No.1061421

呂北伝~真紅の旗に集う者~ 第043話

どうも皆さんこんにち"は"。お久しぶりです。

約1年ぶりぐらいの投稿ですかね?帰ってまいりました。
私生活で色々迷走しており、現在も若干迷走中ですが......とまぁ、積もる話もさておき、今回で劉備編は一区切りということで、次回からは序章終局編へと突入させていきたいと思っております。

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2021-05-10 00:05:01 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:1742   閲覧ユーザー数:1511

呂北伝~真紅の旗に集う者~ 第043話「指導者とは」

 「目を逸らすな。これが統治の失策における罪だ。俺の罪であり、貴様もこれから背負うであろう業だ」

劉備の頭の中で反響する呂北に告げられた言葉は、いつまでも彼女の脳内に言霊として宿っていた。寝ても覚めてもその言葉が何度も反響(ループ)し、彼女の脳内に侵食していた。

彼女は外に出て街を練り歩く、明日いよいよ平原の領主として自らの領地に赴かないとなならない為、扶風から出ていく前に今一度その領内の統治を確認していた。しかし虚ろな目の彼女は、その様な行為を日常に蔓延る怠惰な行動で行なっていたに過ぎなかった。

『自らは統治者の一人となる。なればこそ他の者、先輩の技術を少しでも盗まねば』それが彼女の統治者としての行動真理であった。劉備玄徳としてはそれでも良いかもしれない。それが統治者として民を思いやっての行動なのだから、だが桃香としての、一人の人間としての彼女はどうであろうか。

彼女は強く気高い二人の妹の後押しもあり、自らが先頭に立ち義勇軍を発足し、世の安寧を願って立ち上がった。全ては民の為。皆が笑いあって暮らせる世の中になればいいと思い剣を取った。

そんな労が報われたのか、義勇軍として幾ばくかの戦功を重ねていき、平原の太守に任命されたのだ。

昔は藁や足袋を織っていた自らが、朝廷に指名されてその様な役職に就けるまで出世できたのだ。故郷で暮らす母親も喜んでくれるに違いない。『民が笑いあって暮らす』そんな世の中を作り出すための第一歩にようやく立てた感じがした。だが、指名されて改めて思いながら、自身に足りていない物を見返してみる。

決定的に統治者としての知恵が皆無に等しかった。そう考えると劉備は困惑した。故郷にて盧植という学者の下で学んだとはいえ、机上の学問と実際の政治とは全く違うのは判っていたし、それを証明してくれたのは初めて戦場に立った時でもあった。

乏しい記憶力で覚えた孫子の戦術の一端を披露しようかと思えども、実際の戦ではそんなものが役に立つこともないことも経験済であった。だからこそ彼女は今一度学んだ。別に学問を好んでいるわけではない。どちらかと苦手な部類に入り、学者や儒学者の弁舌を聞いているだけでも眠くなり、自らには縁遠い物と考えていた。

だが彼女は学んだ。失敗しない為にひたすら学んだ。また、学ぶ上での教科書の存在にも事欠かくことはなかった。呂北の統治下にいる民は皆笑顔であった。皆笑顔で働き、時に助け合い、不満があれば喧嘩をして仲直りしあえる。まさに劉備の思い描く統治がそこにあったのだ。だからこそ劉備は呂北の下で学んだ。彼の教育には一切の妥協が無かった。時に叱咤され、時に恫喝され、酷い時には硯が飛んで来て墨だらけになったこともある。そして決まってこう言われた。『墨汁の汚れは洗えば取れるが、俺たちの仕事は汚せば落ちることはなくなる』。呂北は劉備に常日頃からそう教え込んでいた。墨汁塗れになった日などは、妹の関羽がその行き過ぎた仕打ちに激昂し糾弾しようかとしたこともあったが、劉備がそれを押し留めた。むしろ劉備は、統治業務の手を一切抜かない呂北に対して敬意を払っていた。ここでもし、関羽が呂北を糾弾し、彼の機嫌を損ねて教育が終わってしまうことなどあってはならない。そんな折、呂北は三姉妹を連れて初めて戦場に向かった。呂北と戦場に出るのは、先の黄巾依頼であった為、珍しく緊張した。だがいいこともあった。呂北が初めて劉備の事を褒めてくれたのだ。もうすぐ去り行くものへの手向けなのか、劉備は顔の綻びを止められなかった。

それは親に、師に認めてもらった様な心境だったのだろうか。だが、それからの記憶は何が起こったか曖昧なままであった。

逃げ惑う民の悲叫と何かを磨り潰す音。そして呂北は告げる。この粛清は統治を行なう上での必要悪であり、指導者が背負い込むための業でもあると。

劉備自身、それは理解出来るようにはなっていた。この世に恩恵を受ける者に対して、罰せられる人がいることを。善人に対して、より多くの悪人がいることを。だからこそ劉備は立ち上がったのだ。流血をこの大地に吸わせない為に。きっと、心のどこかで統治していく上で、自らが手を汚さなければならない事態も起こりうると思っていた筈だ。

劉備玄徳としてはそれを受け入れている。だが、桃香という一人の人間としてはどうであろうか。自らが先頭に立ち自身の手を汚していかなければならない事実に。自らの判断で犠牲となった他者の怨恨をその身に受けて前に進まなければならない道に。可能であれば逃げ出したい。しかしそれは出来ない。それを行なえばこれまでの自らの行動全てが無意味であったという事実が残ってしまい。引いては、こんな未熟な自分に付き従ってくれていた者すべてに対する侮辱でもあった。劉備玄徳としての覚悟は決まっている、だが桃香としての覚悟は......。街の雑多な賑わいが反響する中、劉備の脳内は静寂であり、賑わいなど聞こえている様で頭の中には響いていなかった。

そんな彼女は突然覚醒してしまう。

「おぉ、桃髪乳デカ女じゃき。こん場所でいみげな風袋晒してなにしとんけ?」

そういって劉備の方を掴んで呼び止めたのは警邏中の侯成であった。

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 「さて、じゃんじゃん食べんかい。ここは儂の奢りじゃき」

侯成は劉備を連れて飲み屋に繰り出していた。警邏は帰路に差し掛かっていたこともあり、部下に報告のみを任せたのだ。

「全く、隴はいつもいきなりすぎるヨ。折角ワタシ、休日に阿蘇阿蘇読んでグウタラしていたのにヨ」

「まぁ、夜桜。ここは隴の奢りなのだしそこは愚痴も垂らさず受け取っておけば」

途中で合流した郝萌と宋憲混じり、4人交じりで姦しく騒いでいた。

「は?何で儂が奢らんといかんのじゃき」

乾杯を終わらせ酒を片手に、飲み干した器を置いて侯成は告げる。

「何を言っているネ。あんさんが先に言ったヨ」

「いやいや、奢るんはコイツだけじゃき。お前ぃらは自分の酒代ださんかい」

侯成は劉備の頭を軽く叩きながらそう答え、劉備はしどろもどろしながら何処か居心地が悪そうであった。

「ハァ‼ナンね‼?いきなり呼び出しておいて酒代は後から自分で払えと、ウチ今日財布持って来て無いヨ‼」

「そいつぁ困ったなぁ。何だったら貸してやってもいいんじゃき。無論、倍返しじゃ」

「何を‼?第一、アンタいつも――」

侯成と郝萌が騒ぎ出し始めたことを尻目にして、4人の周りからは少し人の層が薄くなり、宋憲は劉備に酒を注ぐ。

「劉備殿、まずは飲んで下さい」

「え、えぇっと。だ、大丈夫なのですか」

注がれながらも目の前で起こっている喧嘩に戸惑いを隠せない劉備であった。

「いつものことですから大丈夫ですよ。夜桜の飲み代は私が立て替えておきますし。それにこうやってくだらない喧嘩が出来る程、緊張感が無い平和な日常があると思えば面白いのではないですか?」

宋憲のいうことも尤もであった。折角の飲みの席にて、難しいことを考えることは無粋であり、今は何も考えずにただ酒を煽るのであった。

 

 そして(とき)は過ぎ去り。

「そうなんですよ宋憲さん。愛紗ちゃん、いっつも生真面目で~~――」

しばらくするとすっかり出来上がってしまった劉備が宋憲に対し絡みまくり。始めこそ楽しんでいた残りの二人も、劉備の辛みがヒートアップしていくに連れて、その被害は徐々に郝萌、侯成と増やしていき、三人の頭が沈静化されていった時には、劉備は顔を赤くして、うっ伏してしまい、閉店の時間になっても起きなかった為に、侯成に背負われて店を後にする。

「......ちっ、この(アマ)ァ、見かけによらず重ぇ」

「お~やおや、将軍弱音アルかぁ。日頃からの鍛錬が足りていないヨ」

夜桜に煽られて、隴は蹴りでも喰らわせようかと思えども、行動を起こそうとすると劉備に後ろから抱き着かれて留められる。

また抱き着かれた時に彼女の背に、自らには無いふくよかな物が背中に当たり、眉間に青筋を浮かべていた。

「おうコラ。こんのあばずれが、ええ加減己の足地に付けんかい‼」

酒に酔って上機嫌な劉備に対し、対照的に自ら誘って建前もある為放置できずにイラついている隴とそれを眺めて楽しむ夜桜と留梨。

「仕方ないじゃないですかぁ。今の私は何も出来ないのですからぁ」

「こんの売女が‼開き直りかぁ‼」

「そうですよぉ~。だって私には何もありませんも~ん」

イラつきながらその言葉を聞くと、隴達は首を傾げる。

「私は呂北さんみたいに頭が良いわけじゃないし、愛紗ちゃんや鈴々ちゃんみたいに武術が出来るわけでもないし。お母さんが私の一族は中山靖王・劉勝様の末裔って言ってたけど、それも本当かどうか怪しいし。仮にそうだとしても、私にそんな皇族の重荷なんか背負えないし」

劉備は自身を卑下しながらも、その瞳には若干の雫が浮かび始めていた。自身の無力さに打ちひしがれているのであろうが、そんな彼女の自虐にお構いなく、隴が話始める。

「あんさんが何に悩んどるか知ろうとも思いたくなければ興味も無いじゃき。じゃけろども、そんな皇族の重荷なんか犬にでも喰わせればいいんじゃ。こう言っちゃなんだが、儂の御先祖さんも中山靖王と褥を共にした侍女の末裔らしいわ。だから儂らには劉氏の血が流れているともいないともなっとるが、儂はそんなこと考えた事もありゃせん。先祖は先祖やし、儂は儂じゃ。今こうして親父(オジキ)である一刀様に心血を注げることに誇りを持って生きとる。それこそ一刀様が外道に落ちようとも、共にする覚悟でな。あんさんも、自分の信念を曲げずに、それぐらいの気概を持って関羽や張飛を引っ張って行きゃえんと違うか?」

「隴、隴」

劉備を背負いながら語り部に徹している隴に対し、留梨が彼女の背中を突き、声をかける。

「なんじゃ留梨、今儂が先人として助言を溢しとる時に――」

留梨が指さす隴の背中の劉備は既に彼女の背で泥酔しており、口元をモゴつかせながらなにかを呟いており、それを見た隴は呆気に囚われてしまい、そして怒りの沸点が上昇して来る。

「こんの売女(ばいたれ)、そこの川に沈めたろか」

「止めてよ。後が面倒くさくなることだけは」

「だったらお前さんが面倒みんかい」

隴は劉備を留梨に投げ渡すと、そのまま足踏みを鳴らしそのまま帰り道を早歩きで去って行き、それを茶化しながら夜桜が追いかけていき、残された留梨は苦笑を溢し劉備を背負いなおすと、自分のペースで帰路につくのだった。

 

 「皆さん、お世話になりました‼」

扶風郡の城門前。劉備軍1千名は平原の地に向かって旅立つために整列しており、劉備が先頭に立って送迎に来ていた一刀達一同に頭を下げ、続いて関羽や張飛劉備軍一同も礼をする。

「いやいや、ここ数日は少し沈み気味に見えたけど、もう悩みは吹き飛んだみたいだね」

「はい。寝たらすっかり元気になりました」

昨日の沈み具合が嘘かの様に劉備は満面の笑みを返す。そんな劉備の返答に関羽は額に手を置き、張飛は陽気に笑い飛ばしていた。

「侯成さんも、昨日はありがとうございました」

「……おう、よかったのう」

劉備の礼に隴は頬を薄く染めながらソッポを向いて返答する。

劉備を筆頭に、彼女の隊の面々も数日前とは見違えるほど垢抜けた表情となった。呂北軍に加わり訓練を受けた成果であるが、郷里に言わせればまだまだの様だ。

「劉備ちゃん、君にこんな物を用意した」

一刀は一つの包みを部下に持って来させ、それを解くと剣が出てき、しかしその剣は劉備が良く知る物と酷似していた。

「え?靖王伝家......にしてはよく似ているような」

「そうだ。そう見えてもしかたがない。劉備ちゃん、君の剣の鞘。刃に対して少し大きめな気がしないか?」

「......言われてみれば少し大きいような」

一刀に指摘された通り、彼女の剣の鞘には少し空洞が出来ていた。

「実はな、靖王伝家は、元は2つで1つの雌雄一対の剣なのだよ」

「うそ!?お母さんからそんな話は」

「知らないのも無理はない。その昔中山靖王が火遊びのし過ぎで小遣いが切れて代金替わりに手放したなんて話、皇族がもみ消したくなる歴史の闇だ。俺もこれは洛陽で、友人経由で聞いた話だが、真相は定かではない」

一刀はそれを失笑しながら語り、自らの先祖の恥部に触れた劉備は、開いた口が塞がらなかった。

「こいつの名は龍の爪。靖王伝家と対を為す物として作られた獲物だ」

一刀の語る通り、靖王伝家の刀身側面は金色に輝いているのに対し、龍の爪の刀身は黒いのだ。

「たまたま手に入ったからな。やる」

「え!?で、でも、靖王伝家と同じ価値のあるものと言ったら、宝剣じゃないですか‼そんな価値のある物、とても......」

(しゅじん)(にょうぼう)の元に戻るだけだ。遠慮はいらん」

「そ、それでも......」

「無論、無料(ただ)というわけではない」

そう言われ一刀は一つ頬を上げてみせる。

「劉玄徳よ、お前がこれから何を為し、何を求め、そして何を興そうとするのか、俺に見せて見ろ。無論心半ばで倒れてしまう可能性もあろう。その時は、靖王伝家と共にその剣を返してもらうからな」

そう答える呂北に対し、劉備は深々と頭を下げて龍の爪を受け取る。

「随分軽い剣ですね。靖王伝家より全然」

「そりゃそうだ。靖王伝家は軍を率いる為に作られた御輿の様な物で、その剣はあくまで実戦に特化した剣だ。君の志を預ける者が現れるまで、しっかり研ぎ澄ませておけよ」

「私の志を預ける?」

「そうだ。劉備よ、大志を抱く者は何時までも先頭で剣を振るうわけにはいかない。自らの考え、力を預ける者がいなければ、心半ばで君が倒れようものなら、君の下に集った者まで共倒れとなってしまう。いずれ君はその考えと力という刃を誰かに預け、そして自らはその者を率いなければならない。何時どの様な時に自らが倒れても問題ないように。そして、肉体が滅びようとも志は大地に根付かせる様に。それこそが大志を抱く指導者の務めでもあるのだから」

劉備は判っているのかいないのかどっちとも付かない表情で狼狽しながら返事を返すが、それでも一刀は笑い続ける。

「と、難しいこと言ったが、様はあんまり気負いせず自分が楽をする為に、早く自らの代弁者を見つけろってことさ。心配しなくても、限界が来て何もかも放り出したくなったら、改めて俺の所に来い。その時は2対の剣との交換条件で衣食住の面倒ぐらいはみてやるさ。それまで我武者羅に精進しろよ」

 

 劉備軍が平原の地へ行脚し始めて数刻。白馬に乗って先頭を闊歩する劉備は、先程呂北に言われた言葉を思い出している。

「愛紗ちゃん。呂北さんが言っていた意味って一体どういうことかな?」

劉備の問いに関羽も沈黙で返してしまう。関羽自身も一体どういう意味で呂北が話していたか判らず困惑しているようだ。

「.........わかりません。指導者の在り方を話されていたのか?それとも志とはそうあるべきであるのか......?」

「そんなこと、考えるだけ意味ないと思うのだ」

二人して馬の轡を揃えて首を捻りながらも、後ろからの張飛の声に振り替える。

「鈴々は難しいことは判らないのだ。だから考えても分らないことはもう考えないのだ。これからは、分からないと思ったら、まずは勉強するのだ。分かる様になるまでするのだ。そうしたらいつかは判る様になるのだ」

劉備と関羽はこの様な発言をする張飛を凝視してしまい、二人して声を揃えて笑ってしまう。

「はっはっはっ、まさか、鈴々に諭される日が来てしまうとわな」

「むぅ、なんなのだ愛紗。それはどういう意味なのだ」

両手を挙げて抗議する義末妹とその頼もしくも可愛げのある姿を笑う義妹。そんな二人の姿を見て、劉備はまた一つ決心をした。

今は迷う時ではなく、ただひたすら学ぶ時。その先に何があるかもわからないが、失敗したらその時で、また再び足袋を織って暮らす日々に戻ればよい。そう思い直し、劉備は後ろを見ずにただ前だけ見る決心を固めたのであった。

 

 

「おぉ、あれか?主、朱里、雛里。見つけましたぞ」

「はわわ、待ってくだしゃい星さん」

「あ、あわわ。朱里ちゃん、星さん、待ってよ。さ、こちらですよ劉殿下」

少女に手を引かれながら一人の青年が星と呼ばれた女性らの後を追う。

「ちょ、ちょっと、そこまで引っ張らないでも。あと、殿下も止めてくれって言っただろ」

「あ、あわわわ。も、申し訳ごじゃいましぇん。殿下」

「だから、殿下じゃなくてぇ」

改めてもそう呼ばれた青年は、顔を片手で覆って項垂れる。

「早く来ないと置いていきますぞ。劉虞殿」

青髪の先程星と呼ばれた女性も加わり青年の手を取ると、青年は三人の少女達に連れられて行脚している劉備軍に向かって行った。

今後、彼らの交わりはどの様な波乱を生み出すのか、それを知るのは時代となりうるのか。

 


 
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