彼の背中が、遠くに見える。見失わないように、それでいて気付かれないようにこそこそ後を追い掛けた。
こんなストーカーみたいな真似をしているのには、ちゃんとした理由がある。
夢を見た。彼が、死んでしまう夢だ。
脈絡もストーリーも何にもない、ただ薄暗いところにおれと彼とで立っていて、彼に声をかけたら彼の足元から暗い『何か』と紫色の焔が噴き上がってきて苦しみ始めた。暴走する、そうわかっていたのに、怖くて仕方なかったのに、その場から逃げることをしなかったおれを見た彼が何事か言った後……全身を覆うように張り付いていた焔が鎮まったのと同じくして、彼はおれの足元に臥せたきり動かなくなっていた。
……改めて考えてみたら全然ちゃんとしてないな、だって夢は夢だ、現実じゃない。
正直寝覚めは最悪だった。汗だくだし怖気と吐き気が全身を強張らせていて、ひどい風邪でももらったんじゃないかってくらい寒気もしたし本当に最悪な夢だって頭を抱えた。何で人の夢の中に勝手に出てきて勝手に死んじゃうんだって、訳もわからず腹が立ったし……すごく悲しくもなった。
だから、放っておけなかった。彼の体に流れるオロチの血はずっとずっと彼を苛め続けていて、紫の焔は彼の命を削って燃え立っているのだとちづるさんから聞いたことがあったから。
ああ、あの人はいつかきっとあんな風に死んじゃうんだ、おれの知らないところで、もしかしたら本当におれの前で。そう思ったらいても立ってもいられなくて、朝飯も食わずに家を飛び出したおれは街中に彼の姿を探し回っていた。
そして、昼になってようやく彼を見つけたと言うわけだ。
どうかしてるのは重々承知だ。放っておけない、心配だ、なんて言っちゃいるけど、本当は鮮烈過ぎた夢の光景を頭から引き剥がしたくてやっているんだと思う。生きている彼を見ていられたら凄惨な悪夢だって普通の夢と同じように忘れられると信じて、彼の背中を見つめていた。
彼は変わらない歩幅で住宅街を歩いている。少し行くと確か高校があってその少し先はもう駅だ。どこに行くんだろう、危ない場所じゃなきゃいいな、あと、草薙さんに会わなければいいな。ひとり身勝手に不安がりながら後をつけていた、その時。
彼が立ち止まった。そして、振り返った。
やばい、気付かれた!?おれは慌てて歩道の電柱に身を隠す。ギリギリ隠れてると思う、大丈夫、胸に手を当ててすうはあ深呼吸をしていたら、昼下がりの太陽で出来た大きな影がおれを覆い隠してしまう。
「……何のつもりだ」
「うひゃあ!!」
面を上げたら、赤い髪がすぐ傍にあったので思わず大きな声を出して後退りしてしまった。
気付かれてた、いつから、今か?やっぱり電柱じゃ無理があった?いや、そうじゃなくて違う、このピンチを切り抜けないと……逃げる?それはダメだ、だっておれはそもそも彼が無事でいるかどうかを確かめたかっただけなのに、逃げる必要なんかない。じゃあどうすれば……
「おい」
「ぴゃいっっ!!」
不機嫌な声に肩が跳ねる。彼は誤魔化しすら下手くそな不届き者のおれを呆れた顔で眺めては、溜息を吐いて腕組みをした。
「初めから気付いていた、何をしでかすつもりかと泳がせていたが……そろそろ煩わしくなってきたぞ」
ああなんてこった、最初からバレバレだったんじゃないか。そりゃあそうか、何てったってこの人は八神庵なんだから。がっくりと肩を落としつつも何と言い訳しようか必死で考えたおれは、あの、とか、えっと、とかで言葉を濁しつつようやく出てきたまともな返事を彼に返す。
「今日は、どこに行くんですか?」
「貴様には関係無い」
「あの、道場には来ないんですか?」
「先刻行ったが奴は留守だと女に言われた……言いたいことはそれだけか」
キツい眼差しがおれにビシビシ突き刺さる。夢のことを話そうかどうしようか迷ったまま黙っていたら、彼は「貴様も、もう帰れ」と立ち去ろうとしたから咄嗟にその腕を掴んで引き留めてしまった。
「……貴様」
「心配なんです!」
やっと出てきた言葉は、行動と相まって彼をますます不機嫌にさせた。彼はおれの手を振り払うと、眉間に皺を寄せて思い切り嫌な顔になる。
「……は?」
「や、八神さんが、その、いなくなっちゃう夢を、見たので」
怖い顔はとてもじゃないけど見ていられなくて、でも、ここまできたら言わなきゃならないと己を奮い立たせたおれは正直に理由を告げた。すると彼の視線は、不届き者に苛立つ不機嫌さよりも不可解なことを宣う不審者を見る目に変わる。
「何を言っているんだ貴様」
「ひぃっ!すいません!」
そりゃそうだ、急に『あなたが死ぬ夢を見たので心配で後をつけてました』なんて言う人間、不審者以外の何者でもない。怒られる、最悪燃やされる。覚悟してぎゅっと目を瞑った。
だけど、いつまで経っても痛くも熱くもなくて、さっきみたいな呆れた声も溜息も聞こえてこない。もしかして、帰っちゃったのか?そう思って恐る恐る目を開いたら……おれの目の前には、まだちゃんと彼はいてくれて、何というか、優しい……違うな、多分困らせる子供をなだめる、みたいな目をしていたからちょっと驚いてしまった。彼がこんな顔をするなんて、知らなかったから。
「……俺は京を殺すまでは死なん」
目を開けて彼をぼうっと見ているおれに、彼が告げる。腕組みした手がほどかれて、右手が逡巡の後でおれの頭に置かれたので「わっ」と声が出てしまった。すると彼の温かな手はすぐにおれから離れていく、何故だろう、それが少し惜しくておれは彼の手を視線で追い掛ける。それでももう彼はおれを撫でてはくれなかったから、おれは自分のTシャツの裾を握って下を向くしかない。
「それって、草薙さんが八神さんにやられなければ、八神さんはずっと生きててくれるってことですよね」
「さあな」
彼の生きる理由なんて今更確認するだけ無駄で、それでもおれはおれの言葉で彼にそれを聞きたかった。彼はゆっくりと呼吸をして、その後で答えをくれる。
「俺は必ず京を殺す、それだけは覚えておけ」
おれは返事をしなかった。もちろん草薙さんを殺すだなんて止めてほしいし、それに、おれが聞きたかったことはそういうことじゃないからだ。
多分、これ以上彼を追い掛けるのは止めておいた方がいいと悟ったおれは、何も言わずに踵を返して立ち去ろうとした。
……だけど。
「あ」
腹の虫が盛大に鳴いた。それはもう盛大すぎて、おれと同じくその場から去ろうとしていた彼が立ち止まりこっちをじいっと見ているほどだ。おれは恥ずかしさに耳まで熱くなりながら、彼に慌てて言い訳をする。
「いや、八神さんのこと探してたら、その、朝飯食いっぱぐれちゃって、へへ……」
「人の所為にするな」
「はい……」
締まらねえ~……おれってどうしてこうシリアスになりきれないんだろう。そういや母さんに昼飯要るって言って出てこなかったな、道場に行ったらマネージャーさんが何か作ってくれるだろうか。
昼飯のことをぐずぐず考えていた、その時。
「もうついて来る気は無いのか」
「え」
彼がまた、呆れた声で言う。帰れと一度は言った口で、今度はついて来ないのかと聞かれて戸惑っていたら、彼の手がまた、おれのあたまを遠慮がちに撫でる。
「俺が飯を食うところでも見れば安心するか、貴様は」
「あの、えーっと」
「ついでに、憐れな迷い犬に飯くらいは食わせてやらんことも無いと言っている」
彼の表情は子供をなだめる顔じゃなくて、今度は野良犬を手懐けようとしているような悪戯っぽい顔をしていたから、おれは「おれは犬じゃないです!」と言って彼について行く。夢で見た彼への不安な気持ちは、彼に撫でられたなら不思議と薄れていた。
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G庵真、こちらのお題ガチャのやつです。
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八神さんが死んでしまう夢を見て予知夢じゃないかと心配で1日中見張ってる真吾くん
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