No.1058385

唐柿に付いた虫 24

野良さん

式姫の庭の二次創作小説になります。

「唐柿に付いた虫」でタグ付けしておりますので、過去作に関してはそちらからご覧下さい。

なんと酷いことに全く式姫出てきません……看板に偽りありですがこういう回も必要という事でご容赦下さい。

2021-04-04 12:56:22 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:597   閲覧ユーザー数:590

 戦の痕が山のそこかしこを生々しく彩る、倒された柵、火を掛けられ、未だ炎を上げる詰所。

 山道も、甲冑を着た多くの人に踏み荒らされて歩きにくい事この上ない、おまけに刀槍の類を始めとした、物騒な物が投げ出されていると来ては、迂闊な物を踏んで大怪我をしかねない。

 下から明かりを見咎められては面倒と、松明も龕灯も無しでは、月が明るいとはいえ、さしもの彼らの足取りも軽いとは言えない。

 踏み出した足が、何かぐにゃりとした物に躓きそうになって、一団の中の一人が顔をしかめて、それを蹴飛ばす。

 がちゃりと上がった金属の擦れる音は具足の音か。

 余計な事に力を使うな、と言いかけて、儀助はその言葉を飲み込んだ。

 この先、あの重い棺を抱えて、この悪い道を使って下山する事になると思えば、多少は苛立つのも無理はない。

 やはり、流石のこやつらでも、ずっと綱渡りのような危うい真似をさせ続ければ疲れもするか。

「次の防柵で休む」

 その声に頷く気配を確かめてから、儀助は辺りを見渡した。

 幸いここまで人の気配はない、どうやったか知らぬが、あのお方の力はやはり恐ろしい。

 次の防柵は、館に至る最後の関で、ここに至るまで人の気配は無かった。

 後は、館周辺に人が居ない事を確かめられれば、少なくとも彼らの存在を……そしてこれからしようとしている事を見咎められる恐れはほぼ無いだろう。

 長く緩やかな曲がりを抜けると、視界が開ける。

 目の前には最後の防柵にふさわしい三重の柵……の残骸。

 まだ防柵としての原型は留めているが、各所が引き倒され踏みにじられたそれが、ここでし烈な防衛戦が最前まで行われていた事を無言の裡に語る。

 その有様を見た手下から、無念そうな呻きが幾つか上がる。

 盗賊団から手繰られる事を怖れて、儀助だけが、盗賊団との直接のやり取りをしていた。

 確かに下準備等で手伝って貰ってはいたが、彼らにとって盗賊団は赤の他人に等しい筈、その割に、妙に肩入れする物だ。

 そんな、疑問ともつかない物思いの後、何かに思い当たったように、儀助は覆面の下で苦笑した。

(そうか……昔の自分なら、支店一つ潰されたら、それは怒ったか)

 面識はなくとも、同じ組織の一員という連帯感もあるのだろう、それに自分の属する組織が大きい程安心するというのは、ごく自然な人情で、それが棄損された事を怒るのはしごく当然。。

 裏稼業の人間でも、不思議と可愛い所があるものだ、そんな思いに失笑しそうになる。

 だが、思えば恐らく彼らの方が、自分のそれより、遥かに自然な感情なのであろう。

 自然な感情か。

 

 壊れたままに動き続けて来た私の心は、さて、今やどうなり果てているのでしょうな。

 

 柵の内側、兵が休息する為に設えた場所で、彼らは身を潜めた。

 座り込み体から力を抜く瞬間、本当に僅かな物だが、疲れたように息を吐いた一同を見て、儀助は自身の判断の正しさを確信した。

「館周辺の様子を確かめてくる、安全を確認したら棺の搬出を開始する……そこからは休みなしだ」

「はっ」

 短く発せられる応えに頷いてから、儀助は言葉を続けた。

「それと、今より五百数える間に私が偵察から戻らなかった時は、速やかに館に戻り、頭の指示に従う事」

「承知」

 彼らが一つ二つと、小さく数える拍子が、自分のそれと一致している事を確かめてから、儀助は一人動き出した。

 音も無く、彼の小柄な体が、自然の作る影や闇の中に滑り込みながら移動していく。

 僅かな間にその姿が闇の中に消える。

 彼らとて、かなり腕に覚えはあるが、武術にしろ隠密の活動にせよ、彼の足許にも及ばない事をまざまざと見せられた一同の間から、賞賛と畏怖が相半ばする低い嘆声が上がる。

 移動を始めて程なく、儀助は、山頂近くの平に建てられた、立派な館の前に至った。

 手前の木陰から館の周囲をうかがうが、やはり人の気配はない。

 呼吸を詰めたその小柄な体が、空気を乱す事も殆ど無く、するすると移動して館の陰に潜む。

 鞍馬が見ていても合格点を出しただろう、鍛錬に裏打ちされた迷いのない動きと身のこなし。

 中の気配を探りながら、館のぐるりを一周する。

 玄関、控えの間、詰所、居間、奥の間、厨、厠、馬小屋、食料の貯蔵庫。

 その最中、一度だけ微かな気配を感じたような気がしたが、迷い込んでいた野の獣であろう、少なくとも人の気配は一切ない事を確かめた儀助が、僅かに空を仰ぐ。

 月が明るい……。

 闇の中で生きる稼業としては、当然、あまり明るいのは歓迎できない。

 だが、それを超えてなお、この光は美しいと思える。

 大陽と違い、見上げた者の目を焼く光では無い、密やかに夜に蠢く者たちに平等に降り注ぐ柔らかい輝き。

 本当にわずかの間、月をじっと見上げていた小柄な姿が、ややあってから、一つ頭を振って館から離れた。

 待っていた男達が四百を数えようかという辺りで、闇の中からするりと小柄な姿が現れた。

「始めるぞ」

「は」

 儀助に先導された男たちが、館の裏手に駆け寄る。

 大して厚くも無い木戸に男たちが取り付き、その戸を静かに外す。

 人が居ない事を確認しているのだ、蹴倒してしまえば済もうに、彼らは不思議な程に恭しくすら見える手つきで手間を掛けて戸を外し、傍らに立てかけた。

 まるで神聖な場所の空気を乱す事を怖れるかのように、一団は家の中に静かに忍び入った。

 それなりの広さを持つ厨だが、かまどにも火の気配は無い、吸血姫が何の気配も感じなかったという言葉を裏書きするような、調理の道具が立派に揃っているというのに、命の気を感じない、奇妙な程に寒々とした虚ろな空間だった。

 だが、そんな事は承知なのだろう、四人の手下が別々に柱の前に立った。

 台所らしく、四隅の柱に張られた火避けの札、それを彼らは無言で引き剥がした。

 彼らの手許に残った札を、心得のある者が見たら、その無害な札の裏に描かれた、何やらの呪の一部を見いだせただろう。

 空気が変わる。

 それまで、良くも悪くも何も無い、虚ろだった空間が、何か得体の知れない気配で満たされる。

 儀助が一同を見渡すと、それぞれが頷き返し、その手に引き剥がした札を掲げて見せた。

 それを確かめてから儀助は、真祖から預かった首飾りを、壁にしつらえられた大黒天の神棚に置いた。

 そういえば、これを盗み出すのは、結構骨が折れましたな。

 まだ盗賊団は愚か、今彼に従っているこの四人すら居なかった頃に、まだ若かった主と儀助の二人で、地方官府より何とか盗み出したこの宝。

(これと棺さえあれば、ようやく彼女を封じられる)

 あの時、この首飾りを手にした真祖が語った言葉を思い出しながら、意味は彼には良く判らないが、定められた言葉を紡ぎ始めた。

(このペンダント……首飾りは、『繋ぐもの』なの)

「ここに『辻』を置く」

 儀助の言葉と共に、手下達が、それぞれ剥した札の代わりに、別の札を張る。

 その時、みしみしと家鳴りの音が立った。

 大地の揺れによる物ではない、人の住まう場所という空間を隔てる結界としての家が、何かの衝撃に軋んだ音。

 

(距離を隔て、意識や空間を繋ぎ)

 意識を繋ぎ、距離を隔てて会話を可能にするなどというのは、この首飾りの持つ力の余禄に過ぎない。

「この辻より四方に、此の地より、彼の地へ、彼の地より、此の地へと至る道を拓き」

 

(その力を操れれば、彼岸と此岸を繋ぐ事すら適う鍵となる物)

 彼女の求めるままに、主と自分は法具をかき集め、儀式の場を整えて来た……時には盗みを、時には財力に物を言わせ。

「無窮にして寸土も存在せぬ地へ」

 

(この世界では無敵に等しき存在、だが……力を封じ、この首飾りの誘う『どこでもない場所』に閉じ込めてしまえば封じる事はできる)

 そして、あの日、あの方はその力の大半を使い果たしつつも、大願を成し遂げた。

「この『辻』より我らを」

 

(それでも、そこまでやっても彼女は滅びない、その力を些かも減じる事は無い……封じ続けるしかない)

 彼らは真祖の力を知っている、だからこそ、彼女が怖れる相手がどれほど危険かも、間接的にではあるが、察する事ができる。

 ここは、その存在を仮に封じた場所。

 正しき地にあれを封じるまで、安心はできない。

 慎重の上にも慎重を期して、早急に運び出さねば。

 彼にしては珍しく、緊張の余りか、ぐびりと喉仏が動く。

 生唾を飲み込んでから、儀助は、最後の言葉を口にした。

「果ての地に至らしめん」


 
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