「残念ながらプライベートだ。当たり前だろう」
「えー」
「プライバシーは誰にだってある。赤裸々にしてもいいものと悪いものがあるだろう」
「いやぁ、それは分かってるけどホラ、いざって時にね?」
人の弱みとでも言いたいのか、追求する理由を答える編集長にokakaは逆にその神経に関心してしまい、呆れてものも言えない。現にとなりにいるA子はがたがたと震えて怯えており、いつ自分の首が飛ぶかと恐れている様子だ。
無論、okakaがそんなことをする気など毛頭ないが、それがあるとするなら少なくとも編集長だけで済ませるつもりだ。
「教えん」
「そこをさー」
「しつこいぞ。答えるか」
「んじゃ捏造でいいなら」
「お前本当にジャーナリストか」
―――といった会話をこの後、二時間にわたり続け、結果編集長が推し負けてしまい、具体的な使い道は明かされなかった。むしろこれが普通なのだが、その後刷られた記事で捏造が一部あったことからokakaに追われたのは言うまでもない。
二百式 刀と機体、義手の整備費。それ以外は酒など
―――楽園 サロン
「………。」
「………。」
楽園内のとあるサロンで向き合う二人が沈黙して早一時間。
片や読書をしているので本から目を離さない二百式。それに相対するは編集長で、取材道具を手に彼の前に座り沈黙している。
両者一切口を開かず。片や目を凝視させるほどに相手を見ているが、その相手である当人は本から目を離さない。
なぜこうなっているのかと言われれば、二百式に対しての取材が始まったはいいが、最初の質問から二百式が回答をせず無視しているからだ。
「………。」
「………。」
サロンに入り、二百式の姿を見るや開口一番
「二百式ー給料の使い道教えてー?」
である。もちろん、そんなことを聞かれた二百式は目を向けるも、その一瞬のみ。また本に向き直り読書に耽った。これには編集長もカチンと来たようで、その後しつこく言い寄るも、当人はシカト。無言、無反応を決め込むので編集長は頭に来たようで、答えるまで離れないのか彼の対面の席に座り、彼の顔を見つめしびれを切らすまで待つ、持久戦にもつれ込んだ。
その結果、動かないだろう二百式を粘り強く待つ編集長。という構図が完成する。
(うう……)
これが一時間も続くと、無言というものに耐え切れないのも無理はない。
これにはA子も重苦しく動くことのない空気に押しつぶされそうになり、萎縮した体が圧力でへしゃげてしまいそうで口を開くのはおろか目を開けるのも困難。
このままこんな空気が続くのか、と永久に終わらないこの状況を呪おうとしたその時。静寂の中に陽気な着信音が響いた。
「あえ。誰だろ。もしもーし?」
編集長の携帯に誰かが連絡してきたようで、すぐに応答した彼女は二百式の前から立ち上がり、話を聞かれたくないのか少し離れて電話に相槌を返す。
流れるように離れた編集長によって静寂が解除されたことで、A子は二人に聞こえない程度の大きさで息をつき、体の中にたまっていた疲労感を吐息とともに吐き出す。
「……はぁ」
文字通り一息ついたA子は疲労で首が上がらず、前ではなくその少し下へ俯いて、できる限り二百式に目を合わせないようにしていた。というのも、A子自身、未だ二百式の雰囲気に慣れず、感じるはずのない威圧感に気圧されていたのだ。当人にその気はないが、厳格な性格の持ち主と普段ナンバーズ以外にはあまり話すことをしないせいで、違うレッテルが張られており、スタッフからはやや恐ろしいという印象があった。
A子も類にもれずで、そんなイメージを持つせいで話すどころか直視も難しい。
……しかし。
「―――普段は機体、刀、義手の整備費用に充てている。が、気分では酒にも使う」
「え………」
……ふと。前触れもなく目の前から聞こえてくる声に顔を上げ、呆けた声を出して周りを見回すA子。誰かの話声を適当に聞いただけか。そう思えたが、部屋には自分を含めて三人しかいない。そして、編集長は今、電話に出ていて他と話すこともできない。
つまり。今の声と、その話し相手は
「―――意外か。俺も嗜む程度には飲む」
「あ……え……はぁ……」
まさか自分に話しかけてくるとは思ってもなかったA子は、淡々と語る二百式の顔を見て切れの悪い返事をする。
当人は口を開いているもその目は未だ読書対象に向けられており、一ミリとしてA子と目を合わせることはない。それでも二百式は彼女らの質問である使い道についてしっかりと答え、それをA子にだけ聞こえる声量で語った。
「電話が終わったら
「あ。はい」
「………。」
編集長のやり方には彼も頭に来ていたのだろう。声色が少し低くなり、怒気を纏った声でそう告げた二百式にA子は反論することもうろたえることもせずに頷く……のだが、その返事が妙にハッキリとしてしかも即答であったことに、読書中の二百式も思わず文面から意識を離してしまう。
それだけ彼女も編集長を迷惑に思っているのか、と。
「おーまたせー……って、アレ?」
デルタ 食べ歩き
―――飼育室・温室エリア
楽園内に存在する研究区画の中でモンスターなどを研究・飼育する区画がある。その中にはデルタが扱う蟲を研究し飼育する区画も存在しており、デルタらの手によって生み出された未知の蟲や現存種であるが突然変異や改造により強化された蟲が多く飼われている。
「へぇ。意外ねぇアンタが食べ歩きに使うなんて」
「意外で結構です。食べる事は昔から好きですし、文化や環境を知ることができますので」
飼育室の中にある温室にはデルタが飼育している蟲たちが優雅に飛び回り、木の幹や花に近づき樹液やミツを取っている。ただ飛んでストレスを発散したり、中にはけんかっ早く戦う個体もいるが、いずれも現存の蟲同様のあたり前の行動だ。
そんな様子を温室内にある東屋で資料をテーブルにばら撒きながら眺めるデルタを、編集長とA子は取材として接触したはいいが
「ひえええ……」
「……大丈夫ですか?」
蟲が苦手なA子は気が気ではないらしく、周囲を見回して警戒を解こうとしない。それどころか周囲にいる蟲の気配でデルタへの取材に集中できず、いつ蟲が来るのかと怯えておりそれどころではない。
その様子にデルタは彼女を落ち着かせようと東屋について話す。
「この東屋には虫よけの術式が張られていますし、蟲が嫌う素材を用いて作っています。なので寄ってくることはありませんよ」
「え。そうなんですか?」
「ええ。私としてはいささか不本意ですが、資料を無茶苦茶にされるといけませんし。苦渋の策というやつです」
―――それを苦渋というのはアナタぐらいでは……
溜息をつくデルタにA子は口には出さないがそれについて憂う彼の言葉にそう言い返したかった。が、蟲を扱う彼にとっては確かにあまりよくはないのだろうと一応の納得をしてA子は話を繋げる。
「―――えっとデルタさんって普段どういうところに食べ歩きに出るんですか?」
話を戻したA子にデルタはそうですね……とつぶやきながら考える仕草をとる
「………色々。ですかね」
「場所は決まってないんですね」
「はい。目に着いた場所、世界。街。興味本位で行く場所もあるにはありますし、前もって情報を仕入れて行くこともあります。クリスマスの時(クリスマス編)もそうでした」
「わかります。食べ物を探して歩くときって自然と足が向くときもありますもんね」
「そうですね。一期一会ではありませんが、そういったその時だけしか味わえないものもありますし、中には長く続く店もあります。食という文化を知っていくとそういった様々な顔を見ることができますので飽きがこないですね」
和気藹々と話をする二人の会話はすぐに弾みをつけて広がっていき、その盛り上がりは同年代の女性同士のそれを思い起こさせるが、デルタが男であることと、彼が食べ歩く目的が一般的なものより少しずれていることから、異常な盛り上がりは見せず友人同士の趣味の合う会話程度で落ち着いている。
それを蚊帳の外で聞く編集長はつまらなさそうに聞いており、しばらく聞いてて痺れを切らしたのかぶーたれた顔で会話に割って入る。
「でもさ、食べるのが趣味ってわからないわよね。食事って生存するための最低限の活動行為であって、精神的な欲求を満たすのが目的ではないでしょ?」
「確かに生存をするにあたって食事という行為は大切ですし、精神的な欲求の発散、解消は副次効果であるのも事実です。
ですが、食事をするという行為は何も生存をするためだけにあるわけではありませんし、限定されるものではありません。副次効果である精神的な欲求の発散、解消。そういったことのためにも行われる行為です。
食べることで心を満たす、とも言うでしょう」
「ん~……そうは言うのだけれど、イマイチ、ピンとこないのよねぇ」
食べ歩きに興味がないのか、編集長は投げやり気味な顔で言う。
「食事という行為を「摂取」と割り切るのではなく「食べる」という行為に着目したのが食べ歩きの目的です。ただ摂取して動いて、眠って、では機械的な行為で生きてる実感はおろか生物としての不合理さや自由度を実感できませんからね。自由に歩き、自由に食べる。それが食べ歩くという行為だと考えています」
「むぅ……」
デルタの言葉に難色を示す編集長は腕組をして「そういうものなのか?」とぼやき小声でぶつぶつとつぶやく。
文句ではないが理解できないのであろう彼女の姿をA子は苦笑いをしつつ眺め、交代だと言わんばかりにデルタへの取材を続ける。
「……最近デルタさんが行ったところや、食べたものはなんですか?」
「そうですね……とある管理外世界……名前は覚えてはないのですが、そこの味噌田楽がおいしかったですね」
どこだったかな、と考えながら答えるデルタが出した食べ物の名を聞いてA子はできたてを思い浮かべると、まるで目の前に置かれているか食べたかのように蕩けた顔で田楽を想像してよだれを垂らす。
「あとで渡航記録を見ればどこへ行ったか分かりますので、機会があれば行ってみては?」
「…………あればいいんですけどね」
「……あー」
蒼崎 奥様sに預けられる
「……………。」
「きひひひ……」
二人の目の前では、テーブルに倒れ掛かり、うなだれる体勢となって沈黙している蒼崎がある。その姿、体勢は傍に飲み干した熱燗の瓶があればさぞ絵になるだろう酔っ払いのそれと同じで、代わりのコーヒー缶がそこにあるだけでも哀愁が漂う。
なぜそんな姿の彼がいるかと言われれば理由は単純。彼の妻たちとの関係、それによる敗北である。
「ええっと……その……蒼崎さん、大丈夫……じゃないですよね……」
「まぁ大丈夫じゃないわね。失業したリーマン、失敗した実業家。あとは何があるかしらね」
「……あのさ編集長。俺、今結構傷ついてるのよ。わかる? おい鰹しないでくれる?」
気遣うA子と違い、傷口を抉り弄り続けて笑う編集長に倒れたまま蒼崎が答える。俯いているが確実に眉間にしわを寄せた声のトーンなのでA子はなんとかして蒼崎をフォローしようとするが、それを編集長が許さない。
「わかっているわよ。でも、そんなゴシップネタを毎回量産するアナタも悪い。だってそうでしょう? 一夫超多妻。ハーレムの到達点。欲望の化身。アナタ一人でコレだけのネタと名前があるの。そのどれもがアナタの成果であり、結果でもある」
「いや、それ完全に誇張ですよね。フィクションですよね。事実とほぼ関係ないですよね!?」
「残念ながら傍からみりゃそんな感じよ。アナタの印象、ほぼ終わってるわ」
終わっているという言葉を聞き、うつむき起き上がろうとしない蒼崎の姿がさらに脱力していってるように見えるA子は、もはやなんと声をかければいいかわからず、口が言いかけた最初の単語で止まってしまう。
「にしてもまさかまさか。大方の予想とはいえ本当に嫁たちに財布のひもを握られているとはね! 私の勘もまだ鈍ってないと思ってたけど……きひひ!」
「勘じゃねぇだろ、アンタの場合……」
「だが、私はそうだと思った。つまりこれは勘だろう?」
得意げに言う編集長に蒼崎の首がようやく動き、彼の顔が二人の前に現れるが、その顔はA子が思っていた以上に哀しそうなもの。普通なら同情の余地がありそうな顔なのだが、単に理由が妻たちに財布を握られた、給料を管理されているということからの落胆であったことから、A子もなんというべきかと言葉がつまり表情も自然と固まってしまう。
(女の人を大切にするとは聞くけど……)
尻に敷かれるのをそういうべきなのか。絶望しきった顔の蒼崎を見て、A子はなにも言えずただ二人の会話を間で聞くこととした。
「で。今回はどういった理由で没収されたんだい?」
「………女を助けるためとはいえ治療費が高すぎる。あとあまり干渉してフラグできたらダメだからって」
「君の治療費にはみつぎ代が含まれてそうだね」
「キャバ嬢じゃないんだから。至って普通だよ」
「君らの言う普通は他の人のいう普通とはだいぶ語義が違うし、それに普通の人が常に生傷の絶えないトラブルを抱えているもんですかね?」
明らかに嫌味で言っている編集長に蒼崎の顔の眉間は深く寄せられるばかりだが、それ以上口が動くことはなく、代わりに深いため息だけが吐き出される。
「なんだか最近、蒼崎さんの意思に関係なく女性が寄ってきますね」
「……そうだな。俺も最初は嬉しく思えたんだけど……なんでだろうか。蒼の世界での出来事以降、ディアみたいなフラグが増えてきたんだよな」
「増えた、というよりこれから増える、ですよね」
既に蒼崎の未来については旅団内でも結構な人数が知っており、ナンバーズ以外でもその噂、確定情報は流れていた。蒼崎の未来。それは女難の相とも、彼の運命ともいえる未来なのだが、傍から見れば羨ましいものでしかない。だがあくまでも傍から見ればの話であって、女性との関係ができる代わりに生傷が絶えないというのは笑えないことだ。
「そう言えば全員戦闘込みだったなぁ……」
「よく生きてますよね……」
「一応ナンバーズだからね。つか、俺の場合それで結構給料消えてそう」
「というか実際そうなんじゃない? だから給料預けられて、無茶をしないように首輪をつけさせた……とか」
「単純に女性関係での浪費が見てられないっていうのもあると思いますけど……」
自分たちという妻がいるのに、それでも新しい女性関係だけでなく婚約などをするのだ。それを見て気持ちのいい女性はそうはいないだろう。それは結婚をしていないA子いとっても同じで、こうもとっかえひっかえで女に手を出すというのは良い気がしない。むしろ、それでも手を出すという蒼崎の考えに納得ができない。
むしろ……
「私だったら……ねぇ」
「……A子ちゃん?」
妙に赤黒い色のオーラらしきものが見えている気がする蒼崎と編集長は、これ以上この話をするとどうなるかを無意識に想像して危険だと判断。すぐに話題を切り替えて取材は終わることとなった。
ちなみにもし蒼崎が給料を使うならという答えは「整備費……あや、そこまで使わないし真面目に食費や光熱費かな?」とのこと。
げんぶ 半分は貯金。半分は娯楽、娘の学費等
―――げんぶの部屋
ナンバーズに割り当てられた部屋の一室で資料を広げてインタビューに答えるげんぶは、強面な顔を二人に向けてつらつらと答える。
鋭い瞳で見てくるという彼の視線はA子も思わず背筋が凍り恐怖心を抱きそうになるが、最近は多少慣れたおかげで緊張感だけで済んでいる。もっとも、それでも話しかけられた時には恐怖心が沸いて怯えてしまうので実際はあまり進展したとは言えない。
「へーワリとざっくりしてるわね。アナタ」
「金の使い道は今は
苦笑気味に笑うげんぶに物怖じしない編集長は当たり前のようにインタビューを進め、彼に娯楽や妻との家庭における金の使い道などについて質問を重ねていく。
「んじゃさ、娯楽には何に使ってるの」
「娯楽……と言っても俺は賭け事もしないし、これと言って趣味も少ない。気が向けば使うと言った程度だな。だからコレというものはない」
「えーなんかないの? 娘のためーとか」
「む。そうだな。蓮のために使うことは多々あるな。……ああ。最近、家族で遊楽地に遊びに行くことが多いから、それに割いているな」
「……腹立つくらい父親してるわね」
「悪かったな。これでも父親だ」
質問をしたのは編集長だというのに面白くないという顔で返してくるので、げんぶも反応に困りながらも堂々言い返す。
旅団メンバーで数少ないマトモな所帯持ちで尚かつ父親としてしっかりしているげんぶの答えは編集長としては面白みに欠けているらしく、つまらないという顔で次の質問へ移る。
「こーも面白みがないとつまらないわね。こうなりゃ別方向に行きましょうか。ってわけで娘ちゃんのお小遣いとかー……」
「聞きたいのはあくまでも俺のだろう。そっちはお断りだ」
「ぶー」
そろそろ適当さと雑さが目立つ編集長のやり方に見かねたA子が話題を切り替える。
「え、ええっと……じゃあ別の質問を……げんぶさんってMSとか持っていますけど、そちらのメンテ費用は入ってないんですか?」
「入ってはないな。最近はMSなどの機動兵器を使った任務そのものが無いからな。あっても主にBlazたちが行っているから出番自体がない。なら、必要な時以外には保管しておけばいいということで定期メンテ自体を行っていないんだ」
思い出したかのように上の空になるA子の目は息継ぎをしているかのようにしばらくげんぶから離すと、小さな吐息とともに再び合わせる。
「……そう言えば最近機動兵器がらみの任務はクロガネ隊をメインに委託されてましたね」
「経費削減もあるが、主力機体がネクストだったからな。汚染のことも考えれば自然と出番が減るのも無理のないことだ」
かつて旅団が使用していた機動兵器であるネクストは動力にコジマ粒子を使用しており、粒子が発するエネルギーは人体や環境を汚染してしまう。それが複数機、しかも予備の動力などのパーツもあれば楽園の汚染は免れない。なので、現在は必要最低限を除きすべてのコジマ粒子系の動力やパーツの機能を停止、封印しているのだ。
「MSは動力は様々だが俺のは核動力を使っているから、ネクストほどではないにしても危険な代物だ。だから次いでといっては何だが補完してもらっている」
「へー……だから今じゃ格納庫はあんな風に……」
「魔改造部屋と化しているだろ」
げんぶの返答にA子は苦笑する。
「あ。あとこれは小耳に挟んだことで無理に聞こうとは思わないんですが、白蓮さんが第二子を妊娠しているって本当なんでしょうか?」
「……どうかな。ただお互いもう一人欲しいとは思っているが」
今度はげんぶが目を逸らし、わずかに間をおいて答えるがその返事もはぐらかすが、その表情に何を見たのかA子は小さく頷き、それ以上は聞こうとはしなかった。
ディア okakaへの借金返済。デバイス、ドライバーのメンテナンス費(領収書切りあり)。また先の二つから差し引いた残り六割を貯金。四割食費・娯楽費。
―――トレーニングジム
「……なんだろ。賢しくぶっててイラつくわね」
「答えへの感想がそれってひどくないですか」
楽園内にあるジムで汗を流すディアーリーズ(以後ディア)の答えに辛辣な感想を述べる編集長。大体は他のメンバーと同じでも、細かく使い道を決めているというのは大きな差でそれが妙に編集長には賢しく見えたのだろう。自由に使える金を細かく決めるというのは彼女にとっては聞くだけでも窮屈らしい。
「まぁ他の皆さん、大雑把ですからね。ここまで細かいのはディアさんぐらいですし」
「聞いた話だと朱雀さんも大概細かいのでは?」
「あの子の使い道はアンタほど細かくはないわ。あとは一括りにできるもの。残った金を様々な使い道で使うだけなんですもの」
「同じだと思うんだけどなぁ……」
感覚的な問題というものなのだろうか、と首から下げているタオルで汗を拭きとるディアはルームランナーに備え付けられたドリンクホルダーからスポーツドリンクを手に取り、ストローを口に着ける。
トレーニング直後ということで汗だくな彼の姿は、なまじ整った顔つきと体のおかげで非常に絵になる光景だ。そんな好青年の姿は見ているとこれが現実なのか、と思いたくなるが、一応は現実で汗だくの美少年というそれを見てA子は自身の胸の高鳴りを感じ、編集長はなぜか不快でならなかった。
「アナタの場合、既にそれに使い道を細かく決めてるから応用の幅が狭いのよ。いざって時、削れないでしょ」
「いや削れますし、そこまで細かくないと思うんですけど。こだわりもないですし、必要なら削って……」
「よーし、んじゃ今の話で記事書くか」
「人の話聞いてますか、編集長」
「二割冗談よ」
「あとの八割は本気ってことですよね。書く気満々ですよね」
―――書くでしょうね。
会話には割って入らず、外側から静観しているA子はこの後の編集長の行動が鮮明に想像でき悪びれも罪悪感もなくdisるであろう記事が脳裏をよぎった。
空気が悪いと見たA子はすかさず話題を切り替える。
「そ、そう言えばディア君は娯楽っていうと何に使ってるのかな」
「娯楽ですか。まぁ色々……と言えばそれまでですけど、そうですね……たまの休日に咲良や美空さんと出かけたりとかですかね」
「……彼女、今は旅団の保護下で生活費出てるんですよね?」
「確かにそうですけど、額が額なんで……だからそう言った社会勉強ってわけじゃないですけど、お金の使い方の勉強もしたい、と言ってきたんで付き合っているんです」
「……あー……なるほど」
美空の経歴を思い出し、金銭の使い方があまりわかってないことに納得するA子はそれを教えるためと息抜きも兼ねて付き合っているディアに素直に好感を抱く。
……が、編集長はその限りではないため
「金の使い道ーとか言って変なとこに連れ込んでるのね」
「なんでそう僕をロクでもない方へ陥れようとするんですか。っていうかそんなやましいことはしてません!!」
「………。」
「そこでなんで黙る!!」
即座に沈黙した編集長に突っ込むディア。
完全にそっち方面についての記事を書き単んだろうと察したA子は後日オブラートに記事を書くのだが、なぜかそっち方面への連想へと行きつくことがあり、編集長に操られている気がしてならないと思いながら己の不甲斐なさを嘆きつつ記事を書き上げた。
Blaz okakaへの借金返済、並びに機体整備費用。一味メンバーとの生活費。アヴァロンでの家賃。
クロガネ・格納庫
旅団支援組織の一つであるクロガネ隊。その格納庫には出身世界である新西暦の機体の他にも、宇宙世紀や別の時代、別世界の機体が格納され整備が行われている。旅団メンバーであるBlazが様々な世界を行き来しているということもあり、自然とその世界の人間や部隊がクロガネ隊に合流することでこうした光景ができたわけだが、当然ながら機体の整備方法やパーツが事なるわけで、その分の手間も費用も掛かる。
……とはいえ、クロガネ隊の資金事情はけして悪いことはなく、整備員も部隊に合流した者や旅団からの出向で賄われている。その為、整備不良というケースは極めて少なく常に万全の状態で出撃が可能である。
が。それはあくまでもクロガネ隊での話。個人レベルとなると、整備不良はなくとも資金難になることはあるのだ。
「―――給料の使い道? んなもん整備費用に決まってんだろ。okakaに委託してっから、毎月必要になるしよ」
「okakaさんはあまり理由になってない気が……」
自身の機体であるゲシュテルベンの整備状況をタブレットで確認しつつ、A子に返答するBlazは珍しく作業用のツナギを着ており、服装だけを見れば整備員のそれと同じ姿をしている。曰く「少しでも費用削減のため」で、自身が整備をして委託の費用を抑えようというつもりらしい。
「ていうかBlaz、整備できるんだ」
「一応な。ジオンじゃ人員不足なんてザラだったし、俺の場合、自分の機体がクソ見たいな性能だったから自分で把握せにゃならんかったんだ」
編集長の言う通り、Blazが整備をする、できるというのは実はあまり知られていないことだ。というのも、彼の属するクロガネ隊の補給体制や過去を経歴でのみ知ることができなかったので、こうして過去の経験を活かしたことをするというのは珍しい事だったりするのだ。
「あー…そっか。アンタ元軍人だっけ。ってことはそこそこ貯金とかあったんじゃないの? 軍人は給料良いっていうし」
「どこの噂だ。給料なんてリーマンとさして変わらねぇし、貧乏ジオンが払いよかったと思うか」
「……あー」
悪態付くBlazの眉間の寄った顔にA子が頷く。辺境のコロニー国家、しかも独裁体制国家なのだからそういった経済面がひっ迫してないわけがない。ただでさえ生活に苦しむ国家が軍事に金を割き、戦争を続けていたのだから当然そういった給与にも最低限しか保証がないわけである。
「じゃあやっぱりクロガネ隊が?」
「まぁな。レーツェルさんの家が家だし、給料とかより他の面が充実してっからな。とはいえぶっちゃけ給料だけでも三倍は差がある」
給料の差額を言うだけでそこまで嬉しいのか、とジオン時代の給与明細を見て見たくなるA子はにやけた顔のBlazに質問を繋げる。
「ちなみにBlazさん。整備費用以外ではなにに使われてるんですか?」
「あん? そりゃあ………」
「おーい! Blaz-!!」
すると、どこからかBlazを呼ぶ声が格納庫内の各所を反響して響き渡り、一瞬だが声の主がどこにいるのかとわからなくなる。だが首を動かして辺りを見回してみると、もう一度声が聞こえてくるので、三人がその方角―――丁度真上の通路に顔を上げた。格納スペースの通路の上からこちらを見下ろす姿に見覚えがある。
「やっほー! 編集ちょー!」
プラチナブロンドの長い髪を天井の照明に反射させて、垂れさがった髪とともに下を見るミィナに編集長はおやま、と声を漏らす。
「ミィナじゃんか。なーにしてんのー?」
「そこにいるBlazにねーお届け物―!」
と顔を通路上に戻したミィナの手には、確かに彼への届け物なのだろう封筒が握られており、受取人であるBlaz当人は何のことやらと首をかしげる。
「封筒? なんのこっ、た………あ」
封筒で来るものに最初は思い当たるものがなかったのだろうが、やがて自分の身の周りのことを中心に思い返すと、やっぱり思い当たる節があったようで口を開けて呆けた声を出す。
「大家さんが家賃払えってさー!!」
「家賃……ああ。アヴァロンのですね」
「忘れてた……」
アヴァロンに居を構えるBlazとそのサポートメンバーは現地のギルドと賃貸の契約をしている。なので当然ながら家賃が発生し、その請求や催促は決まった時期に行われる。だが今回は誰もアヴァロンに居なかったので、こうして封筒での通知になったのだとか。
その後、封筒を開封したBlazの顔とその生々しいまでの金額にA子は多くの子を養う父親の哀愁の姿に似た後ろ姿を見て取った。
「ところでさ。欲しいものがあるんだけど」
「はっ倒すぞミィナ!!」
朱雀 okakaへの借金返済。前に所属していたレジスタンスの運営資金(敷地代等)。残りは仕事中の雑費、武器メンテナンス費用、娯楽、貯蓄。
楽園内の一室。ナンバーズに当てられた私室の一つにまた足を踏み入れる二人は、今度は備え付けのテーブルとベッドの間に座り込み、上半身をベッドへ向けてのけぞらせてうなだれる青年へのインタビューを試みる。だが、その前から既にこの状態で、A子の脳裏には彼への心配と不安が募った。
青年の名は朱雀。ナンバーズの中でも新参で未だ様々な事情を抱える人物だ。
「……………で。生きてるか、朱雀くん」
「あ。はい。なんとか」
編集長の言葉でベッド側へ向けられていた上半身を戻し、首を抱える朱雀は唸り声とともに溜息を吐き、陰鬱そうな表情を見せる。
これじゃあインタビューができるか怪しいとみて、編集長が不満げな顔をする。
「おいおい大丈夫かい? そんなんじゃインタビューもできなさそうだけど」
「ええ。インタビューの内容はお聞きしてますので……ただ、それ関連で少し悩んでたんで……」
憂鬱げな朱雀の表情を見て一度、彼の手元に置かれた資料らしきものを見てA子が尋ねる。
「もしかして……朱雀さんが入っていたレジスタンスへの資金関係の?」
「はい。旅団とレジスタンスは今も協力関係を持っていますから、組織への支援金を」
「でも、レジスタンスへは旅団から直接援助資金が提供されているって聞いてるけど」
「そうですが、それでも資金難が続いているようなので少しでも足しになればなと」
朱雀は旅団に入る以前はとあるレジスタンスに属しており、その時に旅団に助けられた過去を持つ。レジスタンスは旅団と協力して事件を解決し、朱雀は旅団へ、レジスタンスはその後旅団の支援組織に所属することとなった。
現在でもその関係は続いており今では旅団の一員である朱雀はレジスタンスとも連絡を取り合い、こうして支援資金や物資を提供している。
「……でも朱雀さん、他にも出費があるんじゃないですか。okakaさんへの借金とか、メンテナンス費とか」
「そうですね、ですが運営とは別で資金が入り用になるのは組織の内情上あり得ますし、そう言った資金があるに越したことはありません。でもレジスタンスである以上資金提供先は限られてますから、僕が少しでも支えないと……」
「でも、それじゃあ手元にはそんなに残らないんじゃ……」
A子の返事に朱雀は苦笑いを浮かべて返すが、言い返しはしない。彼女の言葉が図星だったのだろうとみて、編集長が提案がてら割って入る。
「そんなにお金必要ならアヴァロンでアルバイトしてみたら? あそこなら仕事もあるし報酬も悪くはないでしょ」
「アルバイトというより、立派な冒険者ですよね……考えはしましたけど、それはそれでメリットもありますがデメリットもあります。それに、暗に給料に満足していないってことにもなりますから。それは僕の今の身としては傲慢なことだなと」
「真面目ねぇ……なんか独り暮らししながら仕送りしてる社会人一年目も新人君みたいね」
「……偶に言われます」
編集長の容赦ない言葉に苦笑いしかできない朱雀は妙に適格な例えに脳裏を動かされる。だがすぐにその思考を止めて目の前の話題、質問へと耳を傾けた。
「んじゃさ、ぶっちゃけて聞くけど今の給与には満足してるわけ?」
「……まるで僕がもっと金が欲しいって言っている、見たいな言い方ですね」
言葉通り隠す気のない編集長の質問に朱雀の目は鋭くなる。だがそれに怯む者はこの部屋には居らず、編集長も間を置かずに言い返す。
「事実でしょ。アナタの手元か否かは除くとしても、アナタは組織を存続させ目的を果たさせるためにはどうしても資金が要る。それはアナタがこの道を進むうえで必要不可欠だし、人間社会で生きていくためにも必要なもの。水のように湧き出るけど、命の如く消費されるもの。だから、アナタがレジスタンスとしても活動していくうえでも、何より生きていくうえでもお金は水と同じくらい必要なもの。だったら多いに越した事はないじゃない」
目を疑う朱雀に編集長のペースと態度は崩れない。それを横から見るA子は朱雀と同じく編集長の横顔を見つめている。
「……生きていくうえで金が必要なのは確かです。でも、水も金も生きていくに必要な分だけあればいい。それ以上持つことはできますけど、そんなに持ってても必要な時にしか使えません。いつか不要になる時が来るかもしれない。なら、自分が必要な分だけ持っている方がいい。少なくとも今はそう思っています」
「なるほどね……つまり満足はしていると」
「満足云々は置いておくとしても不満はありません。そのお陰で今もこうして生きていますし、人並みの生活もできていますから」
朱雀の答えに編集長はしばらく彼の目を見つめ、小さく「ふーん……」と頷く。
品定めでもしているかのような目と態度に朱雀はわずかに不快感を抱くが、同時に底知れない何かを感じ取り警戒心を上げる。が、彼の言葉には嘘も偽りもないので朱雀自身なぜかそれを握りしめるかのように硬く信じていた。
やがて目を逸らし、何かを感じ取ったらしい素振りで編集長はまた悪だくみでも企むような顔をする。
「にゃるへそ。まぁそれならしゃーない。……この子騙してちょっとしたネタ作りたかったんだけどなー」
「僕のこと話題の種にしようとしてますよね。そういうのは勘弁してください。ディアーリーズさんだけで結構です」
「いやダメ、あの子そこら辺の面白み皆無だから」
さらっとディアの事を弄る二人にA子は旅団内での彼の立場を改めて再認する。
―――ああ。弄られやすいキャラしてますもんね、彼。
失礼だなとは承知していたが、自分もそう思ってしまったと罪悪感と納得感を持ったA子はしばらく続く二人の雑談を眺め、インタビューを続けた。
―――広報課オフィス
時計の時刻が深夜の二時を回る。
静寂と暗黒が覆いつくし生気を感じさせない冷たさは肌に僅かだが緊張感と恐怖心を感じさせる。日中は人が行きかい、程よい騒がしさのある広報課のオフィスも夜の世界においては他の部署と同じなようで、暗闇に飲まれ物音すら響かせることをしない。また翌日、誰かがオフィスを開けるまで動くことはないはずだが―――一か所。たった一つのデスクだけは未だ僅かに明かりを灯し、カタカタとタイプ音を響かせている。
「―――――。」
本来ならもう誰もいるはずのない、就業時間をとっくに過ぎてオフィスは真っ暗になっているはずだが、部屋の奥に位置し他とは離れたデスクのライトだけは明かりがついていた。室内をほんのりと照らす明かりはわずかに光る蛍火にも見えるが、そこに居座るのはホタルではなく作業を続ける人の姿。
そして、光から闇の中へと二本の腕が伸びていき、独り言が木霊する。
「んー!! こんな感じかなぁ」
デスクの主は広報課の課長である編集長だ。彼女がただ一人オフィスに残りパソコンとにらめっこをしているかのように目を細くして、表示される記事の内容を打ち込み、時には追記や修正を加えていた。流石に編集長と言われているだけあって速さもなかなかに早く、わずか数秒で百文字以上を打ち込み、時には戻って修正を行っていた。
だが、その課長も流石に疲労感はあるらしく、一区切りをつけて体を伸ばすと、椅子をキャスターで後ろへと動かし背筋をのけぞらせ目一杯に上半身を伸ばす。
「とっくに日を跨いでいるぞ」
刹那。オフィスの中にもう一人、誰かの声が聞こえてくる。声の主は男で、その声の主に臆することも、まして突如聞こえてきたことに驚くこともせず、編集長は声に対し言葉を返す。
「みーんな面白いネタを提供してくれたからついねー……いやーどうしてこーも人間って多様なのかしらね。見てて飽きないわ」
「それはよかった。君にとっては鬱屈な世界だと思っていたが、思いのほか好奇心のおかげで楽しくやれているようで、私も安心した」
「そりゃあね。人間の思考、倫理、論理、思想、感情、感覚。挙げればキリのないこれら―――あなたたちが個性って呼んでいるものがこうも多様だとみてても飽きなんて来ないわ。特にこの組織ではね」
頬杖をつき面白げに笑みを浮かべる編集長はひとしきり終わったからか編集していた記事を保存し、パソコンをシャットダウンさせる。終了を待たず、編集長は椅子から立つと体を伸ばし、自分の後ろに立っていた人物―――団長クライシスと目を合わせまた小さくにやけた顔を作る。
「アナタには感謝してるわクライシス。人間社会にとって異物である私を受け入れてくれて」
「君は他のよりは温厚で、ただ人を観察したいという理由で生きていた。その考えが今も変わってないからこそ、私は君をここに置いている。……とはいえ、長く人間社会に身を置いていた君だ。仮に追い出しても何かしたのアプローチをコッチにかけ続けるだろう」
「まあねぇ。こんな面白おかしいユートピアの代わり……いえ、超える場所なんてそうそうないわ。私が見たいのは人間の生を謳歌する姿。争いやら駆け引きやらはもう飽きたから」
肩を回し、凝り固まった骨を鳴らす編集長はデスクのライトを消してオフィスから出る。廊下に出ると、先に出ていた……かもしれないクライシスがいたが、彼女は特に気にする様子もなく廊下を歩き出す。
その彼女を見送るかのようにクライシスが後ろから話しかける。
「さーてーと。このくらいで一度退散しますかね」
「また出歩くのかね」
「ええ。でないとみんなに不審がられちゃう。なんせ、一応”一週間、徹夜”って
「ふむ。そうだな。とはいえ、人間からすれば限界でもある。そろそろ休息は取っておけ」
「ご忠告どうも。いずれそうさせてもらうわぁ」
忠告を受けた編集長は軽い口調で返すと、手をひらひらと振って挨拶をしつつ廊下の角を曲がりクライシスの視界から消え去った。
未だ聞こえる足音にクライシスはしばらく編集長の歩き去った方を見ていたがやがてぽつり、とつぶやいた。
「やれやれ。君には、われわれ人間がどう見えているのか……」
・活動報告書 記入者 A子
報告
本日、午前5時より広報課長―――――(通称【編集長】)とともに取材活動を実施。目的は【旅団中核メンバーの給与の使用用途について】(詳細については別紙及び後日発行の旅団通信を参照されたし)
取材内容の立案、計画は全て編集長当人によるもので、取材記事の編集も大半を同人物が実施。後日執筆が完了した記事を提出している。
取材当時にはさして不審な行動は確認されず、編集長本人の好奇心、直感からくる質問が大半を占めており法則性は見当たらない。質問の内容もプライバシーの侵害をする内容があるも、追求はせず比較的単純なものとなっている。
しかし、一方で時折言動が客観的になることがあり、内容も人類の生存方法などについてのものが散見される。その言動の内容からまるで自身が人外の種、もしくは人ならざる存在である事を認めていることを示唆しており、以前より調査されていた同人物への危険性に対する考察への証拠発言にもなる(詳細な内容については添付された録音データを参照のこと)
このことから同人物が、過去に報告された明治時代から現在に至るまで生存が確認されている【吸血種】であることが示唆され、先日回収された西暦世界における1877年度の写真に写る人物と同一人物であることが立証される。
以上のことから監査対象【編集長】は吸血種であるとされるが、その脅威は極めて低いとされる。
なお、今回の任務による疲労からの有休使用の許可を求める
以上
・報告に対する評価 記入者 okaka
有休の要請を受領。後日、おって通知を行う。
報告への評価として対象に対する脅威査定が不十分であると断定。以後、同種の任務実施時には対象への観察、情報収取をより綿密かつ徹底的に行うこと。
以上の報告をもって本任務は終了。
以後の監査対象への接触は対象からの接触に限定。同任務は旅団ナンバーズへと引き継ぐ。
また本調査報告並びに関係する情報すべての口外を厳禁とす。
―――以後、調査班総員に対する編集長への調査、並びに諜報活動の全面自粛を命ずる。
以上。
「……………今更か」
okakaは報告書のデータに対する返信に数分で自動的に削除されるようプログラムすると、返信を行い、自分の元に届いた報告書のデータを削除した。
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ふと思ったことを書いてみた。
時間はめっちゃかかったけど。
ちなみに内容については若干盛ってます。