私の初恋の相手は、美しくて冷たい人だった。
容姿端麗、成績優秀、家柄も文句なし。
そんな完璧な人がこの世にいるなんて、と仲のいい友達と共に戦慄したのは、今でも思い出せる大切な記憶の一つだ。
ただ、神様って言うのは『完璧』をこの世に作りたがらないものらしい。
同じクラスになって、憧れのその人を一つの空間で見つめ続けて気づいたことが一つあった。
「ねぇ、ちょっと聞いてる?」
「―――……聞いてるよ。無能な上司の話でしょ?」
「それは終わったの! 今話してたのは彼氏の話ッ」
普段通りの日常。
朝起きて、うんざりする通勤電車に揺られ、げんなりしながら会社のドアをくぐる。
見慣れた顔、刺激のない責任と時間に追われるだけの仕事、厄介な人間関係の中を愛想笑いとスルースキルでうまくやり過ごす日々。
(つまらない人生ってきっと私みたいな女の事を言うんだわ)
ピーチくぱーちく囀る同僚は毎日楽しそうだ。
彼氏が、元カレが、営業課の○○が……毎回飽きずに散りばめられる極彩色のケバケバした印象だけが強くて薄っぺらな恋愛話。
うんうん、と適当に相槌を打ちながら昔の好きな人について思い出したのは、偶然だったかもしれない。
でも、この時私は確かに何かを感じて、予感していたんだと今なら確信できる。
だってそうじゃないと『背筋が寒くなる』感覚を始めて覚えた初恋を思い出さなかった筈だから。
ある日、酷い顔色で出社してきた例の同僚が深刻そうな顔で女子社員を集めた。
弁当組やカフェで食べる、社員食堂で食べている女性社員に片っ端から声をかけ、社員が自由に使える会議室を一つ、占領したのだ。
私達を釣り上げたのは、有名なケーキ屋の中々買えないマカロンとヘルシードーナッツ。
午前中に有休をとっていたのはこの為だったのか、と思わず苦笑した私ともう一人の同僚。
「今日は、相談があって集まってもらったの」
カフェ組の為に用意された、コンビニで買われたサンドイッチやパン、オニギリの中から好きなものを選んで食べながら話を聞く。
珍しくお局様や普段は話すことがない大人しいタイプの女子社員も席についていた。
何かしらね、とヒソヒソしていた空間に響いたのは妙に鬼気迫る声。
悲壮感を滲ませ「この世の終わりだ」とでもいうような表情の彼女に、顔を見合わせる。
「一体、どういう要件なのかしら。私達にもできる事と出来ないことがあるの」
まどろっこしいのは嫌よ、とピシャリという彼女はお局様。
その横で無表情でスマホを弄りながら野菜ジュースを飲むのはアルバイトの若い子たち。
いったい何を言うのか、と注目する私たちに彼女は想像だにしなかったことを口にする。
「―――……優秀な、本物の、偽物じゃない凄い霊能者を知っていたら紹介して欲しいの」
実は全員がくだらない恋愛話だと思っていた。
アルバイトの子たちなんか、適当に聞き流して途中で退室しようと考えていたみたいなんだけど……この一言で、全て頭からすっ飛んだらしい。
まぁ、それは私にも言えたことだったのだけれど。
「……は?」
何言ってるの、頭大丈夫?とは、流石に言わなかった。
聞き流すつもりだった私の友人も目を丸くしている。
いち早く立て直したらしいお局様が気の毒なものを見るような、憐みの視線と表情を同僚に向ける。
「疲れているみたいね。課長や部長には私から話しておくから、今日と明日は休みなさい」
「それがいいわ。何件かアンタが受け持ってる案件手伝うから今日は帰んなよ」
「私たちも手伝います。入力しかできないですけど」
咄嗟にそんなことを口走った女子社員たちに彼女は泣きながら個人のアイパットを突き付けた。
反射的に視線と意識が液晶画面へ向けられ、そこに映っていたのは……割と悲惨なリアルだった。
薄暗い、どこかの廃墟。
映るのは同僚とその彼氏、友人らしき男女。
計四人と撮影している1人を足して五人の人間が騒ぎながら、心霊スポットを歩き、破壊して……ソレを手に取った。
開かれる、何の変哲もない扉の奥に、人がいた。
ぼんやりと暗闇に照らされるように。
静まり返る会議室に悲鳴が響き渡り、この場にいる人間の誰かが小さな悲鳴を飲み込む気配と小さな音が恐怖心を優しく撫で上げる。
「なに、これ」
思わず零れた言葉に力なく椅子に座った同僚――― 大崎 奈々枝が項垂れたまま話を始める。
会議室に響くのはアイパットから流れる悲鳴と動揺、混乱をそのまま映した映像。
重々しい、どこか諦めたような奈々枝の声。
ゆっくりと奈々枝の細い指がアイパットの画面を叩いた。音が止まる。
静まり返ったその空間で、その指は別の場所をタップした。
再び流れた音は……あまり気持ちのいい音でも音声でもなくて、何人かがあからさまに目を逸らす。
「悪ふざけのつもりだったの。私のことも、友達のことも、友達の彼氏のことも会社勤めでつまらないヤツらだって……自分はバイトで食いつないでるくせに、マウントとってくるようになって、それにウンザリして……もう、別れたかった。でも、それで揉めたりするのは面倒だったし変に執着されるのも面倒だったから嫌われるようなことをしようって話になって。それで、土曜日に、心霊スポットに連れて行ったの。ここ、やばいって聞いてて……口癖みたいに「動画配信で有名になる」って言ってた彼氏を唆して……一人で撮影したら凄いんじゃない?って」
一時間で迎えにいったんだよ、と懺悔する様に告げられる趣味の悪い行いに何人かが軽蔑の視線を奈々枝に向ける。
彼氏くらい見極めろよ、と喉まで出かかった言葉を私は無理やり飲み込んだ。
会議室の中で淡々と女の声と低く何処か狂ったような独り言が妙な不協和音を生み出していた。
「で、この彼は……どうなってるの?」
「わかんない。お寺に預けるって火曜日に彼の両親が引きずって行ったから」
知らない、と自分の体を抱きしめて小さく体を丸めた奈々枝。
アレ、と何人かが首を傾げた。
私も同じように疑問を抱く。
「なんで奈々枝は霊能者を探してるの?」
どういうこと?と何人かが小さく呟いたので、私が感じた疑問を口に出した。
お局様や年齢をある程度重ねていたり、肝が据わっている人間、また常日頃から冷静なタイプの女子社員は気付いているようだ。
「だって、奈々枝が『どうにか』したかった彼氏はいなくなったんでしょ? 奈々枝は誰の除霊を頼むつもりなのよ」
「そういわれれば……確かに」
ポツリと零れた同意の声を聴いて奈々枝が弾かれたようにブラウスの袖口を捲った。
ぎょっとする私達の前でネクタイ代わりの女子社員用リボンを外し、引きちぎるように首元を露にする。
もう、半狂乱に近かった。
「これ見てよ!! アイツが出て行ってから私に来たの!! なんで?! あの部屋に入って気味の悪い仏壇壊したのはアイツなのにッ!! 中で何してたかなんて知らないわよッどうして私が顔の見えない黒い影に首絞められないといけないの!?」
叫ぶように吠えた奈々枝の白い首には爪を立てられて抉られたような傷と首を絞められたような痣が残っていた。
手首にも同じような痕。
静まり返った会議室で何とも言えない空気が流れる。
戸惑いと動揺、そして小さな好奇心。
「……友達の方は大丈夫なの?」
乾ききった喉が発した音は思ったよりもしっかりしていた。
戦慄く唇に気付かない振りをしながら言葉を紡ぐ。
「―――……今のところは、大丈夫みたい。私と同じ」
「……ちょっと待った。私と同じってどういうこと?」
「交互に、回ってるみたいなの。昨日は私の番だったから、次は友達の所。次は友達の彼氏、で……また、私の番」
眩暈がした。
なんで、その話を私たちに?という気持ちが少なからず湧き上がる。
私が一番かわいいのは自分自身。
正直、巻き込まないでほしかった。
いや、餌につられた私も悪いのだけれど。
似たようなことを考えた人間は少なからずいたらしい、恨みがましい何かが奈々枝に向けられたのを私は感じとった。
奈々枝はそれどころじゃ無いみたいだけど。
誰かのスマホが小さな音を立てて、その子が引きつった顔でアラームを消す。
昼休みが終わるまで、あと三十分。
部屋を出るにも出る口実がなくて、皆が自分の座っていた場所に戻る。
食欲なんてとうに失せた。
静かな会議室の中で口を開いたのが、一人。
意外なことにそれはお局様だった。
「―――……知り合いに一人『心霊相談』をしたことがある子がいるわ。ちょっと電話してみるから待っていて頂戴」
「! ッはい、いくらでも待ちます」
だから、と縋る様な声と視線にお局様が小さく頷いて席を立ち、窓際へ移動してスマホを操作し始めた。
何処かへ繋がった電話の内容は聞こえなかったけれど、口調が砕けていることから割と親しい相手であることがうかがえる。
「そうね、忙しくてなかなか行けなかったけどその内顔を出すわ。お店も好調みたいだし……それで、本題なんだけど……前に『心霊相談』をしたって話があったじゃない? その人って除霊とかそういうこともやってるのかしら―――…え? いいえ、私じゃなくて会社の子がね……うん、そう。あ、ちょっと待って。今メモするから」
スマホを押さえながら器用に片手でメモ帳を取り出し、テーブルの上で何かを書きなぐっていく。
その後、お礼を言って電話を切ったお局様は丁寧にメモをした紙をメモ帳から破って、奈々枝へ差し出す。
「街の人の評判はいいみたいだし、ぼったくりでもないそうよ。私はあった事も話したこともないから何とも言えないけれど、電話だけでもしてみたらどうかしら。一応、紹介した訳だから私はここに残るけど、他の人は戻りなさい。急ぎで書類を頼まれたり、電話を取り次がなきゃいけないこともあるでしょうから」
この一言でホッとした表情の女子社員たちが会議室から出ていく。
ちゃっかり自分の分のお菓子を手に持っていったのには感心した。
そういう私も自分の分はしっかり確保してるのだけれど。
目の前に現れた上品で高級そうなその家の前で私たちは途方に暮れていた。
洗練された、どこからどう見ても金持ちが住んでいるであろう庭付き一軒家。
縁(えにし)町という一年で十二回も祀りが開かれる、特殊な立地もあって土地代だけでもかなりかかる筈だ。
ごくり、と生唾を飲む音がむなしく響く。
奇妙な緊張感に包まれる私達は誰も口を開かなかった。
そんな時、玄関のすりガラスに小さな人影が映る。
直ぐにカラカラと軽快な音を立てて開かれた引き戸の向こうには、電話口で聞いた親しみやすい声の持ち主が立ち尽くす私たちを見て大きな目を瞬かせていた。
「おはようございます、皆さん。時間通りですね。どうぞ入ってください」
パッと笑顔を浮かべた彼女はコチラに近づいてきて奈々枝の手を取った。
あったかい、と小さな声が聞こえて少しだけ私たちの緊張が緩む。
「申し遅れました。私は『正し屋本舗』の従業員をしてる江戸川 優と言います。中で上司が待っているので、そこでお話を聞かせて下さい」
穏やかに笑って手を引く彼女は小柄で奈々枝よりも小さかったけれど、堂々と前を歩く後ろ姿は頼もしく見える。
誘導されるままに玄関に上がり、事務所だという一室へ通される。
十分な広さがあるそこには衝立と大きな応接用ソファとテーブルが置かれていた。
衝立の向こうには執務机があるのだろう。
ソファへ座るよう促した江戸川と名乗った女性社員は、慣れた様子で衝立の向こうへ消えた。
誰かに何かを報告してから給湯室らしき部屋へ。
直ぐにお茶とお茶請けのお菓子をお盆に載せて戻ってきた彼女は綺麗な仕草で私たちの前にそれらを提供し、誰も座っていないソファの横に立つ。
アレルギーを聞かれたのはお茶請けの為か、と思いつつ静かに待っていると衝立の向こうから想像もしなかった人物が現れた。
「―――…無事につけた様で何よりです。出迎えできず申し訳ありません、私は『正し屋本舗』代表の須川 怜至(すがわ れいし)といいます」
微笑を浮かべたその人は、着物を着こなした初恋の人。
美しい抹茶色の髪と宝石みたいな緑の瞳。
芸能人やモデルも足下に及ばないような完璧な美貌を目の当たりにして、誰もが声どころか呼吸すらも奪われる。
「まず、そこのお三方に憑いているモノを祓うことは可能です。ただ、完全除霊だと料金が少々高くなりますのでお勧めはコチラですね。“引き剥がす”だけですと、この値段で済みますよ」
そんな美形が呆ける奈々枝や友人の前に料金一覧を差し出した。
奈々枝の友人の彼氏が戸惑いつつ受け取って、三人で顔を見合わせて口を開く。
「引き剥がすっていうのをしたら、どうなるんですか?」
「霊は本来いるべき場所に戻ります。再び心霊スポットへ足を踏み入れなければ、今まで通りの生活に戻れますよ。ちなみにメニューの除霊は完全に今ついている霊と呼ばれるものをこの世から消す行為を指します」
どうします?とほほ笑む彼に奈々枝たちは顔を見合わせて、そっと“引き剥がす”方を選択した。
彼は笑顔で頷いて別室へ、と三人を執務室から連れ出す。
私と同僚、そしてお局様が残され目の前にはホッとした表情の女性従業員が残った。
「―――……須川さんの話を含めても十分で終わるので、少し待っててくださいね。あ、そうだ! これ、縁町が独自に作ってるガイドマップです。これが飲食店用、こっちは装飾品とか職人が手掛けた雑貨とかそういうのが書いてあるので良ければどうぞ」
「あ、ありがとう。あの、いくつか聞いてもいいかしら。私、実は……須川君と同級生で中学の時に同じクラスだったことがあるの」
本人がいないから、と思い切って発した言葉に彼女はとても驚いて目を丸くしていた。
隣にいた同僚やお局様も同じように驚いている。
「へぇ、須川さんの同級生に会えるなんて貴重というか……びっくりです。私に応えられる事なら」
あまりないですけど、と頬を掻く彼女。
友人に居たら末永く付き合いたいタイプだな、と改めて思う。
「須川くんとはどういう関係なの?」
この質問に彼女はああ、と何でもないことのように告げる。
多分何回も聞かれてきた内容だったんだろう。
「雇い主と従業員ですね。上司と部下……あとは、師匠と弟子? 他には、うーん……私は住み込みで働いているので大家さんでもあります」
「恋人ではないの?」
「ないですねー。そもそも金銭感覚とか顔面偏差値が違い過ぎて、そういう関係になる想像すらできないっていうか……いや、いい夫とか恋人にはなると思いますよ!? 須川さん、お金持だし顔はいいし、ちょっと意地悪だし酷いし容赦もない鬼上司だけど、基本的に優しいですし料理も上手ですから。あ、掃除も手早くて綺麗です。私がやるより断然!」
お薦めです、ともうプッシュしてくる彼女をみて私たちは拍子抜けする。
嫉妬の欠片も感じられないというか身も蓋もない表現に失笑すら零れた。
この質問を切欠に彼女……優ちゃんと少し話をしたんだけど、彼女は人懐っこいタイプだったらしい。
少しの会話で一気に打ち解け、中学時代のことを自然と話していた。
「実はね、須川君って私の初恋の相手なの。まぁ、告白もしなかったし、今となっては未練も何もないんだけどね。本当に変わらないっていうか……磨きがかかってる感じ」
「中学生の頃から須川さんってあんな感じだったんですねぇ。流石というか、ブレないなぁ」
いっそ見事だ、と呟きながら深く頷く彼女にお局様や同僚が話しかけるいいタイミングだと気づいて、別の会話を始めた。
どうやらこの町のおすすめスポットについて聞きたかったらしい。
そのやり取りを眺めながら、丁寧に淹れられた冷茶を飲む。
美味しさに目を細めて、喉まで出かかっていた言葉を飲み込んだ。
(中学生の頃の須川君はもっと、作り物めいた冷たい笑みを浮かべる人だったのに)
短い時間でもわかる、昔とは明らかに違う“人”らしさに私は少しだけ可笑しくなった。
学校の美人やかわいい子に告白されても感情が全く見えない笑顔で断っていた彼は、相変わらず綺麗で美しくて完璧だけれど……ほんの少し、人間らしさが滲み出ている。
心地よい会話と興味深い町内案内に耳を傾けながらそんなことを想う。
そして、すっきりした顔で戻って来た三人組が彼にお金を支払って、須川君と優ちゃんに見送られながら『正し屋本舗』を後にした。
「いくら綺麗で完璧でも、彼も人並みの人間だったってことね」
「―――……? なにかいった?」
「ううん。なーんにも! それより、食べ歩きしましょ。いろいろお薦め聞いておいたの」
日本特有の街並みに、程よく現代の便利さが馴染んだ不思議な町を歩きながら小さく呟いた言葉はあっさり、消えてなくなった。
ただ、私はその日の夜に気付く。
須川君は、人間らしくなったけれど決して”温かい人”になったわけではなかったんだ、と。
文句なしの夕食を終えて、宿へ戻って来た私達はリラックスして布団に潜り込んだ。
フカフカの布団は、きちんとしたマットを使っているらしく、寝心地はかなりいい。
明かりは既に落としたので広がるのは闇。
静かな静寂と微かに漂うアロマのいい香りは程よい疲労感をじわじわと解きほぐしてくれる。
お酒も程よく回って、満足して目を閉じると同僚が突然何かを思い出したらしい。
「そういえば、奈々枝。アンタの元カレはどうなったの?」
そういわれてハッと私とお局様が息をのむ。
奈々枝が明るく、それでいて元に戻ったのもあってすっかり忘れていたが、もう一人いるのだ。
暗闇の中で奈々枝が眠っている方へ視線を向ける。
身じろぎ一つしないまま、恐ろしい程平坦な奈々枝の声が暗闇に響いた。
「あのねぇ『呪い』や『祟り』で人が死んでも、殺人罪にはならないんだって」
機嫌の良さそうな奈々枝の声に息をのむ。
無邪気な悪意にぞわっと全身の肌が粟立つのが分かった。
暗闇に響くのは私達が知らない、須川君と交わした会話の一部が紡がれる。
「彼が言ってたの。私達『は』大丈夫って。お守りもくれて、二度と怖い目に合わない様にってお経も読んでくれて……―――アイツの話もしたんだけど、多分間に合わないっていってた。でも、死んだとしても私は悪くないって」
だって、と場違いな明るい声は続く。
須川君は一体彼女に何を言ったんだろう、と耳を澄ませる。
「彼は、貴方達に憑りつく術がないので安心してくださいって」
え、と声が重なった。
『彼』の死が確定した物言いに驚いていると、どこか夢見がちな声に少し不穏なものが混ざり始める。
「けど、釘も刺されちゃった。今回は『たまたま』こういう事態になったけど、意図的に呪ったり殺意を持ってそういう場所に連れて行くと今後絶対に幸せになれないんだって……あーあ。気に入らない人を心霊スポットに連れて行けば……って思ったんだけどな」
彼にはお見通しだったみたい、と奈々枝が怒られて拗ねる子供みたいな声で言った。
須川君はずっと微笑んでいたらしい。
カッコよかったと彼女は言っていたけれど、それを聞いた瞬間に彼の中学時代を思い出す。
―ー……私の初恋の相手は、容姿端麗、成績優秀、家柄も最上級の欠点がない人だった。
けれど、同時に。
とても恐ろしい人だと皆が分かっていた。
本気で須川君の恋人になりたいと思っていた女の子が一体どのくらいいたんだろう。
恋人をアクセサリーのように思っていた女子も、彼の前では愛想よく、お行儀よく、決して深く関わろうとはしなかったことを思い出す。
私が恋心から目を覚ました切欠は「一目惚れなんです」と彼に告白をしていた新入生を見る時の目だ。
自分に告白をする相手を前にしているのに、一切の感情が滲んでいなかった。
無機物を見るような物を見る目で一瞬笑顔を消した彼のことがとても恐ろしく感じた。
「ねぇ、奈々枝……まさか……須川君のこと」
好きになったの、とは聞けなかった。
恐ろしくて。
私の言葉に奈々枝は笑う。
彼女は、無邪気で面倒で……動物的な勘に優れているとこの時私は初めて気づいた。
「確かに美形でお金持ちっぽいし、彼氏だったり旦那様になったら見栄えはするだろうけど……―――― 私、死にたくないもん。あの人の隣に居られる人は”特別”な人だけ」
怖いコトいわないで、と奈々枝は断言した。
<終>
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エブリスタに投稿していた『正し屋本舗へおいでなさい』の短編。
お題でかいた小説です。